第1話:殻を破る蛇姫(前編)〜奪われたすべて〜
※2026/3/20 一部加筆
※2026/3/21 一部加筆/修正
※本話のみ、主人公の理不尽な不遇・残酷描写が含まれます。
悲惨な展開はここだけで、次話からは最強の力に目覚めた主人公が無双していく、
ストレスフリーな爽快ざまぁ&国盗りファンタジーになります! どうぞ安心してお読みください。
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吹き荒れる風が、私の真紅のドレスをはためかせる。
眼下に広がるのは、
大陸最大の版図を誇る強大な軍事国家。
――かつて私から全てを奪った、憎き故郷の帝都だ。
でも私の背後には、
地平線を埋め尽くすほどの軍勢が控えている。
辺境の小国から始まり、
私がこの胃袋で全て「飲み込み」、
従えてきた多国籍の大軍。
一騎当千の魔導師たちも、誇り高き騎士たちも、
誰もが最前線に立つ私を熱狂的な瞳で見つめていた。
私は艶然と微笑み、開戦の合図として、
その言葉を紡いだ。
「――さあ、狂乱の晩餐会を始めましょう。
『存分に、召し上がれ』」
私を捨てた祖国へ。
そして私の両親と母国を弄んだあの女への、
圧倒的な復讐劇のクライマックス。
……そう。これは、一匹の惨めな幼虫が、全てを丸呑みする巨大な毒蛇へと羽化するまでの——
泥と血に塗れた、私の狂った半生の記録だ。
***
凍てつくような石造りの地下牢。
カビと汚物の臭いが立ち込めるこの穴倉が、
帝国第一皇女である私、
アナスタシアに与えられた世界の全てだった。
「這いつくばってお食べ。魔力ゼロの欠陥品には、豚の餌がお似合いよ」
頭上から降ってきたのは、泥にまみれた腐りかけの残飯。
豪奢なドレスを着た継母は、床に散らばったそれをヒールでグリグリと踏み躙り、扇で口元を隠して嘲笑った。
腹の虫が鳴る。
胃液が喉を焼く。
私は震える手で、泥と靴の跡がべっとりとついたパン屑を拾い集め、口に押し込んだ。
「あら、本当に豚のように食べるのね。汚らしい」
「本当に姫様なのかしら? まあ、あの卑しい女から生まれたなら穢らわしいのも当然かしら」
ピシァッ、と鋭い音が響き、鞭が私の細い背中を裂いた。
激痛に目の前が白濁しても、私は咀嚼をやめなかった。
(体に傷がついても、心は絶対に傷つけさせない)
血の味がする口内でパン屑を噛み砕きながら目を閉じると、いつだってあの温かい記憶が蘇る。
まだ、亡きお母様が生きていた頃。
私とお母様、そしてお父様の三人で王城の庭園を歩いた、陽だまりのような日々。
『アナ、あなたは私たちの宝物よ。どんなことがあっても、健やかに、強く生きてちょうだいね』
優しく私の髪を撫でてくれた、
花のように美しいお母様の笑顔。
『ああ、アナスタシア。お前が笑ってくれるだけで、父様は世界で一番幸せだ』
私を力強く抱き上げて、
目尻を下げて笑っていた、大きくて温かいお父様。
あんなにも優しかったお父様は、
お母様が病で亡くなり、
強大な権力を持つ実家を盾にする
あの継母がやってきてから変わってしまった。
継母の顔色をうかがい、
魔力を持たない私を「王家の恥」として冷遇するようになった。
それでも、あの頃の愛情が嘘ではなかったと信じている。
だから生きることを、諦めなかった。
そんな絶望の底で、
私を人として扱ってくれるのは二人だけだった。
「姫様……申し訳ございません。私にもっと力があれば……」
深夜、傷だらけの私にこっそりと温かいスープと傷薬を届けてくれるのは、幼い頃から私を支えてくれる近衛騎士であり私の執事であるジークだ。
(この人は、どんな顔をして料理人に頼み込んでいるのかしら)
ジークはお父様の弟の息子で、幼い頃に両親を流行病で亡くした際、お父様が引き取った。
私にとっては年上の、兄のような存在だ。
「ジーク、この薬高かったでしょ? 大丈夫?」
「……さあ! 姫様、今夜こそここを抜け出しましょう」
いつもこの話になると話を濁す。
多分、ジークが用意したものではないっぽい。
(誰かしら。気になるわね)
だけど、私には味方がいる。それだけで嬉しかった。
「城も城下町もお祭り騒ぎ!
この付近の警備が手薄になる、
今日が最後のチャンスです!」
今日は帝国の建国記念日だそうだ。
(ただ、私の誕生日でもある)
この部屋に住み始めて、今日で丸五年。
継母の嫌がらせで、明日からさらに環境が悪くなるそうだ。
(冗談じゃないわ。これ以上悪くなれるの?)
