第二十一話 相思。だから、偽り欺く
ものっすごく遅くなりました。
スミマセン……。
突然の乱入を果たした白骨は、五百人からなる敵を前にしても平然と――夥しい年月を生き永らえて来たであろう今でも、かつて、あの深い森に出現した時と同じように、周囲に得体の知れない恐怖と威圧を撒き散らしていた。
月下に浮かぶ痩身長躯。白の蓬髪と中身を失った左の袖を夜風にたなびかせて、抜き身の太刀を肩に担いだまま、まるで据わりを確かめるかのように首を右へ左へと回す。
状況に全くそぐわない、緩慢とすら言える動きは気怠げで隙だらけだったが、けれど、その一瞬を突いて引き金を引こうとする者は現れない。
虚ろな眼窩に宿る闇。
実際に射抜かれた方が、太刀で刺し貫かれた方がまだマシだと思えるほどに暗く、冷たく、そして痛い。纏わりつく怖気が身体から熱を奪い、覚悟を――攻撃しようとする意志さえ塗り潰していく。
いつものように。
おそらく本人からしてみれば日常的な自然体のままで。
ただ幽然と其処に存在するだけで、屍浪は――シロは間違いなく、この一触即発の空間を完全に、徹底的に、完膚なきまでに支配していた。
例外は永琳と輝夜――屍浪の背後に隠れるようにして立つ彼女達。
窮地であるはずなのに。
絶体絶命であるはずなのに。
二人の身を包むのは恐怖ではなく――安堵。
飄々と立つ背中を見て、永琳はこれ以上ないくらいの安心感に浸り、輝夜に至っては全身の力が抜けてその場にへたり込んでしまっている。
「……怪我でも、したのか?」
「え……?」
「それとも連中に心無い言葉でも浴びせられたか?」
背を向けたまま投げ掛けられた問いに、永琳は首を傾げる。
――傷などない。
――貴方が守ってくれたから。
――辛くなどない。
――貴方が来てくれたから。
ゆえに永琳は、何故そんな事を――と、そう問い返そうとした。
だがその前に、
「気付いてないかもしれないが永琳サン、今のアンタは……泣きそうな顔してる」
言われて。
目許を指先で拭うと、確かに濡れた感触がある。血液より生み出されたその水を認識すると同時に、無意識の内に抑え込んできた感情が溢れ出しそうになり――
「……そうね」
静かな声で、永琳は言う。
自分は泣いている。
だとしたら――
「それは、貴方にまた会えたからよ」
そこで初めて、白骨は背後を――永琳の方を振り返る。
当然、肉のない狂骨に一切の表情は見受けられない。だが、それなりに長い付き合いである――共に暮らした家族である永琳には、彼が無い目を見開き、呆気にとられているのだと手に取るように分かった。
そして彼は、
「ク――クク、アハハハハハハ、ヒハハハハハッ――」
と。
夜天を見上げて嗤い始めた。
堰を切ったように。狂ったように。
狂う骨。
すなわち――狂骨。
その有様を――存在意義を体現するかのように。
白亜と漆黒の身を震わせて大気を鳴動させながら、ひたすらに笑う。
太刀を握る手で白髪を掻き乱し、永琳と輝夜には根拠のない頼もしさを、月の使者達には底のない不安を与えていく。
ひとしきり呵々大笑した後、屍浪はカクンと俯き、
「たぶん俺も今、アンタと同じ貌になってるんだろうなぁ……」
それまでとはまるで違う、落ち着いた口調でそう言った。
妖怪だろうと、人間だろうと、想う気持ちに差異などない。
だから屍浪は永琳を守る。だから屍浪は――此処にいる。
「………………さて――と」
顔を上げ、白骨は改めて正面に向き直った。
今の今まで直立不動を強制し、口を挟む事さえ許さなかった敵の一団に向き直り、武装や人数、陣形、士気といった戦闘を構成する要素を――彼らのモチベーションを、付け入るべき綻びを推し量る。
敵はおおよそ五百余り。さらには太刀一本で大量の銃器を相手取らなければならない危機的状況にあっても、屍浪の面倒臭そうな佇まいは崩れない。
