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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
一章 全国行脚編
12/51

第十二話 懇願。袖を引く小さき手

「ほんっとうに、申し訳なかった!」

「ゴメンナサイでした!」


 諏訪子達の居城である神社、その一室。

 庭に面した来客用の部屋で、目玉付きの帽子を被った幼女神と注連縄を背負った軍神が仲良く揃って頭を下げていた。

 二人は全身から『全力全壊(誤字にあらず)で謝ってます!』的なオーラをこれでもかと放出して、額を床につけた見事な平身低頭を披露する。


「私達も信仰を獲るために必死で周りが見えてなかったんだ! 決して悪気があって幽香の友達を傷つけた訳じゃない! それだけは分かってくれ!」

「花畑の事なら安心して! 私の能力でぜーんぶ完璧に元通りにするから! ミシャグジ達にも言い聞かせて邪魔されないように結界も張るから!」


「「なのでお願いだから許してください!」」


 恥も外聞もない謝罪姿である。潔さすら感じる。

 一方、平伏する二人の前でちょこんと正座している幽香は、


「あの、えと……」


 まさか神が謝ってくれるだなんて夢にも思っていなかったらしく、どうしたら良いのか分からずオロオロと戸惑うばかりだ。何か言わなければと時折口を開いては、掛ける言葉を見つけられずに黙り込んでしまう。

 その様子をまだ怒っているのだと勘違いしたおバカミサマ達が『床に穴開くんじゃね?』と思えるほどの勢いでガンガン頭を下げまくり、それを見た幽香がさらに恐怖と混乱の境地に追い込まれて――


「あ、幽香がこっち見とるぞ」

「……『た・す・け・て・お・じ・さ・ん』……って言われてもねぇ」


 部屋の外、岩の上に座って傍観する屍浪に口パクで助けを求めるのだった。

 まっかせなさーい、という意味合いを込めて手を振って返事の代わりとし、


「コラぁ、まだまだ誠意が足りねぇぞー! もう一発くれてやろうかぁ!?」


 二柱の動きが、錆び付いた歯車のようにギシリと止まった。

 反射的に両手で頭頂部を押さえて、この世の終わりだと言わんばかりの絶望に満ちた表情でガタガタ震えだす。


「止まるな! 謝れ!」

「「ひいっ!?」」


 屍浪の握り拳を見せながらの一喝に縮み上がる諏訪子と神奈子。

 御免なさいごめんなさいゴメンナサイ――と、額の打ち付け運動をガンゴンガンゴン加速させた。それに合わせて床板が彼女達の頭の形に陥没していく。

 軽くホラーな光景に、ひーん! と半ベソ状態になる幽香。

 謝っているのか怖がらせているのかよく分からない状況だった。


「……拍車を掛けてどうするんじゃ」

「いやまあ、面白そうだし?」


 ジト目の相棒にしれっと答える狂骨。

 邪魅は思う。

 こやつ絶対楽しんでおるなぁ、と。

 このホネ、中々に外道であった。



 ◆ ◆ ◆



 神々の決闘が白骨の乱入で強制終了してしまったため、信仰の獲得や支配権の譲渡やら何やらを話し合いで片付ける事となった。

 最初は神奈子が統治するという事で話がまとまりかけていた。

 そんなあっさり決めちゃっても良いのだろうかとその手の知識に疎い屍浪、邪魅、幽香の三人は思ったが、実は屍浪が介入するよりも前に、諏訪子は神奈子には勝てないと直感していたのだと言う。

 だが、氏子達を集めて説明したところで問題が発生した。

 神奈子が受け入れてもらえなかったのだ。

 理由は人々の恐怖心にあった。

 彼らが信仰しているのは祟り神である『ミシャグジ様』、そしてそれらを束ねる事で長の座に納まった諏訪子だ。

 崇め奉っている間は恩恵を授けてもらえるが、少しでも蔑ろにして機嫌を損ねれば呪いと祟りのオンパレード。まるっきりワガママで短気な子供じみているが、なまじ力があるから恐ろしい。ましてや他の神に鞍替えしましたーなんて馬鹿正直に報告なんぞしたらどんな災害を起こすか分かったものじゃない。

 ワタシそんな子供っぽくないよー!? と話を聞いた諏訪子は予想外の意見に愕然としたものだが、こればっかりは信仰心を失わせないために行っていた恐怖政治がそもそもの原因であるため、自分で蒔いた種――あるいは自業自得としか言いようがなく、その場にいた全員がプンスカ憤慨する諏訪子に生温かい視線を送るのだった。

