第8話:第一の毒、グレイル登場
すみません。9話は明日の朝7時に投稿します。
グレイルが帰城したのは、翌日の昼だった。
「兄上が戻られました」
廊下を歩いていたラピスが、足を止めた。
窓の向こう、中庭に馬が入ってくるのが見えた。
私はラピスの隣に立って、降り立つ男を見下ろした。
二十代半ばほど。体格はいい。顔立ちも悪くない。
ラピスと同じ父親から生まれたとは思えないほど、何もかもが過剰だった。
鎧は必要以上に装飾が多く、馬は必要以上に大きく、供回りは必要以上に多い。
(虚勢の塊ね)
玄関ホールに降りると、使用人たちが既に両側に整列していた。
背筋が一斉に伸びている。怯えで、伸びていた。
グレイルが扉を開けて入ってきた。
整列した使用人たちの前を、悠然と歩いていく。
もはや、誰の顔も目に入ってはいない。
その足が、横目で、ラピスを捉えたところで止まった。
ゆっくりと向き直り、
面白いものでも見るように、男を見下ろした。
「……まだ、生きていたか。今度はどこをほっつき歩っていた」
「少し旅を」
「旅?」
グレイルが鼻で笑った。
「役立たずは感傷に浸る余裕があるようだ。相変わらず暇なことで結構」
ラピスは何も言わなかった。
俯きもせず、かといって反論もせず、ただ静かに立っていた。
その時、グレイルの目が私を捉えた。
「……それは何だ」
それ、だった。
誰か、ではなく。
「兄上、それとは?」
「お前の横に立っている、それだ。」
「旅の連れです」とラピスが答えた。
「旅の連れ…」
グレイルが、私に近づいてきた。
値踏みするような目だった。品定めをする目だった。
「名は」
「アナと申します」
私は丁寧に頭を下げた。
「どこの生まれだ」
「辺境の、小さな村です」
「辺境か」
グレイルが、私の顎に指を当てて、顔を上げさせた。
「悪くない顔をしているじゃないか。城に置いてやろうか」
私は何も言わなかった。
笑いもせず、怒りもせず、ただグレイルの目を見ていた。
グレイルが、わずかに眉をひそめた。
「……なんだその目は。気に入らんな」
刀に手をかけようとした瞬間。
「兄上」
ラピスが、一歩前に出た。
「彼女は私の客人です」
「お前の?」
グレイルが、ラピスを見て——笑った。
声に出して笑った。
「役立たずに客人とは。笑わせる」
そのまま、ラピスの肩を乱暴に押した。
ラピスがよろけて、壁に手をついた。
「興が醒めた。父上の病が長引いているおかげで、弟の分際で城に居座れている。
私が王になったら、お前の居場所はここにはないからな」
グレイルは笑いながら、廊下の奥へ歩いていった。供回りが後に続く。
誰一人、ラピスを見なかった。
廊下に静寂が戻った。
ラピスが、壁から手を離した。
何も言わなかった。
私も何も言わなかった。
ただ、グレイルが消えた廊下の先を、静かに見ていた。
(全部、覚えた)
***
夕食の時間、食堂にグレイルが現れた。
上座に腰を下ろし、料理を一口食べて皿を跳ね飛ばした。
「冷めている。作り直せ」
使用人が青い顔で下がっていく。
グレイルはそれを見もせず、杯を傾けた。
食堂を見回した目が、私のところで止まった。
「辺境の娘。そこではなくこちらに来て給仕しろ」
私は立ち上がった。
後ろでジークが僅かに動く気配がした。
私は小さく首を振った。
グレイルの隣に立って、杯に酒を注いだ。
「それでいい」
グレイルが杯を飲み干した。
「ラピス、お前の連れはなかなか使えるじゃないか。お前とは大違いだ」
ラピスが、静かに食事を続けていた。
「兄上は、近く村に視察に行かれるとか」
何気ない口調だった。
「ああ。三日後だ。また年貢を絞る。あの村どもはまだ出せるはずだ」
「昨年、すでに三割増しになっていますが」
「足りんのだ、金が。それとも、お前がない知恵を絞って金策を練ってくれるのか?」
グレイルが、ラピスを蔑んだ目で見下した。
返ってくる言葉すら、彼の手のひらだった。
「……ありません」
「そうだろう。役立たずは黙っていろ」
グレイルが、私に杯を突き出した。
私は静かに酒を注いだ。
「……お前、本当に辺境の生まれか。」
「はい。ただの村娘です」
「ふん」
グレイルは立ち上がった。
(こいつの嗅覚は侮れない)
「三日後の視察が楽しみだ。あの村どもの顔が見ものだ」
笑いながら、食堂を出ていった。
沈黙が落ちた。
ラピスが、静かに箸を置いた。
「……申し訳ありません。不快な思いを」
「謝らなくていい」
私は席に戻った。
「三日ね」
グレイルが消えた扉を、静かに見ていた。
「ラピス、今夜、人を集められる?」
「……はい」
「ジーク」
「はい」
「明日から動くわよ」
ジークが、静かに頷いた。
(三日あれば十分ね)
グレイルの笑い声が、まだ耳に残っていた。
その声が、養分に変わるまで——あと三日。
私は杯を持ち上げた。
中身は飲まずに、テーブルに戻した。
まるで、誰かと乾杯をしたかのようなアナから
ジークとラピスは、目が離せなかった。
お読みいただきありがとうございます!
グレイル第一王子、いかがでしたか。
アナは何も言わなかった。笑いもせず、怒りもせず。
ただ——全部、覚えていた。
三日後の視察まで、準備の時間はわずか。
いよいよラピスのネットワークが動き出します。
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