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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
三章 邂逅別離編
28/51

第二十三話 再訪。天狗の里

『かいこうべつり』編。

新章開幕です。

「御遣いを、頼みたいのですが」


 と。

 遠慮する素振りすら見せずに。

 来訪の挨拶どころか、何の前置きもなく単刀直入に用件を切り出した彼女に対し、屍浪は目を通していた紙の束から顔を上げ、備え付けの茶を勝手に淹れて飲んでいる来客を半目で見据えた。

 よく知る人物である。

 何故彼女が此処にいるのかといえば、ただ単に、この岩屋――そして『鬼の巣』と近隣に住まう人妖から恐れられている大妖山、ひいてはそれに連なる山脈の全てが彼女の縄張りだからであり、形としては、その一角を間借りしている屍浪の元に、大家として用事を頼みに訪れただけのことだった。


 鬼子母神――薬師尼ざくろ。


 有髪尼僧姿の、背の高い美女だ。

 額には反りのある一対の角。

 着崩した法衣の胸元を豊かな双丘が内部からこれでもかと押し上げて谷間を形成し、ほんのりと朱が浮かぶ褐色の肌が妖艶な色香を助長する。

 同じ絶世の美女でも、輝夜とざくろとでは美しさの種類がまるで違う。どちらがより美しいかとか、そういう問題ではない。敢えて、強いて形容するならば、神秘的な美貌と生物的な美貌の違い――とでも言い表せばいいのだろうか。

 輝夜の場合は一種独特の――それこそ天上で煌々と輝く満月の如く、何者にも触れられず汚されない孤高の美しさだと言える。しかし、ざくろの場合は全くの逆で、見た者に原始的な欲求を――はっきり言ってしまえば劣情を掻き立てる、さながら甘美な毒のような美しさなのであった。


 まあ、だからと言って。


 鬼神だろうが何だろうが――たとえ『愛憎を操る程度の能力』で感情を操作したとしても、屍浪が彼女に靡く事はまず有り得ないと断言出来るのだが。

 そもそも、屍浪は生物ではない。

 今でこそ血肉を持つ生身の人間態ではあるが、正体が白骨の妖怪である事実に変わりはないし、その本質は自我を持った妖力の塊だ。『精霊』や『概念』、あるいは『現象』に近い存在と言える。健常な肉体を維持するために必要な食欲と睡眠欲はともかくとして種の保存――繁殖という生物特有の欲求、すなわち性欲に限定して述べるなら、恋愛感情やその手の知識こそ常識的な範囲で有してはいるものの、深山で隠遁生活を送る仙人並みに興味が薄いのであった。

 ゆえに。

 有角の美女が目の前で扇情的な笑みを浮かべていても――


「……とりあえず、飲むなとは言わんがせめて一言聞いてくれ」


 呆れた表情で、膝上の紙束に視線を戻すだけなのであった。

 紙面を捲り、文字の群れを目で追いつつ、屍浪は友人に問う。

 礼儀のない態度だと自覚しているが、客らしくない客にはこの程度の待遇で丁度良いだろう。まるで自分の家のように(ある意味では彼女の所有物だが)寛いでいるのだから。


「――で、ざくろ、その『御遣い』ってのは何なんだ? 小銭でも握って都に買い出しに行きゃあ良いのか?」


 だとしたら丸っきり本当に子供のお使いだが、それでも良い暇潰しにはなると思えるくらいには暇を持て余していたりする。

 一応、これから子鬼達に読み書きでも教えようかと予定を立ててはいたが、その母親兼大家からの頼みとあればどちらを優先すべきかは考えるまでもないだろう。暇さえ潰せればどちらでも良いのだし。

 コレなんですが……と、ざくろが寄越したのは小銭ではなく一升樽。それも、その辺の酒屋で売られているような低級酒ではなく、祝儀用に使われる上等な朱漆塗りの代物だった。出産や祝言、成人の祝いなどのめでたい席で何度か見た事がある。当然、中身も容れ物に見合った一品であり――ざくろの血を引く息子達であっても滅多に飲む事を許されない、文字通りの『神酒』なのであった。


