第2話:殻を破る蛇姫(後編)〜初めての飢餓感〜
――死にたくない。
暗く、冷たく、果てしのない意識の底で、
私は強く念じていた。
猛毒に全身が焼かれ、肉が爛れ、骨が軋む。
痛覚すらも焼き切れるほどの絶望の中でも、
私の心だけは決して死に絶えなかった。
お母様の死も、計画された毒殺だったのかもしれない。
お父様は二人の陰謀に巻き込まれ、
私の目の前で殺された。
私から光を奪い、泥水を啜らせたあいつらが、
今頃温かい城でふんぞり返って笑っている。
なのに、私の人生はここで終わる?
ふざけるな。
こんな理不尽なまま、惨めに死んでたまるか。
『……痛い? 苦しい?』
真っ暗な闇の中で、声がした。
ただ、ジークではない。
大人の女性のような、甘くねっとりとした声。
外部から聞こえたのではない。
私自身の奥底、魂のずっと深い場所から響いていた。
『あいつらが恐れたのは正解よ。あなたの中には、
世界を丸呑みにできるほどの力が眠っているのだから』
ぬるり、と。
目に見えない巨大な何かが、私の背骨に絡みつき、
這い上がってくる感覚があった。
『このまま死んで、あいつらに笑われるの?』
――嫌だ。絶対に、殺してやる。
奪われた全てを、あいつらの絶望で返してもらう。
『いい子。その飢えが、あなたの全てになるわ』
声が満足げに笑った瞬間、背骨を這い上がっていた何かが、一気に全身へと広がった。
『脱ぎなさい。その弱い殻を捨てて——全部、飲み込んでしまいなさい』
***
「姫様……申し訳、ございません……ッ!」
森の奥の廃屋。
閃光玉で追っ手を撒き、命からがら逃げ延びたジークが、私の「遺体」にすがりついて号泣していた。
彼の慟哭が、静かな夜の森に虚しく響く。
無理もない。
ベッドに横たえられた私の体は、完全に炭化したピクリとも動かない黒い塊にしか見えないのだから。
「私の力が足りなかったばかりに……姫様をお守りするお約束すら……ッ」
泥まみれになりながら、ジークは何度も床に額を打ち付けている。
(うるさいわね、起きてるのに)
やがて血走った目で顔を上げ、弾かれたように立ち上がった。
「……いや、まだだ。この森には呪いを解毒する薬草があると聞いたことがあります。必ず、私が姫様の呪いを解いてみせます」
もはや現実逃避に近い執念だった。
それでもジークはふらつく足で扉へ向かい、外へ出ようとした。
その時だった。
――パキリ。
静寂な廃屋に、乾いた音が響いた。
ジークが足を止め、振り返る。
「……今、音がした気が」
彼の視線の先。
ベッドに横たわる、私の炭化した背中。
――メリ、メリメリメリッ!
亀裂が走った。
「ひ、めさま……?」
ジークがおそるおそる近づく。
バキッ、とさらに大きな音を立てて殻が割れる。
ひび割れた隙間から漏れ出したのは、血ではなかった。
妖しく輝く、高密度の紫色の魔力光だ。
グジャリ、と。
まるで蛇が古い鱗ごと皮を脱ぎ捨てるような
湿った音を立てて、炭化した殻が内側から砕け散った。
「ひ、姫様……!!」
腰を抜かすジークの目の前で、
私は自らの『抜け殻』の中から這い出た。
傷一つない、白磁の肌。
猛毒すらも養分として喰らい尽くし、
全く新しい肉体へと『脱皮』を遂げたのだ。
私はゆっくりと瞼を開く。
瞳の黒が、じわりと広がっていた。
虹彩の模様が、どこか鱗のような紋様に変わっている。
人間の目ではない。
でも、人間でなくなったわけでもない。
ただ、何かが——変わっていた。
ふと、床に落ちた自分の影が目に入った。
揺れている。
まるで生き物のように、ぬるりと蠢いている。
(……なに、これ)
答えは出なかった。
今はまだ、この体の全てがわからない。
私は泣きじゃくるジークを見下ろした。
言わなければならないことが、山ほどある。
助けてくれてありがとう。
お父様は。私の体は、いったい——。
その言葉を紡ごうとした、瞬間。
胃の腑を直接焼かれるような、
内臓が裏返るほどの強烈な飢餓感が全身を貫いた。
パン屑なんかじゃない。
もっと熱くて、力に満ちたものを。魔力を。命を。
「ジーク」
「は、はい! 姫様、お怪我は!?」
「……お腹が空いたわ」
ジークが、止まった。
「……え?」
「お腹が空いたのよ!」
5年ぶりだとしても
笑えない冗談すぎる我儘だった。
お読みいただきありがとうございます!
どん底から這い上がり、「飢え」に目覚めたアナスタシア。
ここから最強の捕食者となった彼女の、
容赦ない「お食事」が始まります!
【次回予告】
第3話『追っ手の暗殺部隊は、極上のフルコース』
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