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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
序章 古代編
3/51

第三話 脱出。拾った命

「ねえ……どうして私を助けてくれたの?」


 四方八方から迫り来る植物の群れと突如姿を現した大妖怪に冷や汗を流しながら、永琳は自分を担いで疾走する白骨に問い掛けた。

 問わずには、いられなかった。

 妖怪と人間とでは、死生観も倫理観も価値観も全く異なる。それこそ、邪魅の言い分の方が妖怪としての理に適っているとすら思えてしまうほどに。

 にも拘らず、この妖怪は永琳を助ける事を選択した。

 見ず知らずの他人を、森の主とも言える女を敵に回してまで。

 それが、どうしても永琳には理解出来ない。


「今更な質問だなぁおい」


 白骨は嘆息して、言う。


「別にさぁ、ホントに理由なんかないんだよ。あの邪魅って女に言ったとおり、助けたかったから助けただけだ。それとも――あれか? 『アンタは俺が狙った獲物だからだ』とか妖怪っぽい理由でも付け加えた方が納得するか?」

「そういう訳じゃないけど……」


 返ってきたのはぶっきらぼうな答え。

 表情など無いから、照れ隠しなのか本心なのか永琳には判別出来ない。と言うか、その付け加えた理由は遠回しな告白のようにも聞こえるので止めて欲しい。


「……それに――」


 複雑な心境の永琳を余所に、白骨は続ける。


「見ぃつけた♪ ほぅれ避けてみるが良い!」

「――俺もアンタも、まだ全っ然助かってない」


 地中からは根が。


「上からも来るわ!」

「わぁってる!」


 頭上からは枝が降り注ぐ。

 その一本一本は牙のように鋭く尖る先端を持ち、獲物を噛み千切ろうとする巨獣の顎を幻視出来てしまうほどだ。さらには駄目押しとばかりに、周りを囲む幹からも新たな枝が槍衾の如く生えてくる。

 先刻までとはまるで比べ物にならない、上下左右前後――全方位からの猛襲。


「だーっ! ったく鬱陶しい!!」


 白骨だって負けてはいない。

 完全に包囲される前に身を屈めて、速度を上げて、太刀で次々に伐採して、人一人がどうにか通れる僅かな隙間を強引に突き破り、掻い潜る。永琳を庇い、細かな傷を負いながらも紙一重で躱していく様は正に神業。

 しかし、そんな奇跡じみた離れ業も長くは続かない。


「――つぅっ……!」


 右手に走った鋭い痛みに永琳は小さな悲鳴を漏らす。見ると、手の甲に真一文字の傷が出来ていた。深いものではないが、傷口からじわじわと血が流れ始めている。

 この戦いで初めて受けた傷。

 それが意味するのは、白骨の身体能力の限界と、


「命中精度と速度が上がってきている……!?」


 邪魅の攻撃は豪快無比――悪く言えばかなり適当で大雑把だ。

 物量と規模こそ他に類を見ないものの、それ故にか、数撃ちゃ当たるとばかりに広範囲から適当に狙いを付けて仕掛けてくる事がほとんどだった。今まで狙った獲物達の中に、この白骨妖怪よりも速く動ける者が居なかった事も関係しているのだろう。

 とにかく技の精度――命中率の一点のみで評価するなら、癇癪を起こした子供がその辺にある物を手当たり次第にブン投げているのと変わらなかった。

 そう――これまでは。

 だが、永琳の手を傷つけた攻撃には明らかな意志が込められていた。それも、広大な攻撃範囲を維持しながら、針の穴を通すような精緻なコントロールで的確に狙ってくる。


(学習……いえ、適応している? この短時間で、追い着けなかった彼のスピードに反応出来るまでに? 重ねてきた年月は伊達じゃないわね……)


