万能チートによる看板のない店~困ったときはお互い様精神だけど……このことはご内密に~
新作の短編です
お願いします!
「今日も平和だねー、パテラ」
スライムソファーでだらけて、優雅にカフェオレ。昼飯を食べた後の、珈琲とミルクの香りはたまらん。
たまに来る客の依頼をこなせば、一年以上は働かずに住む暮らし。
堕落した生活だというのに、ちゃんと働いているという精神的余裕。
まさに、理想の暮らし。
「暇は嫌い。今日、客は来るの?」
すぐに仕事を求めるなー、この子は。まあ、仕方ないか。豹の獣人って言ってたし、運動しないというのは気持ちが悪いんだろう。
まあ、客がいつ来るかなんて、俺も知らんしな。
「どうだろうなー。何せここは、看板のない店だから」
「むう」
事実を言っただけで、横目で呆れた視線を投げてくるのはやめてほしいね。
「オムニスは強いから、店番要らないでしょ。ニーは森に行って、肉を取ってくる」
森ね……まあ、いいけどさ。
「分かった。でも、何かあったら、ネックレスの魔石を使えよ」
「うん、分かった。お肉たくさん取れたら、料理してくれる?」
はあ、可愛い。何この可愛い生き物。
耳がピコピコ動いて、小さな鼻がひくひく動いて、尻尾も大きく横に揺れて。
「当たり前だろ。何でも好きなもん作ってやる。だから、満足したら早く帰って来いよ」
「うん!」
ぶんぶん顔を縦に振るのって、脳みそおかしくならないのかね。いや、可愛いからいいんだけどさ。
「……」
いつみても、ロマン溢れる装備だよな。
身長160cmくらいの獣人の女の子が、自分と同じ大きさの大剣を装備してる姿って。
「じゃ、行ってくる」
「おう、気を付けていってこーい」
「うん!」
はっや。目にも止まらぬ速さとは、まさにこのことよ。
「今日はなにすっかなぁ……」
魔導書を読むのもありだな。あの幾何学模様が並んでいる本を読むだけでも、楽しいし。
まあ、でも、昼食後だしな……。
「アピィ、おいで」
「……ピ」
ふふ、この丸々としていて、ふわふわのクッションのような体。なによりこの愛らしい顔。いやー、この子を抱きしめて眠りにつくのも、幸せなんだよな。アピィも嫌がらないし。むしろ喜んでいるに違いない。
精霊蜂、万歳。
万歳、異世界転生。
「ん?」
誰の気配でもないってことは……数ヶ月振りの新規客だな。
――カランコロン
「いらっしゃいませ」
「……」
身長170cm後半、筋肉もほどほどについていそうだな。青髪に、青い瞳のイケメン。年齢は25歳くらいかな。魔力から見て魔法使い。それも、相当だな。
魔法使いであることには違いない。
ほう、精霊にも気付けるくらいの実力者。店にあるものに夢中か。
まあ、この店に入れた時点で悪人ではないことは確定してる。あの招待状は……ああ、辺境伯のおっさんか。なら、なおの事問題ないだろう。
あ、意識取り戻したみたいだ。
「……」
あ、ダメだ。実力者の魔法使いって、みんなこうなるしな。
しばらく時間が掛かりそうだ。
……息してるかな?
