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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
二章 竹取物騙編
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第十七話 考察。企む貴族と訝しむ月姫

遅くなりました。


そして少し短いです。

 蓬莱山輝夜は宇宙人――それも、月面に超文明を築いている月人達の姫君である。

 はるか太古の昔に地球から月へ移り住み、さらにそこから追放されて地上へと舞い戻った形になる。なので厳密に『宇宙人』と定義出来るかどうかは甚だ微妙だが、とにかくまあ、月も星の一種なのだから『異星人』と呼ぶくらいは出来るかもしれない。

 結局、何が言いたいのかというと。

 輝夜は地球人離れした美貌を持っているのだと説明したいだけだったりする。

 容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備の品行方正、純情可憐に純真無垢――と、ありとあらゆる美辞麗句を山のように積んでも毛ほども表現出来ない。

 そんな美しさを、彼女は持っていた。


 そう、持って“いた”だ。


 過去形の話だ。

 過去ではあるが、だからといって美しくなくなった訳ではない。

 ない――のだが……。

 どちらかといえば、今の彼女は『美貌』よりかは『びぼー』と舌足らずな感じで形容した方がしっくり当て嵌まりそうな、万人受けではなく極々一部の特殊な性癖持ちの人間に拍手喝采の垂涎顔で迎えられそうな外見をしていた。

 要するに、月の都随一と謳われた姫君は。


「あーもうっ!! どうして勝てないの!?」


 現在、ほうらいさんかぐやちゃん(8歳)な姿になっちゃっているのである。

 ちっちゃな体躯を揺さ振って、短い両腕を上下左右にブンブンと。

 輝夜本人は真面目に憤っているつもりなのだろうが、傍から見れば心が和む光景以外の何物でもない。そもそも怒っている理由自体が子供じみているので、誰が何処からどう見ても『ムキになっている可愛らしいお子ちゃま』なのであった。


「いや、どうしてって言われましてもねぇ」


 彼女の対面、盤双六を挟んで呆れ顔を浮かべるのは、白髪頭の男だ。

 若人らしからぬ頭髪のせいで後ろ姿は老人のようにも見える。だが、その顔や体躯にシワはなく引き締まっていて、二十代後半から三十代前半と思しき活力に満ち溢れている。

 全身に包帯を巻き、纏うのは白い簡素な長襦袢。

 彼は賽子を右手で弄びながら、


「単に、姫様が弱いだけでは?」


 キイィィィッ! なんて声こそ上げはしなかったが。

 かぐやちゃん(8歳)は地団駄を踏んで悔しがる。


「何よその余裕は! こ、こんな美少女に本気出して大人気ないとは思わないの!? 仮にも貴族なら手加減して女に花を持たせなさいよ!」

「手加減しろと仰るならいくらでもしますが、それで勝って嬉しいですか?」

「嬉しい訳ないでしょ!」


 一体どうしたいのだろうかこのお転婆姫は。


 無論。

 輝夜とて、望んでこんなお子様姿になった訳ではない。


 月を追放される際に施された術式。


 肉体年齢を若返らせるだけの、月の民からしてみれば造作もない小細工。それによって輝夜の外見は赤子の状態にまで戻されてしまったのだ。

 若返ったといっても、それはあくまで一時的なもの。術の効果は翁に拾われた時点で既に消えていて、ゆっくりとではあるが順調に戻りつつある。事実、屋敷で過ごし始めてからの一月半で八歳児くらいまで成長した。もう一月半あれば地上に追放される前の、本当の『蓬莱山輝夜』を取り戻す事が出来るだろう。

 しかし輝夜は待ち切れない。

 一月半も悠長に待ってなんかいられない。


 何故なら。


「……分かった分かりました。ならもう一局しましょう。大丈夫、次は絶対勝てるから」

「明らかに手加減する気よね貴方!? そんな『どうして分かったんだろう?』みたいな顔しないで、悲しくなってくるから!」


 この男に子供扱いされる事がどうにも我慢ならなかった。

 確かに姿は童女なのだけれども、輝夜にだって譲れないものはある。

 こうして怒りを露にしているというのに、男は微塵も狼狽えずに飄々と受け流し、それどころか『手加減しようか?』などと臆面もなく真顔で聞いてくる始末。

 癇癪を起こした駄々っ子でもあやしているかのような――実際その通りなのだが――大人の余裕とでも言えばいいのだろうか、とにかくその態度が気に入らないのだ。


 ある晩に突然現れた『ただの貴族』を自称する男。


 屋敷の前に全身血塗れの状態で倒れていたらしいが、刀剣や弓矢が主な武装のこの時代にただの貴族が妖怪に襲われて生きていられるはずがない。

 陰陽師を生業としているのならまだ分かる。しかし、怠惰と贅沢に浸る貴族が陰陽道の厳しい修行などするとは思えないし、何より、妖怪を返り討ちに出来るような力を持つ人物なら、噂の一つくらいは立っているはずだ。