 ともあれ。

 このまま強引に推し進めても神奈子が信仰を得られないし、諏訪子に向けられていた信仰心まで失われてしまう可能性すら出てきた。

 そこで神奈子は名前だけの新しい神を立てる事にした。

 神社の名を『守矢神社』と改名し、表向き――国の氏子衆には諏訪子がそのまま君臨しているように誤魔化し、対外的には神奈子が国の信仰を支配したように見せかけたのだ。

 この際はっきり言おう。

 ――詐欺である。

 屍浪にとっては他人事なので心底どうでも良い話だが。


「あーうー……、おデコがヒリヒリするよう」

「床板も換えなければなぁ。身から出た錆とはいえ私にも些か堪えたよ」


 もう怒っていない事を身振り手振りでどうにか伝えた幽香によって、神奈子と諏訪子は謝罪地獄から解放された。今は二人仲良く床の上に大の字になり、濡らした布を真っ赤になった額に載せて疲れを癒している。

 ぐだらぁ、と伸びている二柱に邪魅は呆れて、


「だらけきっとるのう。お主らそれでも祟り神の長と軍神か?」

「神サマだって痛いものは痛いし疲れる時は疲れるのー」

「休みたくなる時だって割と結構あるんだよー。せっかく人除けの結界を張って誰にも見られないようにしたんだから、こーゆー時くらいだらけなきゃ損でしょー?」


 威厳も風格もあったもんじゃない。

 いや、むしろこれが彼女達の素なのかと屍浪は考えを改める。

 神々の威圧感溢れる姿など、所詮は人間が思い描いた空想だ。神という立場に意識がとらわれがちだが、それならわざわざ若い女や幼女の姿になる必要はないはず。

 これはあくまで屍浪の推測だが、もしかしたら、諏訪子も神奈子も、外見相応に自由に振る舞いたいと心の何処かで思っているのではないだろうか。

 精神と肉体は表裏一体の関係にある。妖怪や神族が人間に化けた場合、その姿は精神の有様に左右される事が多い。逆に、外見に引っ張られて精神が幼くなる事も少なくない。

 邪魅は後者の良い例だ。

 出会った当時は落ち着いた雰囲気の妙齢の美女だったのに、今は元気いっぱいワガママいっぱいで奔放な言動が目立つおこちゃまライフを満喫しているのだから。


「……ん?」


 くいくい、と袖を引かれた。

 床の上で溶けてる二柱から、自分の隣へ視線を移す。隣には、正座しすぎて足が痺れた幽香が屍浪にもたれかかるようにして座っているのだが、


「………………」


 真紅の瞳がじいっとこちらを見上げている。

 右手は着流しの袖を引っ張って、左手は下腹部の辺りを擦っていた。


「どうした、腹でも痛いのか?」


 脅迫じみた謝罪のストレスのせいで腹痛でも起こしたのだろうか。ならばあの下手人達にもう一発ずつお見舞いしてやらなければ、と半分は自分が原因なのだがそれを忘却の彼方に押しやって拳を握る過保護気味な骨のおじさんだったりする。