「……道理で、さっきから若い連中が血走った目で中を覗き込んで来るハズだよ。こんな特級酒、一体誰に飲ませるってんだ?」

「今年の春先に天魔が代替わりしたのはご存知ですよね?」

「ああ、あの偏屈なジーサンが隠居して若いのが就いたってのは聞いてるが……まさか、今更それを祝いにか? もう四月半も前の話だろうが」

「代替わりしたのはいいんですが、どうやら改革の段階で一部の重鎮から反発されたらしくて。今月に入ってようやく沈静化したと手紙が届いたんです」

「ハッ。何処にでもいるんだな、頭の固い老害ってのは」


 つまりは、それも込みでの『御祝儀』という訳か。

 此処から天狗の里まで歩いておおよそ五日。幼い幽香や紫を連れて旅していた頃ならともかく、今の屍浪ならば転移符を使わなくても一日で行って帰って来れる距離。

 だが、一つ問題がある。

 行けるかどうか――手段や時間の問題ではない。罪人と思われているであろう屍浪が天狗の里に出向く事、それ自体が問題なのだ。


「届けてほしいってんなら届けるが……連中から逃げ出した俺がノコノコ顔を出しに行ったら余計にややこしい事になるんじゃないか? 名誉棄損に窃盗教唆、幼児誘拐に脱獄、その他にもどんな余罪冤罪がくっついているのやら。下手すりゃ向こうに着いた瞬間に死刑確定即執行だぞ?」

「その辺りはまあ、頑張ってください」


 肝心なところは全部丸投げだった。

 神らしいと言えば神らしいが。

 ハァ――と。 

 ため息を吐いて屍浪は立ち上がる。

 紙束を文机に置き、白鞘の太刀を腰に差す。 


「ところで――何を読んでいたんですか?」

「紫や幽香から無理矢理薦められた。都の貴族達の間で人気の小説なんだと。年端もいかない子供を自分好みの女に育て上げて愛人にする話らしい」

「あら……あらあら、それはそれは」


 そこで、ざくろはまじまじと屍浪の顔を見つめて。


「私の目の前にも、似たような事をやっている方がいるのですが」


 どういう意味だ。



 ◆ ◆ ◆



 射命丸文は困惑していた。

 いつものように哨戒任務で上空を飛び回っていた彼女は、山の中腹辺りを平然と歩く奇妙な侵入者を発見してしまったのだ。

 天狗の住処と知らずに迷い込む旅の商人、狩りや山菜採りに夢中になってうっかり足を踏み入れてしまった麓の人間、余所から流れてきた妖怪など、侵入者自体はあまり珍しくない。特に、ここ最近は長の交代やら内輪揉めやらで天狗の里全体が慌ただしく、その混乱に乗じて入り込む者も少なくなかった。

 とりあえず掟に則って眼前に降り立ち、母から譲り受けた剣を突き付けつつ『何者ですか』と事務的な口調で尋ねているのだが――


(……何なんですか、この感じ)


 どういう訳かもやもやと、形容しようのない不安というか恐怖というか拒絶反応というか、何があってもコイツだけは絶対に好きになれない――と自分でも驚いてしまうくらいの嫌悪感に襲われているのだった。


(そう、まるで――)


 まるで、あの“悪夢”のように。


「……だから、俺は酒を届けに来ただけだって」

「それを馬鹿正直に信用しろと?」

「信用も何も、お前さんが持ってる親書にはっきりとそう書いてあんだろうが。一応それ、鬼子母神の直筆だぞ?」

「偽造文書の可能性だって十分に在り得ます。それに、明らかに鬼ではない貴方が鬼子母神様の――あのざくろ様の使者だなんて、私には到底信じられません」

「言い切りやがったよオイ」


 確かに角は生えてないけどなぁ、と不審者は肩を竦める。

 返答と文の気分次第では斬り殺されてもおかしくない状況だというのに、その飄々とした態度が崩れる事はなく、恐れや動揺は一切見受けられない。

 不可思議な風体の男だった。

 精悍な顔つき、無精髭と、口元に僅かに浮かぶ皺――人間でいえば四十代中頃か。ボサボサに伸ばした白の蓬髪と底を見せない両の瞳が、幾多の死線を潜り抜けてきた老狼を連想させる。痩身長躯だが筋肉質で、山登りには不向きな黒い着流しに草鞋履き。腰には白鞘の太刀を帯びていて――左の袖が不自然に揺れていた。


(黒い着流し姿で、片腕がない? あれ……?)