あ、祈り始めた。聖獣も分かるとは。やはり強者だな。
「す、すまない……その、お尋ねしても?」
おう、ようやく我に返ったみたいだな。
よかったよかった。
「もちろん」
「……」
警戒されてるなー。まあ、怪しいもんな、色々と。
「ここは、その……【看板のない店】で、貴殿がオムニス殿とお見受けするが、相違ないだろうか」
「ええ、オムニスです。ようこそ、看板のない店へ」
そういえば、少しだけホッと息を吐いた。
うん、分かりやすい人だ。分かりやすい人に、悪い人はいないんだぜ。
「そうか、安心した。私は、ウルギと申します。此度、訳あってガルデン辺境伯閣下のご差配により、あちらでお世話になっている身の者です……突然で申し訳ないが、話を聞いていただけるだろうか」
「もちろんですよ」
さてと、今回はどんな依頼内容かなーっと。
◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆
――ウルギ視点――
ウルギはジッと、一見なにもない路地裏を、眉を寄せながら不安そうに見つめる。
(こんな路地裏に、あるのだろうか……呪いを解決する方法が)
ウルギはガルデン辺境伯から受け取った招待状を握りしめた。右手には、鎖の刺青が描かれている。
「……え」
その時、路地裏から軽装備の大剣を背負った獣人が現れた。何もない路地裏から、本当に突然。奥は行き止まりで、どう見ても人が出入りできる場所ではない。
「すまない!」
「ん、どしたの?」
肩まで伸びた黒髪、褐色の肌、眠そうな目の中に輝く紫色の瞳。黒い耳と細い尻尾には斑点模様。ウルギは、目の前の獣人の女性が、黒豹族の獣人だと見抜く。
「道を尋ねたいのだが……」
そこで言葉が止まった。
ウルギが見たのは、彼女が身に着けている最高級の魔石が使われた魔道具。細かな魔法陣が見えないように細工されてはいるが、魔法に詳しいウルギには見えた。
そして、ウルギは固まる。魔法で隠されてはいるが、元奴隷の証である奴隷痕が首元にあるのを見つけてしまう。
奴隷痕は、本来魔法で隠すことすら不可能な契約魔法の類だ。由緒正しい奴隷商であれば、このような契約魔法は使わない。
主に使用するのは、極悪非道の裏稼業の人間。一生を奴隷として過ごすことを強制される禁忌の魔法だ。
(そういえば……ガルデン辺境伯が話していた。店主ともう一人、元奴隷の子がいると。いや、しかし、まだ奴隷痕がある。まて、にしては色が薄い。それに、本当に奴隷だとしたら、このような高価な装備は身に付けない。盗んだというわけでもないだろう。それをさせないのが、禁忌の奴隷痕なのだから)
ウルギは判断に迷い、言葉を忘れて考えてしまっている。
獣人の彼女は、突然止まったウルギに話しかけた。
「それ、招待状?」
「あ、ああ。そうだ【看板のない店】という」
ウルギの言葉を聞いて、獣人はまっすぐ腕を伸ばして、行き止まりの路地裏を差した。
「なら、そこ真っすぐ行けば大丈夫。歩き続けたら、扉が出てくるから」
「……行き止まりのようだが」
「行けば分かる。じゃ、ニーは用事があるから」
片手を上げて、これ以上は時間を割けないと言われてしまう。
ウルギは、目を見開くも、納得するように小さく頷いた。
「あ、ああ。時間を頂いて悪かった」
「いいよ……お店、行けるといいね」
「え」
不吉な言葉を残して、獣人は軽く素早い足取りで去っていく。
「……行ってみるか」
ウルギは、彼女の言葉を信じて、行き止まりの道を真っすぐ向かう。
そろそろぶつかるというところで。
「……道が、伸びた?」
魔法が発動された。路地裏には違いないはずなのに、道だけが伸びている。
(なるほど、隠匿の魔法か。招待状を持っていなければ、ここに入ることすら許されない。相当厳重な管理になっているのか。なるほど、辺境伯様が使用される店というだけはある)
何もない裏路地に、突如として道が出来たことに対して、ウルギは驚かない。むしろ、納得したような顔を見せる。
「扉か」
そして、その奥には、年季の入った木で作られた魔法の扉。
当たり前だが、看板もなければ店名もない。
そこにあるのは、扉のみ。
(……入るか)
ウルギは、緊張の面持ちで扉を開いた。
――カランコロン
鈴の音が、店内に響く。
「いらっしゃいませ」
