第24話:暗闇の底で、声は囁く
「徹底的に潰すわよ」
ラピスが、即座に動いた。
「ジーク、アナ、行ってください」
「あなたは?」
「私はここに残ります」
ラピスが、ナーガの傍に跪いた。
「また来るかもしれない。ナーガと子供たちを守ります」
私は、ラピスを見た。
頼もしかった。
宝石国で透明だった王子が——今は、迷いなく場所を選べる。
「わかった。任せるわ」
「アナ」
ラピスが、私を見た。
「必ず、連れて帰ってください」
サラのことだった。
ナーガのことでもあった。
「当たり前でしょ」
私は、踵を返した。
***
さっきから路地の角に、こちらの様子を伺っていた男の気配を感じていた。
多分チンピラだろう。
逃げようとした瞬間——影が、足首を掴んだ。
いや、考えるよりも早く無意識に掴んでいた。
私はゆっくりと彼の元に近づいていった
「アジトの場所、知ってる?」
男が、ふん、と鼻を鳴らした。
「知ってても教えるわけ——」
影が、足首にぐっと絡みついた。
「ひぃっ——な、なんだこれ——離せ離せ離せ——!!」
「知ってる?」
「し、知ってます——!! 教えます教えます何でも教えます——!!」
ジークが、小さくため息をついた。
「早かったですね」
「虚勢というのは、崩れる時が早いのよ」
私は、足首から影を引いた。
男が、その場にへたり込んだ。
「立って。案内しなさい」
「は、はい——」
男が、震える足で立ち上がった。
ジークが、私の隣に並んだ。
二人で、路地を歩き始めた。
***
アジトは、下町の外れにあった。
廃工場だった。
錆びた扉。割れた窓。
でも——中から、声が聞こえる。
ジークが、扉の前で止まった。
「何人いますか」
チンピラが、指を折った。
「十人……くらい」
「くらい?」
「ボスが気まぐれで増やすんで……」
ジークが、私を見た。
私は頷いた。
「行くわよ」
扉を、蹴破った。
***
中にいたのは——十二人だった。
全員が、一斉に立ち上がった。
刃物を抜く者。魔力を構える者。
でも——
影が、床を走った。
一人、また一人。
足首を絡め取られ、魔力を吸い上げられ——崩れ落ちた。
十秒も、かからなかった。
ジークが、静かに剣を収めた。
出番がなかった。
「ボスは」
私は、床に転がった男たちを見渡した。
誰も答えなかった。
ジークが、一人の首根っこを掴んで持ち上げた。
「ボスの居場所を聞いています」
「し、知らない——今日は来てないんだ——」
「本当に?」
「本当です本当です」
ジークが、床に下ろした。
(ボスがいない)
私は、アジトの中を歩き回った。
引き出しを開ける。棚を漁る。
書類、書類、書類——
「姫様」
ジークが、奥の机の前で立ち止まっていた。
「何?」
「これを」
一枚の紙を持ち上げた。
殴り書きのメモだった。
時刻と、場所が書いてある。
私は、メモを見た。
「——あと二時間ね」
「おそらくボスが誰かと会う約束かと」
「行くわよ」
私は踵を返した。
「姫様」
ジークが、静かに言った。
「待ってください」
振り返った。
「何?」
「このボスを殺したところで——何も変わりません」
私は、ジークを見た。
「地主がいる。役人がいる。闇商人がいる。ボスは——その駒の一つです」
「わかってるわ」
「では——」
「泳がせる」
ジークが、少し驚いた顔をした。
「話を聞いてから——全部、まとめて料理する」
私は、メモを折り畳んだ。
(ナーガの毒が回っている)
時間がない。
でも——焦れば、逃がす。
(落ち着きなさい、アナ)
自分に言い聞かせた。
「行くわよ」
***
メモに書かれた場所は——港の近くの倉庫だった。
アルザードの外れ。
砂漠と街の境目。
人気がない。
二人で、倉庫の裏に回った。
壁に、小さな隙間がある。
中から、声が聞こえた。
「——スラムの再開発、いよいよ本格的に動きますな」
低い、太った男の声だった。
「コロッセオの建設用地として、あのエリアは最適です。
貧民たちはそこで働かせる。街は綺麗になる。我々も潤う」
別の声が答えた。
「闇商人の皆さんにも、いい話になりますよ。
選手としてチンピラを雇えば賞金の3割が懐に入る。
そして産業も活性化し、界隈の飲食店でさらに儲かる!」
「一石二鳥どころか、三鳥四鳥ですな」
下世話な笑い声が、幾重にも重なった。
私は、壁に背をつけたまま、声を聞いていた。
(コロッセオ)