 奇妙な既視感。

 前に一度、何処かで見たような。

 何だろう、思い出したいのに――思い出してはいけない気がする。


(でも――)


 それでも、知りたい。知らなければ、気が済まない。

 そもそも文は元来、好奇心旺盛で知りたがりな性格なのだ。

 記憶の奥底を探ろうとするたびに、ザラザラと酷い雑音が奔る。

 昔々――もっと、もっともっと昔。

 自分がまだ、飛ぶ事すらまともに出来なかった頃の――


「――い、おーい。こっちのハナシ聞こえてるか、カラスの嬢ちゃん?」


 ――声。


 記憶の海に沈んていた意識が、いきなり現実に引き戻された。

 改めて正面を見やれば、そこにあるのは当然――樽酒片手にぼうっと立ち尽くす不審人物の姿。その顔には、文への呆れがありありと浮かんでいる。

 コホン、と取り繕うように咳払いをして、


「と……とにかく、この山に侵入した罪と鬼子母神様の使者を騙った罪で貴方を拘束します。今の内に本当の事を白状したほうが身のためだと思いますよ? 天魔様に嘘は通じませんし――それに鬼ほどではありませんが天狗も嘘吐きは大っ嫌いですから」

「……やぁれやれ、やっぱ結局そうなるか」


 一歩、また一歩と、得物を構えたまま慎重に歩み寄る文。

 対して、白髪の男はあくまで自然体――辟易とした表情ながらも、余裕綽々な態度を微塵も崩さない。太刀を抜き放つ事もなく、踵を返して逃げようとする素振りすら見せず、まるで、文が来るのを待ち構えているかのように。

 そして、手を伸ばせば届く距離まで縮まったところで――


「じゃあ仕方ない。直接、届けに行くか」


 ――え?


 と、驚きの声を上げる暇すらなかった。

 文の手が男の腕に触れようとした瞬間、男の姿が――さながら蜃気楼のように揺らぎ、風景に溶けて、何の痕跡も残さずに綺麗さっぱり消え去ってしまったのだ。


「え……ええっ!?」


 慌てて、ぐるりと周囲を見渡すが、視界に入るのは木々ばかり。

 数多いる妖怪の中でも圧倒的な速度を誇る烏天狗。その動体視力をもってしても捉えられないほどの速度で、しかも自分が視認出来ない場所にまで移動したというのか。

 あるいは、まさか、


「瞬間移動!? でも術を使った形跡とかはありませんし――ああもう、何者なんですかあの男は!」


 喚いている暇などない。

 侵入者をみすみす逃したとあっては射命丸文の名折れ。どころか、こんな大失態を演じてしまったとなれば、尊敬する天魔の――母の顔に泥を塗る事にも繋がってしまう。ただでさえ母は里の重鎮達から快く思われていないというのに、娘である自分が立場を危うくさせるなど言語道断も甚だしい。

 やっと。

 ようやく。

 母の長年の願いが叶おうとしているのだから。


(それだけは、母様の邪魔する事だけは――)


 絶対に回避しなければ。

 一対の黒翼を羽ばたかせて、文は大空へと飛び昇る。

 行方をくらませた不審な男を、何が何でも探し出すために。



 ◆ ◆ ◆



 ハラハラと。

 黒い羽が風に乗って舞う林の中。

 今の今まで文が立っていた地点の――そのすぐ隣から。


「……まだ行ってなかったりして」


 のんびりとした声だけが生まれた。



 ◆ ◆ ◆



 などと――


 微妙な雰囲気になってしまったが。

 実を言えば、天魔は全てを感知していた。

 山脈全域を統治する鬼子母神には敵わない――猫の額ほどの領域ではあるけれど、それでも天狗族の長として縄張りを十全に覆いつくせるだけの感知能力は備わっている。ゆえに愛娘と、知らない顔ではない男の――二人の予期せぬ遭遇も、男が足を一歩踏み入れた時点で天魔の知るところとなっていた。