「違うの、痛くはないの」


 あのねあのねと幽香は続けて、


「カミサマ達が謝ってるのずっと見てたらね、最初は怖かったんだけど、だんだん変な気持ちになってきちゃったの」

「……変な、気持ち?」


 何だろう、聞いたらとても後悔する気がする。だけど聞いておかないと後で取り返しのつかない事態に発展しそうな気もする。


「おなかの中がキュッっとしてね、だけどね、全然痛くないの。寒くないのにからだがゾクゾクしてきて、でもあったかくなってきて、フワフワしてきて、それでそれで――」

「……諏訪子達が謝っているのを、もっともっと見ていたいって思ったのか?」


 こくんと頷く幽香。

 屍浪は今ほど自分に表情がなくて良かったと思った事はない。もし表情があったら、呆然と驚愕と動揺と戦慄が入り混じった、何とも形容しがたい顔になっていただろうから。


「おじさん、私、病気になっちゃったのかなぁ?」


 不安げに、へにゃりと顔を歪ませて瞳を潤ませる。その時の様子を思い出してしまったのか、頬はうっすらと桜色に上気して、呼吸も徐々に乱れて荒くなってきている。

 屍浪は幽香の頭に手を置いて、努めて冷静に、


「あー……まあ、そんな気にするほどのモンでもねぇさ。妖怪だったら誰だって一度や二度は経験する奴だ、それは。うん」

「ぐすっ……、おじさん、も、なった?」

「そりゃモチロン」


 嘘だけど。


「それが来たって事は大人に一歩近づいたって証拠だ。大丈夫、怖がるこたぁない。ただ、あんまり自慢にもならんから他の人に言ったりしちゃダメだ。分かったな?」

「……うん」

「よし、良い子だ。じゃあ、ちょっと向こうに行っててくれるか? おじさんはカミサマ達と大事な話をしなきゃならなくなったんでな」


 幽香は素直に従って部屋の外――境内の奥に咲いている花のところに駆けて行った。

 そんな彼女の背中を屍浪は見送って、


「…………緊急会議ぃ――――!!」


 幽香には聞こえないように、しかし神奈諏訪コンビと邪魅にだけは聞こえるような声量で器用に叫んで招集をかけた。



 ◆ ◆ ◆



「おいおいおいおい、マズイなんてモンじゃねぇぞ! なんか明らかにヤバそうな世界のトビラ全開にしようとしちゃってるよあのお嬢さん! どうすんだよ神様コンビ!」

「ちょっ、ちょっと待って! 全部私達のせいになるの!? 貴方の言うとおりに全力で謝り続けてただけじゃないの!」

「それが引き金になった気がしないでもないがの」

「あーうー、其処までは責任もてないよー」


 部屋の隅、四人は頭を突き合わせて大人な会議に没頭する。

 ちなみに神奈子は厳かな口調から彼女本来の女性らしいものに戻している。


「幸い、幽香本人もまだ戸惑って怯えてるみたいだった。このままあまり刺激しないようにすれば、自分からそっち方面に進もうとはしない……と俺は思いたい」

「儚すぎる願望じゃな。そういうのは――アレじゃ、幽香個人が元来持ってる性癖じゃからの、そう簡単に抑えられるとは到底思えん。下手に抑え込もうとしたらそれこそ何が切っ掛けで暴走するか分かったものじゃないぞ?」

「貴重なご意見ドウモアリガトヨ」

「……そういえば、ずっと前に潰した土地神にも変なのいたよ? 大事なところ思いっ切り踏んでやったら『もっと強くぅ!』とか『幼女スバラシィ!!』とか叫び始めて気色悪くなったから消し飛ばしちゃったけど。信仰奪ったらそいつの氏子達からすごく感謝されたよ? みんな私くらいちっちゃい女の子だったかなぁ」

「色んな意味で何しとるんじゃお主は!?」

「と言うか、諏訪子も結構苦労してたのね……。うちの上司にもちょっと毛色は違うけど変なのがたくさんいるからよく分かるわ」

「どんなだよ……」

「弟の方は乱暴者で極度のマザコンで泣く度に海を大時化にして、姉の方はいつもピカピカ光ってて弟に悪戯されて岩屋に引き篭もって世界を真っ暗にしたの。その姉を引きずり出すために他の神々が総出で宴会を開かなきゃならなくなって大騒ぎになったらしいわ」

「わあそれ楽しそう」

「そりゃ見てる分には愉快な見世物以外の何物でもなかったんでしょうけど、……その、素っ裸になって男神達の前で踊ったりとかもしたから…………」

「……したのか? 裸踊り」

「したんだねー? 裸踊り」

「したんじゃな? 裸踊り」

「別の女神の話よ! どうして私がしたみたいになってるの!?」


 三名の視線を受けて、羞恥で顔を真っ赤に染める神奈子。

 誰かは知らないが、アグレッシブな女神もいたものである。

 話が脱線した。本題に戻ろう。


「……とにかく、これ以上幽香の性癖が目覚めないようにしなきゃならねぇ訳だが」

「具体的な方法が見つからないね」

「まあ、これまでは他人と関わらずにいたおかげで悪化しなかった訳じゃろ? ならさっさと花畑を元に戻してまた山で暮らすようにすればとりあえずは安心ではないか?」

「けど、あんな子供をたった一人で花と一緒に隔離するのも気が引けるわね。原因の一端は私達にあるんだから尚更よ」

「神社に住まわせて、お前らがそれとなく様子を見るってのは?」

「今は良いかもしれないけど、成長して妖力が上がっちゃったら流石に隠し切れないよ? それに参拝客もたくさん来るだろうからどう影響するか私達にも想像つかないし」

「幽香の意思も尊重しなきゃならんしなぁ。あいつに『山に帰りたくない』って言われちまえばそれまでだし……」


 うーん……。

 いくら考えても結論は出ない。

 億年を生きた妖怪二体と天地を統べる神二柱が知恵を絞ってこの体たらくとは、我ながら何とも情けない話であった。


「…………おハナシ、終わった?」

「「「「う――わあっ!!??」」」」


 車座のまま四人は器用に飛び上がった。

 何時の間に忍び寄ったのか、背後に幽香が立っていた。


「……よ、よう幽香。どうした?」

「お花、おじさんに」


 そう言って差し出された手には、紫色の花が握られていた。


「あー、そうか。ありがとな、嬉しいよ」


 受け取り、頭を撫でてやるが、幽香の表情は優れない。


「みんな、私の名前言ってた」

((((聞かれてたああああっ!?))))


