第7話:国を蝕む、3つの毒
「少し、この国の話をしてもいいですか」
夕食の後、ラピスが地図を広げた。
古びた羊皮紙に、宝石国の地形が描かれている。
城を中心に、街道と村の位置が書き込まれていた。
「聞かせて」
私は地図を覗き込んだ。
ジークが蝋燭を近づける。
「まず、父上のことを」
ラピスが、静かに言った。
「国王陛下は、三年前から病床についています。
今は政務を執れる状態ではない」
「つまり、実質的な王はいない」
「はい。その隙間を——三人が埋めています」
ラピスの指が、地図の上を動いた。
「一人目。宰相のヴァルド卿」
私は頷いた。
知っている。
あの男のことは、昨夜の毒で十分に理解した。
「王家を自在に操るフィクサーです。
父上がまだ健在だった頃、信任を得て内政を司ってきました。
しかし、父上という重石が外れたことで、この三年で
国の全ての決定権を手中に収めた。
そして、帝国とも繋がっている疑いがあります」
「王家を蝕む毒ね」
ラピスが、少し驚いた顔をした。
「……そういう言い方をするんですね」
「続けて」
「二人目。第一王子のグレイル兄上」
ラピスの表情が、かすかに曇った。
「民への課税を際限なく引き上げ、
逆らう者は問答無用で処罰する。
去年だけで、五つの村が焼かれました」
「焼かれた?」
「年貢を納められなかった、という理由で」
私は黙った。
地下牢で残飯を啜っていた日々が、頭をよぎった。
腹が立つのは、他人事に思えないからだ。
「庶民を蝕む毒」
「はい」
「三人目。第二王子のオスカー兄上」
ラピスが、少しだけ疲れた顔になった。
「賭博、酒、女。国庫から湯水のように金を引き出しています。
今の財政が破綻寸前なのは、半分以上がオスカー兄上のせいと言っても
過言ではありません。」
「国を蝕む毒ね」
私は地図から目を上げた。
「整理すると」
三本の指を立てた。
「王家を蝕む毒。庶民を蝕む毒。国を蝕む毒。
この三つが、宝石国の輝きを濁らせるている」
ラピスが、静かに頷いた。
「……そうです」
「なるほど」
私は少し考えてから、口元を緩めた。
「三種盛りね」
ラピスが、きょとんとした顔をした。
ジークが、後ろで小さくため息をついた。
「姫様、食べ物に例えるのはどうかと」
「私にとっては食べ物よ。全部、飲み込んでやるんだから」
私は地図に視線を戻した。
「一つずつ処理しましょう。順番が大事よね」
ヴァルドは最後だ。
黒幕は最初に動かしてはいけない。
先に周りを崩して、逃げ場をなくしてから。
「まずは民の支持を得る。財政を立て直す。
その上で権力構造を変える——となると」
私はグレイルの名が書かれた場所に指を置いた。
「まずは第一王子からね」
ラピスが、真っ直ぐ私を見た。
「……僕に、考えがあります」
私は顔を上げた。
「聞かせて」
「城の外に、人がいます」
ラピスが、静かに続けた。
「グレイル兄上に村を焼かれた農民、
不当に投獄された商人、ヴァルド卿に土地を奪われた地方領主。
僕はこの三年、城を出るたびに少しずつ、
そういう人たちと話をしてきました」
ジークが、わずかに目を細めた。
「ラピス殿、それは」
「ただ話を聞いていただけです。 第三王子という肩書きも語っていません。
ただ、つながっているだけです。」
私はラピスを見た。
役立たずの王子。
誰にも期待されず、城の中で透明な存在として扱われてきた少年。
その間、ずっと——外を見ていたのか。
「何人いるの」
「今すぐ動ける人間なら、五十は集められます。ただ」
ラピスが、唇を引き結んだ。
「彼らは武器を持っていません。訓練も受けていない。
グレイル兄上の騎士団に正面からぶつかれば、一瞬で蹴散らされます」
「正面からぶつける必要はないわ」
私は地図を指で叩いた。
「武器がなくても、人は使える。やり方次第でね」
ラピスの目に、あの火が灯った。
覚醒した夜に初めて見た、あの光。
「……任せてもらえますか」
「当たり前でしょ。あなたが動きなさい。
私はその後ろで、大口開けて待ってるわ」
ラピスが、小さく笑った。
「大口を開ける、というのは」
「比喩よ。多分ね」
ジークがもう一度、小さくため息をついた。
その時。
ジークは何かに気づき——静かに立ち上がった。
音もなく扉に近づき、勢いよく開けた。
が、廊下に、人影はなかった。
ただ。石畳の床に、小さな砂が一粒、落ちていた。
ジークが無言で扉を閉めた。
三人とも、何も言わなかった。
私は地図に視線を落としたまま、声を潜めた。
「……続きは、明日ね」
ラピスが、小さく頷いた。
それから、思い出したように口を開いた。
「……一つ、言い忘れていました」
「何?」
「グレイル兄上が、一週間後にこの近くの村に来ます。
定期的な——視察、という名目で」
視察。
その言葉が何を意味するか、もう十分に理解していた。
「そう」
私は地図の上の、ある村に指を置いた。
「一週間ね」
後書き
お読みいただきありがとうございます!
宝石国を蝕む三つの毒——王家を蝕む毒、庶民を蝕む毒、国を蝕む毒。
アナはどうやって喰らっていくでしょうか?
そして「役立たずの王子」が、実は密かに民と繋がっていた。
ラピス、やりますね。
いよいよ次回から、アナとラピスの策が動き出します。
グレイル第一王子、覚悟しておいてください。
面白かった!と思っていただけましたら、
ページ下部の【☆】とブックマークをぜひよろしくお願いいたします!




