第十五話 慈愛。母として
前に出たのが屍浪ではなく、妙齢の美女の姿になった邪魅であるのを見て、ざくろは初めて不快に満ちた表情を露にした。憎しみを通り越して、殺意すら感じる壮絶な顔だ。それでも美人の風貌が崩れたりしないのだから余計に恐ろしい。
「……私は、貴女ではなく屍浪様と死合たいと言ったはずですが?」
何年振りだろうか、と茨木華扇は過去を顧みる。
何時以来だろうか。
あの親友が、こんなにも怒っているのを見たのは。
ざくろの押し殺した声が楽に響くほどに、洞窟の中はシン――と静まり返っている。
あれほど騒いでいた鬼達も、全員が壁際まで退いて手に汗を握り、酒や肴そっちのけで事態を見守っていた。滅多に見れない闘争に立ち会えた興奮も見え隠れしているが、華扇には、どちらかと言えばざくろへの畏怖が大半を占めているようにも見えた。
そんな中で。
射殺さんばかりの視線を向けられている当事者は。
「………………ふむ」
殺気なんぞ何処吹く風。
優雅に腕を組み、ぼうっと突っ立っている。
余裕綽々である事は一目で分かった。それが華扇には信じられず、恐ろしかった。これ以上ざくろの機嫌を損ねたら一方的に虐殺されるしかないというのに、あの女はどうしてああも悠長に呆けていられるのか。
「私の話が聞こえてますか?」
「ん? ……ああスマン、少し考え事をしておっての」
「考え事……?」
怪訝な顔をするざくろに、邪魅は軽く頷いて、
「そうだとも。なあに、大した事ではない――」
――身勝手な童をどう躾ようか、考えておっただけじゃ。
その言葉に周囲はどよめき、青褪める。
よほどの豪胆か、あるいはただの馬鹿か。
どちらにしても正気の沙汰とは思えない台詞だ。
構わず邪魅は続ける。
「期待を裏切って悪いが、生憎と屍浪は子守りの真っ最中で手が離せんのでな。それとも儂が代わりの遊び相手では不満かの? 狂った鬼神の小娘よ」
ざくろに負けず劣らずの裸体を覆うのは、萌葱色の長襦袢一枚きり。武器らしい武器も持たず裸足である彼女は、けれど狂気を帯びた鬼神を前にして一歩も退いたりはせず、それどころか小娘呼ばわりして挑発する。
口元に浮かぶのは、犬歯を覗かせる不敵な笑み。
癇癪を起こした子供を見ているかのような。
戯れに仕方なく付き合っているかのような。
そんな笑み。
「……そうですか」
対して、ざくろの判断は一瞬だった。
踏み込む側の爪先に軽く力を込めて、
「つまり――邪魔者の貴女を踏み潰せば、屍浪様と存分に殺し合える事が出来ると、そう言っているのですね?」
轟音と共に地が爆ぜた。
ざくろが瞬間的に位置を移った。そう錯覚させるほどの瞬発力をもって彼女は地を蹴り、軽く十メートルはあった距離をたった一歩で零にする。
微動だにしない邪魅の眼前で、右足を斧刀のごとく高く振り上げ、そして――
「潰れなさい!」
二度目の爆砕。
吹き飛ぶ石礫や衝撃波に襲われた観客はたたらを踏み、目を覆う。
全力ではないにしても、あの鬼神の一撃を受けて立っていられる訳が――無事である訳がない。仮にまだ息があったとしても、全身の骨を粉微塵に砕かれて、指一本動かす事すらままならないはずだ。
この場で観戦している誰もがそう思った。
「――片腹痛いのぅ」
しかし予想は覆される。
土煙の中から聞こえて来る、涼しげな声によって。
視界が鮮明になり露わになったのは、足刀を振り下ろした体勢のまま、中空で不自然に停止しているざくろと、
「言うておくが、餓鬼に踏まれた程度で参るような儂じゃあないぞ?」
半球状に深く大きく陥没した地面の中で、平然と立ち続ける邪魅の姿。
