第2話 距離が近いのは、気のせいじゃない
翌日。
教室に入った瞬間、なんとなく視線を感じた。
気のせいじゃない。
完全に、こっちを見てるやつがいる。
「……」
後ろの席。
篠宮紗夜と、普通に目が合った。
逸らさない。
こっちも、なんとなく逸らさない。
「……なに」
先に口を開いたのは向こうだった。
「いや、そっちが見てただろ」
「見てない」
即否定かよ。
「いや見てたって」
「気のせい」
めんどくさいなこいつ。
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「橘ー、それノート貸してー」
横から声をかけられて、そっちに視線を向ける。
「あー、いいけど」
適当にノートを渡す。
「サンキュー!マジ助かる!」
大げさだな。
別に減るもんでもないし。
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「……そういうの」
後ろから、ぽつりと声が落ちた。
「ん?」
振り返ると、紗夜がこっちを見ている。
少しだけ、眉をひそめて。
「普通、そんな簡単に貸さないでしょ」
「そうか?」
「そうよ」
「いや別に、困ってるならいいだろ」
そう言うと、紗夜は一瞬だけ言葉を止めた。
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「……ほんと、意味分かんない」
小さく呟く。
「何が」
「それが“普通”って思ってるとこ」
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なんか昨日からずっと言われてんな、それ。
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「……ねえ」
紗夜が、少しだけ身を乗り出してくる。
距離が近い。
「今日、放課後」
「はいはい、検証だろ」
「……分かってるなら最初からそう言いなさい」
いや言わせてんのそっちだろ。
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「場所、変えるから」
「校舎裏じゃねえの?」
「人多い」
「校舎裏でも?」
「時間による」
めんどくさいなほんと。
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■ 昼休み
「……はあ」
紗夜が、珍しくため息をついた。
「どうした」
「うるさい」
それ昨日も聞いたな。
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周りを見ると、いつも通りの教室。
笑ってるやつ、スマホ見てるやつ、騒いでるやつ。
特別何かあるわけじゃない。
でも紗夜は、少しだけ目を細めている。
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「今日、多い」
「何が」
「感情」
さらっと言うな。
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「……疲れんの、それ」
「当たり前でしょ」
即答だった。
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「楽しいとか、嬉しいとかならいいのよ」
ぽつりと、紗夜が言う。
「でもそういうのって、大体うるさいのよ」
「うるさいって」
「混ざるの」
少しだけ言葉を探すようにして、
「全部一緒に入ってくるから」
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ああ。
なんとなく、分かる気がした。
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「……じゃあさ」
気づいたら、口に出していた。
「外、行くか」
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紗夜が、少しだけ目を見開く。
「は?」
「昼、まだ時間あるし」
「……なんで」
「いや、しんどいんだろ」
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それだけ言うと、紗夜は一瞬だけ黙った。
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「……ほんと、あんた」
「なんだよ」
「勝手ね」
褒めてんのかそれ。
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でも、立ち上がる。
文句言いながら。
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■ 屋上前
「……静か」
紗夜が、小さく呟く。
さっきまでの顔と違う。
少しだけ、楽そうだった。
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「まあ、ここあんま人来ないしな」
「……いい場所」
それは良かったな。
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さっきまでより、ずっと静かだった。
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「……ねえ」
紗夜が、こっちを見る。
「何」
「なんであんた、平気なの」
またそれか。
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「平気じゃねーって昨日も言っただろ」
「そういう意味じゃない」
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じっと見られる。
昨日と同じ目。
でも、少しだけ違う。
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「……あんたといると」
紗夜が、小さく呟く。
「うるさくないのよ」
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少しだけ間があって、
「……楽」
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「……そりゃどうも」
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紗夜は少しだけ眉をひそめて、
「……そういう顔しないで」
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よく分からないけど。
少しだけ、いつもと違う空気だった。
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そのときだった。
「……まただ」
紗夜の表情が変わる。
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「どうした」
「……いる」
小さく呟く。
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「昨日のやつ」
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空気が、少しだけ重くなる。
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「近い」
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その一言で。
さっきまでの“静けさ”が、全部崩れた。




