第十一話 制裁。諏訪子と神奈子と拳骨と
完成した後で思う。
果たしてコレは戦闘描写なのかと。
ドウシテコウナッタ?
海が落ちてきたのではと錯覚してしまうほどの雨が降り続ける。
趣きも風情もないまま、地表を洗い流さんとしているかのように轟々と。
本来ならば太陽が顔を出しているはずの空は、夜が明けたばかりだというのに一面の闇色で、龍さながらにうねり奔る稲妻以外は一切の光がない。
水の槍で穿ち、雷電の矛で撃ち砕く。
触れるもの全てを破壊する、常軌を逸した嵐だ。
朝を夜に変えてしまう、天候という絶対無敵の存在。
人間も、妖怪も、獣も鳥も、蟲すらも。
抗う術を持たない生物達は巣に籠り、家族や同胞と震える身を寄せ合いながら、暴虐の限りを尽くす嵐が過ぎ去るのをひたすら待つしかなかった。
こんな状況で出歩くなど、正気の沙汰ではない。
誰もがそう思う中を、
「ああもう雨がイテェわウザったいわで散々ですよコンチクショーっと!」
少女二人を身体に張り付けたまま、屍浪は枝から枝へと飛び移っていた。
向かう先にあるのは、暗雲渦巻く嵐の中心点。
距離を詰めた分だけ雨風の勢いは増していく。少しでも気を抜けばあっという間に吹き飛ばされてしまうだろう。この速度で岩や樹に叩き付けられでもしたら、まず間違いなく無事では済まない。自分だけならまだ良いが、しがみついている邪魅や少女が耐えられるとは到底思えなかった。
なので、改めて少女をしっかりと脇に抱え直して、
「邪魅ぃ! 吹っ飛んでも回収出来ねぇからそん時ゃ自分で何とかしろよ!!」
「じゃぁかぁらぁ! どうして儂の扱いだけそんなぞんざいなんじゃ!?」
ソリャモチロン信頼してるからですよー! と投げやりに答える屍浪の道なき道を、頭上から落ちてきた幾本もの雷撃が塞ぐ。
物理的な威力を伴った雷鳴が、三人の身体をビリビリと打ち震わせた。
「――んのっ! 嬢ちゃん、まだ先か!?」
破砕され炭化した木々の残骸が宙に散らばる。
その隙間を縫うようにして跳躍を続けながら少女に問う。
「もう少し……もう少し、だから、お願いだから、急いで……っ!」
小さく、けれど雷鳴の中でも確かに聞こえる声で少女は言った。
噛み締めた口唇から血を流し、泣き出してしまいそうな己を必死に律して。
大切な『何か』を守りたい――そんな少女の願いに応えるために、屍浪は飛び移った枝の上で一旦止まり、身体を大きく折り畳んだ。腰を深く落とし、下肢の筋肉の代用として構築されている妖力を最大まで練り上げる。
足場の枝が耐え切れなくなって、ギシミシ悲鳴を上げたのと同時に。
枝を蹴り折って弾け跳んだ屍浪は、雷雨を斬り裂いて突き進んだ。
全速力でと屍浪は言ったが、それはあくまで邪魅と少女がしがみついていられる程度の『全速力』だ。つまりこれまでは極力身体を揺らさないような、お子様二人になるべく負担を掛けないような走法で移動していた。
だが、今は違う。
先ほどまでの緩やかな放物線を描く跳躍とは、距離も、速度も、全く異なる。妖力の膨張と収縮の連続による爆発的な推進力を得て、ほぼ真横一直線、地面と平行に移動する。
少女達は勿論、屍浪自身にも影響が出る、出来れば選びたくない方法だった。
たとえ分類の上では妖怪であっても、『屍浪』という身体を支える柱として存在する白骨は人間のもの。あまりに急激な妖力の変化は自滅に繋がる。
本当の限界速度とはすなわち、『出すと身体が壊れてしまう速度』なのだから。
「屍浪、上を見ろ!」
首に抱き着いた邪魅が、前方上空の一点を指し示す。
屍浪にも見えた。おそらく、少女にも見えているだろう。
「原因はアイツらか……!」
三人の視線の先。
雷雲の下、人間には手の届かない舞台で、二つの影が交戦している。
色とりどりの神力弾が咲き乱れ、柱状の塊と大蛇のような何かがぶつかり合う。その度に天空が慟哭し大地がひび割れる。解き放たれた神力の余波が天変地異の形で現れているのだ。
