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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
間章 断片集
16/51

小話。其の一、鬼より怖い骨

 子供の成長は早い。

 それは屍浪も知識として有している。

 生まれたばかりの人間の乳飲み子も、一年も経てば自分の意思で奔放に這い動き、あらゆる物事に興味を示し、両親その他が放つ言葉を理解し覚えるようになる。

 それは知っていた。

 特に必要性のない雑多なものとして脳裏の奥で埃を被っていた知識。

 しかし今、目の前で繰り広げられている光景は、そんな世界の常識というか観念を真正面から全否定してくれやがったりしている訳で。


「……早すぎるよなぁ、やっぱり」


 小振りな岩に腰掛け、頬杖をつきながら屍浪は呟く。

 どうにも納得がいかない。いや、納得がいかないというよりは、むしろカルチャーショックに近いのか。自分が抱いていた世界観がこうもあっさり覆されると一周回って感動してしまう。


「だ、旦那ぁ、ぼーっとしてないで、早くお嬢達を止めて下さい……」

「えー……俺がぁ?」


 現実逃避を止めて、屍浪は自分の足元を見る。

 若い鬼が十数人、地べたに這いつくばって伸びていた。

 正に死屍累々。死んではいないが。

 助けを求めてきたのはその内の一人、奇跡的にかろうじて軽傷だった若者だ。あの二人を呼び捨てではなく『お嬢』と呼んでいるので、ざくろの息子ではなく余所から来た流れ者である事が分かる。

 まあ、それはともかく。


「……つーか、力だけなら俺よかお前らの方が腕っ節は強いでしょうが。そのお前らが束になっても抑えられないものを、俺にどうやって止めろってのよ?」

「いや、だって、旦那の言う事なら、お嬢達は素直に聞くし……」


 あのなぁ、と嘆息して、


「お前らの方がアイツらよりずっと年上だし場数踏んでんだから、何時までも俺に頼ってないで自分達で何とかしてみろよ。鬼の名が泣くぞ?」


 ス、スンマセン……と言って力尽きた若鬼を放置したまま、屍浪は心底面倒くさそうに着流しの尻を叩いて立ち上がる。

 左腕がない白骨に、赤い柳模様が入った黒色の簡素な着流し。肩まで伸びていたボサボサの白髪は、遊び心しかない女衆に弄られてドレッドヘアーに様変わりしていた。

 太刀も腰に差しっぱなしだが、今は必要ない。

 今からするのは殺し合いでも何でもない、ただの躾なのだから。


「あーあ、しっかしあのチビさん達も毎日毎日よく飽きないねぇ」


 屍浪の眼前、いい年した大の大人達が木っ端の如く吹き飛んでいく。

 彼らの名誉のために説明しておくが、決して弱い訳ではない。それどころか、この山でも屈指の実力者達といってもいい。

 そんな彼らでも、あの少女達を止める事は出来ない。

 止められるのは母親であるざくろを除けば屍浪ただ一人。どういう訳かは説明を省略するが、なし崩し的にそういう立ち位置になっていた。 

 普段は宴会などの馬鹿騒ぎに使う広場の中央で、土煙に紛れて二つの人影が取っ組み合いの喧嘩を繰り広げている。喧嘩というか、これはもう立派に戦闘である。お互いの主張を譲らずにぶつけ合う小さな戦争。これがゲームとかだったなら、二人とも必殺技とか繰り出していそうな雰囲気だ。

 周りには人だかり――この場合は鬼だかりか?――が出来ていて、割合としては何とか事態を収拾しようとして殴り飛ばされる者が半分、酒杯片手に無責任に煽っている者が半分といったところか。