「……」
ウルギの目の前にいるのは、一見すれば、普通の男。なんてことはない。茶色の短髪に、茶色の瞳。気だるげそうな顔ではあるが、やる気のないとも言いづらい。平凡凡庸な男だ。やる気がないように感じられるのは、見たこともない大きめの黒いソファーに、全身を沈めているせいだろう。
だが、その男が背を預けているソファーを見てから、ウルギは額から汗を流す。
(まさか……星夜スライムなのか……)
星夜スライム。
十年前にとある帝国を襲ったという星を散りばめた夜空のようなスライム。
それは、突然帝国に現れて、朝日と共に消滅したという天災級の巨大なスライムだ。帝国の主要都市は半壊し、攻撃も何も効かないことから、討伐不可能とされた魔物。
それ以降、誰一人姿を見せることはなくなった。そのため、本物かどうかは分からない。ただ、ウルギは感じてしまったのだ。そのソファーから感じる、禍々しいまでの魔力を。
(いや、そんなはずはない……きっと、気のせいだ。こんなところに、本当にソレがいるなら、辺境伯様も放っておくわけがないのだから)
ふう、と呼吸を落ち着かせて、店主に話しかけようとして、また固まる。
次に目に入ったのは、店主が抱えているクッションにも見える、びっしりと柔らかな毛を生やした蜂。
(待て……あれは、精霊虫なのか……)
見間違いではないかと、必死に凝視するが、王国所属の宮廷魔法使いたる己の知識が本物だと叫んだ。
そもそも、男性成人が抱き着けるサイズの蜂など、存在しない。たとえ、存在したとしても、魔物と言われる生物で、殺伐とした雰囲気を持ち合わせ、人に懐くことなどあり得ないから。魔法で眷属にすることはできても、虫系の魔物は簡単な命令しか聞かない。
例外はあるだろうが、目の前の蜂が、魔物ではないことは断言できる。
(だとしても、人に懐く精霊虫など聞いたことはないが……幼精霊でもないのだから、そうとしか言えないが)
精霊虫は、精霊が成熟する人の形や獣になる前の、幼生状態と言われているが、そうではない。精霊に進化するのは、幼精霊。幼精霊は、光の球体の見た目をしていて、生き物の形をしていないのだから。
精霊虫は、【豊穣神ディメルの遣い】という存在だ。
豊穣神ディメルが、気まぐれに精霊虫を人間の国へと遣いに出す。精霊虫が、その国の土地を気に入るかは、精霊虫次第。精霊虫が街のどこかに住みつけば、その街が飢饉になることはないとされている。
(昨晩頂いた料理が、信じられないほど美味かったのも頷ける……)
蜂の精霊虫であれば、野菜や果物、穀物の収穫量が増え、とにかく一つ一つが美味くなるという。精霊虫の縄張りだから、害虫や害獣は近づけない。穀物を餌にしている家畜も恩恵を得る。
第一産業を生業とする者からしてみれば、神様のような存在だろう。
(しかし、実際にそうだとしても……人間の住かにいるものなのか)
個人の家に住み着くなどあり得ないことだ。
精霊が見える人間が少ない中で、見つけられたことすら奇跡だというのに。
精霊を見つけても、むやみやたらと近づかない、干渉しないが鉄則だ。
だが、目の前の精霊虫は、どうみても店主に懐いていた。
「……」
店主を見て、ウルギは意識を取り戻す。
初っ端から色々と面を食らってしまったが、まずはここが【看板のない店】なのかを聞かなければならない。
(店であることは、間違いないようだ)
店に入った際、挨拶を受けた。それに、なにやら、見たこともない魔道具らしきものが置かれているからだ。
そのほかにも、何かの用途で使われるであろう材料や、魔物の素材、アクセサリーまで置かれている。
(魔法雑貨店なのか……って!!)
どのような素材が置かれているか見てしまったからには、無視することができなかった。
魔力がたっぷりと詰まった宝石のように美しく輝くドラゴンの鱗。育つのに豊潤な魔力を必要とし、生息している地域が危険地帯にしかないとされる根っこ付きの魔草。国一つを簡単に壊滅させそうなほど魔力の籠ったアクセサリーまで。
それらが、適当に並べられている。適当といっても、もちろん正しい管理方法はされているが、平置きである。こういった素材は、裏で管理し、特定の人物にしか見せないようにするのが普通なのだ。
伝説級の素材が平置きなんて、されていいわけがなかった。