「ちっ……、ひとまず降りるぞ! 下手すりゃ流れ弾に巻き込まれる! こっちにゃただでさえ幼稚な罠に引っ掛かる不幸なお子様が一名いやがるんだ!!」
「どういう意味かの、そりゃどういう意味かの屍浪!?」
ニャアギャア暴れる邪魅を無視して、屍浪は手近な巨岩の上に降り立つ。
雷光に照らされた二つの人影は色々な意味で対照的だ。
影の片方は金髪の幼女だった。
にわかには信じ難く目を疑うような光景だが、幼女が数匹の白蛇を引き連れて空をかっ飛んでいるのだ。
青と白を基調とした壺装束と呼ばれる衣服を身に纏い、白のニーソックスを穿いて、頭には市女笠。市女笠にはギョロギョロと動く大きな眼球があって全体的には蛙のようにも見える。
もう一方の影は紫がかった青髪の女だ。
幼女と比べるとだいぶ大人びいて見えるが、少女と呼べる若々しさがある。
赤の半袖の下に白の長袖を通して、臙脂色のロングスカートで裸足に草履履き。胸に黒い鏡がついていて、背中には複数の紙垂を取り付けた輪状の大注連縄が装着されていた。
二人が何者なのかは分からない。
ただ、双方共に名のある神だという事だけははっきりしていた。
可憐な容姿とは裏腹に、二人の戦闘は雄々しく猛々しい。
青髪少女は不動のまま自身を中心として全方位に弾幕を撃ち放ち、それと同時に、手掌で操作した四本の柱状物体を振り回している。移動を最小限に抑えて大威力に主眼を置いた攻撃を繰り返す、典型的な受け身の姿勢。
対して、金髪幼女は高機動を活かした戦い方だった。
青髪少女の周囲を縦横無尽に飛び回ながら神力弾を連射して、かと思えば鉄の輪を握って大蛇と共に直接攻撃を仕掛けようとする。
青髪少女が一撃必殺ならば、金髪幼女は一撃離脱。
量より質か、質より量か。
どちらが正しいのか、それは決着がつくまで分からない。
……などと、他人事のように傍観する暇など屍浪にはなかった。
「ぎゃあああ!? 来たのじゃ来たのじゃ! 早よう逃げんか屍浪!!」
狙いが逸れた大量の神力弾が地上に――というか、邪魅に降り注いでいるからだ。
それは必然的に、邪魅に引っ付かれてる屍浪にも降りかかる事になり、
「やっぱお前呪われてるって! 流れ弾全部こっちに来やがるじゃねぇか! つか首から離れろ、もっと向こう行け向こう! 俺まで吹っ飛ぶだろうが!!」
「見捨てるのか!? こぉんなにいたいけで見目麗しくて可愛らしい薄幸の童女を見捨てるのか!? 血も涙もない男じゃのう!!」
「そうでしょうよ骨だもの!!」
おわああああっ!? とコンビで仲良く叫びつつ、飛んだり跳ねたり転がったり互いを盾にしたり顔面スライディングしたりして必死に弾雨を避けまくる。
上空の神二柱はそんな地上の騒ぎに気付く事なく、傍迷惑に弾幕をばら撒き続けた。
「キリがないのう!」
「やっぱ元を断つっきゃねぇか!」
「しかし相手は神じゃ! それも二柱! 同時に相手取るのは流石に分が悪すぎるぞ!」
邪魅がもっともな意見を言った、その時だ。
『―――――――――っ!!』
声が聞こえて来た。
限りなく小さいが、間違いない。
その声は、つい先ほどまで隣にいた少女のものだった。
慌てて周りを見渡すが、少女の姿は何処にもない。
「屍浪、小娘がおらぬぞ!?」
「分かってる!」
この暴風の中でも聞こえたという事は、距離はさほど遠くはないはず。
少女はまだ近くにいる。
「何処だ!? どっちから聞こえた!?」
「あっちじゃ! あの林の向こう!」
邪魅が示した方向に、彼女を抱いて屍浪は走った。
木々の合間を抜けて真っ直ぐに、途切れ途切れに聞こえる少女の声を辿って。
予想通り、距離はそんなに離れてはいなかった。林の中を四百メートルほど突っ切ったところで二人は開けた場所に出る。
五十メートル四方の広さがある空間。