勿論、永琳と輝夜を守るのが――ではなく、この程度の連中を相手に時間やら体力やらを浪費するのが面倒臭くて仕方がない――そう言いたげな風体であった。
「か弱い……かどうかは俺も疑問だからこの際置いとくとして、女二人相手にゾロゾロワラワラとうじ虫みたいに盛大に集りやがって。まあ、おかげでこうして永琳サンと再会出来たんだから礼の一つくらいは言ってやるが、あんまり鬱陶しい真似しやがると――」
刃を振り下ろして大気を切り裂き、
「駆除すんぞ、害虫共が」
それは、脅しでも警告でもなかった。それどころの話ではなかった。
屍浪からしてみれば宣言であり――予告。
たとえ地に額を擦り付けて許しを請おうが何をしようが問答無用で殲滅すると、そう言外に、けれど如実に――露骨に白刃を閃かせた仕草で物語る。
禍々しい気概に満ちた妖骨。そんな化物とまともに相対出来るのは余程の豪胆か、あるいは恐れを自覚出来ぬただの愚か者くらいなのだが――
「……馬鹿が。駆逐されるのは貴様達の方だ!」
使者の一団を纏める肥満体の男は、どうやら後者であるらしかった。
「下等な妖怪にしては飼い主に忠実らしいな。だが!」
さすがに苦虫を噛み潰したような険しい表情ではあったが、元・総隊長の態度は余裕のある――それこそ、屍浪以上に余裕があるように見えた。
屍浪とは異なる、得体の知れている余裕。
すなわち、自身の手足となる五百の戦力と――
「ちょっと待って! 貴方が永琳の知り合いなのは分かったけど無茶はしないで! 下手に動いたら、お爺様とお婆様が!」
「人質……ねえ」
「今まで姫様を育ててくれた恩人よ。見捨てる訳にはいかないわ」
なるほどなるほど、と頷く白骨。
それを見て優位を確信した肥満男は下卑た笑みを浮かべるが、
「そういう事だ。さあ分かったら武器を捨てて大人しく――」
「――で? それがどうかしたのか?」
そう、言い捨てて。
化け物はその思惑を容赦なく踏み躙る。
平然と一歩を踏み出す異形を目の当たりにし、その場にいる誰もが――永琳と輝夜でさえも、彼の行動に驚愕せざるを得なかった。
躊躇いは感じられない。
永琳以外の人間などどうでも良いとでも言わんばかりに。
その歩みは、一向に止まらない。
止まらない。
止まらない。
止まらない。
「くっ……な、ならば望み通りしてやる! 撃て、人質諸共、撃ち殺してしまえ!」
「永琳、アイツを止めて! このままじゃ二人が!」
屍浪が歩みを止めたのは、輝夜の半狂乱な声を背中に浴びた直後の事だった。
永琳と敵との、ちょうど中間。ぶつかるまで数歩の位置。そこで何を思ったのか、太刀をゆっくりと腰元の鞘に戻してゆく。
武器を仕舞う。
ただそれだけの行為だが、命の遣り取りを行う戦場においては異端極まりない。ゆえに、何かしらの策略があるのでは、と大多数の目が屍浪の一挙手一投足を注視する。
それこそが――注目させる事が狙いなのだと考えもせずに。
「一つ、聞きてぇんだが」
実を言えば。
種明かしをするならば。
納刀の動作など全く必要なかった。注目させる意味もない。強いて言うなら――敢えて言うなら、屍浪の単なる気まぐれ、取るに足らない悪戯心である。
屍浪の能力は既に発動していて、既に――完了していた。
「アンタらの言う『人質』ってのは、一体何処にいるんだ?」
その台詞と、ほぼ同時。
いきなりだった。
人質に取られている――と。
誰の目にもそう見えていた翁と媼が――呆けたままであった二人の姿が薄れていく。何の前兆もなく唐突に、それこそ、夢から無理矢理目覚めさせられたかのようにあっけなく。輪郭が風景に溶けて色彩と形を失い、吹き散らされた湯気の如く消滅する。
人間二人がいとも容易く消失したという事実が、舞台を更なる沈黙と混乱に陥れた。