 こんな状況でも恐怖や痛みを忘れて思考に没頭出来る永琳も、邪魅に負けず劣らずの適応能力を有しているのかもしれない。


「ハッ! なんともまあ、発想が悪趣味っつーか無駄に器用っつーか……。おい、見てみろよ永琳サン。笑うしかねーモンが拝めるぜ」


 永琳を現実に引き戻したのは、呆れたような白骨の声。

 彼が顎で示す先に視線を移すと。


「…………ははっ」


 この森はありとあらゆる意味で常識が通用しない事を痛感する。

 白骨の言う通り、引き攣った口元からは乾いた笑いしか零れない。

 そこにあったのは、目。

 目、眼、メ、目目目眼眼目目眼眼眼目目めメめめめめ――

 周りを囲んでいる木々の幹――その表面が歪に泡立ち、まるで瞼のように左右に開く。中から覗くのは、人間の頭部くらいの大きさがある眼球だった。縦に裂けた瞳孔がギョロリギョロリと忙しなく彷徨い動き、やがて一点に――こちらに一斉に視線を合わせる。

 おぞましいの一言に尽きた。


「死角を丸ごと潰してくるか。これならいくらでも狙いがつけられるわな。こりゃ抜け道を探すより、あの女をぶった斬ってた方が面倒が無くて手っ取り早かったか?」


 後悔が滲み出ている口調。

 状況は悪化する一方だ。


「多分、斬っても無駄ね」


 さらに運が悪い事に、永琳は白骨にまだ話していない情報を持っていた。

 絶望の底に落ちるには十分な敵の情報を。


「国を出立する前に、森に棲む妖怪達の記録を徹底的に調べたのよ。その中に邪魅に関する記述もあったわ。千年以上前のものだったけど、それによれば彼女は『増殖する程度の能力』を有している」

「……? 何なんだ、その『程度の能力』ってのは。妖術の類か?」


 死角を少しでも増やそうとしているのか、刃の届く範囲にある眼球を一つ一つ斬り潰しながら白骨が問う。


「特定の神や妖怪、人間が持つ特異な力の事を私達はそう呼んでいるの。種類は実に様々。異常気象を引き起こすどころか、世界を簡単に破滅させる能力だって存在する。実を言うと私にもあるんだけど、この状況じゃ役に立ちそうもないから今は置いておくわ」


 とにかく、と永琳は続けて、


「邪魅は地面を触媒にして自分自身を増やせるみたいなの。この森に根付くおおよそほとんどの樹木が彼女の分身であり本体。要するに、木の数だけ命を持っている事になる。植物の妖怪としてこれほど相応しい能力はないわね」

「……つまりアレか? 目に見えるあの女を斬ったところで――」

「平気な顔して肉体を再構築するでしょうね。完全に倒すとなると、森を丸ごと焼き払うしか方法はない」

「無茶言うな、どんだけ広いと思ってんだ。それに俺もアンタもそんな馬鹿げた火力なんか持ち合わせちゃいねーだろが」

「せめて矢の一本でもあれば、あの壁を崩す事が出来るかも知れないのに……」


 後悔先に立たず。

 斬っても無駄。逃げ続けても出口を塞がれて徒労に終わる。

 二人にはもう、打つ手がなかった。


「どうした? 諦めたのか? 逃げぬのか? つまらんつまらん、つまらんのぅ。骸や骸、可愛い骸、もう儂を楽しませてはくれぬのか?」


 紡ぎだされる台詞とは裏腹に、邪魅の声は愉悦に満ちている。


「憎ったらしい女だぜまったく」


 吐き捨てるように言う白骨。


 そうこうしている内に、とうとう二人は井戸がある場所まで逆戻りしてしまった。

 井戸のそばには、体液を全て吸い取られた兵士達の亡骸が投げ捨てられている。

 カサカサに乾いて茶色に変色した肌、眼球を吸い取られて露わになった眼窩、だらりとはみ出ている舌。

 自分ももうすぐ彼らの仲間になってしまうのか。

 そう考えると、頭の中が麻痺して恐怖も悲しみも湧いてこない。ぽっかりと胸に穴が開いたような錯覚に陥った。

 あれだけ激しかった邪魅の攻撃は嘘のように鳴りを潜めて、辺りはシン――と耳が痛くなるくらいに静まり返っている。その静けさが不気味な耳鳴りとなって永琳を苛む。


「辞世の句でも考えろって事かねぇ」


 永琳を降ろした白骨が、心底どうでもよさそうに呟く。

 そんな訳ないでしょ、と否定はしない。

 彼も内心気付いてはいるのだろう。

 これは、最後通告だ。

 今ここでその女を差し出せばお前は見逃してやると、邪魅は白骨に対して無言の要求を提示しているのだ。

 恐る恐る様子を窺う。

 白骨は兵士達の死体の山をじっと見つめている。邪魅に渡すか否かを決めあぐねているのだろうか。もし気が変わってこの場に置き去りになんてされたら、丸腰の永琳は黙って餌食になるしかない。


