第3話:帝国最強の暗殺部隊、奇襲
「……え?」
ジークが、止まったままだった。
呆然と私を見ている。
その目だけで「今なんと」と言っていた。
「だから、お腹が空いたと言ったの」
立ち上がろうとした。足に力が入らない。
体の中で何かが暴れていて、うまく制御できなかった。
脱皮したばかりの新しい体は、
まだ私の命令を半分しか聞かない。
(生まれたての蛇みたいね。気持ちはわかるけど、今は困るわ)
「姫様、今は——」
「わかってる。でも本当にお腹が空いてるの。これはどうしようもないわ」
ジークがため息をついた。
この状況でため息をつける神経が、
少しだけ羨ましかった。
「……承知しました。まず、ここを離れます」
彼は迷わず私を背負い上げた。
問答無用だった。
「歩けます」と言いかけた私の言葉を、ジークの行動が先に封じた。
「急ぎます。捕まえてください」
私は黙ってジークの背中にしがみついた。
***
廃屋の扉を開けた、瞬間だった。
「いたぞ」
低い声が、夜の森に響いた。
包囲されていた。
いつからいたのかもわからない。
気配すら感じさせなかった。
気づいた時には、黒装束の影が七つ、
木々の間から滲み出すように現れていた。
(七人。七牙、かしら)
5年も閉じ込められていた私でも知りうる存在。
帝国の影の存在「七牙」
先頭に立つ一人だけが、違った。
他の六人より頭一つ分背が高く、仮面の下から覗く目が、獲物を値踏みするように細くなっている。
「第七牙……カイン」
ジークが低く呟いた。
「私たち二人に帝国宰相直属『七牙』の一人か。バイパーも本気を出したな」
「光栄に思え。貴様らのために幹部が直々に来てやった」
カインが静かに言った。
余裕があった。当然だと言わんばかりの余裕が。
(末席でこれなら、上は相当ね)
「ジーク、走って」
「姫様を背負ったままでは——」
「いいから走れ」
ジークが一瞬だけ迷って、駆け出した。
包囲網の薄い方向へ、強引に突っ込む。
六人の部下が行く手を塞ごうとしたが、ジークの剣がそれを弾いた。
一瞬の隙を抜けて、森の中へ。
逃げ切れる——そう思った瞬間、魔力の気配が追いかけてきた。
速い。人間の足より、よほど速い。
「追ってきてる?」
「……全員です」
ジークがため息をついた。
この状況でため息をつける神経が、
少しだけ心強かった。
***
走り始めて、どのくらい経っただろう。
森は深く、夜は暗く、道などどこにもない。
ジークの息が、少しずつ乱れてきていた。
それでも彼は止まらなかった。
泥を踏み、枝を払い、
私を背負ったまま走り続けている。
気配が、近づいてくる。
もう百メートルもない。
(燃料が切れてきてる。体が動かない。お腹が空いてる)
三つが同時に解決できる方法があればいいのだけど。
「姫様」
ジークの声が、少し変わった。
低く、静かな、覚悟を決めた声。
「申し訳ありません」
「何が」
「お守りすると、お約束したのに」
ジークが足を止めた。
私をゆっくりと地面に下ろす。
立てるか確かめるように、
両肩をそっと支えてから、静かに手を離した。
「姫様だけでも、お逃げください」
「でも——」
「いいから、早く逃げろ! アナ!」
呼び捨てだった。
生まれて初めて、ジークが私を名前で呼んだ。
(珍しいこともあるものね)
「……ッ。何よジークのくせに」
「姫の説教は、後で聞きます」
走った。
でも、足が重かった。
お腹が空いていた。覚醒してから何も食べていない。
脱皮したばかりの体が、燃料切れを起こしていた。
枝に足を取られて転びそうになる。
(動け。動いて)
自分の足に命令しながら、それでも走った。
後ろを見てはいけないとわかっていた。
でも、聞こえてきた。
剣戟の音。
鋭い、金属の叫び声。
それから——ジークの、くぐもった叫び声。
足が止まった。
振り返った。
ジークが木に叩きつけられていた。
血が、口の端から流れていた。
六人の部下を相手に膝をついたまま、
それでも剣を手放さず構えている。
そして、カインだけが——私の方へ歩いてきていた。
ゆっくりと。焦りなど微塵もなく。
(さすがに、これは)
私はため息を吐くしかなかった。
「皇女よ」
カインが止まった。十歩ほどの距離。
「抵抗しなければ、苦しまずに済む。バイパー様は、貴様の死体さえあればそれでいい」
カインが手を上げた。
終わりだと思った。
その瞬間——私の足元で、影が、揺れた。
「……なに?」
カインの声も、覚悟も、初めて揺れた。
(ああ、そういうこと)
その時、死の淵に立ったと悟るべきだったのは、
カインの方だった。
お読みいただきありがとうございます!
ボロボロのジーク、そして幹部カインに追い詰められたアナ。
「七牙」の幹部の中でも末席のカインでさえ、これほどの実力。上には、まだ六人いる——。
果たしてこの絶体絶命、どう切り抜ける!?
【次回予告】
第4話『その時、歴史は動いた』
続きはすぐ投稿します!ぜひそのままお読みください!




