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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
間章 断片集
17/51

小話。其の二、屍浪さんちの体育

 屍浪達が鬼の山脈で暮らし始めてから三年が経っていた。

 元々、明確な目的がない旅だ。先を急ぐ理由がある訳でもないしまあ良いか、と四人で頭を突き合わせて三分ぐらい議論した結果である。もっとも、この時の屍浪の頭には、三年も居座り続ける考えなど毛頭なかった。せいぜい半月程度のつもりだった。

 では何故、期間が三年も延びたのかというと――


「うーい、それじゃあ今日もいつもの始めんぞー」


 宴会広場の片隅、比較的平坦で土が多い場所に描かれているのは、直径四メートルほどの真円だ。そのほぼ中心に、のんびりと立つ屍浪の姿がある。

 相も変わらずの着流し姿で、髪型は頭頂部でまとめて縛っただけの浪人風。丸腰で、太刀は欠伸をしながら静観している邪魅に預けていた。

 屍浪の前後左右――円外の四方で構えているのは小柄な影。

 幽香、紫、萃香、勇儀の四人だ。

 外見相応の可愛らしい表情は何処へやら。皆一様に至極真面目な顔つきで屍浪の一挙手一投足を、そして自分以外の三人を注視している。まるで、一瞬でも見逃したら――先を越されたらお終いだと言わんばかりの形相である。


 そんじゃルール説明なー、と屍浪は空に骨指を向けて、


「太陽が真上に来るまでに、俺に一発でも攻撃を当てる事」


 言って、今度は指を下に、


「俺はこの円の中から出ない。お前さんらは中も外も出入り自由。ただし、紫は能力使うの禁止な? 流石にアレは避けられんし」

「はーい」

「それ以外なら徒党を組んでも良いし、遠距離からぶっ放しても良い。正々堂々でも卑怯卑劣でも御自由にどうぞ。以上――何か質問あるか?」


 挙手する者がいた。幽香である。


「おじさん、約束はまだ有効なの?」


 三年経って、幽香と紫は美しく成長した。

 背も伸びて女らしくなり、日に日に色香を漂わせていく。まあ、と言っても、屍浪からすればまだまだ二人は子どもだ。最近胸が大きくなってきたのアラでも私の方が大きいけどイヤイヤ私の方が……なんてムキになって張り合っているのを目撃してしまった時とか特にそう思う。

 お父さんはちょっと恥ずかしいよ?


「……ああ、もちろん約束は守るさ。お前らの内、誰か一人でも俺に攻撃を当てる事が出来たら、そいつのお願いを何でも一つ聞いてやる」


 ギラリッ! と少女四人の瞳が獰猛な光を放つ。

 それは良い、それは良いのだ。気持ちを適度に昂ぶらせる事自体は間違った行為ではない。だがどうして始まってもいないのに頬が赤くなって息が乱れているのだろうか。

 理由が分からないので邪魅に聞いてもみたのだが、『儂には何もないのか……?』と拗ねたような顔で睨まれただけで答えは得られなかった。

 ともあれ、一度言ってしまったのだからもう訂正は出来ない。


「本当に、ほんっとうに何でも良いのよね?」

「後で『それ駄目』とか言いっこなしだよ小父貴!」

「まあ出来れば、俺に叶えられる範囲でのお願いにしてくれると有り難いんだがな。……あ、先に言っとくけど『お願いの数を増やして欲しい』とか『全員の言う事を聞く』とか言うのはナシな? キリなくなるから」


 チッ、という小さな舌打ちは聞かなかった事にしよう。

 気を取り直し、屍浪は左足を半歩退いた。首を鳴らして半身に構え、臨戦態勢に入った教え子達の姿に満足げに頷き、


「さぁて。一丁揉んでやろうか、半人前共」


 開始と同時に四者四様の、しかし二通りの動きが生まれた。

 進むものと退くものだ。

 前者は萃香と勇儀、後者は幽香と紫である。


「先手ひっしょー!!」


 正面から勇儀の飛び蹴り。背後からは萃香の鉄拳。

 微塵の躊躇も、一片の迷いもない。

 一撃一撃が必殺の威力を持つ鬼に、余計な腹の探り合いや戦闘技術など必要ないのだ。数多の死闘を潜り抜けて培った直感と経験則。それのみを信じて突き進む、単純だからこそ最強の位置に立つ無双の者達。


「――つっても、ろくな場数踏んでないお前さんらの場合は、勇猛果敢ってよりただの無鉄砲だけどな。挟み撃ちすんならもう少しタイミングずらして隙を狙え、阿呆」

「うわわっ!?」


 深く腰を落として萃香の腕を取り、一本背負いの要領で勇儀目掛けて振り下ろす。潰れたカエルのような声を上げて、二人は地面に叩き付けられた。


「おら次ぃ! ちんたらやってないでさっさと来い!」

「足引っ張らないでよね幽香!」

「そっちこそ!」


 飛来するのは色とりどりの妖力弾の雨。

 膨大な規模だが如何せん未熟であったため、二人の弾幕は目測を誤って互いに喰らい合い、屍浪に届く前に相殺してしまう。


「何やってんだ! 同じ方向から撃っても仕方ねぇだろ!」


 三年間、酒を片手にのんべんだらりと暮らしていた訳じゃない。

 乳飲み子だった萃香と勇儀に泣き喚かれて、という理由もあったが、屍浪の本当の目的は、幽香と紫の二人を鍛えるため――そして屍浪自身の勘を磨く事にあった。

 この山には歴戦の猛者が数多くいる。修行場所としては申し分ない。

 結果、彼女達は出会った頃とは比べ物にならないほどの力を身に着けた。妖力の扱いは格段に上達したし、紫に至っては『境界を操る程度の能力』を発現するまでになった。

 だが、まだ足りない。そう実感する。

 幽香も紫も弱すぎる。

 自分に一撃も当てられないようではまだ駄目だ。

 だから、是が非でも強くなってもらわなければならない。

 何時か必ず来る別れに備えて。

 独りになっても――生きていけるように。


「さあ、まだ時間はたっぷりある。死ぬ気でかかってこい!」


 何故自分が、と考えた事もある。

 情が移ったのか、それともただの気まぐれか。

 死ぬ事が目的であるはずなのに、彼女達が立派な妖怪になるまでは絶対に死ねないと思っている自分がいる。

 友愛? 憐憫?

 分からない。

 けれど、これだけは言えた。

 四人で旅をしている間、自分はとても満たされていた、と。

ぱぁと、つー

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