(ど、どういうことなんだ……)
全てが本物だ。30年間生きてきて、数回しか見たことはない。しかし、数回見れば本物かどうかは分かる。魔力の質が明らかに違うからだ。
(ダメだ……気になることが多すぎる。いや、しかし、今日は店を見に来たわけではないのだ)
「……」
軽く息を整えるため、ウルギは少し上を向いて呼吸する。
それがいけなかった。
天井近くの壁に、ぺったりと日向ぼっこをしている爬虫類。
もう、ウルギは驚いていなかった。
(……ヤモリ、なわけないよな……あれは、家守だ……間違いなく聖なる獣、聖獣だ。極まれに、気にいった家の守り神になる聖獣に違いない。僅かではあるが、聖魔力が溢れ出ている……)
聖獣。神より生まれし獣。獣とされているが、その姿は様々。総称して、聖獣と呼ばれている。
ヤモリの見た目をしていることから、家守という聖獣だった。聖獣が住み着けば、孫の代まで不幸な死に方はなく、子宝にも恵まれると言われ、家守の加護を貰えるという。
また、家守を見ただけでも、その恩恵を得られると噂されていた。見た本人も、突然の不幸で死ぬことはないとされる。ただし、悪しき行いをすれば、すぐに自分に返ってくるともされていた。
(私は、認められたということなのだろうか)
邪悪なものを退け、聖なる力を宿した存在。ウルギは、この店に入る前、隠匿の魔法で店が隠されていると思っていた。しかし、違ったのだ。主の意向を組んだ、家守の魔法によるものだと確信する。
家守は、気に入った主から悪人を遠ざける。
つまり、ウルギは悪人ではなく、家守の恩恵を受け取れるということだ。
(はっ、いかん……目的を忘れるところだった。まずは、確認をせねば)
今度こそ、息を整えて、店主の元まで向かう。
「す、すまない……その、お尋ねしても?」
「もちろん」
「……」
ウルギは、目の前の店主が悪人ではないことは分かっている。
だが、今度は何者なのか知りたいという欲求にかられてしまう。
『絶対に失礼のないようにな』
辺境伯からの言いつけを守り、ローブの襟をただしたウルギは、背筋を伸ばして店主に問う。
「ここは、その……【看板のない店】で、貴殿がオムニス殿とお見受けするが、相違ないだろうか」
「ええ、オムニスです。ようこそ、看板のない店へ」
ウルギは、ホッと息を吐いた。
いろんな意味で、ここは特別な場所。
仮に【看板のない店】ではなかった場合、それはそれで問題が発生してしまうし、どう扱うべきか困るからだ。
だからこその、安堵。
辺境伯が知っていることであれば、自分はただ話を聞いてもらうだけでいいから。
「そうか、安心した。私は、ウルギと申します。此度、訳あってガルデン辺境伯閣下のご差配により、あちらでお世話になっている身の者です……突然で申し訳ないが、話を聞いていただけるだろうか」
すっと招待状を見せると、オムニスは招待状を風の魔法で浮かせて快く受け取った。
「もちろんですよ。あと、そこまで硬い話し方をしなくてもいいですよ。俺は貴族出身ではないので」
「……ありがとうございます」
人当たりのいい笑みを浮かべるオムニスに、ウルギはいつもの口調に戻す。
(さて、本題に入るか……)
ウルギは事情を話そうとして、まずは腕を捲ろうとする。
「お待ちを」
「はあ」
しかし、オムニスが手を伸ばして止めに入る。
「立ち話もなんですから、座ってください」
オムニスがそういえば、ソファーが突然現れる。スライムソファーではなく、普通のソファー。そこにも安堵する。星夜スライムのソファーに座る勇気を、ウルギは持ち合わせていない。
いや、目の前の店主以外は、常識的に考えて無理だろう。
「これは……なかなか」
普通のソファーではあるが、何とも柔らかい。座っているだけなのに、ウルギの体は不思議と軽くなっていく。日々の疲れが、癒されていくようだ。
スッと、メニューが風に運ばれてくる。
「飲み物は、紅茶、珈琲、ジュース。どれがいいですか?」
「で、では……珈琲を」
「かしこまりました」
そういうと、オムニスはスライムソファーから立ち上がり、器具を魔法で運んでくる。
「こ、ここは飲食店なのだろうか?」
金はある。元が宮廷魔法使いだから、値段は気にしてない。ただ、魔法雑貨店だと思っていたので、ウルギは面食らったのだ。