傷一つない邪魅の足元――前後左右の四方から飛び出しているのは、彼女の胴回りほどの太さがある四本の樹だ。それらは邪魅の頭上で複雑に絡み合って緩衝材の役割を果たし、地を砕くほどの足刀の威力を完全に受け殺していた。
「ほれほれどうした、儂を潰すのであろ? まさか、今まで一度も攻撃を防がれた事がない、とか腑抜けた事を言い出す訳じゃああるまいな? だとするなら――」
怒りを孕んだ声を紡ぐ邪魅は、組んでいた腕を解き、
「胎の中から出直して来い、糞餓鬼が」
バチンッ! と。
二度響いた轟音に比べれば小さいものではあったが。
どれほどの痛みなのか、いやでも想像出来てしまう音を立てて。
スナップを効かせた邪魅の平手打ちが、鬼女の右頬に直撃した。
「うわぁ、痛いわよアレ……」
華扇を含め、若い鬼の何人かが顔を引き攣らせて自分の頬を擦る。もしかしたら、幼少期の記憶を思い出しているのかもしれない。もっとも、彼ら――あるいは彼女らがざくろに叩かれた事など、憶えている限りでは一度もないが。
邪魅の指導は止まらず、どころか、さらに追加される。
バチンッ!! と、今度は左頬に、下から掬い上げるような一撃。
左右に頭を揺さ振られたざくろは二、三歩後ろによろけた。
血走った目で邪魅を睨み付け、憎々しげに歯を軋み鳴らす。
「くくっ、褐色に朱が混じりおった。可愛らしくなったのぅ小娘」
「この――舐めるなぁっ!!」
思わぬ反撃は、彼女のプライドを傷付けてしまったらしい。
狂いながらも穏やかだった口調は何処へやら。怒りに我を忘れた――それこそ、からかわれた小娘のように、妖力を乗せた拳と蹴りをがむしゃらに放つ。
狙いの外れた攻撃が洞窟の壁や地面を陥没させる。
邪魅の周囲に展開された妖樹の障壁がざくろの攻撃を防ぐが、先ほどとは違って威力を完全に受け殺せていなかった。
神の域にまで上り詰めた鬼。
それが薬師尼ざくろだ。
相手を格下だと見誤り、初撃を無効にされ反撃こそもらってしまったが、同じ手を二度も喰らうほど愚かではない。
直接攻撃が効果がないと理解した時点で、彼女はすぐに戦法を変えていた。
障壁に拳が着弾する瞬間を狙って妖力を爆散させ、打撃そのものではなく衝撃波を当てるようにした。
言うなれば、特製の炸裂弾。
本来放つはずだった数十の弾幕を拳に一点集中させて、腕を砲身代わりにして撃ち出しているのだ。もちろん、並みの妖怪に出来る芸当ではない。鬼の頑健な肉体だからこそ無理を可能にした荒業である。
結果として、邪魅の身体には不可視の攻撃が何度も打ち込まれていた。
生身の拳を止める事は出来ても、実体がない衝撃波までは防ぎようがない。いくら壁を築こうが、それを容易く貫いて来るのだから。
けれど。
「ふふん――」
顔色が優れないのは、防戦一方の邪魅ではなく。
優位に立っているように見えるざくろの方であった。
「あいつ……どうして倒れねぇんだ!?」
誰かが呟いた台詞が現状の全てを物語っている。
攻撃を受けてこそいるが、邪魅は決して倒れる事はなかった。袖から伸びる腕にも、裾から覗く足にも目立った傷はなく、青痣一つ見当たらない。
「まるで無傷だなんて……。一体どんな能力なの!?」
「大戯け。この儂がいちいち丁寧に説明してやる阿呆に見えるか? 仮にも神を名乗っておるなら少しは自分で考えろ半人前。いや、お主の場合は半神前か?」
素直に尋ねた自分が馬鹿だった。
悔やみ、小さく舌打ちして、ざくろは攻撃の速度を上げた。
「吠え面をかくがいい! 花も咲かない枯れ木風情が!!」
「ほほう、これはなかなか……言ってくれるではないか! 後悔して小便漏らすなよ、角が生えているだけの小娘が!!」
売り言葉に買い言葉。
そこから先の攻防は、常人の目では捉えきれない領域へと至る。