 これはマズイ。非常にマズイ。


(どうするよ、全部じゃねぇが聞こえちまってたみたいだぞ!?)

(ととととにかく誤魔化さないと!)

(けどどうやって!?)

(何とか思いつかんか! 仮にも神じゃろ!?)


 大人達――そのうち二人は幼女だが――の不審な行動に、幽香は何を勘違いしたのか、


「やっぱり私、悪い病気なの……?」

「「「「違う違う違う違う!!」」」」


 涙腺が崩壊する寸前の少女に声を揃えて慌てて否定する大人達(くどいようだが、うち二人はお子様姿である)。

 神も大妖も、子供の涙には敵わないのだ。


「えーっとね……っ、そうだ! 神奈子が幽香に大事な話があるって!」

「ちょっ、諏訪子!?」

「びっくりする物くれるってよ! 良かったな!」

「いやあ羨ましいのう! 儂が欲しいくらいじゃ!」

「貴方達まで……!」


 三人の外道に一瞬で裏切られて前に押し出された神奈子は、背後に恨みがましい視線を送りながらも幽香と向き合う。


「あ、あのね幽香」

「ヒクッ……なあ、に?」


 考えろ、考えるのよ神奈子ぉ!

 神奈子の頭脳がギュインギュインギュインと煙を上げそうな勢いでフル回転する。子ども一人笑顔に出来なくて何が軍神か。そうだ、自分は大和の神の端くれなのだ! 今こそ真価を発揮する時ぃ――!

 ……思いついたぁ!!


「――っ! 幽香!」


 くわっ、と目を見開いて幽香の両肩に手を置き、


「服、着替えましょう!!」


 後ろで外道共が脱力したのが分かった。



 ◆ ◆ ◆



「本当に、良かったのか?」

「……なぁにがよ」

「黙って出て来てしまって良かったのかと聞いとるんじゃ」


 月下の山道を、荷を背負った屍浪と邪魅が歩く。

 月明かりと粗末な松明たいまつ以外は照明がないこの時代、闇に紛れて国を抜け出すのは屍浪にとって造作もない事だった。


「心配しなくても、幽香の事はあの二人が何とかしてくれるだろうよ。俺ぁ神様って奴をあんま信用しちゃいねぇが――まあアイツらはそれなりに面倒見は良さそうだったし、俺がどうこうするよりはよっぽど安心さね」


 言って背後を――数刻前に脱出した国を振り返る。

 神社では幽香のための宴会が開かれている頃だろう。宴会と言っても、人数は三人だけのささやかな内輪の宴だ。本当ならば屍浪と邪魅も参加して五人となるはずだったのだが、


「ひねくれ者め。大人しく感謝されればいいものを、わざわざ恨まれるような方法で逃げ出しおって。本当にお主は素直じゃない」

「別に礼が欲しくて助けた訳じゃねぇからなぁ」


 カカカと歯を鳴らして笑い始める屍浪。

 その背にある荷物の中には、国の貯蔵庫から勝手に拝借した食料が入っていた。三日分にも満たないが、誰かに持ち出されたと分かる程度の量はある。

 屍浪が置手紙代わりに残した、小さな小さな悪戯心。

 諏訪子と神奈子ならば自分の仕業だと容易に気付くはずだ。どういう意味を込めて、盗人の真似事をしたのかも。


「あの二人は納得するかも知れんが、幽香は泣くと思うぞ?」

「まさか。花畑ともだちが元に戻ったんだ、泣く理由なんか何処にもねぇだろ」

「……本気でそう思うとるなら、儂はお主を心底軽蔑する」

「………………」

「屍浪、お主は聡い。他人の心の機微に鋭く、心が読めるのではと思うくらいにな。そんなお主が、幽香が一緒に来たがってた事くらい気付けぬ訳がなかろ?」

「…………んー」


 屍浪は立ち止まり、空を見上げて、


「俺は、お前らが思ってるほど強くない」


 はっきりと、断言する。自分の弱さを肯定する。

 今度は邪魅が黙る番だった。


「お前さん一人だけなら何とかなるが、二人となると守り切れる自信なんかねぇ。何時かはどちらか片方を切り捨てなきゃならなくなる。俺はそんなのは御免被る。お前らのどちらか片方を取捨選択するくらいなら、此処で平穏無事に暮らしてた方が良いだろ」

