第9話:これは正義か、復讐か
深夜。
ラピスが人を集めたのは、城の裏手にある古い倉庫だった。
蝋燭の灯りの下に、協力者たちが集まっていた。
農民の男。商人の男。地方領主の老人。
そして、顔を布で隠した二人。
ラピスが静かに頭を下げた。
「来てくれてありがとうございます」
誰も返事をしなかった。
警戒していた。当然だ。
「ラピス殿、なぜこんな場所に・・・」
老いた領主が、低い声で言った。
「ヴァルド卿の耳に入ったら、私たちは——」
「入りません」
ラピスが、静かに遮った。
「今夜のことは、誰にも知られていない。それだけは約束します」
沈黙が落ちた。
私は倉庫の隅に立って、彼らの顔を眺めていた。
怯えている。怒っている。疲れている。
表情は違えど、グレイルに対する感情は同じようだ。
「三日後、グレイル兄上が視察に来ます」
ラピスが続けた。
「今回も年貢を引き上げるつもりです。
昨年の三割増しに、さらに上乗せして」
農民の男の拳が、膝の上で固まった。
「もう、限界です」
男が絞り出すように言った。
「去年、村の半分が夜逃げした。
残った者も、冬を越せるかどうか——」
「わかっています」
ラピスは一息つき、覚悟を決めた。
「だから、今回で終わりにします」
全員の視線が、ラピスに集まった。
「終わり、とは」
「グレイル兄上に、この国の政から手を引いてもらいます」
沈黙。
それから、領主の老人が低く笑った。
「綺麗事を。第一王子を相手に、私たちのような者が何をできる」
その時、布を被った一人が口を開いた。
「証拠があります」
注目を集めた声の主は騎士だった。
「三年前、グレイル殿下の不正を目撃した仲間がいました。
でっち上げの罪を着せられて——処刑された」
倉庫の空気が、変わった。
「私はその場にいた。同じものを見ていた。口を閉じて、生き延びた」
男の声が、わずかに震えた。
「ずっと、後悔していました。友を裏切った日を
ずっと、待っていました。これを使える日を」
懐から取り出したのは、折り畳まれた羊皮紙だった。
古びていた。何度も広げたような跡があった。
「グレイル殿下が——証拠です。仲間が命をかけて写し取った」
倉庫の空気が、凍りついた。誰も動かなかった。
一層、小声になった男が話した内容は
私の距離からは聞き取れなかったけど、
余程のことが書かれているのだろう。
ラピスが、静かに羊皮紙を受け取った。
広げて、目を通した。
その顔が、かすかに青ざめた。
「……本物なのか…」
「本物です」
男の声が、低く揺れた。
「仲間はそれを知ったから——殺された」
ラピスが私に視線を向けてきた。
私は呼ばれている気がして、ラピスの隣に向かい羊皮紙を覗き込んだ。
びっしりと書き込まれた文字。
取り決めの内容。日付。そして——
文書の端に押された、そして、見覚えのある印璽。
私は一瞬、目を止めた。
それだけだった。
「……ご苦労だったわね」
それ以上は何も言わず、また彼らから離れた。
ラピスが、私の顔を見た。
私はもう、倉庫の地図に視線を戻していた。
もう一人の布を被った人物が、静かに手を挙げた。
「私は——」
少し間があった。
「三年前、殿下に妹の命を助けていただきました」
ラピスが、その人物を見た。
「覚えていますか。流行り病が出た時、薬を届けてくださった。
あの時の騎士の、兄です」
ラピスが、静かに目を細めた。
「……覚えています」
「ずっと、恩を返したかった。でもグレイル殿下の目があって——」
「当たり前のことをしたまでです。」
「恩に報いる機会をいただき、ありがとうございます」
農民の男が、ゆっくりと顔を上げた。
「……俺たちは、何をすればいい」
ラピスが、前に出た。
「皆さんにお願いすることは2つあります。
まずは村人を全員、視察当日までにどこかへ移してください」
「村を——空にする、ということですか」
「グレイル兄上が来た時、誰もいない。
そこで私が登場し、一対一の勝負を申し込みます」
「——待ってください」
領主の老人が、立ち上がった。
「殿下に戦わせるというのですか」
「はい」
その一言で、倉庫の空気が一変した。
「なりません」
「殿下に剣を握らせるなど——」