貧民を労働力として囲い込む。
奴隷制度ではない。
でも——実態は同じだ。
「ただ一つ、邪魔なものがある」
声のトーンが、変わった。
「あの孤児院の女です。ナーガとかいう」
「ああ——あの占い師か」
「スラムで妙に慕われている。
あそこが潰れれば、貧民たちも諦めがつく。でも彼女がいると、妙に団結してしまう」
「もう手は打ちましたよ」
これがボスの声だろう。
「毒を飲ませた。帝国の商人から仕入れたレシピで作った特製品です。持って後2日でしょう。」
私の手が、壁を掴んだ。
「子供も一人、確保してある。これでナーガが生きていても動けない」
「結構。では計画通りに——」
ジークが、私の袖をそっと掴んだ。
小声で言った。
「姫様——」
「わかってるわ」
私は、動かなかった。
(まだ)
話が終わるまで——聞く。
全部、聞いてから。
会談が終わった。
足音が、倉庫の中で動き始めた。
「行くわよ」
二人で、倉庫の角を回った。
闇商人たちが、馬車に乗り込んでいく。
ボスだけが、残っていた。
大柄な男だった。
傷だらけの顔。
腰に、複数の武器。
ボスが歩き始めた。
上機嫌で葉巻を燻らせ、アジトの方向へ歩き出した。
後をつけた。
路地に入った瞬間——
「はい、お終い」
ボスが、振り返った。
ニヤリと、笑っていた。
路地の両側から、男たちが現れた。
十人以上。
「尾行がバレバレだったぞ、ガキども。やれ。ただし、女は闇商人にでも売ってやろう」
ジークが、剣を抜いた。
私は——それよりも早く、影を動かした。
床を這う黒い蛇が、一人、また一人と飲み込んでいく。
悲鳴が上がる。
幾重にも重なる。
崩れ落ちる。
また崩れ落ちる。
死体が幾重にも重なる。
十秒。
十五秒。
静寂。
ボスだけが、残っていた。
「な——なんだ、お前——」
ボスの顔から、血の気が引いていた。
私は、ボスに近づいた。
影が、ボスの足首に絡みついた。
ボスが、膝をついた。
「ぐ——っ」
「帝国の商人から仕入れた毒、と言ったわね」
私は、ボスを見下ろした。
「そのレシピを教えなさい」
「し、知らない——俺の能力で作っただけで——」
「能力?」
私は、影の蛇を少し強めた。
ボスが、呻いた。
「俺の能力は——毒生成だ。帝国商人からレシピを買って——それを自分の能力で再現したんだ」
「解毒薬は」
「ない! 本当にない! あの毒は——」
ボスが、突然笑った。
「72時間で死ぬ。もう半分以上経ってる。お前らには止められない」
「そう」
私は、ボスを見た。
「命乞いをする気はある?」
ボスが、喚いた。
「助けてくれ! 闇商人とはもう関わらない! 分け前も全部やる! だから——」
「一つだけ聞くわ」
私は、ボスの前にしゃがんだ。
「その毒——あなたが作れるなら、解毒薬も作れるはずでしょ」
ボスが、口を噤んだ。
一拍。
「俺には——無理だ。帝国の商人のレシピ通りに作っただけだ。解毒薬のレシピは——知らない」
私は、ボスの目を見た。
嘘じゃなかった。
(本当に知らない)
立ち上がった。
その瞬間——
ボスの口が、開いた。
何かが、飛んできた。
避ける間もなかった。
顔に——何かが、かかった。
灼熱感。
(毒?)
足の力が、抜けた。
膝が、地面につく。
視界が、歪む。
「ははっ——特製の毒霧だ! 直接顔にかけりゃ、どんな毒耐性も——」
「姫様!!」
ジークの声が、聞こえた。
「このやろう!!」
ボスは笑い声と悲鳴が入り混じった声を上げた。
ジークのことだ。両足首の腱を切って、
逃げられないように取り押さえてくれたのだろう。
でも——全部が、遠かった。
意識が、沈んでいく。
暗くなる。
暗くなる。
意識を保たないといけないのに。
ナーガを助けないといけないのに。
その暗闇の底で——声がした。
甘くて、ねっとりとした——あの声。
『あら』
懐かしい声だった。
覚醒した夜に聞いた声。
内なる何かが——笑っていた。
『この毒は、どこかで嗅いだことがあるわ』
暗闇の中で。
私は——目を閉じた。
お読みいただきありがとうございます!
「この毒は、どこかで嗅いだことがあるわ」
内なる女の声が、再び囁いた。
覚醒の夜に聞いたあの声が——今、何を知っている?
ナーガの毒は72時間、タイムリミットはあと半分!
そしてアナも倒れた。
次に倒れるのは誰だ!?
本日徹夜仕事のため、
次回の更新は3/24(火)19〜となります。