其処だけ木が生えてなかった。
「……惨いのう」
おそらくは花畑――だったのだろう。
大地が裏返ったその場所に、花畑の姿は既にない。
咲き誇っていたであろう花々は、荒ぶる風雨によって見るも無残に折れ倒されていた。散乱している赤や白の花弁が、まるで千切り取られた血肉のように見えた。
そんな、花の死骸のただ中で。
「やめてええぇっ!!」
少女は、空で戦う二柱に向かって声を張り上げる。
嵐に掻き消されて聞こえるはずもないというのに、何度も、何度も。
「これ以上、私の友達を虐めないでええぇぇっ!!」
元凶である二柱は気付かない。
気付く必要など、気にかける必要などないと言わんばかりに、自分勝手な小競り合いを延々と繰り広げ続ける。
「――ごほっ、がっ、ゲホッ!?」
「っ、小娘!」
少女が唐突に身を折って咳込んだ。
口元を抑えた手から、真っ赤な鮮血が漏れる。
「まずい、喉が裂けやがった!」
「小娘、大丈夫か!? しっかいせい!」
「わた……私の、友達が……」
駆け寄った邪魅が、ヒューヒューと擦れた呼吸を繰り返す少女の背中をさする。
そして、悲痛な面持ちで、
「もういい、もういいのじゃ小娘。もう……手遅れじゃ」
こやつらは、もう生き返らぬ。
そう言って優しく、悲しみを分かち合うために、抱きしめた。
「……う――ああ、ああああああぁぁぁぁぁぁ…………」
ああああああああああん。あああああああああああああああん。
少女は泣き出した。
それまで必死に押し止めていた悲しみの全てを、血と共に吐き出すかのように。
邪魅も涙を流していた。
植物の化生である彼女は理解しているのだ。
この花達がどれだけ愛されて育てられたのかを。
もっともっと、少女と一緒に生きたいと願っていた事を。
そしてその願いが、もう二度と叶わない事を。
白骨が見守る中、二人は泣き続けた。
そんな少女達の悲哀の一幕を、嵐は無粋にも突き破ろうとする。
雨に混じって押し寄せるのは、標的を見失って彷徨い飛ぶ弾幕。
しかしその弾幕は、
「………………」
屍浪が振るう太刀によって斬り裂かれた。
狂骨に表情などありはしない。
けれど、だからと言って感情がない訳ではない。表情を持たないからこそ、身の内から溢れ出る張り裂けんばかりの激情を大事にする。
「嬢ちゃん、名前は?」
努めて静かに、少女に質問する。
せめて、名前だけは聞いておきたかった。
「……ゅう、か、風見、幽香、私の、名前……」
「幽香、か。いい名前だな」
泣きながらたどたどしく、それでもしっかりと名乗った少女――風見幽香。彼女の癖のある柔らかな緑髪を、肉のない骨指で梳くように優しく撫でて、屍浪は踵を返す。
「……じゃあ幽香。すぐ終わるから、此処で邪魅と待ってろな?」
「おじさん、ど、こ……行く、の?」
嗚咽を含んだ声に、何処って……、と空を飛び交う馬鹿娘二人を指差して、
「ちょっとあいつら、叩き落としてくる」
気軽に、まるで散歩に行って来るとでも伝えるかのように平然とそう言って、屍浪は沸き上がる怒りに身を任せた。
◆ ◆ ◆
神の戦いは佳境を迎えようとしていた。
洩矢諏訪子と八坂神奈子。
少女姿の神二柱が争う理由は、至極単純明解なものだった。
宗教戦争と言い換える事も出来る、己を維持するための生存戦争。
神とは、人間が思い描く『神』という曖昧な概念に信仰心という肉付けを行って、そこでようやく初めて自我と存在意義を得る事が出来る存在なのだ。
信仰なくして神はない。
強大な力を得るためには、より多くの信仰を得なければならない。
けれど、信仰を生み出す人間の数には限界がある。さらに、大多数の人間はこの世の全てに八百万の神々が宿っていると信じている。
石には石の神が、木には木の神が、花には花の、土には土の――数多の神々の中から、人間達は一番強大だと信じる神のみを信仰する。八百万のうちの、力を持つほんの僅かな一握りの神だけが存在を許される事になるのだ。
