第6話 わかるから
教室は、いつも通りだった。
昼休み。
どこかで笑い声がして、椅子が引かれる音がする。
特別なことは、何もない。
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「……ねえ」
小さな声が、耳に入る。
後ろの方。
視線は向けない。
向けなくても、分かる。
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「ちょっとさ、あの子」
少しだけ間があく。
「……なんか、変じゃない?」
笑い声が混ざる。
強い悪意はない。
ただの会話。
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「分かる」
「近寄りにくいっていうか」
言葉が続く。
軽い。
でも、消えない。
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紗夜は何も言わない。
視線は前のまま。
ペン先だけが、わずかに止まる。
小さく息を吐く。
それだけで十分だった。
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「……なあ」
隣から声がする。
「聞こえてるだろ」
「別に」
間はない。
「気にしてないのかよ」
「してない」
ノートに視線を落とす。
ペンは、まだ動かない。
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悠真が少しだけ黙る。
「……そっか」
それ以上は何も言わない。
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午後の授業が終わる。
ざわつきが広がる。
「じゃ、またねー」
「おつかれー」
そんな声の中に、紗夜の名前はない。
それでも、不自然ではなかった。
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「……帰るぞ」
「別に、あんたに合わせてないけど」
「知ってる」
少しだけ間があく。
紗夜も立ち上がる。
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教室を出る。
廊下は、いつもより少し騒がしかった。
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階段を降りる。
「……さっきの」
「気にしてないならいいけど」
紗夜は前を歩いたまま。
振り返らない。
「気にしてないって言ってるでしょ」
声は変わらない。
「……ならいい」
それで終わる。
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でも。
ほんの少しだけ、足音が揃っていなかった。
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外に出る。
夕方の空気が少し冷たい。
校門を抜ける。
しばらく歩く。
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「……なあ」
「なに」
「ほんとに、なんとも思ってないのか」
少しだけ間があく。
紗夜の足が、ほんの一瞬止まる。
すぐにまた動く。
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「……分かるのよ」
「は?」
「何を言ってるのかも」
「どう思ってるのかも」
淡々とした声。
「だから、別に」
「別にってなんだよ」
少しだけ強くなる。
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紗夜が立ち止まる。
振り返る。
「分かるから、いいの」
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「……いいわけあるかよ」
「言われてんだぞ」
「知ってる」
「じゃあ——」
「分かるから、関わらないの」
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風が通り抜ける。
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「……関わらなかったら」
悠真が視線を落とす。
「そのままじゃねえか」
紗夜は何も言わない。
ほんの少しだけ、視線が逸れる。
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「……だからよ」
小さく呟く。
「関わると、面倒になるの」
「もうなってるだろ」
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一瞬だけ。
表情がわずかに揺れる。
すぐに戻る。
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「……バカ」
それだけ言って、歩き出す。
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悠真も少し遅れて歩き出す。
今度は、最初から並んでいた。
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会話はない。
でも。
さっきまでより、距離が近い。
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「……別に」
「嫌いってわけじゃないから」
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「……誰が」
「知らない」
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それ以上は続かない。
ただ、足音だけが揃っていた。