あと、魔法雑貨店で出される飲み物を口にするのは、少し怖かったりもする。
「いえ、俺の趣味ですね。お金も取りませんよ」
「いや、そこはしっかりと払わせていただく」
「そうですか」
珈琲を淹れるのには、どうやら魔法を使わないらしい。
ドリッパーにフィルターを装着させ、珈琲の粉を入れ、専用のドリップポットでお湯を注ぐ。慣れた手つきだ。自分でもよく淹れるのが分かる。少量の熱湯を回し注ぎ、中心から小さな円を描くように、円を大きく広げておく。継続的な注ぎは、その道のプロのよう。
「いい香りだ」
「心身がお疲れのようですので、少しでも癒されていただこうかと」
「……ありがとうございます」
完成された珈琲から、心が落ち着く甘い香りが漂う。
「アピィ、一滴お願い」
「……ピ」
蜂の精霊虫アピィが、やけに短い針から一滴の液体を垂らした。
すると、果実と花の香りが、店内に一瞬にして広がる。
「!?」
ウルギはどうにか真顔のまま、『馬鹿な!?』という心の言葉を必死に押さえて飲み込んだ。
精霊虫は、【豊穣神ディメルの遣い】だ。決して人の言うことを聞く存在ではないし、自ら精霊蜜を差し出す事なんてしない。精霊蜜は、どんな病も治す万能薬とも言われている伝説上の素材だ。人間以外の病にも効くという。土地が枯れようが、病気で作物が荒れても、精霊虫が精霊蜜を落とせば、その土地は数か月で豊かになると。過去の文献では、いくつもそういった素材が存在すると書かれているが、ウルギが実際に目にしたことはない。
だから、精霊蜜というものかどうかも怪しい。ただ、精霊虫が自ら出したのだから、おそらくそうなのだろう。
(オムニス殿がいるだけで、飢餓のない豊かな国へと発展できる……)
『邪なことは考えるな……考えても口に出すな』
ガルデン辺境伯の言葉を思い出して、どうにか飲み込んだ。家守が許可してくれたとはいえ、一時の感情に流されてしまえば、ここに来ることはできない。
それどころか、辺境伯からも去らねばならないだろう。ウルギは、顔にも出すことなく、それはもう、背中にはびっしょりと汗を掻いてはいるが、顔には一切出さずに。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
コーヒーカップに入った、精霊蜜入りの珈琲。ウルギは、ごくりと喉を鳴らす。緊張と興奮が押さえきれず、思わずすぐに一口飲んでしまう。
「お、おいしい……」
苦みの後に、柔らかな自然の甘味が口いっぱいに広がる。飲んだだけで、体の緊張がほぐれて、心が温まっていくような優しい飲み物。珈琲自体も、淹れ方がいいからか、精霊蜜の香りに負けていない。いや、調和すらしていた。
あまりの美味さに零れた言葉を、オムニスは嬉しそうに笑う。
「それはよかった……さて」
オムニスは、自分の分の珈琲を一口飲んでから、ウルギを見る。
「さて、本日のご相談内容をお聞かせください」
ウルギは、ハッとするようにオムニスを見た。店にいる天災級の魔物や、精霊虫、聖獣。精霊蜜入りの珈琲の一口で、完全に忘れてしまった。
(そうだ、俺は呪いのことを相談しに来たんじゃないか)
ウルギは背筋を伸ばして、咳払いをしてから、オムニスの目を見て伝える。
「実は……呪いを受けてしまいまして」
「ええ、そのようです。かなり強力なようですね。魔力の放出を縛り、魔法を使えなくする。実に危険な魔法だ」
「……見ただけで、分かるものですか?」
「ええ、まあ。ウルギさんは、魔眼持ちということも。精霊、聖獣を見れるのは、魔力が高い人か、そういう好かれる才能があるか、魔眼持ちくらいですからね……なぜ呪い受けたか聞いても?」
「実は……」
25歳という若さで宮廷魔法使いとなったウルギは、皆から期待されていて、周りからの信頼も厚い。攻撃を得意とする魔法使いなら、誰もが望む出世街道だ。
国遣いの宮廷魔法使いだったウルギは、魔獣の討伐に赴いていた。魔獣とは、魔力が飽和している場所で生まれた魔物の狂化された存在だ。出現を確認された場合は、すぐに討伐する必要がある。
その討伐の際、魔獣を殺した時に、なぜか呪いが発動した。止めを刺したのがウルギで、その際に呪いを受けてしまったのだ。
