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第18話:あの日の妖精



国王の寝室は、前回より暗かった。

蝋燭の灯りだけが、静かに揺れている。

石造りの壁が熱を吸って、部屋全体がひんやりとしていた。

ただ、温かい空気が流れていた。



ベッドの傍に立つラピスへ。

目を開けた国王が、顔を向ける。


久しぶりに邂逅した父の姿は

ラピスにはどう見えていたのか。

痩せ細り、頬がこけて、肌に艶がない。

ただ、目だけが。

目だけは、最後に会った時より静輝いていた。



「ラピス」

「……はい」

「座りなさい」


椅子を引く。

ゆっくりと、腰を下ろした。

国王が、天井を見た。

長い沈黙。

久しぶりに交わす会話の糸口を探しているようだった。



いや——言葉は、とうの昔に見つかっていたのだろう。

ただ、彼にはなかっただった。

いつの間にか持たざるものになっていた。

勇気というコトの羽を。



「お前に——謝らなければならないことがある」

ラピスが、黙っている。

「お前の母のことだ」

国王の声が、わずかに揺れた。

「お前の母は——ヴァルドに毒を盛られた。私はそれを、知っていた」

息を、呑む音がした。

そこから、積年の想いを紡ぐ独白が始まった。


「知っていたのに——何もできなかった。ヴァルドが怖かった。継母の実家が怖かった。自分の命が、惜しかった」

国王が、目を閉じる。

「お前が城の外で何をしているか、知っていた。民と繋がっていることも。誇らしかった。でも——何もしてやれなかった」

「お前のことが、羨ましかった」


ラピスは何度も言葉を挟もうとしたが

彼もまた持たざるものだった。

父との距離の詰め方を。



「怖くても、前に立てる。信じる人間のために、剣を握れる。私には——できなかったことだ」

ラピスが、唇を噛んだ。

「お前の母が生きていたら——きっと、お前を誇りに思っただろう」




蝋燭の灯りが、揺れた。長い沈黙。

意を決したラピスが、口を開いた。




「私は——父上を恨んでいません」

国王の目が、開く。




「以前の私なら、ただ、逃げ回り奪われる側の第三王子のままであれば

ひどく父上のことを恨んでいたかもしれません」

「ただ、現実と対峙した今ならわかります。」

「父上の感じる恐怖が。一人で抱えこんでしまうほどの重圧が」



真っ直ぐな目だった。




「私は運良く、適切なタイミングで適切な協力者がいた。ただそれだけです。

父上には、決して臆病者ではありません。

現に、私まで道を繋いでくれたではありませんか。」



ラピスの言葉を聞き終わり、国王が笑い始めた

徐々に、その声は大きくなった。




「国王。」

心配するシュバルツ卿を手で制し、

ラピスと共に見守ることしかできなかった。



「シュバルツ、男子三日会わざれば刮目せよ。と昔の偉人入ったそうだが、

まさにそのとうりのようじゃな。ラピスをここまでの男にした

姫様に感謝しないといけないな」

「誠にそうでございますね。」



病床に伏してから、初めて見る顔だった。



先ほどの雄弁さが嘘のように、ラピスが黙ってしまった。

彼はまだまだ持たざる者だった。

恋心の制し方を。




それから——ふと、口を開いた。

「……ラピス、一つ聞いていいか」

「はい」

「あの娘のことだ。アナスタシアという娘」

ラピスが、わずかに目を細めた。

「知っているか。お前たちは——幼い頃に、一度会っている」




***




それは、ラピスが七歳の頃の話だった。

帝国と宝石国の外交訪問。

城の大広間に、両国の王族と貴族が集まっていた。

華やかな宴。大人たちの作り笑い。子供には退屈な場だった。

幼いラピスは、広間の隅を歩いていた。

誰にも気づかれない、妖精のような透明な存在として。

いつものように。




その時——見つけた。

広間の一番端。

柱の陰に、小さな女の子が立っていた。

豪奢なドレスを着ていた。

でも、誰も話しかけない。誰も見ない。




まるで、そこだけ空気が違うような——孤独な場所に。

彼女もまた、人間にはまるで見ることができない、

綺麗な心を持つものしか見れない、妖精のような透明な存在だったのかもしれない。



ラピスは何も考えなかった。

ただ、歩み寄った。いや、吸い込まれてしまった。



「ねえ、つまらない?」

女の子が、驚いたように振り返った。

大きな目だった。



でも、その目の奥に——何かが、くすんでいた。

女の子は答えなかった。

ただ、小さく頷いた。

「僕もつまらないよ。外に行こう」

女の子が、また驚いた顔をした。




それから——かすかに、口元が動いた。

笑ったのかもしれない。

笑おうとしたのかもしれない。




でも次の瞬間、継母が飛んできた。

「アナスタシア! その方に近づいてはなりません!」

