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第19話:命運は託された

城の謁見台は、朝の光に満ちていた。

高台から見下ろす城下に、人が溢れている。

広場を埋め尽くす民衆。商人。農民。子供を抱えた母親。

これほどの人波を——この城で見たことがあっただろうか。



私は謁見台の端に立っていた。

ジークが隣にいる。

回廊からこっそり覗くつもりが。

ラピスに「来てください」と引っ張られた。

断る間もなかった。

(参加する気はなかったんだけど)



そんなことを考えていると、

壇上のシュバルツ卿の声が朝の空気を割った。



「本日は宝石国次期国王の——」



「少し、待ってください」


この出鼻の挫かれかたは、誰もが予想しなかった


ざわめきが、謁見台を包んだ。

シュバルツ卿も驚きを隠せないうちに

ラピスが、前へと出ていった。

そんなラピスの行動を見て、2拍ほど静止する声が遅れてしまった。


「ラピス様、今は——」

そんな声を諸共せず、ラピスの声がざわめきを割った。



「今日は——内定の発表です。即位ではありません」

ざわめきがどよめきに変わり、その波は城下まで広がった。

シュバルツ卿が、書類をめくった。


その手が——わずかに、止まった。

眉間に、深い皺が刻まれる。



「……ラピス殿下」

「はい」

「この条文——昨日まで、存在しませんでしたが」

「宝石国王位継承規則、第一条の末尾に——」

シュバルツ卿の声が、わずかに揺れた。

「『ただし、次期国王が自らの意思により猶予を望む場合、現国王の許可のもとにこれを認める』」

一拍。

シュバルツ卿は激怒した。


「ラピス様!認められません!これはお遊びじゃないんですぞ!」

きっぱりと、言い切った。


グレイルの時も、ヴァルトの時も決して声を荒げなかった、

あのシュバルツ卿が怒るということは、余程本気なんだろう。


「昨夜突如として加筆されたものを——」

「良いのじゃ」


そんな熱を帯びた謁見台の空気を醒ます声が、

部屋の方から聞こえた。


(声を増幅する魔法具かしら)


全員が、振り返った。

扉が、ゆっくりと開いている。


絢爛な杖に体を支えられ——国王が、立っていた。

病床のはずの男が、国王然とした服装でやってきた。

朝の光の中で、肌は青白かったが、背筋だけは、真っ直ぐだった。


「そんな法律があるのじゃ」


一拍。


「昨日から」

シュバルツ卿が——固まった。



老人が、国王を見た。

国王が、シュバルツ卿を見た。

その目が——あの時のように、若かった。

遠い昔。二人がまだ若く、夢を語り合っていた頃の目。




あの時の目と——同じだった。

シュバルツ卿の口元が、かすかに動いた。



「……一本取られましたな」

深く、頭を垂れた。

「承知、いたしました」

一同が、どよめいた。




***




国王が、謁見台の中央まで歩いた。

ゆっくりと。一歩ずつ。

誰も、声をかけなかった。

かけられなかった。

城下の民衆が、静まり返っていく。

風だけが、吹いていた。



「皆に——話がある」

「今、この世界は——戦乱の世に入ろうとしている」

城下が、息を呑んだ。これまで、この国が目を背け続けていた。

だが、誰もが知っていた。


「帝国が動いている。その影が、既にこの国にまで及んでいた」

ヴァルドの名を出さなかった。

出す必要がなかった。

「この国に籠っているだけでは——生き残れん」

静寂。

「余とシュバルツは、若い頃に夢を見た」

国王が、遠くを見た。



「帝国に負けない国を作ると。民が笑える国を作ると。二人で誓い合った」

シュバルツ卿が、微動だにしなかった。

でも——その目が、細くなった。


「余は諦めた。怖かった。臆病者だった」

「しかし——」

国王の声が、力を帯びた。


「その夢を、拾ってくれた者がいた」

城下の民衆が、固唾を呑んでいる。

「ラピスじゃ。そして——」

国王が、ゆっくりと視線を動かした。

謁見台の端。私の方へ。



(嫌な予感を)



「あの娘が——いや」

一拍。

「勝利の女神が、繋いでくれた」



(超えてきたわね)




城下が、どよめいた。

全員の視線が——私に集まる。

私は——固まった。

国王が、私を見ていた。

にっこりと、笑っていた。

穏やかで、温かく、そして——したたかな笑みだった。



(この人……最初から計算していたの?)



ラピスも笑っている。シュバルツ卿も、珍しく口元が緩んでいる。

(まさか。全員、グルだったの?)