「解呪師にも診てもらいましたが、強力な呪いのようで、解呪はできないと……。魔法が使えないのであれば、宮廷魔法使いである意味がない。国内で、魔法に関する以外の仕事をする予定でした。幸い、魔物の知識や、人を見る目はある方です。なので、冒険者ギルド員の仕事を受けようかと」
「そこで、辺境伯に声を掛けられた訳ですか」
オムニスの言葉に、ウルギは静かに頷いた。
「ええ。ガルデン辺境伯閣下には、魔法の指南役として雇っていただきました。ただ……魔法が使えない今、その指南役としての仕事も全うできない。その時は断ったのですが、それでも私を雇い入れてくれたのです」
「あの方らしいですね」
「ええ。ガルデン辺境伯閣下は、訳アリの騎士を雇うことで有名でしたが、まさか呪いを受けた役立たずの私まで受け入れていただけるとは……感謝の言葉では足りない恩を受け取ってしまいました。それを返せない自分に失望してしまうほどです」
グッと力強く拳を握りしめるウルギは、顔を顰めてしまう。
「なるほど、事情は理解しました。少し、体の具合を見ても?」
「あ、はい。お願いします」
オムニスは、今までにないほど真剣な瞳で、ウルギの状態を確認する。といっても、体には触れずに目で見ているだけだ。ウルギは何を診ているのか気になったが、余計な口を出さない。
「どうやら、魔眼は機能しているようですね。自律的な魔法には効果がない。だから、体も無事なのか」
見ただけでウルギの状態を的確に判断したことに驚くウルギだが、顔には出さずに静かに頷いた。
「ええ。本来、このような呪いを受けてしまえば、体内の魔力が放出されず、魔力飽和で数日後には死ぬはずでしたが……魔眼持ちのお陰で助かってます」
「それでも、体の負担は大きいですよね」
「ええ……軽く走っただけでも、体全身が重くなってきています」
魔力を放出できないということは、それだけでも体が壊れてしまう要因となる。一つが正常に働かなければ、壊れた箇所が伝播して、体はどんどん壊れていく。
魔力の放出を制限されてしまったウルギは、生きているのも大変だった。
「まあ、でも、それくらいなら良かったです」
「それは、どういう」
オムニスは、意味深な笑みを浮かべて言う。
「生きているなら、どうとでもなりますから」
「え?」
裏を返せば、オムニスの言葉は、絶対に治せるという自信に満ち溢れているということだ。
「手を出してもらっても?」
「は、はい」
半信半疑。正直言えば、ウルギは『コイツ、何を言ってるんだ』という気持ちが溢れ出る。辺境伯が目を掛けているから口には出さないものの、ぬか喜びさせるような言葉に、少しばかり落胆の気持ちが混ざってしまう。
自信があるせいで、僅かばかりの期待を寄せてしまう自分にも、腹が立っている。
「……ああ、魔族の仕業か」
「え」
魔族、人間と敵対する人類の敵。人間の姿をして、人間の言葉を話す。だが、見た目は爬虫類の尻尾や、禍々しい角、背中に漆黒の翼などが生えている。魔物の一部が体にあることから、魔族と呼ばれている存在だ。
ウルギが住んでいる国には、魔族との交戦は今のところない。他国ではそれなりに魔族が出現しているため、脅威には感じている。
「こういった禁忌の魔法は、魔族が関わってることが多いようです。大方、人類滅亡を企む過激派の仕業でしょう。人間界では禁忌の魔法を、やつらは好き勝手に使いますからね」
オムニスの言葉に、ウルギはどう答えるか悩んだ。
過激派ということは、それ以外の派閥を彼は知っていると匂わせているから。
しかし、ウルギは深くは聞かないことにした。
「では、余計に治せないのでは。魔族の魔法は、我々が使う魔法とは異なると聞きます」
「昔、中立派の魔族と関わりがありましたね。解呪方法は教わってるんですよ」
「そう、なのですか?」
当の本人は気にしていないのか、ぺらぺらと話をしてしまうため、ウルギは眉を顰める。
「ええ。とはいえ、怪しいことには変わらないと思いますので、ここでやめてもいいと思いますが」
その言葉に、ウルギはもう一度拳を強く握りしめた。
怪しいことには変わりがない。けれど、もう一度魔法を使えて、ガルデン辺境伯の役に立ちたいと本気で思っている。
だから、ウルギは信じることにした。
目の前の男ではなく、ここを紹介してくれたガルデン辺境伯のことを。
「……オムニス殿、本当に治せるのであれば……お願いしたい」