「最初からこの屋敷には、俺達と輝夜の姫さん以外誰もいなかったんだよ。人質にされると分かり切っていた老人は日が暮れる前に眠らせて避難させてたし、いても邪魔にしかならねー兵士共も騙くらかしてお帰り願った。その後はまあ、ご覧の通りだ」
老人達と同様に、兵士達の姿形も崩れていく。
彼らもまた、屍浪が用意していた作り物。
「全ては贋物、全ては嘘偽り。永琳サンを、姫さんを、てめえらを騙して見せていた紛い物。目を騙し、耳を欺き、匂いも感触も――五感の全てを偽る。するとどうなるか」
代わりに現れたのは燃え盛る無数の火柱。
そして、炎の海に沈む大都市。
輝夜以外の全員が、その光景に見覚えがあった。数万年前、穢れた大地から逃げ出す時に見た、思い出したくもない、けれど忘れる事の出来ない惨景。
「答えは――現実以上の幻に引きずり込まれる」
そこで白骨は一旦言葉を切って、
「これが俺の『騙し偽り欺く程度の能力』……その応用だ」
「シロの……能力」
実につまらなそうな呟きは小さく、永琳と輝夜にしか聞こえなかった。もっとも、仮に彼女達以外の誰かの耳に入っていたとしても、全身を覆う幻の炎を払うのに必死で理解する余裕など到底なかっただろうが。
五感の全てを騙される。
それが意味するのは精神の掌握――完全なる催眠状態。
視界を覆うのは血よりも紅い炎獄、鼻を突くのは肉の焼ける臭い、苦悶の声と建築物が崩れる轟音が耳を塞ぎ、肌を灼熱が掻き毟る。
所詮は幻、されど幻。
心の根幹を欺かれているのだから、逃れる術などありはしない。見るモノ聞くモノ触れるモノ、それらが全部偽物の世界において、たとえ肉体こそ自由であっても精神に――実際に“ある”と思い込まされた幻覚に否応なく、問答無用で引きずり込まれる。
完全に騙されるとは、つまりはそういう事だ。
地面をのた打ち回って阿鼻叫喚の様相を呈する敵の群れ。しかし耳障りな悲鳴も動きと共に段々と弱まり、やがて物音一つ聞こえなくなった。
「面白くもねえし達成感もない勝ち方だから、あんまり使いたくはねえんだが。贅肉ダルマの赤ん坊ごっこなんぞ見たくもなかったし。まあ……悪いユメを――ってな」
幻影が消えた後に残ったのは、精神を焼き尽くされて廃人となった総隊長と使者達。呼吸こそまだ止まってはいなかったが、それなりに鍛えられているはずの男達は、涙と唾液を垂らして胎児のように身体を丸めて震えるだけだった。
時間にしてたった二、三分ほど。たったそれだけの時間で、指一本動かさずに、戦いもせずに、屍浪は五百人を再起不能にしてみせた。
殺さずに――殺してみせた。
強引に幕を開けた独り舞台。自らの手で締めた茶番劇。
終えて、妖怪らしい理不尽さを見せつけて。
「それじゃあ改めて――久しぶり、永琳サン」
白骨は、掃除を終えた後のような気軽さで。
事もなげにそう言うのだった。
◆ ◆ ◆
目玉だらけの異界を抜けると、其処は一面の緑だった。
「……此処は?」
「見ての通りの、竹林デスヨ。人目につかなくて身を隠せる場所の心当たりっつーと此処くらいしか思いつかなかったもんでね」
「こんな場所で本当に大丈夫なの?」
感動――かどうかはともかくとして。
再会の挨拶もそこそこに、月からの追手を撒くために屍浪と永琳、そして輝夜の三人は『迷いの竹林』に足を踏み入れていた。
竹の伐採を生業とする両親に育てられた輝夜。彼女にとって竹は常に身近にあり慣れ親しんだ植物だが、それゆえにこの場所が潜伏場所には適さないと考えて訝しみ不安になっているようだった。
無論、それは普通の竹林であったならばの話だ。説明するまでもないが、この竹林は普通ではない。少なくとも、プライドが高い某森の女王が幼児退行して泣き出すくらいには普通じゃない。
「そう馬鹿にしたもんでもねーぜ姫さん。なんせ、案内人付きでも抜け出すまで一ヶ月くらい掛かるってぇふざけた土地なんだからよ」
