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第4話:その時、歴史は動いた

この二人の遭遇を、

後に語り継げる者は誰もいなかった。

見届けた者も、記録した者も。



ただ、夜の森の中で——確かに、何かが変わった。

「抵抗しなければ、苦しまずに済む」

カインが、静かに言った。

余裕があった。

私が子供で、魔力もなく、足もろくに動かないことを、全部わかった上での余裕だった。



(足が、動かない)



お腹が空いていた。

体の芯から燃料が尽きていく感覚。

脱皮したばかりの体は、

私が思っている以上に消耗していた。



(ジーク……)



背後でジークの息遣いが聞こえた。

まだ戦っている。

六人を相手に、ボロボロのまま立っている。



(私が、なんとかしないと)



でも何もできない。

魔力はない。剣もない。足も動かない。

ただ立っているだけの、役立たずの皇女。



(肩書きも怪しくなってきたけど)



カインが一歩、踏み出した。

逃げようとした。

足が縺れて、膝をついた。



(終わり——)



そう思った、瞬間だった。

床に落ちた私の影が、ぐにゃりと動いた。


私は何もしていない。

動こうとも、戦おうとも思っていなかった。


ただ、影が——勝手に動いた。


「なに……」


カインの声が、初めて揺れた。

影が伸びて、カインの足に絡みついていた。


蛇の輪郭をした、黒い何か。

それがカインの魔力を根こそぎ吸い上げていく。

紫色の光が、影の中に消えた。


カインが膝をついた。


「ば、かな……第七牙の私が……こんな小娘に……」

声が途切れた。

膝をついたまま、崩れ落ちた。


(……私が、やったの?)


わからなかった。やろうとした覚えがない。

でも確かに、私の影だった。


「姫様!」


ジークの声がして、我に返った。

背後で六人と対峙していたジークが、私を見ている。

彼の目が、私の足元の影を見て、止まった。


影がまた動いた。

ジークを押さえていた六人に向かって、

勝手に伸びていく。


止めようとしても、止まらない。

加減しようとしても、聞かない。


まるで腹を空かせた獣が目の前の獲物に

飛びかかるように——影が、全部食べてしまった。


七人全員が、森の地面に転がった。

静寂が戻った。


(……何が起きたの)


そう思った瞬間、全身から力が抜けた。

足がもつれて、そのまま前に倒れそうになる。


「姫様!」


ジークが間に合った。

血だらけのまま、私の体を抱き留める。


「大丈夫ですか」

「……わからない。私、何かした?」

「……私にも、わかりません」

二人とも、転がった七人を見ていた。

魔力を根こそぎ奪われて、

廃人のように眠っている精鋭たち。

幹部のカインでさえ、ただの抜け殻になっていた。


(さっきよりお腹が空いてないわ)

(ということは)


「姫様の影が」とジークが言いかけて、止まった。

「影が?」

「……いえ。今は休んでください」

追及する気力もなかった。

ジークがもう一度、

私を背負い上げようとして——よろけた。


「ジーク」

「問題ありません」

「嘘が下手ね」

「左様でございますか」


傷が深かった。

それでも彼は私を背負い、歩き始めた。

今度は走れない。でも、止まらなかった。


(この人は)


私はジークの背中に頬を預けながら、

ぼんやりと思った。


(この人は、私だけのものだ)

守るべき道具でも、使える駒でもない。

もっと、もっと根本的な意味で。

「ジーク」

「はい」

「……今夜の分の働きは、認めてあげる」

「光栄です」

「でも無茶をしたら承知しないわよ。

 あなたに死なれると、後が困るの」

「今度は約束を守れてよかったです」

「どんな約束よ」

「……また、姫の説教を聞くという約束です」


(律儀ね)


森の奥から、夜明けの光が差し始めていた。

その時、ふと気づいた。

体の中の何かが、さっきと変わっている気がした。


カインの魔力を飲み込んだ時、

何かが体に馴染んだような感覚があった。

気のせいかもしれない。でも、なんとなく。


「……お父様が、薬を届けてくれていた理由」


独り言のように呟いた。


「もしかしたら、私の体に何か関係があったのかも」

証拠はない。確信もない。

ただ、そんな気がした。

ジークが何も言わなかった。

それが、一番の答えだった。

私は目を閉じた。


眠るつもりはなかった。

でも、ジークの背中が思ったより——温かかった。

この夜、アナスタシア・フォン・カイゼルは初めて自らの力で敵を退けた。


誰も知らない、森の中の出来事。


だが後に大陸を震わせる「捕食者」の歴史は

——確かに、この夜から動き始めていた。



***



次に目を覚ましたのは、見知らぬ街の宿屋だった。

清潔なベッド。窓から差し込む朝の光。

ジークが椅子に座ったまま、眠っていた。

傷の手当てをした形跡があった。でも、誰が?



「気がつかれましたか」



声がした。

ドア際に、見知らぬ少年が立っていた。

年は十代の半ばほど。

質素な服だが、背筋は真っ直ぐだ。



少年は私を見て、静かに言った。

「あなたが、例の『無能の皇女』ですか」

私は少し考えてから、答えた。

「元、ね」



少年が、かすかに笑った。

「僕も似たようなものです。——宝石国第三王子、ラピス・ジュエルと申します」


(役立たず同士、ね)



口には出さなかった。でも、悪くない予感がした。

【次回予告】

第5話『2人の役立たず』

少しでも「面白そう!」「姫、やっちまえ!」と思っていただけましたら、

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