第16話:解毒完了
秘密を暴く者は、暴いた後のことを考えない。
本日も仕事のため、朝の更新のみです。
遅くなりすみません。
広場に、人が集まっていた。
城下の住民。商人。農民。貴族の使用人。
普段この広場がこれほど埋まることはない。
それほど、ヴァルドの布告の効力は大きかった。
私は群衆の中に立っていた。
フードを被って、顔を隠して。
ジークとともに、群衆の1人として立っていた。
「姫様、本当にここで——」
「見ておきたいのよ。3つの毒を解毒で、この国に何が起きるか」
ラピスのネットワークの面々が、広場のあちこちに散らばっていた。
農民の男。商人の男。領主の老人。
証拠を持つ騎士。恩を返しに来た騎士。
全員が、静かに待っていた。
広場の中央に、台が設けられていた。
やがて——ヴァルドが現れた。
穏やかな顔だった。
いつもと変わらない、静かな微笑みだった。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます」
よく通る声だった。
広場の端まで、静かに届いた。
「皆様にご報告しなければならないことがございます」
「この宝石国に、帝国の間者が潜伏していました」
ざわめきが、広場を走った。
「皆さんもご存知の存在です。
ある時は、第一王子から重税を課せられ続けた村を救い、
ある時は、第二王子との飲み比べに勝ち、借金を踏み倒されそうな商人たちを救い、
そして、ある時はこの国を国家転覆の謀略を張り巡らせる、
聖女の仮面を被った狡猾な毒蛇。
その名は
帝国第一皇女——アナスタシア・フォン・カイゼル」
ヴァルドが、高らかに言いきった。
「彼女はラピス殿下の客人と称して城に滞在し、
この国の内政に深く関与してきました。
グレイル殿下の失脚も、オスカー殿下の臣下降格も
——全て、帝国の工作だった可能性があります」
ざわめきが、大きくなった。
「宝石国は、帝国の皇女に利用されていたのです」
ヴァルドが、満足そうに群衆を見渡した。
(言い切ったわね)
私は、フードの下で口元を緩めた。
群衆のざわめきが続いていた。
でも——ヴァルドが想定していたものとは、少し違った。
「帝国の皇女が、グレイルを追い払ってくれたのか」
誰かが、言った。
「グレイルに村を焼かれた俺たちを助けてくれたのは、帝国の皇女だったのか」
また別の声が続いた。
「オスカーの借金を片付けて、国庫を守ってくれたのも」
「聖女様が——帝国の皇女?」
ヴァルドの表情が、わずかに変わった。
この世は勝てば官軍。
そう。誰がなんと言おうと、以前より明らかに国の雰囲気が良くなった。
彼らの感じる希望に、ラピスの協力者たちが焚き付けさえすれば
旧態依然のヴァルドよりも、突如現れたラピスの協力者の方が魅力的に見える。
(さあ、この国を陥れ続けた古狸。気づいたかしら)
民衆は「帝国の間者」という言葉より、
「自分たちを救った人物」という記憶の方が強かった。
(舞台は整ったわね)
「皆さん、聞いてください。帝国の皇女がなぜこの国にいるのか——」
「ヴァルド卿」
声が、広場に響いた。
群衆が、一斉に振り返った。
私はフードを外した。
広場の端から、ゆっくりと中央に向かって歩いた。
群衆が、自然に道を開けた。
誰も止めなかった。
ヴァルドが、私を見た。
穏やかな顔が——初めて、固まった。
「そうよ」
私は台の前に立った。
ヴァルドを見上げた。
「帝国第一皇女、アナスタシア・フォン・カイゼル。それが何か?」
広場が、しんと静まり返った。
「父を殺した帝国宰相バイパーに追われて、命からがら逃げてきた。
森の中で死にかけていた私を——拾ってくれたのが、ラピス殿下でした」
群衆が、ラピスを見た。
ラピスが、静かに立っていた。
「命の恩人に、何か返したかった。殿下には夢がある。
この国をよくしたいという、本物の夢が。だから微力ながら、その手伝いをしてきた」
私は群衆を見渡した。
「ただ——一つだけ、勘違いしないでほしいことがある」
広場が、しんとした。
「私は聖女でも、英雄でもない。私利私欲で動いている。
グレイルを失脚させたのも、オスカーを臣下に降ろしたのも
母国を失った私が平穏に過ごしたっただけ。
——全部、自分の目的のためよ。それがたまたま、この国の役に立っただけ」
誰も、何も言わなかった。
「それだけよ」
沈黙が、広場を覆った。
それから——農民の男が、静かに言った。
「……理由がなんであれ、俺たちの村は救われた」
商人の男が続いた。
「不当に投獄されていた私を、助けてくれた」
領主の老人が、深く頷いた。
ヴァルドが、口を開いた。
穏やかな顔が戻っていた。