「余は——帝国より、ラピスとあの娘に命運を託した」

国王の声が、城下全体に響いた。

「この国の未来を——民の手に、返す」

沈黙が、広場を覆った。

それから——歓声が、上がった。

一人が声を上げ、また一人が続き。

あっという間に城下全体が揺れた。

波のように、熱が広がっていく。



私はジークを見た。

ジークが私を見た。

「……国王に、一本取られたわ」

「誠に」

ジークが、珍しく——くっきりと笑った。




***



「オスカー」

国王が、広間の隅に視線を向けた。

壁際で、菓子を齧っていた手が止まっている。

「……はい」

「来い」

オスカーが、ゆっくりと前に出た。

珍しく——真剣な顔をしていた。




「お前のことを——ずっと、誤魔化してきた」

オスカーが、黙った。

「お前の母が死んだあの日から——お前が変わってしまったことを、私は見ていた。見ていたのに、何もしなかった」

謁見台に、静寂が落ちた。

「本来なら——お前をラピスより先に、次期国王に据えるつもりだった」



どよめきが、広場を走った。

オスカーが——目を見開いた。




「一度地に落ちてしまったが、お前には才がある。数字を読む目がある。人を動かす声がある。

そして、決して生を諦めない図太さがある。

母を失う前のお前は——本当に、王の器だった」

オスカーの喉が、かすかに動いた。

「放蕩に走ったのは——私のせいでもある。すまなかった」

オスカーが、俯いた。



「オスカー」

「……はい」



「残した汚点は——栄光で塗りつぶせ」

謁見台が、しんと静まり返った。

「それだけでいい」


一拍。



「また、この国のために——私と頑張ってくれないか」

オスカーが、顔を上げた。



目が、赤かった。

でも——その目の奥に、何かが灯っていた。

かつて国王が「王の器」と言った、あの光が。

齧っていた菓子を置き、容儀ようぎを正し、

国王の元へ歩き、御前ごぜんに膝を折った。



「……御意」



一言だけ。

でも——その一言に、オスカーの人生が籠っていた。



国王が、目を細めた。



「シュバルツ」

「はい」

「オスカーを——頼む」

「承知しました」



シュバルツ卿が、オスカーを見た。

オスカーが、シュバルツ卿を見た。

「……シュバ爺、よろしく」

「よろしくお願いします」


張り詰めた空気を緩んだ。

謁見台に、また笑いが起きた。

本物の笑い声だった。



***



ラピスが、民衆の前に立った。

「皆さん」

朝の空気に、声が満ちた。

ざわめきが、すっと消える。



「私がここに立っていられるのは——一人の人間のおかげです」

ラピスの視線が、謁見台の端に向いた。

私の方に。


(また来た)



「彼女は言いました。私利私欲で動いている、と。たまたまこの国の役に立っただけだ、と」

ラピスが、少し笑った。

「そうかもしれません。でも——」

一拍。



「私を国王にさせるという願いを——叶えてくれた人がいる。

私が成人し、オスカー兄上から国王の座を引き継ぐまで

今度は、私の願いを叶えてくれた、その人の願いを叶えたい。

失った故郷を彼女の手に取り戻したい。それだけです」



城下が、しんと静まり返った。

「勝利の女神に——感謝を」

ラピスが、私に向かって、深く頭を下げた。

国王も、頭を下げた。

シュバルツ卿も。

城下の民衆が、また沸いた。

「女神様!」

「勝利の女神様!」



私は——もう、固まるしかなかった。

「姫様」

ジークが、静かに言った。



「正式に、女神になられたようですね」

「……うるさいわ」

私はジークに背を向けた。

「逃げるわよ」

「賛成です」



二人で、謁見台の端へ。

階段まで、あと三歩——

「おい!」

誰かが、叫んだ。

「女神様が脱走するぞ!!」

城下が、一瞬で沸騰した。

「逃すな!」

「女神様を捕まえろ!」

「サインをもらいそびれた!」

四方八方から、人が押し寄せてくる。



(やられた)



私は立ち止まった。

ラピスが、謁見台の上で——笑っていた。

満面の笑みだった。

「アナ、逃げないでください」

「……全部、仕組んだの」

「まさか」

一拍。


「でも——勝利の女神が逃げるのは、縁起が悪いと思いますよ」



完全に、逃げ道がない。

農民の男。商人の男。領主の老人。

二人の騎士。

顔馴染みの全員が、にこにこしながら囲んでいる。

謁見台の上で、国王が笑っていた。

満足そうに、笑っていた。



(帝国より私に命運を託した、か)



私は国王を見た。

国王が、私を見た。

その目が——言っていた。

頼んだぞ、と。

(……やれやれ)

「……後で覚えていなさい、ラピス」

「肝に銘じます」

ラピスが、深く——でも楽しそうに、頭を下げた。


「この対価は高くつくわよ」

さあ、これから何をねだってやろうか。


お読みいただきありがとうございます!

「そんな法律があるのじゃ。昨日から」

病床から立ち上がった国王の最後の一手。

「残した汚点は——栄光で塗りつぶせ」

その一言で、オスカーの目に光が戻った。

そして「女神様が脱走するぞ!!」

私利私欲で動いてきたアナの末路がこれです。

「アナさん」から「アナ」へ。

ジークの複雑な顔は——気にしないことにしましょう。

次回からいよいよ諸国漫遊編。


面白かった!と思っていただけましたら、

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