◆ ◆ ◆
屍浪が洞窟の奥から戻って来てみると、戦いは既に佳境へ入ろうとしていた。
面白そうなとこ見逃したか……と少し残念にも思うが、とりあえず、最優先事項は達成出来たのでまあいいか、と軽く考え直す。
邪魅とざくろから視線を外し、今度は壁際に腰を下ろしている華扇を見る。彼女は、まだ眠っている幽香と紫に膝枕をして、頭を優しく撫でていた。自分の頬が緩んでいる事に気付いているのかいないのか。
「……よう。済まねぇな、子守りなんぞ頼んじまって」
「――っ!」
そっと近づいて声を掛けると、華扇は慌てて、
「べ、別にいいけど……私も嫌じゃなかったし。それより、何なのよその格好は。火事場泥棒でもしてきたの?」
撫でていた手を引っ込めて、取り繕うようにそう言った。
顔が赤く染まっているが、そこには触れずに話を進める事にする。面白半分に指摘して、和気藹々と騒げるような状況でもないだろうし。
奇妙に膨らんだ着流しの懐から屍浪が取り出したのは、飾り紐が結わえられた丹塗りの瓢箪だ。軽く振ると、動きに合わせてタポタポと音が鳴る。
華扇は柳眉を顰めた。中身が何なのか察したらしい。
「呆れるわね、鬼の棲み処から勝手に酒を持ち出すなんて……。見つかったら八つ裂きにされても文句言えないわよ?」
「全部飲んじまえばバレやしねぇさ。それに、連中はそれどころじゃねぇだろ」
鬼達は皆、即席のリングと化したクレーターの周りを取り囲んで戦いを見守っていた。輪から外れて静観しているのは華扇と屍浪くらいである。無理に近づかなくても、観客の壁の合間から、クレーターの中央で繰り広げられている鉄拳と張り手の応酬を覗き見る事が出来た。
「……ざくろも無茶苦茶だけど、貴方の相棒も相当ね。鬼神と殴り合って無傷でいるだなんて、普通じゃ考えられないわ」
「まあ、実際は無傷って訳じゃあねぇんだがな」
瓢箪酒を一気に煽り、屍浪は訂正する。
邪魅が有するのは『増殖する程度の能力』――大地を媒介に、自分自身を増やす能力。他を圧倒する攻撃範囲を持つ強大な力だ。
しかし、その真価はもっと別にある。
「再生能力。それがアイツの一番の強みだ。踏み潰されようが切り倒されようが、根さえ残っていれば植物は再生するだろ? そいつと同じだよ。骨が折れようが肉が裂けようが問答無用のお構いなし。傷の大小にかかわらず、片っ端から身体を再構築して万全の状態に戻っちまうのさ」
視線の先、邪魅が一歩後ろに跳んで攻勢に出た。
振り上げる両腕に呼応して彼女の足元から突き出たのは、樹木で形作られた一対の巨腕。それらは本体である邪魅の命令に忠実に従い、まるで合掌するかのように、鬼女を左右から平手で叩き潰す。
「確かにお前さんの言う通り、神域にいるあの美人さんの力は絶大なんだろうよ」
羽虫の如く潰されたように見えたざくろは、しかし、両手を横に突き出して巨木の腕を容易く受け止めていた。流石は鬼神、その気になればこの洞窟を山脈ごと吹き飛ばす事だって可能なのだろう。
けれど、それでも、
「その程度の力じゃあ、今のアイツは負けを認めたり屈したりしねぇよ。俺以上に素直じゃねぇし、自分の考えは絶対に曲げねぇ頑固者だし、何より――」
巨腕がざくろの両腕を握り包み、動きを封じる。
喚き、もがく鬼女の懐に、萌葱色の影は音もなく潜り込み、
「アイツも昔は母親だった。だから許せねぇんだろうさ」
まずは左の平手を。
そして、捻り、戻す身体の勢いに乗せた、渾身の右手を。
打撃で腫れた馬鹿母の頬に叩き込んだ。
◆ ◆ ◆
何故――と。
仰向けにゆっくり倒れながら、ざくろは思う。
何故この女は、こんなにも怒っているのだろうか。
――私の、娘達のため……?
