第22話:銀貨五枚の景色
第22話:銀貨五枚の景色
前書き
見せたくない景色がある人間は——
必ず、見せたい景色を持っている。
翌朝。
砂丘の上。
昨日と同じ場所に、ナーガが立っていた。
「来た来た! じゃあ今日も——」
私は、銀貨を五枚差し出した。
ナーガが、固まった。
「……多すぎるよ」
「五枚でしか見せない景色を見せて」
ナーガが、私を見た。
笑顔が——少し、変わった。
「……昨日、気づいてたの」
「最初から」
沈黙が落ちた。
ナーガが、銀貨を受け取った。
ゆっくりと、指で数えた。
「わかった」
いつもの太陽みたいな笑顔とは——違う顔だった。
「ついてきて」
***
ナーガが歩き始めた。
大通りとは、逆の方向だった。
路地に入る。
日が届かない。
石畳が、古びている。
香辛料の匂いが消えて——土と汗の匂いに変わった。
「昨日案内しなかった理由、聞かないの?」
「見ればわかるわ」
ナーガが、少し笑った。
路地を抜けると——開けた。
下町だった。
大通りの活気とは、全く違う空気。
洗濯物が、路地を跨いで干してある。
子供たちが、裸足で走り回っている。
老人が、日陰で座って目を閉じている。
華やかさはない。
でも——人の温度があった。
「ナーガ姉ちゃん!」
子供が一人、駆けてきた。
次々と、また一人、また一人。
気づけばナーガの周りに、五人の子供が群がっていた。
「今日も来てくれた!」
「これ、昨日作ったんだよ!」
「ナーガ姉ちゃん見て見て!」
ナーガが、しゃがんだ。
一人ひとりの顔を見て、頭を撫でて、話を聞いた。
(変わるものね)
昨日の商売上手な顔じゃなかった。
占い師の顔でも、ガイドの顔でもない。
ただ——この場所の人間の顔だった。
「ナーガちゃん、今日も来てくれたかい」
路地の奥から、老婆が声をかけた。
「おばあちゃん、体の具合はどう?」
「おかげさまでね。あの薬草、よく効いたよ」
(薬草)
私は、その言葉を頭の隅に置いた。
ナーガが立ち上がって、私たちを振り返った。
「紹介するね。旅の人たち。今日だけのお客さん」
子供たちが、一斉に私たちを見た。
「旅人さんだ!」
「どこから来たの!」
ラピスが、子供たちと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「遠くから来たんだよ」
「どのくらい遠いの?」
「馬で一週間くらいかな」
「馬! すごい!」
子供たちがラピスに群がり始めた。
次の瞬間——視線が、ジークに集まった。
「お兄さん、強そう!」
ジークが、まっすぐ子供を見た。
「……はい」
「じゃあ、みんなで押したら倒れる?」
「倒れません」
子供たちが、顔を見合わせた。
それから——一斉に飛びかかった。
六人がかりだった。
ジークは——動かなかった。
一歩も、退かなかった。
子供たちが、ジークの足元でじたばたしている。
「なんで倒れないの!!」
「騎士ですから」
子供たちが、わあっと沸いた。
「お兄さんかっこいい!!」
その時——一人の子供が、ラピスを指さした。
「じゃあ、青髪のお兄さんとどっちが強いの?」
広場に、静寂が落ちた。
ジークが、ラピスを見た。
ラピスが、ジークを見た。
無言だった。
でも——目が、笑っていなかった。
「相撲しようよ!!」
子供たちが、大騒ぎになった。
ナーガが、私を見た。
「止めなくていいの?」
「なぜ止めるの」
私は腕を組んだ。
(たまには付き合ってあげなさい)
***
広場の真ん中に、即席の土俵が作られた。
子供たちが、砂で丸を描いた。
老人が、日陰から身を乗り出している。
洗濯物を干していた女が、手を止めて見ている。
いつの間にか——下町中の視線が、集まっていた。
ジークとラピスが、向かい合った。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人とも、礼儀正しかった。
でも——目が、本気だった。
「はっけよい——のこった!!」
子供が叫んだ。
二人が、ぶつかった。
重い音がした。
ラピスが、押し込む。
ジークが、堪える。
また押し込む。
また堪える。
「ラピスのお兄さん頑張れ!!」
「騎士のお兄さん負けるな!!」
子供たちが、入り混じって叫んでいる。
ラピスが、一瞬体重を乗せた。
ジークの足が——わずかに、動いた。
(お?)
でも——そこまでだった。
ジークが、重心を落とした。
どっしりと、大地に根を張るように。
ラピスの押しが、空振りになった。
体勢が崩れた。
その一瞬。
ジークが、静かに押した。
ラピスの足が、丸の外に出た。
「騎士のお兄さんの勝ち!!!」
子供たちが、爆発した。
ジークが、ラピスに手を差し出した。
ラピスが、その手を取った。
「さすがです」
「殿下こそ——手強かった」
二人が、笑った。
下町全体が、笑っていた。
ナーガが、私の隣に立った。
「あなたのとこの人たち、いいね」
「そう?」
「うん。強いのに、偉そうじゃない」
私は、ジークとラピスを見た。
子供たちに囲まれて、もみくちゃにされている。
(まあ——悪くはないわね)
口元が、かすかに緩んだ。
***
夕方。
「今日はここまで!」
ナーガが、いつものように手を叩いた。
でも——歩き始めた方向が、違った。
大通りでも、昨日の砂丘でもない。
下町の奥。
路地の、さらに奥。
「ナーガ」
私は、声をかけた。
「……何?」
「今日、案内してない場所がまだあるでしょ」
ナーガが、足を止めた。
振り返らなかった。
「気のせいじゃない?」
「そう?」
沈黙。
「……銀貨五枚、まだ元取れてないわよ」
ナーガの肩が、わずかに揺れた。
笑ったのか——それとも別の何かか。
「……ついてきて」
ナーガが、また歩き始めた。
路地の奥へ。
暗がりの先へ。
やがて——声が聞こえた。
子供たちの声だった。
でも、さっきとは違う。
小さくて、静かで——どこか、必死な声だった。
ナーガが、扉の前で立ち止まった。
振り返って、私を見た。
その顔に、初めて——太陽みたいな笑顔がなかった。
「驚かないでよ」
扉が、開いた。
お読みいただきありがとうございます!
銀貨五枚。その一言でナーガが見せなかった景色への扉が開いた。
ジークとラピスのプライドを賭けた相撲、下町でのナーガの素顔。
そして——扉の向こうの声。
次回、全てが明かされます。
【次回予告】第23話『扉の向こう』
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