「かしこまりました……では、失礼しますね」
オムニスはすぐに魔力を手に集めて、ウルギの手に描かれた鎖の呪いに触れる。
すると、鎖の刺青が一瞬にして消えてなくなった。
「は?」
「はい、お疲れさまでした」
オムニスは、軽く微笑んだ後、スライムソファーに寄り掛かり、珈琲を一口飲む。
「え、ちょ、まって……え?」
ウルギは自分の見た光景が信じられなかった。
オムニスは、手に魔力を流して、呪いの鎖の刺青に触れただけだ。
呪文も、詠唱も、魔法陣も、いっさいない。
無詠唱。
けれど、ウルギには、オムニスが魔力をただ流しただけにしか見えない。
元とはいえ、数日前まで、ウルギは宮廷魔法使いだった。それに、ウルギは魔眼持ちだ。相手の魔法を見れば、どういった魔法かもある程度分かる。
(まったく……分からなかった)
けれど、解呪したのは嘘ではないということだけは分かる。
体は軽いし、滞っていた魔力が全身に流れているから。
「ま、魔法を使っても?」
「ええ、どうぞ」
ウルギは手を前に出して、無詠唱で手のひらに炎の球体を浮かばせた。
キラキラと、ウルギの手のひらで輝く炎。いつもよりも、ぼやけて見える炎が、呪いを解呪したのだと教えてくれている。
「ありがとう……ございます、オムニス殿。この、ご恩は……絶対に、忘れません」
「治ってよかったです」
「はい……疑って、申し訳ございませんでした」
ウルギは正直に心根を話す。
オムニスは怒りもせず、優しい声色で伝える。
「いいんですよ。最初は誰もが疑いますからね」
「……ありがとう、ございます」
ウルギは静かに涙を流す。
呪いのせいで、全てを諦めなければならなかった。
宮廷魔法使いも、誰かの役に立つことも、自尊心も。
全てを失って、全てを取り戻せた。
目の前の見た目は平凡だが、神の御業のような力を披露してくれた青年。
ウルギは、オムニスに感謝の言葉を伝え続けた。
「落ち着きましたか?」
「ええ、お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ、お気になさらず。それで、代金ですが」
その言葉に、ウルギは覚悟を決める。
決して治せないと言われた呪いの解呪。
いくらになるか分かったものではない。
けれど、ウルギは絶望しない。どれだけ高くても、魔法さえあればいくらでも稼げる。その経験があるからこそ、彼は前を向けるのだ。
「はい、今の全財産では足りないかもしれませんが、必ずお支払いいたします」
「そうですか。では、金貨100枚で」
「え……」
金貨100枚という値段を聞いて、ウルギは固まる。
「そ、それだけですか?」
「それだけなんて、とんでもない。一年は豪遊しても余る額ですから」
「で、ですが」
明らかに安い値段だ。
欠損した腕を生やすのでさえ、金貨1000枚は取られるというのに。
ウルギからしたら、その十倍は払う覚悟すらある。思ってもみなかった金額に、ウルギはどうすればいいか、本気で分からないように眉を下げた。
「お金を取っておいてなんですが、困ったときはお互い様ですからね……ただ」
「ただ」
ゴクリ、喉が鳴る。
オムニスは、口元に人差し指を立てて、微笑んだ。
「このことはご内密に。まあ、話してもいいですけど、たぶん来れないと思いますので」
「そう、ですね……家守様がいるなら、そう思います」
「そういうことです」
理解が早くて助かるといった具合に、オムニスはもう一度微笑んでから伝える。
「親しい友人や、ご家族のこと何かありましたら、話は聞きますので。また、気軽にいらしてください」
「ありがとうございます」
「あ、珈琲、飲んでいってくださいね。もったいないので」
「もちろんです。というか、残せませんよ」
「はは、ですよね」
それから二人は、他愛もない会話で盛り上がった。
意外と年齢が近いことも発覚して、ため口で話すように。
「じゃあ、オムニス。今日は本当にありがとう」
「いいって。たまには、遊びに来てくれ。俺はいつでも大歓迎だ」
「ああ、もちろん。食事も奢らせてくれ」
「うちの従業員も一緒にいいか? あいつ、めちゃくちゃ食うけど」
「もちろんだ。むしろ、払わせてほしい」
「後悔するなよ」
「ああ」
そういったオムニスの顔は、とても優しい顔になっている。