「私たちのために命を捨てる必要はございません」
農民の男が、首を横に振った。
「俺たちの話なんです。俺たちが何とかすべきで——」
そこ声を遮り、ラピスが——私の方を、見た。
「策があります」
ラピスの声が、倉庫に静かに響いた。
彼らの視線が、一斉に私に集まった。
誰も何も言わなかった。
でも全員の顔に、同じことが書いてあった。
——いったい、何者だ。
私は何も言わなかった。
ただ、静かに見返し、沈黙が続いた。
最初に折れたのは、領主の老人だった。
深く、息を吐いた。
「……殿下が倒れる前に、必ず動いていただけるんですか?」
ラピスが、私の発言を待つ前に力強く答えた。
「約束します。彼女もまた、協力者の1人です。」
長い沈黙だった。
最初に頷いたのは、証拠を持つ騎士だった。
次に、恩を返しに来た騎士。
それから、農民の男。商人の男。領主の老人。
全員が、静かに頷いた。
「——それで」と領主の老人が言った。
「グレイル殿下が条件を飲んでも、負けを認めなかった場合は」
「一人います」
ラピスが、静かに言った。
「城の中に、誰にも靡かない人が。
父上が病に倒れる前から、ずっと正義を貫いてきた人が」
「まさか——」領主の老人が息を呑んだ。
「シュバルツ卿か」
「頼んでみるつもりです」
ラピスの声に、初めて揺らぎが起きた。
「動いてくれるかは——わかりません。でも、信じています」
倉庫の中が静かになった。
誰も「大丈夫だ」とは言わなかった。
言えなかった。
それでも全員が、もう一度頷いた。
***
話が終わったのは、夜半を過ぎた頃だった。
倉庫を出ていく彼らを、私たちは見送った。
ラピスが、蝋燭の火を見つめていた。
「……あの人たちが救われます」
ラピスが、静かに言った。
「村の人たちも、不当に投獄された商人も、
土地を奪われた領主も。グレイル兄上さえいなくなれば——」
熱を帯びる彼の言葉を、今は聞きたくなかった。
「あなたが王になれれば何でもいいわ」
ラピスが、口を閉じた。
私は蝋燭の火を吹き消した。
「勘違いしないで。村人を救うために動いているんじゃない」
暗闇の中で、ラピスが静かに息を吐いた。
「……わかっています」
「本当に?」
「……でも」
ラピスが、暗闇の中で言った。
「結果は同じです」
「そうね」
私は倉庫の扉を開けた。
「ただ、協力しないといけない理由がもう1つできたわ」
***
翌日、ラピスは一人で城の奥へ向かった。
誰も近づかない、薄暗い一室。
扉の前に立ち、三度、ノックをした。
返事はなかった。しかし、気配は感じる。
懐から一通の手紙とをくしゃくしゃの羊皮紙を取り出し
扉の隙間に、そっと差し込んだ。
「この国の最後の良心。卿が正義のために動いてくれることを、信じています」
返事はなかった。
ただ——扉の向こうで、かすかに何かが動いた気がした。
気のせいかもしれない。
ラピスは確かめずに、廊下を戻った。
***
視察の前日の夜。
ラピスが戻ってきた。
雨の日の子どものように泥だらけだった。
ただ、子どもには出せない精悍さを纏っていた。
「準備は整いました」
私は窓の外を見た。
村の方角に、小さな灯りがいくつも灯っていた。
「例のシュバルツ卿は」
ラピスが、少し間を置いた。
「……わかりません」
「そう…」
私は窓から離れた。
「あなた、明日死ぬかもしれないのよ?」
ラピスが、真っ直ぐ私を見た。
「はい。」
「本当に?死ぬかもしれないのよ?」
ラピスが、小さく笑った。
「これまで、死んだような人生を生きてきました。
ただ、あなたを森で助けた時。私も救われたのかもしれません」
「まだ誰も救われてないわよ。」
私はそう言って部屋を出た。
廊下の石畳に、自分の影が伸びていた。
ぬるりと、揺れた気がした。
(明日ね)
お読みいただきありがとうございます!
ついに動き出した、国取り合戦。
村が空になる。シュバルツ卿は——動いてくれるのか。
そして、ラピスが自ら前に立つ。
羊皮紙にアナは何を思うのか。
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全ての答えは——。