 よほど悪運が強いのか、何かの目論見があってわざと見逃されたのか。

 どちらにしても、


(まったくお爺様ったら、本当に人が良いんだから……)


 竹取の翁――讃岐造。

 地上に堕ちた自分を拾ってくれた大恩人。

 善意を施せば善意で返ってくると本気で信じている、人間としては珍しい部類といえる生粋の善人。

 だからこそ自分は此処で蝶よ花よと愛されながら暮らしていける訳なのだが、それでも控えめに見て、翁とその奥方であるおうなは少しばかり善良過ぎた。

 普通は竹の中から出てきた赤ん坊、しかも一月半で八年分も成長する女児を育てようだなんて考えたりはしないだろう。最悪、妖怪と間違えられても文句は言えない。


(まあ、そんなのどうでも良くなるくらい私が可愛かったって事よね!)


 前向きに考える事にした。

 翁と嫗――父母代わりの二人に対して文句はない。彼らの娘としてこのまま暮らしても構わないと思えるくらいには幸福を感じている。

 幸せで、けれど輝夜は退屈していた。

 郷に入っては郷に従え――なんて言葉もあるので、今は『おしとやかで奥ゆかしい姫』を演じて猫を被ってはいる。だが、元々奔放な性格である輝夜にこの時代の女性像は根本的に合わなかった。頭ひねって和歌なんぞを詠むよりは、どちらかというと蹴鞠でロングシュートを決めたい派なのだ。

 今は子供だから問題なし! と開き直って実行しようにも養父も養母も結構な老人で、おまけに近隣の屋敷にも同年代の子供はいない。仮にいたとしても、最先端過ぎる自分の暇潰しに付き合ってくれるとは到底思えなかった。


 そんな時だ。

 この無礼な男が屋敷に運び込まれてきたのは。


「どうかしましたか?」

「……別に。それより、もう一局するわよ! 手加減なんてしたら許さないからね!」


 素性は一切分からない。

 問い質そうとしても『口止めされていますので』とはぐらかされ、事情を知っているらしい養父に聞いても『今はまだ』とにこやかに返されるだけ。そこで素直に『はいそうですか』と引き下がっては女が廃るというものだ。


(見てなさい、今度こそ勝って聞き出したやるんだから!)


 躍起になる輝夜ではあったが。

 それを邪魔するかのように、思わぬ来客が現れた。



 ◆ ◆ ◆



 姫様の遊び相手をする事になった。

 強制された訳じゃない。私から翁殿に申し出た結果だ。それこそ掃除洗濯炊事の雑用でもするつもりだったのだが、左腕に愛想を尽かされている男に出来る仕事など高が知れていた。だからと言って老人に介護されながら食っちゃ寝するのは非常に居心地が悪い。

 手厚い看護に良心が…………痛んだら私も善人で良かった良かったとなるのだけれど、単に絵面の問題だったりして。どちらか片方が美女だったならそれなりに映える画になるかも知れないが、生憎、出演者は白髪頭の老人と怪我人(男)のみ。枯れ木と朽ち木の共演など色気もへったくれもない。

 なので、若い華を添えるべく行動を開始した。

 上体を起こして、入口の陰に隠れているつもりの姫様に手招きし続けただけだが。


 最初の三日は思いっきり警戒されて。

 次の三日は部屋に入って来た彼女に睨まれて。

 九日目にしてようやく会話出来るまでになった。


 何だか、人間不信のワンちゃんと心を通わせてみよう的な試みのような気がしないでもない。まあ、過程はどうあれ結果は上々なのだから考えないようにしよう。比べては失礼というものだ。犬に。


 ともあれ。


 言葉を交わしてみれば、なかなかどうして聡明なお嬢様だった。

 年の割に大人びている、というより、外見と中身の足並みが揃っていないような。

 それなりに重量がある盤双六の道具一式を、顔を真っ赤にしながら細腕で引きずってくる八歳児。新鮮な光景ではあったがもう一度見たいとは思わない。間違っても思わない。ゴトゴトズリズリと怪音を立てながら迫り来る様は恐怖すら感じた。

 そして私は盤双六の遊び方を知らなかったりする。

 見様見真似で石を適当に動かして、それでも勝ってしまう。一体どういう原理が働いているのか。

 十五回目の決着がついたところで姫様が爆発して『どうして勝てないの!?』と喚き、素直に自分の見解を述べたら更に怒らせて地団駄ふみふみ。

 思わず「手加減しましょうか?」と出来もしない提案を口走ってしまうくらいに、この時の姫様は外見相応の、実に見事なお子様っぷりを披露してくれた。ああ、ほのぼの。


「何か……失礼な事考えてないかしら!?」

「いえいえまさか」


 胡散臭いとよく言われる笑みを振りまきながら否定すると、姫様は憮然としつつも「ならいいけど……」と騙されてくれた。彼女の頬は若干赤い。いまだ興奮覚めやらぬ、といったところか。