「……貴方かその案内人が、実はものすごい方向音痴だったってオチは?」
「だとしたら笑えねぇ冗談で目も当てらんないわな。それより姫さん、お前さんの方こそあれで良かったのか? 少しくらいなら話せる時間もあったろうに」
輝夜と養い親の別れは拍子抜けするほどに淡泊なものだった。
残してきたのは一通の手紙と蓬莱の薬が入った壺。言葉を直接告げる事もなく、去り際に一度屋敷を振り返っただけ。妖怪である屍浪ですら、あれほど帰りたくないと泣いていたのに――と首を傾げてしまうくらいに素っ気なく味気ない別れだった。
「良いのよ、あれくらいで。顔を見ちゃったら決心が鈍るもの」
輝夜は言う。
「今生の別れって訳でもないし、それに――」
「それに?」
「会いたいと思ったら、何時でもあんたが連れてってくれるんでしょ?」
未練を振り払うように、気丈に笑う輝夜。目には涙が浮かんでいたが、屍浪も永琳も、それを口に出して指摘する――そんな無粋な真似はしない。話を振った白骨はばつが悪そうに肩を竦めて、永琳は教え子が精神的に強くなった事を素直に喜んでいるようだった。
「……けど確かに、妖怪が生息してるみたいだから人間の出入りも滅多にないだろうし、人目につかないって意味では身を隠すのにうってつけの場所ね。シロ、貴方さっき『案内人がいる』って言ってなかったかしら?」
「ああ、此処を縄張りにしてる妖怪兎達のまとめ役がその案内人だよ。因幡てゐっつー名前の人化した兎なんだが……生憎と、今は近くにはいねぇみてーだな」
「そう。出来れば早めにその彼――」
「ちょい待ち、永琳サン」
と、そこで屍浪が遮る。
「一応アイツも俺の数少ない友達だから、アイツの名誉のために訂正を要求する。てゐは雌だ。雌っつーか、見た目はちっこい女の子だ。実は神代の頃から生きてる俺以上のものすごいご長寿さんだが、女の子だ、ウサミミ付きの」
「……へぇ、女の子なの」
「ああ、女の子だ。……何で機嫌悪くなってんの?」
「別に? とにかく彼女と顔を合わせておきたいのだけど……」
永琳の言う事にも一理ある。
これから縄張りの中に――少なくとも年単位で――隠れ住もうとしているのだから、顔役であるてゐに会ってその旨を伝えるのが礼儀というものだろう。
「あーあ。ったくしゃーない、俺が行って探してくらぁな。三十分も適当に歩き回ってりゃその内アイツの方から出て来るだろ。念のため、お二人さんは此処で大人しく――」
「待ってシロ、私も行く」
屍浪は永琳を見た。
白髪頭をカリカリと掻きつつ、彼女をこの場に留めるための理由を考える。屍浪は過去の経験から、永琳が自分の考えを絶対に曲げたりしない事を知っていた。いくら正論を並べて説得しても、おそらくは強引について来るだろう。
数十秒ほど頭を捻り、やがて面倒になって結局――
「……一緒に来ても、面白くも何ともないぜ?」
「いいの。少し――二人きりで話がしたいだけだから」
「そうかい。じゃあ、ご自由にどうぞ」
屍浪が折れる形となり。
二人は並んで竹林の奥に進んで姿を消す。
そして後には。
「…………あれ?」
右も左も分からない見知らぬ土地――しかも話を聞いた限りでは妖怪も住んでいるらしい奇妙な竹林に、一人ぽつんと取り残されてしまった輝夜。
「もしかして私、置いてかれた?」
もしかしなくても、その通り。
◆ ◆ ◆
輝夜に会話が聞こえないくらいの距離――と言っても勿論、残してきた彼女に異常があればすぐに駆け付けられる程度の距離――を取ったところで。
屍浪は後ろから永琳に抱き締められた。
無言のまま、ぽすっと軽い音を立てて屍浪の背中に顔を押し付ける永琳。
「あの、永琳サン?」
「………………」
尋ねるが、返答はない。
「……歩き辛いんですが」
「良いから、少しこのままでいさせて」
言われるがままに、屍浪はその場に棒立ちになる。