 所詮は人間と妖怪。


 人間を助けようとした彼の行動自体が妖怪としては異端であり非常識なのだ。

 仕方がない、と諦めが心を支配する。


「……なあ、永琳サンよ。一つ、提案があるんだが」


 死体の傍にしゃがみ込んで、白骨がゆっくりと口を開いた。



 ◆ ◆ ◆



「さぁて、どう出てくるかのぅ」


 枝に腰掛けて髪を弄りながら、邪魅は眼球の一つが捉えた映像を確認して呟く。

 見目麗しく整った、少女のようなあどけない顔立ち。その口が三日月形に吊り上る。

 息を呑むほどに美しく、寒気がするほどに妖艶な笑みだった。


「本当に――何年振りか。儂をここまで楽しませてくれる輩が現れたのは」


 最初の五百年はただの樹として生きてきた。

 吹き荒れる風雨に晒され、照りつける陽に灼かれ、蟲や鳥獣達の住処となりながら、幾度となく移ろいゆく四季を過ごし、人間共の生き様と変化する世界を眺めてきた。

 人間の血肉の味を覚えて妖怪となったのは何時の頃か。

 思えば、最初の一人を食らった時から自分は狂い始めたのかもしれない。

 私利私欲・怨嗟憎悪に満ちた愚かで滑稽な大戦が何度も起こり、後に残るのは弔われる事もなく打ち捨てられた肉塊だけ。

 地に染み込んだ血液、腐り朽ち果て崩れてゆく屍肉。根で巻き取り、吸い取ったそれらは甘美なようでほろ苦く、食えば食うだけ言いようのない多幸感に包まれた。獣や鳥の肉では味わう事が出来ない、病み付きになる魔性の味。

 知らぬ内に膨大な力を蓄え続けて、気が付けば人間と同じ姿で獣や低級妖怪達を相手に姦しく語り、欲のままに食らい、退屈凌ぎに遊び殺す、妖樹の邪精と化した自分がいた。

 孤独を紛らわせるために能力を使って拡大した深い森には各地から流れてきた数多の妖怪達が住み着き、何時しか人間達からは大妖の森と呼ばれるようになった。

 妖怪達は互いにいがみ合って殺し合う事もあるが、それ以上の数の尊い生命を生み出し、育み、慈しむ。

 能力の弊害からか、自分自身しか増やせず子を成せない邪魅にとって、この森に棲む全ての妖怪は子であり孫――己の身の内に宿し、優しく抱擁して守るべき存在と言えた。

 けれど、だからこそ、邪魅は物足りなさを感じる。

 安住の地、仮初の母という絶対的な立場にいるがために彼女に刃向おうとする奇特な猛者は現れず、妖怪の巣窟であるが故に好物の人間も滅多な事では訪れない。

 退屈という名の緩やかな死が、精神をゆっくりと蝕んでいった。


「……動きおったか」


 そんな時だ。

 黒を纏う死神の如きアヤカシと、赤と青に身を包んだ銀の賢者が現れたのは。


「クッ、ククッ、ア――ハハハハッ! そうじゃそうじゃ、そうでなければ面白くない! さあ、さあさあさあさあ見せてみよ、足掻いてみせよ小さき者共! もっともっと儂と遊んでおくれ! 黙って食われたくなければなぁ!」


 立ち上がり、両手を広げて高らかに叫ぶ。

 刃を携えた漆黒の影がこちらに向かって突っ込んで来るのが見えた。

 白い骸は深い深い前傾姿勢で獣のように疾駆し、背中に片膝立ちの銀の賢者を乗せている。覚悟を決めた顔の彼女が構えているのは古びた弓。それなりの謂れがあるのか、とても嫌な破邪の気を発していた。