人間を支配しているはずの神々が、人間に認められなければ姿を維持する事すらままならないとは皮肉な話である。
ともあれ。
一介の神として在るだけならば、それほど多くの信仰は必要ない。それこそ年に一度、社に参拝に来てもらう程度の信仰心で事足りる。
しかし神とは、ある意味では人間よりも強欲な存在と言えた。
より力を、より信仰を。誰よりも強く、何者よりも神々しく。
力こそが全ての上下社会が神々の間で構築されてしまっていたのだ。
だから信仰を得ようと躍起になる。
「ああしぶとい! そんな鉄クズで何時までも凌げると思うな!」
「防戦一方なのはそっちの方でしょ! 図体ばかりの棒っきれ振り回してるだけの奴に言われたくないね!」
先に言ったように、信仰を生み出す人間の数には限りがある。
ならばどうする。
簡単だ。他神の信仰を奪ってしまえばいい。
事実、洩矢の王国を築いた諏訪子は、他の土着神の信仰を奪う事で力を得た。
有象無象の一柱に過ぎなかった彼女が土着神として君臨出来た理由の一つに、ミシャグジさまと呼ばれる祟り神を束ねている事が挙げられる。
祟り神と一口に言っても、ただ無闇矢鱈に祟りをばら撒く訳ではない。天罰が下ると脅す恐怖政治ではあるが、祟るのはあくまで神を蔑ろにした場合のみ。
ムチだけではない。アメもある。
信仰心の度合いに応じた恩恵――洩矢諏訪子の場合は稲の豊作や狩猟の成功などの幸福を授ける事で、氏子達に不信心が芽生えないようにした。身に宿る『坤を創造する程度の能力』を使えば造作もなかった。
「何もなかったこの国を、私が毎日毎日民と向き合って、やっとここまで――ここまで大きくしたんだ! いきなりやって来たお前なんかに渡せるか!」
努力の甲斐あって、諏訪子の国と神力はそんじょそこらの土地神ごときでは太刀打ち出来ないほどの規模となる。他国の常識や価値観などの余計な情報が入ってこない時代であった事も幸いして、一定範囲内に限定されてはいるが、諏訪子は神の頂点に立つ事が出来たのだった。
ゆえに。
強者になってしまったがゆえに、彼女は失念していた。
出る杭は打たれるものだという事を。
「ふん、まるで自分が一から作り出したような口ぶりだな! お前の言う国土も民も、全ては他の土地神共から奪った寄せ集めだろう!?」
大和の神の一柱である神奈子の侵略。
信仰を欲しているのは彼女も同じなのだから、大量の信仰が集まる諏訪子の国に目をつけたのは当然の結果と言えた。
社と信仰を渡せという神奈子の要求。
対する諏訪子の返答は、述べるまでもないだろう。
かくして、決戦の火蓋は切られた。
互いに譲れない。
守るために。
奪うために。
決闘が始まってから大分時間が経ち、彼女達は疲弊しきっていた。衣服はあちこちが破れていて、肌には擦過傷がいくつも出来ている。
神対神。
この戦闘の構図は、他者が思う以上に熾烈極まりないものなのだ。
信仰されている土地というアドバンテージを持つ諏訪子。
敵地にありながら、それを補って余りある力を有する神奈子。
両者の力は拮抗し、一進一退の攻防が続く。
「「いい加減に――」」
このまま長引けば不利になる。
奇しくも、同時にその考えに至った彼女達。
両者が取った動きは、異なっていながらもまったく同じものだった。
神奈子は連結した四本のオンバシラを背後に大きく振り被り。
諏訪子は周りに生成した無数の鉄の輪を高速回転させて。
「「――墜ちろおおおおっ!!」」
全力の一撃を、相手に叩き込む――――はずだった。
「……なっ!?」
最初に神奈子が異常な事態に気が付いた。
当然だ。オンバシラを操作するために後ろに回していた彼女の腕を、骨だけの右手が万力のような力で握り締めていたのだから。
状況を理解する暇もなく、神奈子は頭を正面から掴まれて、
