第11話:第二の毒、オスカー登場
グレイルが連行されてから、城の空気が変わった。
使用人たちの背筋が、少し伸びた。
廊下を歩く足音が、少し軽くなった。
誰も口にはしなかったが、顔に出ていた。
(やっと終わった)
私はその空気を横目に、朝食を食べていた。
「姫様、よく眠れましたか」
ジークが、静かに紅茶を置いた。
「ええ。久しぶりにぐっすり眠れたわ。」
「たっぷり栄養も取れたことだし。」
ラピスが、向かいで複雑な顔をしていた。
何か言いたそうだったが、言わなかった。
賢い子だ。
「ラピス、次は?」
「コース料理のように言わないでください。
次の毒は、次男のオスカー兄上です」
ラピスも、アナの扱いがわかってきたようだ。
「どんな人?」
「……一言で言うなら」
ラピスが、言葉を選んだ。
「嵐です」
***
その意味が、わかったのは昼過ぎだった。
廊下を歩いていた時、遠くから声が聞こえてきた。
笑い声だった。
複数の、大きな笑い声。
近づいてくる。
角を曲がった瞬間、廊下が急に賑やかになった。
男が一人、廊下の真ん中を歩いていた。
両脇に女を一人ずつ抱えて、従者の女を五人引き連れて、
手には酒瓶を持っていた。
二十代前半ほど。
体格はグレイルほどよくない。が、顔立ちは悪くない。
でも全体的に、どこかぼんやりとしていた。
焦点が合っていない目。上気した頬。
”ドラ息子”という言葉以外、表現する言葉は存在しなかった。
「あ~、兄上が連行されたって? ははっ、やっとか~」
男が、陽気に言った。
「俺が王様になっちゃう? 嫌だな~、面倒くさい~」
「オスカー様の国王姿見てみたいです〜」
従者たちが鼻にかかった甘い声で
オスカーの自尊心をくすぐる。
「じゃあ、私は女王になれるのかしら〜?」
「あなた、第一夫人は私のものよ!」
女狐なのに、取らぬ狸の皮算用をしていた。
(これが——オスカー。)
私はその男を、静かに見た。
グレイルは、明確な悪意があった。
踏みにじることを楽しんでいた。
でもこの男は——違った。
悪意すら、なかった。
ただ、何も考えていなかった。
(厄介ね)
明確な悪意は、証拠を突きつければ崩せる。
でも「何も考えていない」相手は、
証拠を突きつけても響かない。
別のやり方が必要だった。
オスカーの目が、私を捉えた。
「ん? 誰? 見ない顔」
私は丁寧に頭を下げた。
「旅の者です。ラピス殿下にお世話になっております」
「ラピスの? へえ」
オスカーが、私に近づいてきた。
下から上まで舐め回す視線は、
まるでオークションに出品された品を見るようだった。
グレイルの目とは違う。
悪意はない。ただの好奇心だった。
「名前は?」
「アナと申します」
「アナか~。いい名前じゃん」
オスカーが、酒瓶を差し出した。
「飲む? これ、南の島から取り寄せた蒸留酒でさ。
めちゃくちゃ高いんだけど、うまいんだよね」
「強いお酒ですね」
「そう! わかる?
度数がすごくてさ、俺の従者なんか一杯で倒れたんだよね。ははっ」
オスカーが、楽しそうに笑った。
「あなたは、お強いんですか」
「俺? めちゃくちゃ強いよ。この城で一番飲めると思う」
私は、少し考えるふりをした。
「では——一つ、賭けをしませんか」
オスカーが、目を輝かせた。
「賭け? いいね、大好き」
「飲み比べです。私が勝ったら、
殿下にお願いがあります。殿下が勝ったら、
私が何でも一つ言うことを聞きます」
連れの女どもは、私を見て—一斉に罵った
「何よ小娘!オスカー様になんて口を!」
「あなたなんかが、オスカー様に話しかけるなんて100年早いわ!」
オスカーが、私を見て——大声で笑った。
「いいじゃん! 面白い! この娘、気に入った!」
一通り笑い終わり、私と視線を合わせ
「でも今日は無理。今夜、宴があるから。明後日はどう?」
「喜んで」
私は丁寧に頭を下げた。
「ただし、僕が勝ったら言うことは10個聞いてもらおうかな!
庶民と王族なんだから、それくらいの差はあるんじゃない?」
「かしこまりました」
「明後日まで、飲みすぎちゃダメだよ!それじゃあ!」
オスカーが、陽気に手を振りながら廊下の奥へ消えていった。
笑い声が、遠ざかっていく。
ジークが、静かに隣に立った。
「姫様、本当によろしいのですか。
相手は一国の王子です。約束を守るとは——」
「守らせるわよ」
私は、オスカーが消えた廊下の先を見た。
「ラピス。
明後日までに、オスカーの借金の証文を全部集めて」
「証文、ですか」
「あの男は賭博で相当な借金をしているはずよ。
商人、貴族、誰からでもいい。全部かき集めなさい」
ラピスが、静かに頷いた。
「それから——」
私は、オスカーが持っていた酒瓶を思い出した。
南の島の蒸留酒。めちゃくちゃ強い、と言っていた。
(私には、効かないけどね)
口元が、少し緩んだ。
「ジーク。その蒸留酒、どこで手に入るか調べておいて」
「まさか、味が気になったんですか?」
「そうね。気になったのは酒じゃないけどね」
お読みいただきありがとうございます!
第二の毒——オスカー、登場。
グレイルとは真逆の、悪意すらない享楽主義者。
でも、アナの目には「弱点」がはっきり見えていた。
次回、仕込み開始です。