骨の身体に回した細腕は震えていて、かろうじて聞き取れるほどの小さな嗚咽が漏れてくる。それと共に着流しが濡れていくが、二人は離れようとはしなかった。
「怒って、いるのか?」
こくり――と頷きが一つ返ってくる。
「泣いて、いるのか?」
腕の締め付けが強くなる。
間抜けな質問をした屍浪を責めるように。
二度と離さないとでも言うかのように。
「……馬鹿。本っ当に馬鹿。あんな嫌な別れ方して、あんな酷い嘘を吐かれて、残された私の身にもなりなさいよぉ。貴方に裏切られたと思って、でも本当は私達を守るためで、後になってからそれを知らされて、その時にはもう手遅れで…………」
感情の吐露に伴い、嗚咽も徐々に大きくなっていく。
屍浪は言う。
「……そう――だな。全部、俺の所為だ。嫌な事は全部、俺の所為にしてくれてよかったんだ。アンタが気に病む必要なんてなかったんだ。俺は――あの時の俺達は、逃げずに戦う事さえ出来れば、それで良かった。それで――満足だった。たとえ裏切り者と罵られても構わない。積み重ねてきた名誉に傷がつこうが、恥晒しな汚名を被せられようが、そんな事はどうでも良かった。永琳サン、俺達はな……どうしようもなく、怖くなったんだ」
前を向いたまま、続ける。
「あの場から逃げる事が――散っていった仲間の死を無駄にして生き延びる事が、とても恐ろしいものに感じられた。逃げ出す事が、俺達には我慢出来ない恥だった」
「………………」
「アンタや大切な家族を守るためと全てを――皆の信頼や自分の心すらも騙して裏切って、結局は安っぽいプライドのために戦って死んだんだ」
自己満足だよ、と屍浪は自分自身を嘲笑する。
「分かったか永琳サン。だからアンタが後悔する筋合いなんかちっとも――」
「――嘘」
返ってくるのは、顔を押し付けたままのくぐもった声。
「その理由も――自己満足のために死んだというのも、彼らがそうある事を望み、貴方が騙り継ぐために考え吐いた嘘なんでしょう?」
「………………」
「嘘なんて吐かなくていいの。私の身を案じてくれなくてもいいの。私の罪は――私が背負うから、辛くても苦しくても良いから、私は――私達は、貴方達に傍にいて欲しかった」
自分の所為にしてもいいと言うのなら、それこそが屍浪の罪。
孤独だった永琳の世界を壊し、家族の温かみを教えた罪。
彼女に手を差し伸べて、守るために突き放した罪。
屍浪は、償わなければならない。
永琳は腕を解き、表情を持たぬ白骨を振り向かせる。
「シロ、私にだけは本当の事を言って。貴方の本心を聞かせて」
屍浪は狂骨――妖怪だ。
その正体は偶然にも自我を持った妖力そのものであり、他者の骸に取り憑かなければ実体すら得られないただの『現象』に過ぎない。
だから。
厳密には生物ですらない屍浪は、月人である永琳を守りつつも、妖怪と月人との立場の違いを――己と生者との境界線を弁えるために、自らを裏切り者の大嘘吐きに堕とした。
だが今、その代償として、罰として。
本心を永琳に打ち明けなければならないのなら――
「――――――」
屍浪の返答は、言葉ではなく行動だった。
右の隻腕で永琳を正面から抱き直して、彼女の肩に顔を埋める。
そして、永琳にしか聞こえない声で想いを紡ぐ。
流れぬ涙を流しながら。
「…………私もよ、シロ」
雲一つない夜天。
笹葉の隙間から注ぐ月光だけが、抱擁を交わす二人を見ていた。
屍浪の能力について。
――『騙し偽り欺く程度の能力』――
簡単に言えば『ダマす能力』です。
基本は相手の五感を騙して幻覚を見せる能力だと思ってください。
某漫画の『鏡花水月』とか『霧の守護者』とかをイメージしていただけると丁度いいです。
あまり強すぎるのもアレなので色々条件付けしますが。
次で第二章の最後です。
連休中には更新したいですが……無理でした。