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第13話:毒を喰らわば、盃まで

相手の慢心に、勝利のルートが開かれる

最初の一杯を、オスカーは一息で飲み干した。

「うまい!」

声に出して笑った。

杯を叩きつけるように置いて、すぐに注がせた。

私も、静かに飲み干した。



オスカーが、私を見た。

「早いじゃん」

「お付き合いします」

「いいね! 気に入った!」

二杯目。三杯目。

オスカーは陽気に飲み続けた。



笑い声が、広間に響いた。

取り巻きたちが囃し立てた。

私も、静かに飲み続けた。



(水ね)



そう。解毒作用を持つ私の体には

どれだけ強かろうと、水と変わらなかった。

熱くもない。痺れもない。

ただ、液体が体を通り過ぎていくだけだった。

つまり、オスカーがどれだけ酒が強かろうと、

勝ち確の勝負だった。



四杯目。五杯目。

「すごいじゃん、アナ。意外と飲めるじゃん」

オスカーの口調が、少しだけ丸くなっていた。

目が、わずかに潤み始めていた。

「殿下こそ、お強いですね」

「当たり前じゃん。この城で一番だもん。

二番目はアナを認定してあげてもいいかな」

「嬉しいお言葉ですわ」



六杯目。

オスカーが杯を置いた時、少し手が揺れた。



七杯目。

「……なんか、今日の酒、強くない?」

「同じ銘柄です」

「そう? なんか……いつもより……」

オスカーが、首を振った。

振った拍子に、体が傾いた。

取り巻きたちの笑い声が、少しずつ小さくなっていた。




八杯目。

オスカーの頬が、真っ赤だった。

目の焦点が、合っていなかった。

それでも杯を手に取った。

「俺は……負けない……この城で一番……」

「殿下」

私は、静かに言った。




「九杯目です」

オスカーが、杯を口に運んだ。

飲み干した。

テーブルに手をついた。

そのまま、崩れた。

取り巻きの女の一人が、甲高い声を上げた。

「オスカー様!」

でも——誰も、近づかせなかった。

そう——これから晩餐が始まるから。




***




広間の扉が、静かに開いた。

一人、また一人。

見知らぬ顔の男たちが、入ってきた。

商人。貴族の使用人。元賭博場の関係者。

全員が、手に証文を持っていた。




そして、酔いも冷める冷や水をかけた

「今こそ、返していただきましょうオスカー殿下」

商人の一人が、低い声で言った。

オスカーが、床に手をついたまま顔を上げた。

「……誰?」

「覚えていないのですか。去年、五百金を貸した者です」

「三年前、千二百金を」

「利子を含めると、二千金になります」




次々と、声が上がった。

オスカーの顔から、血の気が引いた。




「ちょ……待って……今は……」

「今すぐ返してください」

「返せるわけ——」




その瞬間。

騎士が二人、オスカーの両腕を掴んだ。

「離せ!俺は王族だぞ!お前たち、全員反逆罪で殺してやる!」




「オスカー殿下」

シュバルツ卿の声が、広間に静かに響いた。

(シュバ爺・・・いつの間に・・・)




入り口に、老人が立っていた。




「宝石国城内規則、第四十二条。

城内における公式の勝負は、国王名代の立会いのもと、

正式な記録として認定される」



書類を広げた。



「本日の飲み比べ、オスカー殿下の敗北を、ここに公式に認定いたします」



オスカーが、口を開いた。

「そんな法律……」

(そんな法律……)




「ございます」




シュバルツ卿が、静かに、しかし力強く遮った。





「三百年前から」




「嘘だろ……」

(嘘でしょ…)




ただ、嘘なのは法律だけじゃなかった




上着が剥がされ

装飾品が外され

靴まで取られた。



取り巻きの女も、従者たちも、

楽団も、料理も、笑い声も

オスカーを彩る全てが綺麗に消え去っていた。



「これで足りない分は、後日改めて」




債権者たちが、引き上げていった。

広間に、静寂が戻った。

裸足で床に座り込んだオスカーだけが、残った。

さっきまでの陽気さが、どこにもなかった。




***




わずかに残った人の中からオスカーが私を見つけた。

「……アナ」



目が、赤かった。

泣いていたのか、酒のせいか、わからなかった。



「オスカー殿下」

私は、オスカーの前に立った。




「それだけ身包みを剥がされても、まだまだ借金があるようですね」

否定できなかった。




「アナ、助けてよ。そうだ!勝負の無効を宣言してよ!ね」

絞り出すような声だった。

私はただただ、見下ろすだけで何も答えなかった。

広間に、沈黙が落ちた。



「何でもするから。俺、このままじゃ生きていけないよ」




(この人は、私が欲しい言葉を簡単に紡いでくれる人だわ)




「本当に、何でもします?」

「何でもするよ!」

間髪入れずに、オスカーが答えた。

私は、静かに続けた。

「選択肢は二つ」




オスカーが、私を見た。

「一つ目——継承権を破棄して、国外追放。その代わりに、借金は全て帳消し」

「二つ目——継承権を破棄して、ラピス殿下の臣下になる。借金も全て帳消し」




「……どちらも、王族には戻れない」




「そうです」

オスカーが、床を見た。

それから、天井を見た。

それから、私を見た。

何かを言いかけた。止めた。また私を見た。




「ラピスの臣下になったら——城にいられる?」

「いられます」

「飯は食える?」

「食えます」

「臣下の方で」

即答だった。




「わかりました。それでは、詳細は後日。」

私は、踵を返した。




「あの」

オスカーが、後ろから言った。

「なんで——俺に、選ばせてくれたの」

私は振り返らなかった。




「あなたは、いつか役に立ちそうだから。」




扉を開けた。

廊下に、ラピスが複雑な顔で立っていた。

「姫様、これは——」

「いい拾い物でしょ。ジーク、臣下に服を着せといて」

「かしこまりました。」



私は廊下を歩き始めた。



(さて、次ね)



残るは——ヴァルド。



最後の毒は、一番深いところに根を張っていた。

そして、一番時間がかかる毒だということも——


お読みいただきありがとうございます!

強い酒も、毒も、アナには水と同じ。

最初から勝利は決まっていました。


しかし、最大の誤算はシュバ爺の登場。

アナという猛毒を連れるラピスの

最後の正義に賭けたくなったのかもしれませんね。


そして、オスカーへ「いつか役に立ちそうだから」と言ったアナ。

捨てなかった理由が、いつか明かされる日が来るかもしれません。


残るはヴァルド。じっくり、料理しましょう。


少しでも「面白そう!」「姫、やっちまえ!」と思っていただけましたら、

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