 その弓に番えるのは矢ではなく――


「槍――とはのぅ。いやはや中々の業物、名のある仙人の遺髪か霊骨でも穂先に埋め込んであるのか……」


 見覚えがある。

 最初に縊り殺した兵士共。

 彼らが持ち込んだ武器の内の一本だ。

 触りたくもなかったので体液を吸い尽くした死体と一緒に放置していたが、それを再利用しようというのか。

 女の方は弓以外の武器の心得があるようには見えなかったし、白骨には使い込まれた太刀がある。何より、妖怪が自身を滅ぼす霊装に興味を持つはずがないと高をくくっていた。

 その思い込みの隙を突かれた形になる。


「安物ではなかろうに、使い捨てにするとは大胆な策よの。それで射抜くつもりか?」


 狙いは分かっている。

 自分の背後、獲物を逃すまいと張り巡らせた枝根の妖壁――その中心。

 そこにあるのは、より強固な物とするために自壊する寸前まで注ぎ込んだ妖力の楔。もしあんな代物で撃ち抜かれでもしたら、編み上げた妖力が逆流して自分の身体と精神が崩壊するかもしれない。


「――上等!」


 槍が放たれた。

 元々内蔵する霊力と、賢者が新たに込めた霊力。穂先から溢れ出たそれらは閃光と二重螺旋の尾を引いて、標的に向かってまっすぐに突き進む。

 邪魅は即座に対応した。

 指揮をするように両腕を振って地中から生み出すのは、自分の分身であり本体でもある樹木の縦列多層障壁。槍の射線上に何本も隙間なく現れた、大人の胴回りほどの太さがある木々。本来ならばこれの太さを二倍、三倍、いや十倍にして防御力を向上させる事だって可能だ。

 しかし遺憾ながら、時間があまりにも足りない。

 成長させている間に槍は貫通して妖壁を破壊してしまうだろう。

 だから、多少は無様であっても、


「質より量じゃ! 貫けるものなら貫いてみよ!」


 槍が一本目に着弾する。

 まるで障子紙を突き通すように易々と穿ち貫き、二本目、三本目、四本目と、次々に圧し折っていく。


「ぐ――うぅっ!!」


 分身が死んでいく痛み。

 例えるならば指を一本一本丁寧に折られていくかのような、もどかしい痛みだ。しかしその甲斐あってか、槍の勢いは徐々にではあるが衰えてきている。

 それでも、折られた木の本数は二桁を超えて――ついに、全ての障壁を貫けた。


「まだ止まらぬかぁ!!」


 届く。

 届いてしまう。


「チィッ!」


 槍に枝と根が絡み付く。

 自分の手足のように自在に動くが、それ故に本体との繋がりも深い。引き千切られ、霊力によって焼き滅ぼされた反動が、圧倒的な激痛となって身体中を駆け巡る。


「止まれやあああっ!!」


 妖壁に根と枝の塊が衝突する。

 落雷のような轟音が森中に響き渡り、爆ぜた閃光が夜の森を昼に変え、シュウシュウと白煙を上げて焦げた臭いを撒き散らす。


「と、止まったか……」


 しかし、槍の穂先が中心点に触れる事はなく、妖壁は破れてはいなかった。

 守り切った。

 防ぎ切った。


「ク――クハハハ! どうやら勝負は着いたようじゃなぁ骸よ!!」


 汗まみれの顔に勝利の笑みを湛えて吠える。

 それに呼応するのは――


「そうね」

「俺達の勝ちだ」

「っ!?」


 声につられて頭上を仰ぎ見る。

 そこにあったのは。

 背中に賢者を張り付けた黒衣の白骨が、太刀を振り上げている姿だった。



 ◆ ◆ ◆



「本当にこんな方法で上手くいくのかしら……」


 疾走する『彼』の背に乗りながら、永琳は何度目とも分からないため息を吐く。手に握るのは自分のうっかりで無用の長物と化していた弓と、柄を半分に断ち切られた霊槍。


「他に案があるか? その辺の枝ぶった斬って即席の矢を作るっつー手段もあったんだが、邪魅の能力を聞いてるとマトモな矢が出来上がるとは思えねぇし、真っ直ぐ飛んでくれる保証もない。だったらアンタらが持ってきた武器を使うしかねぇだろ」