女の子が、すっと表情を消した。

ラピスは、その背中が連れ去られていく背中に、

届くかどうか分からないが、精一杯な投げかけた


「今度は一緒にお外に行こうね」



初めて自分の思いを口にしたラピスの姿を

国王は——その一部始終を、遠くから見ていた。




***





「覚えていませんでした」

ラピスが、静かに言った。

「そうだろう。私も今の今まで、その存在が抜け落ちていた」

国王が、目を細めた。



「お前はいつもそうだ。何も考えずに声をかける。ただ、一人で立っていたから。それだけで」

「……あの娘が、アナさんだったんですか」

「そうだ。縁とは、不思議なものだ」




国王が、静かに言った。




「お前が森で拾ったのは——偶然ではなかったのかもしれない」

ラピスが、何も言わなかった。

でも——目が、遠くを見ていた。

あの夜の森を。

死にかけていた少女を10年越しに外に連れ出してあげられたのかもしれない。



「やっと、あの時の約束を守れたのかもしれませんね。」




***



その頃。城の一室で。

「あの日——国王陛下と、何を話されたんですか」

ジークが、静かに聞いた。

紅茶が、湯気を立てている。

部屋の外で、夜風が鳴っていた。

私は少し、考えた。考えるふりをした。

実は——答えは、とうの昔に決まっていた。




「謝られたわ」「謝られた、ですか」

「ラピスを守れなかったと。この国を守れなかったと」

ジークが、静かに聞いている。

「それから——頼まれた」

「何を」

「ラピスを、と」



部屋に、沈黙が落ちた。



「私は言ったわ。私は私利私欲で動いている。あなたの息子を守るために動いているわけじゃない、と」

「陛下は、何と」

「笑っていたわ」

窓の外を見た。夜の城下に、灯りが揺れている。




「それでいい、と。お前のような娘がそばにいるなら

——ラピスは、どこへでも行けると。今度は君がラピスを外に連れ出してくれとね」

「そう。”今度は”ね」


ジークが、しばらく黙っていた。

考えが及ばないことへの苛立ちと歯痒さを隠しながら、静かに言った。


「……そうでしたか」

「それから、一つ教えてくれた」


私は、紅茶を置いた。

「ラピスと私が、幼い頃に会っていたと」



ジークが、目を丸くした。

「覚えていないのですか?だから”今度は”だったんですね!」

「そうね。ただ、全く覚えていないわ。記憶にも残っていない」

「ラピス殿下は」

「聞いてないけど——多分、覚えていないわ」



私は立ち上がった。

「あの子はいつも、何も考えずに動く子どもだったそうよ。

考えていたら——きっと声なんてかけなかった

だから、自分が助けられる以上に手を広げてしまう」




窓の外を見た。

昼とは表情を変えた群青に一等星が、出ていた。



「そういう人間が、たまに世界を変えるのよ」

ジークが、静かに頷いた。




「……姫様は、変えませんか」

「私は変えないわ」

振り返った。

「だって、自分のために動いてるんだもの。周りは勝手に変わればいいわ。」

口元が、緩んだ。



「さあ、次の目的地を探さないとね」




***



いくばくの時間が流れたのだろう。

あれだけ煌々と燃えていた蝋燭の灯りが、

間も無く尽きかけようとしていた。



「ラピス」

国王が、目を開けた。

「はい」

「お前に——一つだけ、聞かせてくれ」

「何でしょう」

「王に、なれるか」



ラピスが視線を向けたの先にあるのは

国王だけではなかった。



「なります」

「怖くないか」

「怖いです」



一拍。



「でも——信じてくれる人たちがいます」

国王が、目を細めた。

それから——また笑った。

今度は小さな、静かな笑いだった。




「シュバルツ」

扉の傍の老人が、一歩前に出た。

「ここに証人として立ち会え」

「承知しました」




国王が、ゆっくりと息を整えた。

「余は——ラピス・ジュエルを、宝石国次期国王として指名する」

シュバルツ卿が、静かに頭を垂れた。

「確かに、承りました」

ラピスが、国王の手に——そっと自分の手を重ねた。何も言わなかった。



言葉は、もう要らなかった。


蝋燭の灯りが尽き掛ける前に

シュバルツが、何事もないように

新たな蝋燭を燭台に置いた。



その夜、二人は長い時間、話し続けた。

長年の間を埋めるかのように。

お読みいただきありがとうございます!

幼い頃の対面。

ラピスは覚えていなかった。アナも覚えていなかった。

でも——ラピスはあの時も、何も考えずに声をかけた。

「そういう人間が、たまに世界を変えるのよ」

アナがそう言った時——ジークは何を思ったでしょうか。

次回、いよいよ旅立ち。


面白かった!と思っていただけましたら、

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