「え……? ちょっ――」
地面めがけて力任せに投げ落とされる。
風圧で体勢を整える事も出来ずに、無様に地面に叩き付けられた。いくら神族の肉体であっても、激戦で疲れ果てた状態からの不意打ちではひとたまりもない。
神奈子はしばらく起き上がる事が出来なかった。
「何、何なの!?」
いきなり現れた闖入者に相手を奪われてしまった諏訪子。
彼女にも考えをまとめる暇は与えられなかった。
神奈子が行動不能に陥った事により動きを止めたオンバシラ。その上を走る影がある。元々狙いを定められていた諏訪子の所へ、目に見えないほどの速度で。
意識を向けた時には既に遅く、目玉のついた帽子ごと顔を鷲掴みにされて、
「むぐーっ!?」
神奈子同様に、投げ落とされた。
身体が小さく軽い分、神奈子よりも勢いと速度があった。
「あーうー……」
「い、一体何が……?」
泥塗れになった二柱は身を起こして前方を見る。
左腕がない乱入者が、こちらに顔を向けて幽然と立っていた。
黒い着流しに身を包み、白鞘の太刀を差した白骨の化物。
「誰だ、お前は……」
神奈子が代表して尋ねる。
「………………」
が、白骨は答えない。
聞く耳を持たないのか。あるいは、言語を解する知能すら持っていないのか。
素性も名も分からない白骨の妖怪。
妖怪……。
妖怪が……!
「妖怪如きが、我らの戦いに水を差していいと思っているのか!!」
「おいでミシャグジ! そいつを圧し折っちゃえ!!」
諏訪子が下した命令を合図に、白蛇姿のミシャグジ達が一斉に姿を現した。
白骨に幾重にも巻き付いて拘束し、そのままミシミシと締め上げる。
ミシャグジ達は諏訪子の命令によって肉体を具現化させるが、命令がない時は概念として国中に溶け込んでいる。つまり言い換えれば、其処にあるが其処にはなく、見えないけれど確実に存在するモノなのだ。
だから、絶対に避けられない。
鉄の輪と並ぶ諏訪子のもう一つの奥の手、不可避の拘束術だった。
「上出来だよ洩矢の! 来い、オンバシラァァァッ!!」
畳み掛けるために、神奈子は吠えて両腕を振り下ろす。
呼応するのは、空に取り残されていた四本のオンバシラ。
それらは中空で砂のように形を崩す。原型を失ったオンバシラは互いに重なり合い、混ざり合い、そして極太の六角柱が――四本分の質量をもつ特大のオンバシラが出現する。
「砕け散れええええっ!!」
大気を震わせながら身動きが取れない白骨に襲い掛かる六角柱。
巻き付いたミシャグジごと押し潰される白骨。
大地に突き刺さり、大量の土砂を巻き上げるほどの重撃だ。生きていられるはずがないと断言出来る……はずなのだが……。
「やたーっ!」
「…………」
諏訪子が無邪気に勝利を確信した声を上げる。
しかし神奈子の表情は浮かないまま。
(……弱すぎる)
白骨が、ではない。
オンバシラの破壊が小規模すぎるのだ。
全力ではないにしても、地面にめり込むだけで済む訳がないのに。
何なのだろう。
拭っても拭いきれない、この言いようのない不安は。
そんな神奈子の恐れを肯定するかのように、
「……この程度か?」
静かな声。
オンバシラの下、うず高く積もった土砂の中から何かが飛び出した。
それは、ぶつ切りにされて事切れたミシャグジの亡骸だった。
オンバシラが、ゆっくり上へと動き始める。神奈子の意思ではない。彼女は今もオンバシラを押し下げようと操作を続けている。
にもかかわらず、確実に持ち上げられていく。
やがて露わになったのは、両の足首を地面に沈められながらも、太刀を握った右腕でオンバシラを押し上げている白骨妖怪の姿。
「……この程度か?」
白骨はもう一度、同じセリフを吐いた。
こちらの力を確認するように。
確認して、心底馬鹿にしたように。
「な、に……?」
驚愕する神奈子と諏訪子。
オンバシラを支えたまま、白骨は造作もなく歩み出す。