 後者の馬鹿共は後で叩き潰すと心に決める。


「――あっ!」


 野次馬の一人が屍浪に気付いて青褪める。その声につられた何人かが振り返って、同じように真っ青になった。

 どうしたというのだろうか。確かに自分は白骨で表情がないが、それでも極めて友好的に生きて、接しているつもりなのに。

 一歩一歩進むごとに人垣が左右に割れて道を作る。


「――で? 喧嘩の原因は?」

「あー、旦那。いや、つまりその、あっしらの口から話すには、少しばかり難しい問題があるって言うか何と言うか……」


 手近にいた一人に訊くが、どうにも要領を得ない。他にも尋ねてみたが、ばつが悪そうに眼を逸らして的を射ない返事を寄越すばかりだ。


「離せ、これはわたしんだ!」

「ダメー! わたしが盗って来たんだからわたしが全部飲むんだぁ!」

「何言ってんだ! わたしだって一緒に行ったじゃないか!」


 有角の少女達がじゃれ合う姿を眺めて、


(……しっかしまあ、元気に育ったもんだ)


 あれから三年か、と懐かしく思う。

 母親であるざくろ曰く、鬼の子は人間の子供よりも早熟であるらしい。二人の外見は三歳児どころかその倍――七、八歳くらいに見える。

 幼年期と老年期を限りなく短くして、その分の年月を派手に生きる。

 喧嘩と享楽に浸るための、如何にも鬼らしい特異な成長と言えた。

 さっきもぼやいていたように、屍浪には見慣れない光景ではあったが。

 改めてよくよく観察してみれば、喧嘩をしている幼女二人は何かを必死に取り合っているらしかった。それは上下が丸く真ん中がくびれた形状で、先端に飲み口が付いている丹塗りの――って、おい。

 ちょっと待てコラ。


「……萃香ぁ、勇儀ぃ?」

「「なに!? …………あ」」


 文字通り、鬼気迫る顔で同時に振り返る萃香と勇儀。

 しかし、声を掛けたのが屍浪だと分かった途端、


「お、小父貴? べべべ別に悪い事なんてしてないよ?」

「そ、そうそう! 小父貴との約束を破ってなんかないから!」


 ……語るに落ちるとはこういう事を言うのだろう。

 鬼は嘘を嫌う一族と呼ばれているが、子供の内はその限りではないようだ。目が明らかに泳ぎまくっている。


「勇儀。背中に隠したそれ、渡してくれるか?」

「わ、わたし、何も持ってないよ、小父貴の勘違いだよ!? ねぇ萃香!?」

「うんうん、何も持ってないよ!」


 言いつつ、決して背中を見せないようにしながら、二人はじりじりと後退し始めた。あと三歩も下がれば全力で逃げ出すだろう。

 だが、それを黙って見逃す屍浪ではない。

 鬼でも捉え切れない速度で二人の背後へ回り込む。あっ、と声が上がるがもう遅い。勇儀が背中に隠し持っていた瓢箪は、既に屍浪の手の中にあった。

 中身を確認するまでもない。どう見ても酒である。

 瓢箪酒をタポンタポンと鳴らしながら、


「お前ら、俺との約束、もう一度声に出して言ってみ?」

「「……お、『大人になるまでお酒は絶対に飲みません』――です」」

「そうだ、そうだよなぁ……」


 勇儀のもちもちとした頬を優しく撫でて、


「確かにこの口がそう言ったよなぁ!?」

「うにゅにゅにゅにゅにゅ――!?」


 抓んで上に思いっきり引っ張った。

 ひいっ!? と観客が頬を押さえて悲鳴を上げる。


「ごめんなひゃいごめんなひゃいごめんなひゃい!」

「許すか阿呆、何度目だと思ってんだ! 萃香も逃げるな!!」

「ひゃい!」


 二人の後ろ襟をまとめて掴んで、屍浪達一行に宛がわれた小さめの洞穴――密かに『お仕置き部屋』と呼ばれている暗闇に引きずって行く。


「お嬢達も懲りないよなぁ。……頭かな?」

「いや、今度は尻だろ」

「両方だ!!」


 観客に律儀に答える屍浪。

 猿みたいなお尻になるのはイヤぁ! と泣き喚く萃香と勇儀。

 抵抗空しく、二人は暗闇にゆっくりと飲み込まれて。

 何かを引っ叩く音が、悲鳴と共に延々と木霊するのだった。

ぱぁと、わん。

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