第1章 第2話 『マッド・パーソン』
仕事を受けたヴィオ。
そして、彼女・エシャロットの弟は一体何と関わってしまったのか――――――――…?
リーンゴーンリーンゴーン…
夜の10時半を知らせる教会の大きな鐘の音が教会中に響き渡った。
この鐘は普通の時計と違って30分ごとに鳴る。
ぼくはいつものポシェットを持って紺色のベレーボーを深く被った。
(約束の時間まであと30分…うん。地図を見る限り間に合いそうですね…)
ぼくは教会を出る前にイヴさまの眠っている部屋に向かった。
「では、行って参ります」
そう、小声で囁いた。
起こさないように。
教会を後にしたぼくは小さなランタンに火を点し、暗く深い森を下山し始めた。
(まあ、この教会の周りのこの森は普通の人が容易に入って来れないようにとイヴさまが
『迷いの森』という術をかけただけで、許された者は簡単に街へ出ることが出来る。)
「ふっ…」
街へ出たぼくはランタンの火を消して、少し大きめの上着をきて、フードを被った。
街の人々というものは見かけない者、違うモノを排除しようとする。
別に街の人に限った事ではなくて、人間なら誰しもそうだと思うけど。
「うぉーいねぇちゃーん!酒のお代わりぃー!」
「あいよー!ちょっと待ってなっ!」
「―――そしたらアイツよぉ、急に泣き出してさぁ!」
「あっはっはっはっ」
(…お酒臭い…)
夜の街はどこもかしこも酒飲みでいっぱいだった。
けど、ぼくが向かう所はこんな賑やかな所ではなく、もっと西の貧民たちの暮らす町だ。
街を抜けた外れのところに彼女の家の有る町があった。
「あそこ…ですか」
スゥッ…
ぼくは町に入る前に深呼吸をした。
「…うん。町に入る前からもう怪しい匂いがしますね…」
町に入ると、さっきとは打って変わってしんとしていた。
誰一人、外を出歩いている者はいなかった。…不気味なくらいに。
だが一つだけ、誰かを待っているように明かりのある家があった。
ぼくはそのドアを軽く、コンコンコンと3回叩いた。
「はい…!ヴィオ君ね。どうぞ、入って…静かに」
キィ…と小さな音を立てて彼女・エシャロットはぼくを中へ促した。
「…はい、どうぞ。私の焼いたクッキーなんですけど…こんなものしか無くてごめんなさいね」
「いえ、お構いなく。…それで、弟さんは?」
ぼくはフードを脱ぎながら彼女に問いかけた。
「まだ自分の部屋に居るわ…いつも裏の出口から出て行くんです…こっそりと…」
彼女はそのドアに目線を送りながら言った。
「では、ぼくがそのドアの側でこっそり待ち伏せをし、尾行する…という形で宜しいですか?」
「なら、私も…っ!」
「それはいけません。ミス・エシャロット。危険です。」
ぼくにとっては彼女がどうなろうと構わない。
けど、見られてしまっては――――――困る。
「わ…解りました…。では、私に何か出来ることは…」
「家のなかで弟さんが無事帰って来る事を祈るのみ…です」
――――バサッ
ぼくはもう一度フードを被り、弟の行動を監視するために裏口の側に潜んだ。
しばらくすると彼はフラフラと裏口に歩いてきた。
ぼくはサッと身を隠し、素早く彼の後を尾行し始めた。
数分歩いた所で、彼は何やら小さな建物に入って行った。
(…ここは…廃墟された家…?なんでこんな所に…?)
そう考えていると…
「――――――――――キャァァアァアァァッッ」
「!!」
中から女性と思われる叫び声がした。
「っ…まずい!」
ぼくは急いで彼の入っていった部屋のドアを開けた。
「ア゛ァ゛ア゛ッ…」
グジュッ…
「貴方は…なんて事を…」
部屋では、彼女の弟が狂ったように女性にナイフを突き刺して
その肉体を千切っては壁に投げつけていた。
「オマエ…ミッミタ…ナ…――――――――――コロスッッ!!」
彼は突然ぼくに襲いかかってきた。
「そう簡単にはぼくを殺せませんよっ!」
ぼくは彼の攻撃を間一髪で避けた。
「…ッ!……オマエ…ナッナニッ…ナニモノダ…ッ」
「ぼくは…D・ファーザー…“悪魔の瞳”所持者…ヴィオリンだ…」
「グハァッッ!」
ぼくは彼の右足に素早く毒針を刺した。
毒といっても一時的に体の自由を奪う麻痺薬だ。
「しばらくそこでじっとしていてもらいます…“マッド・パーソン”…!」
さて、一体“マッド・パーソン”とはどういう意味なのでしょうか?
次回をお楽しみにして頂けると幸いです。