ズシリ、ズシリと、歩けるとはとても思えない足音を響かせながら。
「……この程度か?」
三度、同じセリフを吐いた。
神奈子達が返答出来ずにいると、白骨は僅かに腰を屈めて、
「人間に縋ってまで欲しがる力が、静かに暮らしている幽香を泣かせてまで奪い合う神の力ってやつが、この程度のちっぽけなモンなのかって聞いてんだよっ!!」
身が竦む怒号を放ち、オンバシラを両断した。
融合し強化させた神奈子自慢の武器を、いとも容易く真っ二つに。
「神様だったら何をやっても許されると思っているのか? 子供泣かせても知らん顔したままで良いと本気で考えてやがんのか!?」
神奈子にも、諏訪子にも。
誇りを傷つけられたとか戦いを穢されたとか、そんな考えなどもう何処にもない。
ただ心にあるのは、純粋に相手が怖いと思う感情と、一方的に叱られているのだという初めての体験に対する戸惑いだけ。
「認めるかよ、ああ認めねぇともさ。たとえ何千何万何億の人間が認めたとしても、この俺は、俺達は、お前達が神だなんて絶対に認めない!」
白骨が一歩進むごとに、彼女達は一歩後ずさる。
一歩、一歩、また一歩。
十歩ほど前進と後退を続けて、とうとう神奈子達は追い詰められた。背後にあるのは進路を塞ぐように生えた大木。逃げ場はもうなかった。
「来るな……来ないで、来ないでったら! お願いだから来ないでよぉ!!」
恐慌状態に陥った半泣きの諏訪子が、大量のミシャグジを喚んで動きを封じようとする。けれど白骨は全身に巻き付いた蛇モドキなど見向きもせずに、強引に引き千切り、あるいは太刀で斬り捨てて、たたひたすら真っ直ぐに――その歩みは決して止まる事はない。
地面にへたり込んでしまった彼女達は気付いているのだろうか。
丁度、彼女達の戦いに怯えていた人間や獣達のように、互いに身を寄せ合い、恐怖に震える身体を抱きしめ合っている事を。
白骨が、目の前に立つ。
怒気を多分に含んだ高密度の妖力が、彼の心境を如実に表している。
「………………」
白骨は無言のまま、太刀を握った右腕を振り上げて、
「歯ぁ食いしばれこの馬鹿共っ!!!」
ゴゴンッ!! と。
思わず目を瞑った神二柱の脳天に、刀身ではなく、全力の右拳を叩き込んだ。
「あいったぁっ!?」
「あーうー!?」
痛いなんてものじゃない。
「――ッ、――――ッ!?!?」
頭頂部から爪先まで落雷のように駆け巡る衝撃。
とても言葉では言い表せない痛みに、神奈子は頭を押さえて地面をのたうち回る。
だが隣を見て、自分はまだマシな方なんだなぁ、とも思った。
「モガムニャモニャ――!?」
帽子の上から殴られた諏訪子などは、帽子に頭部がまるごとすっぽり収まってしまって前が見えない状態になっているのだから。
見ず知らずの妖怪に突如乱入されて。
理由がはっきりしないまま怒鳴られて。
意味も理解出来ないまま拳骨をもらって。
「喧嘩なら誰もいないもっと山の奥の奥でやれ! こんな場所で弾幕撃つなハシラ飛ばすなミシャグジ呼ぶな輪っか投げるな! ちったぁ他人の迷惑ってモンを考えやがれ! そもそも俺はだな、お前らのその『欲しけりゃ他人の信仰を力ずくで奪えばいい』って考え方が気にいらねぇんだ!」
恐るべき神々であるはずの八坂神奈子と洩矢諏訪子は、どうしてこんな事に、と後悔しながら正座して項垂れるしかなかった。
◆ ◆ ◆
こうして。
一人の少女を悲しませた、後に諏訪大戦と語り継がれる迷惑極まりない騒動は。
たった二発の拳骨によって、あっけなく幕を下ろされたのだった。
はい、まさかのチビ幽香登場です。
ちゃんと後で色んな所がおっきくなるんで安心してください。
そして前の話で喧嘩売ると言いつつ一方的な説教展開。
神奈子ファン、諏訪子ファンの皆様スミマセン。
誤字脱字、設定などの違和感、その他感想があればお待ちしております。