第20話:騎士と代理と憂鬱と
歓待の夜は、長かった。
民衆に囲まれたアナが、ようやく解放されたのは夜半を過ぎた頃だった。
その間、私は——することがなかった。
護衛のはずが。
アナの周囲は人で埋まっていて、入り込む隙がない。
まるで、この国で育った姫様のようだった。
故郷と呼べる場所がなかったので、
彼女にとっては初めての経験。この状況に対処する方法を流石のアナも持ち合わせてなかった。
むしろ私が押し出される形になった。
仕方なく、城下を歩いた。
夜の街は、まだ賑やかだった。
酒場から笑い声が漏れている。
露店が灯りを落とし始めている。
どこかで楽器の音がする。
「あ、騎士様だ」
声がした。振り返ると、露店の娘が手を振っていた。
「また来てくれたんですか? 先日はありがとうございました」
「……いえ」
先日、というのは——何のことだろう。覚えていない。
僕の困惑した顔でわかったのだろう。
「あの時、荷物を運ぶのを手伝ってくれたじゃないですか。覚えてないんですか?」
言われれば——そんなこともあったかもしれない。
ラピスのネットワークを動かしていた頃、街を歩き回っていた。
その時に、たまたま。
「また来てください」
娘が、にこにこしながら言った。
「……はい」
私は、そそくさとその場を離れた。
角を曲がると、また声がかかった。
「騎士様、今夜もお一人ですか?」
酒場の前に立っていた女性が、手を振っている。
見覚えがない。でも——向こうは覚えているらしかった。
(いつの間に)
護衛の仕事をしている間、自分がどれだけ街を歩き回っていたか。
改めて考えると——相当な距離を歩いていた。
その間に、顔を覚えられていたらしい。
「いえ、今夜は——」「一杯だけでも」
「……また今度」
また、そそくさと離れた。
(これは、どういう状況なのか)
路地に入った。
人気が少ないことに安心し、ようやく、息をついた。
「モテるじゃん」
声がした。
「うわっ」
振り返ると——オスカーが、路地の壁に背をもたれて、杯を傾けていた。
「オスカー殿下、なぜここに」
「俺もさ、なんか歓待されるの疲れちゃって。逃げてきた」
オスカーが、ぐい、と杯を飲み干した。
「ジークもそんな感じ?」
「……そんな感じ、というわけでは」
「じゃあなんで路地に逃げ込んでんの」
返す言葉がなかった。オスカーが、小さめな酒樽を指で叩いた。
「座れば?」
「……失礼します」
私は、オスカーの隣に、壁に背をもたれた。
二人で、路地の暗闇を眺めた。
しばらく、沈黙が続いた。
「悩みがあるなら、聞くよ。一応、これでも国王の器を持ってるらしいし」
オスカーが、ニコッと笑いながら言った。
「俺、意外と話聞くの得意なんだよね。放蕩してた頃、色んな人の話聞いてたから」
「……殿下に相談するようなことは」
「ラピスのこと? アナのこと?」
私は——黙った。
「図星じゃん」
オスカーが、くつくつと笑った。
「どっちよ」
「……アナ様、のことです」
「だと思った。国王代理に言ってみな」
オスカーが、新しい杯を取り出した。
私に差し出した。
「飲みながら話しなよ」
私は断ろうとしたが、
断った方が面倒になりそうだったので、受け取った。
***
「なるほどね」
一通り話し終えると、オスカーが頷いた。
「ラピスが『アナ』って呼ぶようになって、なんか焦ってる、と」
「焦っている、というわけでは」
「じゃあ何」
「……自分の立場が、わからなくなってきた、というか」
私は杯を見た。
「私はずっと、姫様の騎士です。護衛です。それ以上でも以下でもない。でも——」
言葉が、続かなかった。
「でも?」
「……気づけば、姫様のいないところで姫様のことを考えている。
それが——騎士として正常なのか、そうでないのか」
あれほど饒舌に僕の情報をあれやこれやと引き出していた
オスカーが、気付けばしばらく黙っていた。
珍しく、真剣な顔をしていた。
「ジーク、お前さ」
「はい」
「アナのこと、好きなんじゃないの」
「違います!!」
「なんで即答できんの」
「騎士として、主を想うのは——」
「それ、言い訳じゃん」
私は、口を閉じた。
オスカーが、杯を置いた。
「俺さ、色んな女の子と遊んできたけど」
「……はい」
「本当に大事な人のことって、考えないようにしてる時が一番考えてるんだよね」
「……」
「ジーク、今俺の話聞きながらアナのこと考えてたろ」
図星だった。
「好きなら——伝えた方がいいよ。」
オスカーが、立ち上がった。
「女の子ってさ、待ってるだけじゃ気づかないから。
特にアナみたいなタイプは」
「アナ様みたいなタイプ、とは」
「自分の気持ちに鈍いタイプ」
「…………」
「お前が何もしなかったら、一生『騎士』で終わるよ」
オスカーが、杯を持ったまま路地を出ていった。
「ただし、騎士が剣を抜くときは一発で決めなね」
軽い声だった。
でも、その言葉は重たかった。
***
翌朝。
城門の前で、馬の準備をしていた。
アナが、荷物を確認している。
ラピスが、シュバルツ卿と最後の話をしている。
私は——アナを見ていた。
(伝えた方がいい)
オスカーの言葉が、頭から離れない。
(でも、どうやって。今は、剣を抜くタイミングなのか?)
剣なら、迷わず抜ける。
でも——この得物は生まれてこの方、抜いたことがない。
「ジーク」
アナが、こちらを見た。
「何をぼーっとしてるの。馬の準備はできてる?」
「……はい」
「じゃあ、出発するわよ」
アナが、馬に乗った。
(今だ)
「姫様」
アナが振り返った。
「何?」
私は——深呼吸をした。
オスカーが言った。伝えた方がいい、と。
女の子は待ってるだけじゃ気づかない、と。
でも、一撃で決めろと。
「あの……」
アナが、首を傾げた。
「その——」
ラピスが、こちらを見た。
シュバルツ卿も、こちらを見た。
城門の前に残っていた民衆も、こちらを見ていた。
もちろんオスカーも、こちらを見てる。1人だけ目がニヤついていたが。
(全員、見ている)
「お気をつけて」
アナが、じっと私を見た。
「……それだけ?」
「……はい」
「何それ。あなたも一緒に行くんでしょ」
アナが、呆れた顔をして前を向いた。
ラピスが、目を逸らした。
シュバルツ卿が、静かは頷いた。
オスカーが、腹を抱えて笑っていた。
(やはり、無理だった。でも、一撃で決めれるほどの距離ではない。)
私は馬に乗り、2人を追いかけた。
新たな行き先に向け、また姫様との旅が始まる。
でも——この気持ちの行き先は、まだ決まってない。
何事も距離感って大事ですね。
次回から新章開始です。