 もちろん、文が容易くあしらわれてしまった事もだ。

 しかし天魔は動かない。

 文机に向かい、ただ黙々と書類に筆を走らせる。

 侵入者よりも、眼前にそびえる書類の山を片付ける方が先――とまでは流石に断言しないが、男の目的地は他ならぬこの執務室、ならば不用意に出向くよりも仕事を消化していた方が合理的だと、そう考えた上での執務続行なのであった。

 山から一枚抜き取って目を通し、署名して別の山に戻す。

 基本的にこの繰り返しだ。

 天魔といっても、仕事自体は地味極まりない。哨戒任務よりは自分の性に合っているとは思うが、これだけ署名ばかりしていると偶に自分の名前が合っているのかどうか不安になってきたりもする。


 取って、書いて、戻して。

 取って、書いて、戻して。


 半分ほど片付けたところで――


「………………」


 それまで淀みなく動いていた筆が、ぴたりと止まった。

 無言のまま目を細めて見据えるのは、開け放たれた執務室の入口。誰もいないはずの空間に、天魔は静かに声を投げる。


「そんなところに立っていないで、座ったらどうだ?」

「お気遣いなく――ってな。用が済めばすぐにお暇するさ」


 にゅうっ――と。

 そんな間の抜けた効果音が似つかわしいくらい唐突に、草鞋履きの白骨の爪先が何もない虚空から突き出された。続いて足首、脛骨腓骨大腿骨が現れ、黒い着流しの裾がはためくと同時に筋肉と皮膚が構成されていく。

 年の頃は四十半ば。

 腰には太刀、右手には朱漆塗りの一升樽。

 ほんの一瞬前まで確かに無人だった場所に、今も娘が探し回っているであろう――黒衣を纏った長身の男の姿があった。


「……透明化、いや、精神干渉による存在の誤認か? そんな小細工を弄さずとも堂々と正面から入って来てくれて構わないのだが」

「念のためだ。それに一応、脱獄者だしな。誰かに会うたびに追い回されちゃたまらん。しかしまあ予想はしてたが、やっぱりアンタの目は誤魔化せなかったか。俺の能力の天敵みたいなもんだしなあ、アンタの能力は」


『真実を見通す程度の能力』


 それが天魔の生まれ持った能力だ。

 既に起きた事象であるならば、その全てを余すことなく正確に把握出来る――言うなれば未来視ならぬ過去視の能力。そして絶対の看破能力でもある。虚言も偽装も隠蔽もこの能力の前では意味を成さず、ただただ真実のみが彼女の瞳に映し出されるのだ。

 屍浪が施していたのは自身の能力による知覚誤認だが、天魔の能力はそれすらも一瞬で打ち払う。彼女の目には、屍浪が平然と入室するのが見えていたのであった。

 天魔と向かい合うように腰を下ろした黒の剣士は、持参した樽酒を押し出し、


「……鬼子母神・薬師尼ざくろの名代として、天狗一族の新たな長が生まれた事を大変喜ばしく思い、祝いの酒を手に参上つかまつった次第。今後ますますの健勝と繁栄、鬼族と天狗族の友好が末永く続く事を願っております」