 風のような速度を出しつつも『彼』の姿勢はある程度の安定を保っている。

 永琳の射撃の妨げとならないように最大限の注意を払っているからなのだが、払いすぎているせいで一直線にしか走れないし避けられない。今攻撃されたら、自分はともかく永琳がズタズタのグシャグシャになってズルズル吸われて干物の仲間になってしまうのは明白だった。


「今さらっと恐ろしい事考えなかったかしら!?」

「気のせいでしょー」


 しかし、余裕があるからなのか何なのか、ケタケタと笑い声は降ってくるものの、木々が牙を剥く様子はない。


「待ってろ。すぐにそのスカしたツラぁ一変させてやる」

「……見えたわ」


 前方にそびえる植物の壁。

 あれを破る事が出来なければ、もう本当に後がない。

 たった一度きりの、こちらからの攻撃だ。

 背に乗る永琳の四肢に力が宿る。弓を握る左手と、槍を握る右手。左右の腕を頭上に掲げ、慎重な手つきで得物を交差させて、


「ふぅ――」


 軽く息を吐き、吸う動作に合わせて弦を一気に引き絞った。キリキリキリ――と弦が鳴り、そして止まる。

 半月型だった弓が、満月へとその姿を変えた。

 直後、背中の重圧が増し、ちりちりと肌を焼くような波動が『彼』に降り注いだ。


「……うげー、気持ち悪ぃ」

「穂先に込められていた破邪の気が、私の霊力に反応して活性化を始めたのよ。妖怪の貴方には辛いでしょうけど、今は堪えて」


 言って、狙いを定める。

 霊気の淡い燐光が零れる中、見据えるのは小指の先ほどのただ一点。


「もし失敗しても、恨んだりしないでよ」

「そんときゃお互い様、成功する方に賭けるしかねぇさ。それに、アンタは何っつーか、こういう事に関しちゃ信頼出来そうな人間っぽいしな」


 自分でもらしくないと思う『彼』の言葉に、返ってくるのは小さな笑み。


「――征きます!!」

「応!!」


 金色の光を纏う槍が放たれた。

 一直線に、ただひたすら真っ直ぐに飛ぶ。


「質より量じゃ! 貫けるものなら貫いてみよ!」


 邪魅が生みだした障壁を食い破り、


「まだ止まらぬかぁ!!」


 押し止めようと絡み付く枝根を噛み千切り、


「行け!!」

「行きなさい!!」


 轟音と共に、光が炸裂した。

 槍は寸前で止められた。壁は壊れていない。

 だが――それでいい。


「どうやら勝負は着いたようじゃなぁ骸よ!!」


 自分の勝利を錯覚する大馬鹿者の目を眩ませるには丁度いい。


「そうね」

「俺達の勝ちだ」


 槍の陰に隠れて併走していた『彼』は、首に永琳をしがみ付かせたまま跳躍する。

 驚愕に目を見開く邪魅を見下ろしながら、限界まで妖力を充填した太刀を杭のように逆手に構えて――


「奢ってやるよ。そんなに食いたきゃ腹いっぱい食らいな!!」


 ウゾウゾと蠢く妖壁の中心点に突き刺した。


「ぎ――ああああぁぁぁぁぁっ!?」


 邪魅の絶叫と同時に、壁が鳴動を始めた。

 絡み付いていた枝と根の結合が解かれ、瞬く間に干乾びていく。

 邪魅の身体がドシャリと音を立てて地面に落ちるが、そんな物を見届ける暇はない。

 生まれた隙間を潜り抜け、『彼』は出口に向かって走る。

 走って走って。

 未練がましく纏わりついてくる根を切り捨てながら走り続けて。

 ついに――



「抜けたあああああああぁ!!」



 森を脱出し。

 昇りつつある朝陽を浴びて。

 永琳と『彼』は勝者となった。 

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