第5話:2人の役立たず
「役立たず」という言葉は、
誰が誰に向けて言うかで意味が変わると思います。
今回は出会いの話です。
「僕も似たようなものです。
——宝石国第三王子、ラピス・ジュエルと申します」
私は少年を、じっくりと観察した。
年は十五、六ほど。
質素な服だが、背筋だけは真っ直ぐだ。
目が、いい。
怯えていない。かといって、虚勢も張っていない。
ただ、静かに——私を見ている。
(この子、見える。人を、ちゃんと見ている)
「第三王子が、なぜここに」
「森で倒れている二人を見つけたので」
淡々と言った。
「放っておけばよかったのでは」
「……そうすれば、よかったかもしれません」
少し間があった。
「でも、できませんでした」
正直な子だ、と思った。
「手当てをしてくれたの?」
「簡単なものしかできませんでしたが」
私はジークを見た。
椅子に座ったまま、静かに眠っている。
包帯が、丁寧に巻かれていた。
「……ありがとう」
「いいえ」
ラピスは窓の外に目を向けた。
「それより、早く街を出た方がいいです。昨夜から、帝国の紋章を持つ者たちが、この街を嗅ぎ回っています」
私は起き上がった。
体が、まだ重い。でも、昨夜よりはましだった。
「あなたは、私が誰かわかってる?」
「帝国から追われている皇女、でしょう」
「怖くないの」
「……怖いです」
ラピスが、こちらを向いた。
「でも、あなたの目を見たら」
「目?」
「逃げている目じゃなかった。——追いかけている目でした」
(なかなかね)
私は少し、黙った。
「ラピス・ジュエル」
「はい」
「あなた、今の立場は?」
少年の表情が、かすかに揺れた。
「……第三王子、ですが」
「実質的には?」
沈黙。
「役立たず、と呼ばれています。魔力が低く、剣も弱い。王位継承からも外されています」
私は頷いた。
「ならちょうどいい」
「……は?」
「私も役立たずと呼ばれていた。魔力ゼロの無能皇女。役立たずだから、愛する母も、尊敬する父も、殺されてしまった」
私は何かを隠すために、上を向いた。
(泣くわけにはいかないわ。まだ)
「でもおかしなものよね。役立たずのはずなのに帝国が血眼で探してる」
そう言って、ラピスに視線を向けた。
「提案があるの」
私はまっすぐ、少年の目を見た。
「あなたの国を私にちょうだい。その代わり、あなたを王にしてあげる」
沈黙が、落ちた。
長い沈黙だった。
ラピスは私を見て、窓の外を見て、また私を見た。
「……正気ですか」
「至って正気よ」
「僕は今、初めて会った見知らぬ女の子に自分の国を渡せと言われています」
「そうね」
「断る理由が、山ほどあります」
「そうでしょうね」
私は続けた。
「でも聞いて。あなたには今、何がある? 王位も、権力も、誰かの信頼も——何もないでしょう」
ラピスが、唇を引き結んだ。
「私にも今、何もない。国も、家族も、帰る場所も。あるのは、取り返すという意志だけ」
窓から朝の光が差し込んでいた。
「二人の役立たずが手を組めば、お互いに持っていないものを補い合えると思わない?」
ラピスが、長い間、私を見ていた。
やがて、静かに言った。
「……一つだけ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたは、勝てますか。帝国に」
私は一秒も迷わなかった。
「勝つわ。全部、飲み込んでやる」
ラピスの目が、かすかに揺れた。
さっきとは違う揺れ方だった。
怯えでも、驚きでもない。
何か——火が灯るような。
「……わかりました」
少年は、静かに頷いた。
「条件があります」
「聞かせて」
「国を渡す代わりに、僕を本物の王にしてください。飾りじゃない、本物の」
私は思わず笑ってしまった。
「それだけで満足なの?」
その時、背後で声がした。
「姫様」
振り返ると、ジークが目を覚ましていた。
いつから起きていたのか、包帯だらけの体で椅子に座ったまま、じっとこちらを見ている。
「聞いてたの」
「……多少」
ジークは少年に目を向けた。
「ラピス殿」
「は、はい」
「姫様との約束は、命がけになります。それでも構いませんか」
ラピスが、真っ直ぐ答えた。
「……どうせ今も、このままでは消えていく命です」
ジークが、小さく頷いた。
「では、よろしくお願いいたします」
こうして。
役立たずの姫と王子と、一人の不器用な騎士の、
奇妙な同盟が生まれた。
***
その頃、帝都の宮殿では。
「なぜ失敗したの! 七牙を送り込んで、たった一人の小娘も仕留められないなんて!」
継母の声が、広間に響いた。
テーブルの上の茶器が、怒りで揺れている。
化粧の下の顔が、醜く歪んでいた。
「しかも第七牙のカインまで……魔力を根こそぎ奪われて廃人ですって? あんな無能の娘に、そんなことができるわけが——」
「できたのですよ」
バイパーが、静かに言った。
継母が、口を噤んだ。
宰相は窓の外を眺めたまま、動かない。
茶を一口、ゆっくりと飲んだ。
「むしろ、興味深い」
「……興味深い?」
「封印が解けただけなら、あの程度では済まないはずでした。なのに第七牙を退けた。ということは——」
バイパーが、初めて微笑んだ。
「あの子は、私が思っていたよりずっと、上手に飢えていたようです」
継母が何かを言おうとした。
バイパーはそれを遮るように、静かに続けた。
「焦らなくていい。逃げた獲物は、必ず腹を空かせて戻ってきます」
広間に、沈黙が落ちた。
バイパーの目が、細くなった。
「——存分に、太らせてあげましょう」
お読みいただきありがとうございます!
役立たずの姫と、役立たずの王子。
そして不器用な騎士が一人。
何も持たない三人の同盟は、果たして帝国に届くのか。
一方、帝都では——バイパーが笑っています。
「太らせてあげましょう」という言葉の意味とは?
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