要因は、たった一つしか思い浮かばない。
だから、余計に理解出来ない。
過酷な生まれであろうと、非道な仕打ちを受けようと。
自分の子供達は――絶対に自分を愛してしまうというのに。
『愛憎を操る程度の能力』
生まれ持ったこの能力を用いれば、敵を容易く篭絡する事も、互いに憎しみ合わせて同士討ちさせる事だって出来る。もちろん、蔑ろにした実子に愛される事も。
事実これまで――何人もの子を孕み、鬼子母神としてこの山脈を統べるまで、薬師尼ざくろはそうやって世界を生き抜いてきた。
ある時は、会う者全ての心を自分への愛で満たし。
またある時は、大軍相手に憎しみを蔓延させて。
愛を毒に、憎しみを刃に。
それがざくろの戦い方であった。
鬼の頑強な肉体も、粉砕する腕力も必要ない。
小川の流れを手の平で掻き乱すように、ただ思うだけ。
それだけで世界の全てが愛に狂い、憎悪に沈むのだから。
――……一つだけ欠点を挙げるとするなら。
この能力は、ざくろの意思での入り切りが出来ない。
常に制御不能の全開状態。愛情か憎悪かの両極端な感情を周囲の者に無理矢理に植えつけてしまうのだ。赤子も、老人も、鳥獣も蟲も――この世に生きる者全てに。
ゆえに、ざくろは誰かを愛する事が出来ずにいる。
いくら慕われ愛されようと、自分に向けられている慈愛の全てが、能力によって強制的に生み出された偽物のように感じてしまうのだ。
父の優しさが怖かった。母の笑顔が恐ろしかった。子を成し、自分自身が母となっても、それは変わらない。腕の中、抱かれて無邪気に笑う幼子を見て、むしろ恐怖は増大した。
もう、道は残されていなかった。
――そう、だから私は……。
血生臭い戦いを、異常に欲するようになっていた。
呪いから逃げるように。偽りの希望に縋るように。名も知らぬ強者に自分への憎しみを植え付けて。我が子達から――恐怖から目を背けるために、必死に求めた。
もしかしたら、心の何処かで死を望んでいるのかもしれない。そう思えるほどに延々と、幾年も幾年も戦いに狂い続けた挙句に、
――神になり、独りになって……。
やがて依存すべき『敵』もいなくなって。
いよいよ恐怖に押し潰されそうになった――そんな時だ。
風の噂に聞いた、不可思議な白骨に出会ったのは。
鬼神として培われた目か? 女として備えていた直感か? この際どれでも良かった。自分を救ってくれる者が現れたと確信出来れば、それで良かった。
しかし、代わりに相対したのは樹木の女妖怪で。
とても腹が立った。
殺してやりたいと何度考えただろうか。
――けど、私は彼女に負けて……。
まだ身体は十分に動く。だが――動けない。
脳が、心が、完膚なき敗北を認めてしまっているから。
見ず知らずの赤子のために怒る彼女と、我が子を顧みずに逃げた自分。一体何が違い、勝り、劣っていたのだろうか。
分からない。
だがもう、どうでも良い。
今は、とても満たされているから。
――もう少し、もう少しだけこのままに……。
意識の底に沈もうとしていたざくろを引き揚げたのは、
「なぁに綺麗さっぱり自己完結しようとしとるんじゃこの大馬鹿者!!」
こちらを叱咤する大声と。
額を突き貫けて頭蓋を揺らす激痛だった。
瞼の裏で星が散る。
「――ぃつっ!?」
たまらず目を見開く。
視界に飛び込んできたのは、額に返り血をつけた樹妖の顔で。
「え……え?」
頭突きを食らったのだと、遅まきながらに理解する。
「くだらん文句をごちゃごちゃと垂れ流しおって! 偽物としか思えなかった!? それこそただの良い訳に過ぎん! 結局お主は逃げただけではないか!」
樹妖はこちらの胸倉を掴んで引き寄せ、
「たとえ全てが能力の産物だったとしても、偽りの紛い物であったとしても! お主が子に向ける愛情だけは本物だろうが! そんな簡単な事に何故気付かない!?」
それは、かつて至った答えの一つ。
気付いていた。気付いてはいたのだ。
けれど、愛せなかった。偽物ごときに愛を振りまく自分が、どうしようもなく滑稽な愚か者のように思えてしまったから。