 深々と頭を下げ、厳粛な口調で口上を述べた後、まるで別人のように――普段と変わらぬ飄々とした昼行燈の雰囲気に戻った。

 口元には人を食ったような笑みが浮かんでいる。


「それで今は……天魔様と呼んだ方がいいのか? もっとも、俺はアンタの名前なんて最初から知らないから、他に呼びようなんざないんだが」

「好きなように呼ぶがいいさ。お前にならどう呼ばれても構わん」


 立ち上がり、友愛の情を込めて『来客』をもてなす天魔。

 堂々と晒すのは、かつては禁色と忌み嫌われた純白の翼。

 一時は切り落とそうとすら考えた呪いの象徴。

 絶対に見せてはならなかった重苦しい枷。


「一度見たきりだが、あの頃と同じ――見事な翼だな」

「お褒めにあずかり光栄だ。だが……全く変わらなかった訳じゃあない。お前達に出会わなければ、私は心を偽り続ける愚か者のまま、変わる事など出来なかった」


 この男の一言がなければ。

 娘の笑顔がなければ。

 愚か者のまま、己を殺し続けていたに違いない。


「今の私が此処に在るのはお前が道を示してくれたからだ。狂骨・屍浪殿、改めて――御礼申し上げる」

「……そんな畏まって礼を言われるような事をした憶えはないんだがなぁ。ってか、何でアンタは俺の名前を知ってるんだ?」

「知りもするさ。妖怪の賢者が事あるごとに出す名前なのだからな」


 んな奴知り合いにいたかね……と首を捻る屍浪。

 妖怪の賢者。

 その正体が紫である事を、屍浪はまだ知らない。彼女が幻想郷を築くためにどれだけの時間と心血を注いでいるのかは――まあ、また別の機会に述べるとして。


「……と、そろそろ退散するとするかね」

「何? まだ来たばかりじゃないか、茶でも飲んでゆっくりしていけ。それに、私の娘にも是非紹介したいんだ。覚えているか? さっきも外で会ったんだろう?」

「ああ。それで不審者扱いされて捕まりかけた」


 そう言えばそうだった。

 よくよく考えてみれば、純粋な鬼族でないとはいえ、鬼神の名代として訪ねて来た者に自分の娘はとんでもない無礼を働いたのではなかろうか。

 いや、なかろうか――ではない。

 無礼を働いてしまったのだ。

 これは不味い。非常に不味い。


「ススススマン! すぐ此処に呼んで詫びを――」

「あーいやいや、そこまでしなくても大丈夫。そんな気にしちゃいねーし、俺も昔あの嬢ちゃんを驚かせちまったから、これでおあいこだ」

「そ、そうか? そう言ってくれるとこちらとしても有難いが……」


 全くあの娘は。

 自分のために精一杯頑張ってくれているのは嬉しい限りなのだが、もう少し、他人の話を辛抱強く聞く事を覚えて欲しいものだ。


「にしても、あんなにちっこかった嬢ちゃんがねぇ。何処からどう見ても一人前の立派な烏天狗だったぜ? 母親のアンタも鼻高々だろ?」

「私としてはもう少しばかり落ち着きを持って欲しいところだ。仕事一辺倒だったかつての私のようになられても困る。あの夢の事もあるし、何か……息抜きが出来る趣味でも見つけれくれるといいのだが」

「夢って……うなされたりするのか?」


 答えて良いものなのかどうか、判断に迷う。

 原因の一端が屍浪である事も確かなのだが、決して悪気があった訳ではないだろうし、そもそもが百年以上も前の話だ。今更蒸し返して余計な軋轢を生じさせるのも馬鹿馬鹿しく思える。

 しばし考えた末。

 天魔は結局、屍浪に事情を話す事にした。


「実は――お前達と最初に会った日から、文は時々悪夢を見るようになってな。ああ、不眠症になったり身体を壊したりとかはしてないから安心してくれ。ただ、夢を見るだけならまだ良かったんだが……」


 言い淀む。

 娘の名誉のためにも、ここからは出来るだけ言葉を濁して伝えなければ。


「その……ほら、あるだろう? 小さな子が怖い夢を見たりすると――」

「…………ああ!」


 どうやら理解してくれたらしい。

 みなまで言わずに済んでほっと胸を撫で下ろす天魔だったが。

 どうやら、安堵するにはまだ早かったようだ。

 あーあー、と屍浪は何度も頷き、天魔が言うまいとしていた事を――


「――漏らしたのか」


 はっきりと、口に出してしまった。



 ◆ ◆ ◆



 この数秒後。

 天魔の屋敷と――そして天狗の里全域において、一人の少女の恥を払拭するための壮絶な追走劇が繰り広げられるのであった。

続きます。

二週間以内に何とか更新出来ました。


ご意見・感想・批判・指摘、どんどんどうぞ。

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