「美しいお話ですね。ただ——帝国の皇女がこの国にいる事実は変わらない。
宝石国が帝国との外交問題に巻き込まれる可能性が——」
(さあ、舞台は整えたわよ)
「ヴァルド卿」
シュバルツ卿の声が、広場に静かに響いた。
老人が、ゆっくりと歩み出た。
手に、分厚い書類を持っていた。
ヴァルドの目が、わずかに揺れた。
「国王陛下の名代として、この場で読み上げさせていただきます」
書類を広げた。
「宝石国宰相ヴァルド卿と帝国宰相バイパー卿の間で交わされた、密約の全容——」
「でっち上げだ!」
ヴァルドが、初めて声を荒げた。
「そのような文書は——」
「アナ様。こちらの印璽に見覚えはありますかな?」
「私の母国、帝国の印璽だわ」
そして、シュバルツ卿の読み上げが始まった。
帝国との密約。
宝石国の機密情報の横流し。
グレイルを利用した国境の要塞の配置図の提供。
そして——バイパーからの最後の密書。
『アナスタシア皇女を確保せよ。生死は問わぬ』
広場が、完全に静まり返った。
ヴァルドが、膝をついた。
ただ、まだ負けは認めていない。
「……証拠など、いくらでも捏造できる。
この老いぼれと帝国の皇女が組んで、私を陥れようとしているだけだ。
皆さん、騙されないでください。私はこの三十年、この国のために——」
「ヴァルド卿」
シュバルツ卿が、静かに遮った。
「宝石国城内規則、第七条。
国家に対する反逆行為は、いかなる弁明も認めない」
「そんな法律——」
「ございます」
シュバルツ卿が、力強く言った。
「三百年前から」
(三百年前から)
ヴァルドが、口を閉じた。
騎士たちが、ヴァルドの両腕を掴んだ。
「離せ! 私は宰相だぞ! この国を三十年守ってきた私を——!」
引きずられながら、それでもヴァルドは叫び続けた。
私は踵を返した。
(終わったわね)
その瞬間だった。
「姫様!」
ジークの声が、背後で響いた。
でも——ジークより、早かった。
黒装束の影が三つ、群衆の中から飛び出した。
私に向かって、まっすぐに。
私は動かなかった。
(来た)
これも——計画通りだった。
ヴァルドが最後の足掻きとして暗殺部隊を使う。
そのために、わざと隙を作った。
群衆の中に紛れていたジークが、背後から処理する手はずだった。
でも——、彼らは私の想像以上だった。
(能力を使うしか、でも群衆の中で使うには早すぎる)
その刹那だった
「アナさん!」
影の一つが、私に刃を振り下ろした。
その前に——ラピスが、飛び込んだ。
剣が交わる音。
火花が散った。
ラピスが、三人を相手に剣を構えた。
「殿下——」
「下がってください」
ラピスの目が、燃えていた。
グレイルと戦った時とは、違う目だった。
あの時は覚悟だった。
今は——怒りだった。
「この人に、手を出すな」
三人が、ラピスを見た。
流石に、王子を殺すには躊躇いが生まれる。
その間にジークが、背後から三人全員を一瞬で制圧した。
静寂が戻った。
広場が、しんと静まり返っていた。
声を上げるには鮮やかすぎた。
まるで全てが仕組まれたフィクションと言われてもおかしくないほど
出来過ぎだった。
ラピスが、私を振り返った。
「怪我は」
「ないわ」
「よかった」
ラピスが、剣を収めた。
その瞬間——広場が、どよめいた。
「ラピス殿下が、皇女を守った!」
「見たか、今の!」
「殿下が身を挺して——」
「女性の命を2度救うってことは・・・」
「やはり、お二人は——」
私は、静かにため息をついた。
(面倒なことになったわね)
隣で、ジークが静かに拳を握りしめていた。
わずかに、悔しそうだった。
「ジーク」
「……はい」
「よくやったわ」
「……ありがとうございます」
声が、少し低かった。
広場の声が、どんどん大きくなっていた。
「お似合いだ!」
「宝石国の王子と帝国の皇女!」
「運命じゃないか!」
「宝石国の未来は明るいぞ」
ラピスが、真っ赤になって俯いていた。
私は、空を見上げた。
(やれやれ)
「さあ、解毒は完了したわよ」
「あなたがこの事態を、どう調理するか楽しみだわ」
お読みいただきありがとうございます!
ヴァルドの暴露は完全に裏目に出た。
最後の足掻きの暗殺部隊も——ラピスに阻まれた。
「この人に、手を出すな」
国を追われた帝国の姫を、宝石国の王子が守った。
広場は大騒ぎ。
面倒そうなアナ。真っ赤なラピス。
そして——悔しそうなジーク。
次回、ヴァルドの末路。そして国王とラピスの、最後の対話。
面白かった!と思っていただけましたら、
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