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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
間章 断片集
18/51

小話。其の三、屍浪さんちの保健

 太陽が真上を少し過ぎた頃。

 円の中で、少女幼女が仰向けに倒れていた。

 皆ボロボロで、衣服が所々焦げている。


「あーもうっ、また勝てなかった! 今度こそ、好きなだけ酒が飲みたいってお願いするつもりだったのに!」

「あっきれた。勇儀、貴女そんな事お願いする気だったの?」

「いいじゃないかー、わたしが何お願いしたってさー!」

「……そう言う紫はどんなお願いをするつもりだったのかしら?」

「えっ!?」

「聞くまでもないんじゃないのー?」

「小父貴に頭撫でてもらいたいとか、そんなとこだろ」

「そ、そんな事…………ない」

「顔赤くして否定しても説得力ないわね」

「なってない!」


 真っ赤になった紫を三人でニヤニヤニヨニヨとしばらく弄って遊んでいたのだが、ふと、萃香が何か思い至ったように眉間に皺を寄せて首を捻り始めた。


「どしたのさ萃香、うんうん唸っちゃって」

「うん? うん、あのさー、小父貴は『酒は大人になったら飲んでもいい』っていつも言ってるけどさー」

「それが?」

「大人になるって、どういう事なのかな?」


 それは――

 子供ゆえの純粋な好奇心だったのだろう。

 しかし、この無垢な疑問が、後に鬼の山最大と語り継がれる惨劇を生み出す引き金になるなどと、この時の四人は思いもしないのであった。



 ◆ ◆ ◆



「「という訳で、子供の作り方教えてください」」


 何が『という訳で』なのかは全然まったくこれっぽっちも分からないが、とりあえず、とんでもなく面倒で厄介な事態に巻き込まれてしまったのは理解出来た。

 最大の敵が現れやがった! と内心で恐れ戦く。

 返答に困る質問第一位『赤ちゃんはどこから来るの?』だ。

 これまでにない強敵である。


「……メシ食って寝ろ。疲れてんだお前らは」


 屍浪はどうにかこうにか気力を振り絞って台詞を紡ぎ出すが、頭はどうやって状況を打破しようかフル回転させていた。投げ飛ばされた腹いせか? とも一瞬考えたが、幽香と紫の顔は真剣そのものでふざけているようには見えない。それが混乱に拍車をかける。

 何がどうしてそんな疑問を抱くに至ったのだろう。

 屍浪は知らない。

 自分の発言が間接的な原因である事を。


「まだお昼だし、全然眠くないわ」

「それより子供の作り方、早く教えて?」


 新手の拷問かこれは。

 確かに、これまでの旅の道中でその手の知識に触れる機会など全くと言っていいほどなかった(あってたまるか)。二人が第二次性徴を迎えるまで教えるつもりはなかったし、教えるにしても同性の邪魅に任せる気でいたのだ。

 この質問は、男親の自分が軽々しく答えていい物ではない。


「……華扇にでも聞いてこい。俺よりよっぽど詳しく知ってる」


 だから、全力で他人に押し付けた。

 逃げた訳ではない。然るべき人物に任せただけだ。何事にも、尊い犠牲は必要不可欠なのである。主に自分の精神安定のために。

 どうにか幽香達は説得を聞き入れてくれた。

 しかしそれだけでは済まなかった。

 更なる難敵が現れたのである。


「小父貴ー!」

「ちょっと教えてほしい事があるんだけどー!」


 二人と入れ違いになるように、今度は萃香達がやって来た。

 何だろう、とても嫌な予感がする。

 鬼の姉妹は興味津々といった表情で、


「「赤ちゃんってどうやったら作れるの?」」

「お前らもかい!」


 頭が痛くなってきた。

 痛む神経も脳もないが、頭骨の内側から刺すような幻痛がする。取り外して遠くにブン投げたくなった。ええい、新しい頭骨がその辺に都合よく落ちてたり飛んできたりしないだろうか。屍浪、新しい顔よー(裏声)的な感じで。