能力でも、世界でもない。
間違っていたのは、下らない自尊心に縛られた自分だった。
「屍浪!」
張り上げられた声に応じて、はいはい……と人垣を割って姿を見せる白骨。その着流しは胸の部分が大きく膨らんでいて、ひょっこり顔を覗かせているのは――
「あ……」
一本角と二本角の赤子の姉妹。
自分が腹を痛めて産み落とし、冷たく湿った洞窟の奥にそのまま置き去りにしてきた我が子達だった。
邪魅は白骨から赤子を受け取ると、こちらの眼前に突き出し、
「もう逃げるな! 能力だか何だか知らんが――本当に変えたいと願っているなら、心の底から謝りたいと思っているなら、今からでもこの娘達を精一杯愛してみせろ! それが母親と言うものだ!」
そこまで言って、唐突に、糸が切れた人形のように邪魅は膝から崩れ落ちた。まるで逆再生を見ているかのごとく身体が縮み、手足は短く、顔は幼くなっていく。
「……妖力切れ、だな」
赤子をこちらに手渡し、地面に倒れた邪魅を優しく抱き上げながら、
「こいつの言いたい事は分かったろ? あとはアンタ達だけでケリをつけろ。だがもし、これだけ言ってもまだ間違った方に進もうとしたらその時は……」
――今度こそ俺が潰してやる。
威圧的に言い放ち、白骨は背を向けて遠ざかっていく。それと入れ替わるように現れたのは、桃色の髪を持つお団子頭の少女で、
「ざくろ……」
「華扇……」
怒っているような、憐れんでいるような表情。
親友がゆっくりと口を開く。
「負けちゃったわね」
「ええ……文句のつけようもありません」
「悔しい?」
「いいえ。何故か不思議と、救われたような気がします。……見損ないましたか? 能力で皆を縛り付けていた、この私を」
そう、ざくろは尋ねた。
嫌われても構わない。殴られてもいい。
それだけの事を、自分はしてきたのだ。
返答は――
「……お馬鹿」
「いたっ」
脳天に軽く振り下ろされた手刀だった。
擦り、頭を上げるその先――掛け替えのない無二の親友は、如何にも『怒っています』という風に両の腰に手を当てている。
「皆、知ってるのよ。貴女の能力の事くらい」
「え……?」
最初、何を言っているのか理解出来なかった。
噛み砕いて、ゆっくりと徐々に頭に染み込ませて、困惑する。
「ぇ、あの、何時? と言うか、どうして?」
「まったく、何年貴女の友達やってると思ってるの?」
あのねざくろ、と華扇は続けて、
「誤解してるようだから言っておくけど、本当に愛したくなかったら、貴女の能力を恐れていたら、私達はとっくの昔にこの山を下りてた」
そうしなかったのは――
「ここにいる全員が、貴女の事を本当に愛しているから」
だから、
「自信を持ちなさい。貴女はもう、本物を手に入れてる」
周りを見渡せば、笑みを向けてくるのは息子や娘達。腕の中、生まれたばかりの二人の娘の温もりが身体と心を解きほぐしていく。
「ひ――」
気付けば、涙が零れていた。
顔をクシャクシャに歪めて。
生まれたての子供のように。
ようやく手に入れた幸せを噛み締めるように。
両腕で、我が子達を優しく包みながら。
薬師尼ざくろは、大声で泣いた。
◆ ◆ ◆
「あーっ!!」
「邪魅、ずるい!」
屍浪達を出迎えたのは、少女二人の非難の言葉だった。酔いはすっかり冷めたらしく、いつも通りの騒がしさが戻っている。
抱きかかえられて眠っている邪魅がよほど羨ましいのか、金髪と緑髪の二人は私も私も、と左右の袖を引っ張って催促する。しかし屍浪はやんわりとした口調で、
「今日だけは、そっとしておいてやれ」
彼らしからぬ穏やかな台詞。流石に何か感付いたらしく、二人はそれ以上せがんだりはせず大人しく引き下がった。
「何か、あったの?」
「……いや」
首を振り、屍浪は見た。
そこにあったのは、愛し愛され、泣き続ける一人の母の姿。
「何も……なかったよ」
とりあえず、この話を最後に第一章を終わらせます。
番外編として3000字くらいの小話を何話か挟んで、第二章に移りたいと思います。
やっと竹取物語突入です。