ジークの言葉に頷きながらも、私はボロボロの布を握りしめていた。
それは、これからの父の無事を祈って、藁を不格好に編んで作った小さなお守り。
(お父様に、最期にこれだけは渡したい……)
それが、取り返しのつかない悲劇の幕開けとも知らずに。
***
ジークの手引きで薄暗い地下牢を抜け出した私でも、
王城の異変にすぐに気がついた。
外では花火が上がり、国民が祝ってくれているのに。
城の内はまるで別世界のように、静まり返っていた。
すれ違うはずの近衛兵の姿もなく、遠くから聞こえてくるはずの華やかな音楽や歓声すら一切ない。
ただ、冷たい石造りの廊下には、鉄が錆びたような……むせ返るような血の匂いが漂っていた。
「……お父様?」
嫌な予感に胸を激しく打たれ、私はジークの制止を振り切って無我夢中で玉座の間へと走った。
そして、少しだけ開いていた重い扉の隙間から、私は見てしまったのだ。
血、血、血。
豪華なシャンデリアの下、絨毯のど真ん中で、お父様が胸から大量の血を流して倒れている。
そして、その傍らで扇を口元に当てて下品に笑っていたのは、私を虐めていた継母と異母妹たちだった。
「ああ、本当に目障りな男でしたこと。これでようやく、私の実家とバイパー卿の時代が来ますわね」
「ええ。この汚い血を引くのはあの豚姫だけ。早く処分してしまいましょう」
彼女たちの視線の先。
血だまりの中心で杖を片手に嗤っていたのは、
国の実権を握る宰相バイパーだった。
(全部、繋がった)
継母とバイパーが結託し、邪魔になったお父様を暗殺して国を乗っ取ったのだと。
「……お父、様……ッ」
「おや、これが世に言うカモネギ状態。
汚らしい汚物が騒ぎに気付いてやってくれました。脱獄して殺されに来る。何という僥倖でしょう。」
私が思わず声を漏らすと、バイパーが残酷な笑みを浮かべて杖を振り上げた。
その瞬間、血まみれのお父様が、最後の力を振り絞ってバイパーの足にすがりついた。
「逃げ……ろ……アナ……生き、ろ……ッ!」
「邪魔ですよ、暗愚な王」
無情にも、バイパーの放った漆黒の刃が、お父様の背を深く貫いた。
私の目の前で。
「お父様ァァァッ!!」
絶命し、力なく絨毯に崩れ落ちたお父様の懐から、コロンと小さなものが転がり出た。
血だまりの中に落ちたそれは、見覚えのある小鳥の木彫りの入れ物。
私に毎日届けられていたあの傷薬と同じ、可愛らしいお揃いの薬入れだった。
(ああ……お父様、だったのね……)
ずっと私を気遣い、不器用に愛を贈り続けてくれていたのは。
手から藁のお守りがこぼれ落ち、血の海に沈んだ。
お父様を庇うように遅れて飛び込んできたジークが剣を抜くが、バイパーは愉快そうに目を細めた。
「悲しいですか、無能姫。……冥土の土産に教えてあげましょう。君は無能ではなかったのですよ」
私には生まれつき『触れた魔力を喰らい尽くす』という、底知れない才能があったらしい。
それを恐れたバイパーが、私の才能を封じ、
さらに生命力まで吸い尽くす呪いを幼少期にかけていたというのだ。
「五年間、豚のように床を舐める日々はいかがでしたか? あなたの惨めな人生は、全て私が演出したのですよ」
(全部、あなたのせいだったの)
怒りより先に、呆れた。
これほどの手間をかけて幼子を虐げる男を。
(どれだけの暇人よ)
「ふふっ、本当に滑稽な欠陥品でしたわ! さあバイパー卿、さっさとそのゴミを焼却なさい!」
絶望と憎悪が沸点に達した瞬間。
バイパーの杖から禁呪『死の猛毒霧』が放たれた。
「姫様ァァァッ!!」
ジークの悲痛な叫び声。
だが、彼が飛び込むより早く、黒い霧が私を包み込んだ。
ジュッ、と皮膚が焼ける音。
鉄の匂いよりも強力な、肉が焦げる咽せ返るほどの臭い。
全身の細胞が壊死し、ドス黒く炭化していく。
猛毒が内臓を溶かし、叫び声すら上げることもできない。
(死にたくない)
その言葉だけが、虚しく私の中に響き渡った。
全てを奪われ、絶望の淵に落とされたアナスタシア。
しかし、彼女の執念はまだ死んでいませんでした。
続く第2話で、いよいよ彼女が「最強の捕食者」として殻を破ります!
どうかこのまま、次話へお進みください!
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