 などと悠長に考える時間も触れ合う機会も、どうやら私にはもう残されていないらしかった。


 外から聞こえる二人分の足音。

 一人は竹林で鍛え抜いたような床板の踏み締め方で、もう一人の方は上流階級の教育を受けたらしい婦女子の、ほぼ無音に近い足運び。……なーんて遠まわしに考察して説明してみたけれど、一言で簡潔に纏めると、娘が翁殿に案内されてこちらに近づいているだけだったり。

 現れたのは家主である翁殿と、機動性低いだろうなぁと感想を述べられそうな着物を重ね着した少女。


「父様、お迎えに参りました。お屋敷に帰りましょう」


 藤原家の娘、妹紅。

 姫様が月なら、妹紅は灯火だ。

 双方ともに輝き光るが、その美しさの種類はまるで違う。

 当年とって十二歳――くらいだったか。

 娘の正確な年齢を覚えていないなんて父親失格の謗りを免れない愚の骨頂の極みだ。だが、私と妹紅の関係は『普通の親子』と形容するにはいささか無理があり過ぎるものなので、それも止むなしと言える。面白くもないので私は語らないが、その内誰かが説明してくれるんじゃなかろうか。乞うご期待。


「ちょっ……と何よあんた、いきなり現れて勝手に!」

「言葉の通りです。父様は私が連れて帰ります」

「父様って、貴方子持ち!? というか結婚してるの!?」


 あ、傍観してたらこちらに矛先が向いた。

 子持ちも何も、むしろこの時代この年で結婚していない方が珍しいような。いやまあ、密かに憧れてはいるんだけどね、独身貴族。

 それよりも、どうして姫様がそんなに焦っているか理解出来ないのだが。

 可能性としてはこの三人(あ、翁殿忘れてた)、もとい、四人の中で一番年下になってしまう事を危惧しているのか。年齢詐称気味な中身はともかく、見た目は最年少の八歳児だしなぁ。それと、大穴狙いで私が既婚者で子持ちの立場にある事に衝撃を受けているのかとも邪推してみたが、この予想に関しては自意識過剰と言わざるを得まい。

 肥満体ではないが、少女受けするほどの美丈夫という訳でもないし。近所の子に懐かれるおじさん的な立ち位置がせいぜいだろう。批判は受け付けませんので悪しからず。


「と、とにかく、この人はまだ安静にしてなきゃダメなの!」

「それは貴女ではなく、薬師が判断する事でしょう? 父様だって、何時までも此処に御厄介になったままで心苦しいはずです」


 おおスゴイ、正論を吐く妹紅が大人に見えるぞ。

 火花を幻視させながら舌戦を繰り広げる八歳児と十二歳(仮定)児。茶をすすりつつ『賑やかでいいですなぁ』『そうですねぇ』とそれを観戦する三十ウン歳児と七十歳(くらい?)児。

 姫様と意思疎通出来るようになった矢先に発生した、突然の邂逅。唐突に示された帰宅勧告ではあるが、特に驚く必要性は感じなかった。だって『迎えに来い』と手紙出したの私だし。流石に妹紅が来るとは思わなかったけれど。

 外傷は切り傷だけで骨は折れてないし、痛みと左腕の職務放棄さえ我慢すれば日常生活だって出来る。なのでそろそろ帰る事にした。妹紅の台詞を否定する形になるが、心苦しくなったとかそんな人間らしい理由ではない。


「本当に……帰っちゃうの?」


 縋りつくように、私の膝上に座る姫様。

 ……何時に間にか、座布団の同類に転職させられてしまったらしい。なんて面白味のない冗談は部屋の隅に投げ捨てるとして。


「そうですねぇ。そろそろ寝ているのも飽きてきましたし」


 否定を望む姫様に肯定を突きつける。

 しかし軽いねこのお嬢様。着ている十二単の方が重いのではと思える。全部脱いだら宙に浮かび上がるんじゃなかろうか。……いや、誤解しないでほしい。私は幼女を全裸に剥く趣味なんてないですよ?

 自分の身の内で発芽しようとしている特殊性癖について潔白を証明しようとしてたら、


「……馬鹿ぁ!!」


 罵声と共に、双六盤が顔面目掛けて飛来した。

 自業自得、身から出た錆とも言えるので、不動の体勢のまま受け入れる事にする。角じゃなく面で良かったと心底思う。効果音、というか断末魔を付属させるとしたら『ごばぁっ!』が適切か。

 色彩が反転する視界の中央に陣取るのは、投擲の態勢を保ったままの姫様。


「知らない、もう知らない! アンタなんかどっか行っちゃえ!!」


 喚く姫様、呆ける妹紅。

 ぶっ倒れる私、空気扱いされてる翁殿。

 四者四様の奇怪な状況の中で、敢えて憎まれ役を演じるとしたら。

 私は心の中で『計画通りだ』とでもほくそ笑むべきだったのだろう。

何故だか、今回は筆の進みが遅いです。


妹紅の口調が女っぽいのは『まだ』貴族だからです。


幻想郷がメインになったら『いつもの』口調になると思います。

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