とても大切な人なのだろうと、ウルギは悟った。
そして、入口で出会った獣人のことを思い出す。
きっと、オムニスにとっての大切な人なのであろうと。
「では……また来る、オムニス」
「ああ、何時でも待ってるよ」
ウルギは頭を下げてから、店を出た。
裏路地を少し進んで振り返ると、すでに扉は見えなくなっている。
「……閣下も知っているが、口に出さないということは、そういうことだろう」
ジッと裏路地を見つめる表情は、出る前とは正反対に頼もしい顔つきになっていた。
「オムニス殿を権力の好きにはさせない……これからも鍛錬せねば」
ウルギは、胸を張って、辺境伯家に戻っていく。
魔法団として、存分に力を振るうため。
拾ってくれた恩に報いるために。
こうして、25歳の若い才ある魔法使いが、オムニスの手によって救われた。
彼の呪いの解呪については、精霊と出会い、運よく治していただけたとの一点張り。
それが真実かどうかは分からない。
けれど、事実として、彼の呪いは解呪された。
――辺境伯領に行けば、奇跡が起きるかもしれない。
噂が流れるのは、誰にも止められなかった。
◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆
――オムニス視点――
「ふうー、いいことすると気持ちがいいねぇ~」
まあ、たまにでいいけどな。こういうのは。
あんまり干渉しても、碌なことにならないし。
「万能チート、ね」
女神から授かった力。
願望を魔法に変える力は、危険だ。
一歩間違えれば、簡単に人は死ぬし、この力を求めて馬鹿な事をするやつらもいる。
自分を守るために、生まれ育った土地を捨てて、ここに辿り着いた。
ようやく手に入れた平穏。
誰にも邪魔されたくない。
俺が気に入った人間を救い、それ以外は関わらない。
それでいい。
それだけでいいんだ。
「……ふ、俺らしくないな」
止めだ、止め。
今月は、もうすでに稼げるだけ稼いだ。
目の前には、金貨100枚の大金。
それをポンと出していったウルギの顔が浮かぶ。
「宮廷魔法使いかぁ……また、碌でもないやつが来そうだな」
噂が流れるのは間違いない。なにせ、ウルギは王国に仕えていた宮廷魔法使いだ。辺境伯での活躍は、国にも届くことだろう。
面倒ごとが流れ込むのは目に見えてる。
他の連中が放っておくはずないからな。
そのことを承知で、助けた。
この選択に、後悔はない。
「辺境伯のおっさんに、酒でも振舞えばいいだろう」
後ろ盾もあることだし、居場所がバレることはない。おっさんが俺を売ることは絶対にないし、変なこと押し付けてくることはないからな。
お礼くらいはしてやらないと。
「ん、帰ってきたな」
――カランコロン
「ただいまー、オムニス」
「おう、おかえり、パテラ。たくさん狩ってきたか?」
「大量」
ブイブイとブイサイン。
ちょっとドヤ顔なところも可愛いな。
「お肉焼いて」
「了解、キッチンに持ってってな」
「ほーい」
上機嫌だな。耳と尻尾が揺れてら。
こりゃ、相当いい肉が狩れたとみたね。
「あ、あの人、ここに来れたんだね」
パテラは立ち止まって、100枚の金貨を見ながら言う。
表で出くわしたのかもな。
「会ったのか」
「うん。いい人そうだったし、来れてよかった」
「だな。そういえば、ウルギが肉奢ってくれるってよ」
「マジ?」
「マジだ」
おお、瞳の奥が肉になってる。
ん、なんだ、顔が赤い。
「……それはそれで楽しみだけど、オムニスの作る料理の方が好き」
うお、可愛い。
「結婚しよう、パテラ」
さて、どうだ。
今日こそは、頷いてほしいんだが。
お、もじもじして、まさか……!
「うーん、まだだめ」
はっ!
頬が赤い。
そんなところも可愛いぜ、パテラ。
まあ、結婚の承諾は、気長に待つか。
先は長いしな。
「そうか……じゃあ、飯にするか」
「うん!」
ああ、今日も平和で、なによりだ。
数ヶ月後、ウルギの活躍が国内で噂になった。
案の定、面倒なことになったが、関係ない。
大切な居場所は守られてるからな。
俺は、俺のために、気に入った人だけを救う。
だから今日も、看板を立てるつもりはない。
完
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