第4話 帰り道に、混ざるもの
校門を出ると、さっきまでのざわつきが少しだけ遠くなる。
夕方の空気は、少しだけ冷えていた。
後ろでは、まだ誰かが笑っている声が聞こえている。
でも——
隣を歩いているやつは、何も言わなかった。
さっきまでの空気を、そのまま引きずっているみたいに。
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「なあ」
少しだけ間を置いてから、口を開く。
「さっきのやつ、なんなんだよ」
紗夜は、すぐには答えなかった。
足音だけが、やけに響く。
アスファルトを踏む音が、妙に大きく感じる。
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「……説明しても意味がない」
「意味あるだろ」
「ないわよ」
それだけ言って、前を向いたまま歩く。
視線は、一度もこちらに向かない。
その言い方も、歩く速さも、いつもと変わらないはずなのに——
どこか、少しだけ固い。
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少しだけ、間が空く。
「……普通じゃねえだろ、あれ」
少しだけ、声のトーンが落ちる。
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紗夜が、わずかに足を緩める。
ほんの一瞬、歩幅がずれた。
すぐに元に戻る。
「……人の感情が、歪んだもの」
小さく、吐き出すように言った。
言葉の形だけは整っているのに、どこか曖昧で、掴みどころがない。
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「は?」
「見える人と、見えない人がいる」
「普通は関わらない」
淡々とした声。
でも、その奥に、わずかな疲れが滲んでいた。
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「……関わると、面倒になる」
「もうなってるだろ」
一瞬だけ、紗夜がこちらを見る。
すぐに、逸らされた。
その一瞬の視線が、やけに近く感じる。
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「……だから言ってるのよ」
「巻き込まれる前に、離れなさい」
「無理だ」
即答だった。
考えるより先に、言葉が出ていた。
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「なんで」
「もう見ちまったし」
紗夜が、わずかに眉を寄せる。
「……それだけ?」
「お前一人じゃ倒れるだろ」
言ってから、自分でも少しだけ引っかかる。
でも、間違ってるとも思わなかった。
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少しの沈黙。
風が、ゆっくりと吹き抜ける。
制服の裾が、わずかに揺れる。
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紗夜が、わずかに視線を逸らす。
何かを言いかけて、止まる。
言葉が、喉に引っかかったまま落ちてこない。
ほんの少しだけ、呼吸が乱れる。
さっきの“あれ”のせいなのか、それとも——
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それでも——
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「……近いのよ、あんた」
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「……それ、どういう意味だよ」
「そのままの意味」
「分かるわけねえだろ」
「分からなくていい」
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冷たい言い方。
でも、どこかで言い切れていなかった。
わずかに揺れているのが分かる。
「……あんたが関わると、面倒になるってこと」
「さっきも聞いた」
「しつこいのよ」
「お前がちゃんと説明しないからだろ」
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少しだけ、空気が揺れる。
言葉にしない何かが、間に残る。
紗夜が、小さく息を吐いた。
「……ほんと、バカ」
わずかに、力の抜けた声だった。
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その一言で、ほんの少しだけ空気が緩む。
でも——
完全には、戻らない。
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紗夜は、前を向いたまま小さく呟いた。
「……まだ、消えてない」
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会話が、途切れる。
言葉の意味は、よく分からない。
でも——
さっきの“あれ”と、今の空気が、どこかで繋がっている気がした。
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「——近い。」
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その言葉だけが、妙に引っかかっていた。




