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第25話:毒と、薬と、星空と

毒にも、薬にもなる

使う者の、意志と意図次第で


暗かった。

深く、冷たく、底のない暗闇だった。

でも——声がした。


『起きなさい』

甘くて、ねっとりとした声。

覚醒した夜に聞いた、内なる何かの声。


『こんなところで眠ってどうするの』

(うるさい…)


『あなたいつもそう。肝心な時に油断する』

(うるさい…うるさい……)


『いつもいつも、大切な人を見殺しにしてしまう』

(うるさい!もう黙って!)



『あなたには、その力があるのに。』

『ナーガが死ぬわよ』



意識が、引き戻された。

暗闇の底から、上へ。上へ。



『この毒——覚えてる?』

覚えている。

覚えているに決まっている。

あの夜。

帝国の王城。

バイパーが杖を振り上げた瞬間。

黒い霧が、私を包んだ。

死の猛毒霧。

全身の細胞を壊死させる、禁呪の毒。



『同じ匂いがする。帝国の毒。バイパーの毒』



(帝国の商人からレシピを仕入れた——ボスが言っていた)



『あの時、私たちはこれを飲み込んだ。全部、養分にした』



声が、笑った。



『ならば——こんな毒、飲み込めるでしょ?』



***

意識が、戻ってきた。

頬に、砂の感触。

路地の地面に、倒れていた。


「姫様! 姫様、聞こえますか!!」



聞こえている。体が、動かない。

顔が、焼けるように熱い。

私は、目を閉じた。

意識の底で——影を動かした。

顔にかかった毒霧を。

皮膚に染み込んだ毒を。

空気の中に残った毒の粒子を。

全部——吸い上げた。


その時。

あの夜と——同じ感覚が来た。

でも、違った。

あの時は、殻が砕けた。

今度は——殻が、脱げた。


音もなく。苦しみもなく。

まるで蛇が、慣れた手つきで古い皮を脱ぐように。

静かに、自然に。

少しばかり大きくなった何かが——そこにいた。



『いい子』

体の中に、新しい何かが宿った。

熱くて、鋭くて——でも、使い方次第だと、わかった。

私は、目を開けた。




「姫様!!」

ジークが、駆け寄ってきた。




「大丈夫ですか、お体は——」

「平気よ」



立ち上がったがうまくバランスが取れない。



(毒のせい?それとも成長したのかしら?)