「……華扇にでも聞いてこい」

「華扇が小父貴に聞いてきなさいって言ったんだもん」


 あの女ぁ、と恨みたくなる。

 自分も押し付けてしまったので口には出さないが。

 好奇心に満ちた視線を浴びながら屍浪は悩んだ。

 悩んで悩んで悩み抜いた挙句、


「あーもう、ついて来い」


 華扇と話し合う事にした。

 そもそも一人で解決出来る問題じゃないし、余所者の自分が鬼族の性教育に余計な口出しをすべきではないと判断したからである。

 華扇のところには幽香と紫、そして何故か邪魅もいた。

 赤い顔で恨みがましい目を向けてくる桃色髪の有角少女。

 奇遇だな俺も同じ気持ちだよ、と言いたくなるのを堪えて、


「……助けて華扇先生」

「……私も貴方を呼ぼうと思ってたところよ」


 まーだー? と急かす四人を横一列に並べて苦労人二人は問う。


「――で? どうして子供の作り方なんて知りたくなったんだ?」


 はいっ! と元気に手を上げたのは萃香である。

 彼女は自信満々の顔で、


「母さんみたく赤ちゃん産んで大人になればお酒を沢山飲めると思ったからです!」

「よし萃香、後で拳骨な」

「なんでぇ!?」


 愕然とする萃香。

 はい次。


「でも、子供産んだら大人になれるなんて、自分達でそう考えた訳じゃないんでしょ? 一体誰からそんな事教えられたの?」


 純粋少女四人が一斉にある方向を指差した。

 そこにいたのは、昼間から酒をかっ喰らっている若い鬼達。


「子供が出来たら嫌でも大人になれるって言ってた!」


 勇儀が代表して言う。

 屍浪と華扇は脱力し、思わず顔を手で覆った。

 正確には子供が出来たらではなく、作る過程を『大人になる』と限りなくソフトに表現するのだが、それを指摘する気力など今の二人にはなかった。

 とにかく、


「元凶は、あの馬鹿共か」

「……そのようね」


 さぁて……ドウシテクレヨウカ。


「お、おじさん? 何か、とっても怒ってる?」

「いや、いやイヤいや、怒ってナイヨ? オジサンはちっとも怒ってなんかいマセンヨ? それヨり、子供の作り方ナラざくろが一番良く知ってると思うから訊いてラッシャイ?」

「「は、はひっ!!」」

「萃香と勇儀も、丁度いい機会だから一緒に聞いてきなさい」

「ええー? わたしは小父貴に――」

「萃香?」

「……母さんに教えてもらってきまーす」


 四人は逃げるように走り去る。

 後に残ったのは、鬼すら泣き出しそうな修羅が二人と、


「なー、屍浪よー」


 くいくいと袖を引く邪魅。


「子作りの仕方、儂にも教えてくれんかの?」

「……冗談のつもりならお前でも殴るぞ?」

「いやー、そのな? 実は儂、子供の産み方は知っとるんじゃけど、どうやって作るのかはよく分かっとらんのよ。訊こうにも、森では誰も教えてくれんかったし……」


 子供達がいる手前、自分も知らないとは言えなかったのだろう。

 邪魅の顔は、無知な己を恥じているようにも見えた。


「……貴女もざくろのところ行って聞いてきなさい」


 そうするのじゃー、と邪魅も走り去る。


「「さて……」」


 ※ ここから先は音声のみでお楽しみください。


 死に晒せええっ! だ、旦那いきなり何を じゃかあしい余計な事吹き込みやがって! ああ華扇さん助けて クタバリナサイ 何で片言!? ちょっと待って関節そっちには曲がらな ぎああああっ!? 兄貴ー!? 俺らが何したって 去勢シテアゲルワ それだけは駄目ええええっ!? 全員息子を死守しろおおおっ! メキバキゴリゴキャドスミシメリ――――グシャ。


 しばらくして。

 男達“だった”モノが転がる中に。

 ゼェゼェと肩で息をする鬼以上の鬼が二人。

 悪は滅んだ。

 後は全てが丸く収まる事を祈るしか――


「ししし屍浪屍浪屍浪――!!」

「今度は何ですかオイ」

「良い予感は全くしないわね」


 もう泣いても良いだろうか。

 暗澹とした気持ちになりながら声がする方を見やれば、洞窟の奥からこちらに猛然と走って来る一団が。

 先頭は夕日よりも赤い顔の邪魅だった。

 彼女は屍浪に飛び掛るなり、胸倉を掴んでガクガクと揺さ振って、


「おおおお主は、な、な何と言う事を儂に……!」

「聞いてきたのはお前で、教えたのはざくろだろうがよ」

「五月蝿い全面的にお主が悪いのじゃ!」

「なんて理不尽な……」


 揺れる視界の中。

 勇儀と萃香は意味がよく分かってないらしく首を捻り。

 幽香は顔を真っ赤にしながらチラチラと屍浪を見て。

 紫は、


「ふにゃあー……」


 のぼせてざくろに抱えられていた。

 性的免疫が少ないお嬢様だ。


「……ざくろ、一体何をどういう風に教えたの?」

「どういう風にって、私が経験した全てを包み隠さずにですが?」


 違うんですか? と不思議そうな顔のざくろ。

 どうやら人選を間違ってしまったらしい。鬼子母神の波乱万丈性活なんぞ聞かされたらのぼせて当然である。人間で言えば思春期真っ最中の初心な紫と幽香なら尚更だ。

 オシベとメシベの話だけでも教えておくべきだったかなーと。

 この日、屍浪は珍しく後悔した。

ぱぁと、すりー

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― 新着の感想 ―
[一言] 幼少期があるからこそのおもしろさ! とてもおもろいwww 息子死守しろてwww 執筆頑張ってください!!
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