「しかしの……」

「お前のそれは一時の気の迷いだ。憧れでもなけりゃ尊敬でもない、今まで経験した事がない非日常に遭遇して感覚が麻痺してるだけだ」


 だから、と続けて、


「だから俺と一緒に来ても何も得られやしねぇんだ――幽香!」


 少し離れた位置にある木の陰に向かって叫んだ。


「出て来い」

「……幽香?」


 数秒の間を置いて、悲しそうな表情の幽香が姿を現す。

 ボロ布と大差なかった着物から、諏訪子と神奈子に見立ててもらった白のカッターシャツとチェックが入った赤のロングスカート、同じチェック柄のベストに着替えていた。

 屍浪は途中から幽香に話し掛けていた。国を出た直後から、気付かれないように後をつけてきた幽香の存在を認識していたのだ。


「おじさ――」

「帰れ」


 口を開きかけた幽香の出鼻を挫き、言い放つ。今にも泣き出しそうな顔だが、それでも幽香は足を動かそうとは――踵を返して帰ろうとはしない。


「お前がいても邪魔なだけだ。足手まとい以外の何物でもない。だから帰れ」

「…………やだ」

「……そのうち耐え切れなくなるに決まってる。だから帰れ」

「……やだ」

「…………今のままじゃ遅かれ早かれ野垂れ死にする事になる。だから帰れ」

「やだ」


 幽香は動かない。

 三度の拒否に、屍浪はギリッと奥歯を噛み鳴らし、


「ただ泣き叫ぶしか出来なかった半人前のガキが、あんまり図に乗るんじゃねぇぞ!! お前なんぞ役立たずにしかならねぇって言ってるのが分からねぇのか!!」

「やだったらやだ!!」


 妖力を含んだ波濤の如き怒号が幽香の全身を打つが、よろめきながらも、決して倒れないし一歩も引かない。それどころか、確固たる決意が籠った瞳で屍浪を射抜く。


「私はおじさん達と一緒に生きたい! 弱いなら……これから絶対強くなるから! おじさんの役に立てるように頑張るから! だからお願い!」

「……口だけなら、何とでも言えるんだよ!!」

「っ!? よせ、屍浪!!」


 邪魅が制止の声を上げるが、間に合わない。

 太刀を抜き放って一瞬で間合いを詰めた屍浪は、切っ先を幽香の喉元に突き立てた。首の薄皮一枚を貫いて、一筋の細くて紅い流れが生まれる。

 幽香の眼前、自分の頭骨を額が触れ合うくらいに近づけて、


「死ぬって言ってんだよ、このままじゃ。今の俺じゃお前達は守り切れない。お前は、俺を悲しませたいのか?」

「……だいじょうぶ、絶対、おじさんに迷惑かけないくらい強くなるから」

「花畑はどうするんだ? せっかく元に戻ったのに、全部捨てていくのか?」

「『薬になる花もあるから面倒見てあげる』って諏訪子が言ってた。それに、あの子達も『頑張って』って言ってくれたの」


 幽香は着流しの裾をそっと握り、言う。

 それまでの幼い口調ではない。

 小さな身体に潜在する力の片鱗を表すような、静かな強い声で。


「だから私、頑張る」


 曲げられない、と屍浪は悟った。

 太刀を鞘に納めて、幽香に背を向けて歩き出す。

 沈黙による拒絶と受け取った幽香はギュッと唇を噛み締めていたが、


「…………ったく。さっさと来い、置いてくぞ!?」


 振り向く事なく放たれたその一言に、弾かれたように前を見た。

 道の先で屍浪が待っていた。待っていてくれた。

 転びそうになりながらも慌てて彼に駆け寄り、抱きつく。必死に堪えていた涙が次々に溢れ出てきて、彼の背中をぐしょぐしょに濡らした。

 悲しみの涙ではない。

 それは――安堵と歓喜の涙であった。


「……ホンットに素直じゃないのうお主は」

「うっせ」


 邪魅のからかうような言葉に悪態をつきながら、屍浪は幽香の頭を撫でる。

 その手には、彼の無言で不器用な愛情が確かに込められていた。



 ◆ ◆ ◆



 月が照らす道を歩く三つの影がある。

 一人は痩身長躯、着流し姿で蓬髪隻腕の白骨で。

 もう一人は萌葱色の着物を着た髪の長い少女で。

 最後の一人は、白骨に背負われて幸せそうな顔で眠っている幼い子供であった。

チビゆうか が なかま に なった。


はい、そういう訳で十二話です。


なんか無理矢理な感じもしますが、とりあえず満足です。


さぁて次は何処行かせようか。


誤字脱字、アドバイス、感想などお待ちしてます。

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