「ジーク、ボスは」

「両足の腱を切りました。逃げられませんって」


といい、ジークは私から視線を逸らした

私は自身の体に目落とし、より魅力的な体つきになったことに気づいた。

そんな私に、ジークは外巾を被せてくれた。


「サラを連れてきて」

「承知しました」

ジークが、走った。

私は、ボスを見下ろした。

地面に転がったまま、震えている。


「あなたの毒生成の能力——今、もらったわ」

ボスが、目を見開いた。

「な——なんで——毒を浴びたはずなのに——化け物だ」

「レディに化け物とは、男の風上にも置けないクズね。」

「毒は——私の養分よ」



私は、手のひらを見た。

指先から、かすかに紫色の霧が漏れ出している。



「解毒剤を作る方法がわかったわ。ナーガのところへ戻るわ」

「待て——俺を、このままにする気か——」



「ジークが戻ったら縛り上げておくわ。後で使い道を考える」



***


路地を走った。

下町へ。

ナーガの家へ。

「アナ! 無事でしたか!」

ラピスが、立ち上がった。

「ナーガは」

「まだ——」

私は、ナーガの傍に跪いた。

顔が、青白かった。呼吸が、浅かった。心拍も今にも止まりそうだった。



でも——まだ、生きていた。

手のひらを広げた。

指先に、意識を集中する。


ボスから吸収した毒の構造が——頭の中に、くっきりと見えた。

毒を分解すれば——解毒剤になる。

紫色の霧が、手のひらに集まった。

それを——ゆっくりと、変質させた。


色が変わった。

紫から、淡い青へ。

毒が——薬に変わった。

「ナーガ、飲みなさい」

淡い青の霧が、ナーガの口に入った。


一分。



二分。



ナーガの呼吸が——深くなりはじめた。



顔に、かすかに色が戻った。

「……ん」

瞼が、動いた。

「ナーガ姉ちゃん!!」

リナが、飛びついた。

子供たちが、泣きながら笑った。



ナーガが、ゆっくりと目を開けた。



「……なんか、すごく眠かった」

ラピスが、静かに息を吐いた。

ジークが、サラを連れて戻ってきた。

コルが、サラに駆け寄った。

全員が、泣きながら笑っていた。


私は——立ち上がった。

歓喜の輪というものは毒を対処するよりも難しい。


窓の外を見ると、さっきまでの曇天からわずかに光が入り始めていた


***



子供たちが眠った後。

ナーガが、台所で茶を入れた。

四人で、テーブルを囲んだ。

「……助けてくれてありがとう」

ナーガが、静かに言った。

「ガイド料の元を取っただけよ」

「それだけじゃないでしょ」

私は、はぐらかすように話題を変えた。



「ねえ——仕返しはしたくないの?」

ナーガが、顔を上げた。


「仕返し?」

「あなたを陥れた人間が全て野放しよ」

ナーガの目が、揺れた。

「……したい。でも——」

視線が、眠っている子供たちに向いた。

「この子たちが、また狙われたら——」


「宝石国に送るわ」

ナーガが、眉をひそめた。


「宝石国って……あそこ、治安が悪いって聞いたよ? 王子が焼き討ちとか、宰相が反逆罪とか——」

ジークが、静かに口を開いた。

「以前はそうでした。ただ——少し前に、色々と片付きまして」

「片付いた?」

「グレイル第一王子が失脚し、ヴァルド宰相が処刑されました。今は——安定しています」



ナーガが、目を丸くした。

「そんな大事が、あったの?」

「ええ」

私は、茶を一口飲んだ。


「あなたの目の前にいる彼は——宝石国の次期国王よ」

テーブルが、しんとなった。

ナーガが、ラピスを見た。

ラピスが、静かに頷いた。



「……え」

ナーガが、椅子から立ち上がった。

深く、頭を下げた。



「し、失礼しました! 殿下とも知らず——あんな馴れ馴れしく——」

「頭を上げてください」

ラピスが、困った顔で言った。

「ナーガさんの態度で、何も問題ありません」

「でも——」

「アナ」

ラピスが、私を見た。

「誤解するようなことを言わないでください」

「事実を言っただけよ」

「言い方というものが——」

「ところで」

ラピスが、私を見た。

その目が——にやりと笑っていた。

「ナーガさん、アナはですね——」

「何?」



「大陸の覇者である、あの帝国の第一皇女です」

ナーガが、私を見た。

「……え」

「え、じゃないわ」


私は、ラピスを睨んだ。

「お互い様でしょ」

ラピスが、涼しい顔をしていた。


ナーガが、私をまじまじと見た。

それから——

「そうなんだ」

「そうなんだ、じゃないでしょ」

「いや、だって——なんか、アナっぽいなって」

「どういう意味よ」

「なんか、居心地が良かったし、ジークって人の態度でやんごとなきお方なんだなって」

「ラピスと態度が違いすぎでしょ」

「だって」

ナーガが、笑った。



「私たち、友だちでしょ?」

私は——固まった。




(友だち)



その言葉が、思ったより——深いところに刺さった。



「……そ、そういうことを簡単に言わないでよ」

「なんで? ともだちじゃないの?」

「……うるさいわ」

ジークが、小さく笑った。

ラピスが、口元を緩めた。

「笑わないでよ!!」

二人が、声を上げて笑った。

私は、顔が熱くなるのを感じながら——茶を飲んだ。



(うるさいわね、全員)

でも——悪くなかった。

しばらくして、笑いが収まった。



私は、ナーガを見た。

「改めて聞くわ。仕返し——するの?」

ナーガの目が、変わった。

さっきまでの笑顔が消えて——真剣な顔になった。



「する」

「子供たちは宝石国で守る。証拠も全部渡す。あとは——あなたが前に出なさい」

「でも、私一人じゃ——」

「一人じゃないわ。この街には、あなたを慕っている人間が山ほどいる」



ナーガが、下町の方向を見た。

老婆の顔。商人の顔。子供たちの顔。

全員の顔が、浮かんだのだろう。

「……力を、貸してほしい」

ナーガが、私を見た。

「どうすればいい」



私は、口元を緩めた。

「まず——ボスに、全部喋らせるところから始めましょうか」


窓の外を見ると、曇天が姿を消し

夜の砂漠を、満点の星が見守っていた。


お読みいただきありがとうございます!

「私たち、友だちでしょ」

アナが、照れました。

皇女も捕食者も関係ない。ナーガには全部関係なかった。

そしてナーガが決意した。

「力を、貸してほしい」

次回、ナーガがジャンヌダルクに。

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