僕と母親
僕は母が嫌いだ。
ただし憎悪するほどではないし、この世に産み落としてくれた事や今まで育ててくれた事なんかには勿論感謝している。
でも、それが霞みそうになるくらいには色々と困っているのは確かだ。だからまあ、より正確に言うと嫌いというか面倒に感じているんだと思う。
何故ならば、母は物凄く過保護なのだ。
僕はもう大学生になった。歳も二桁どころか十代の終盤である……にも関わらず。
役所なんかの公共機関には夜間でもないのに無理矢理付いて来ようとするわ、外出時に帰宅時間をしつこく聞いてくるわ。
『ママ』と呼ばないと不機嫌になるわ、「このゲームは誰かから貰ったの?お家の人にちゃんと貰って良いか聞いたの?」とか何とか言ってくるわ。
あとこれはもう関係ないかもしれないけれど、夏場にはシャワーが終わると暫く全裸でいるわ、過保護なクセして言い争いになると幼稚な事にも全力で言い返そうとしてくるわで。
とにかく、やっぱり面倒なんだ。僕はもう、そんな母に疲れてしまったんだ。
ママなんてもう恥ずかしくて呼べねえよ、『オフクロ』か『アンタ』だよ。ゲームだって自分でバイトして貯めた金で買った奴だよ。
……という事で、母に辟易してしまった僕は進学を機に一人暮らしを始めてみたのだが。
外出時に許可も取らなくて良ければ、その際に母を押し留める必要もないという。この歳になって初めての『自由』を手にし。
まあ要するに、僕は最高の選択をしたのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。
ただし、とあるたった一つのデメリットさえ除けばだが……ん?
そこでピロリと一度、部屋に響いた着信音を聞き僕は携帯を手に取る。と、殆ど同時に思わず顔を顰めてしまった。
またきた、母からのLI〇Eだ。
ちなみに言うと、そこには『〇〇君そろそろ十二時だね!!お昼ご飯は食べたかナ!?』などという文章が書き込まれている。
(分かると思うが〇〇とは僕の名前だ。プライバシーの観点から伏せておいたのだ)
そう、これこそが一人暮らし唯一のデメリットである、『やたら頻繁に送られてくる母からのメッセージ』だ。
全く、本当にこの親ときたら。別に何でも良いじゃないか。一食抜いた所で死にはしない、だというのにそれを聞いてどうするんだ。というかさっき食べたし。
まさか、朝食や夕食の時も聞いてきやしないだろうな……? とは心配するだけ無駄だ。
まさかまさか、そのまさかできちんと三度、朝の挨拶と就寝前の挨拶も含めると何と日に五回も連絡は寄越される。
しかも毎日だ。正直もう返事をするのが億劫で仕方がない。てかまともに返信していると本当の意味で返す言葉が無い。返答のレパートリーが思い付かなくなるのだ。
なので無視を決め込みたい所ではあるが、仕送りにて家賃を援助してもらっている手前そうもいかない。
そこで僕が編み出したのは、『テキトーなスタンプを送る』という戦法であった。
これならばまあ一応、返事をしたと言って良いだろうし、それに文章を考える手間も時間も省けて一石二鳥だ。
とはいえ、これにもまた僅かばかりの難点があるのだが……などと考えていたら、また母親から何か送られてきた。
『〇〇君どうしたの!?具合でも悪いの!?もし寂しいならいつでもこっちに帰って来て良いんだヨ!?』
「あ……しまった、間違えた。はぁ……何やってんだ僕は……」
僕は思わず溜め息を一つ漏らした。
そうだ。これこそがさっき言った難点であるのだ。
どういう事なのかというとだな。まず結論から言うと、母からそのような文が送られてきたのは僕が原因なのだ。
僕が間違えて変なスタンプを。もっと言うと、『何かちょっと寂しそうに見えるウサギ』みたいなスタンプを返事として送信してしまったからなのである。
だからつまり、母はその悲壮感漂うウサギ越しに思い描いた僕を心配するあまりに、わざわざ二度目の文章をこちらへと送り付けたという事だ。
それはただのいち獣以上でも以下でもなく、またそこに何の意味もないと言うのに……
とはいえ、母は僕がスタンプしか送ってこないがためにそこから推測するしかないというのが事の本質なのだ。だから母だけを責められはしない。
責任はこちらにもあるのだ。例え相手が過剰なまでに僕の身を案じているのだとしても。
だがしかし、そう考えると少し母が可哀想だというか、不憫だというか。とにかくそんなような気持ちにさせられてしまう。
けれども、ここで折れ『僕は大丈夫だよオフクロ!!』なんて送りでもしたら怒涛の返信がやって来るであろう事は言うまでもない。同情のあまりに失態を犯す訳にはいかないのだ。
僕は心を鬼にし、再び『笑顔みたいに見えるウサギ』のスタンプを母へと送り付けて携帯を手放した。
そうして嵐は過ぎ、僕はコンビニにでも行こうと立ち上がる……と、そこで何となしに目を向けた、あるものに僕は視線を奪われた。
そして、そのあるものとは。実家から譲り受け、こちらへと持参した古い型のテレビである。
まあ確かに、新生活は自由だが時には退屈も付き纏うものであったと気付かされた。それをある程度は和らげてくれたコイツにも、持って行けと念を押してくれた母にも感謝しなければならないだろう。
……と、それは良いのだが。やはり元の居場所が居場所だったと言う事だろうか。
そのテレビの縁には、僕が幼少期に貼り付けたシール類が所狭しと並んでいるのだ。
正直、これでは友達を自宅に呼び辛いので少々困りものだ。さっき感謝はしたがそれでもだ、それとこれとはまた別の問題である。
だがそれにしても、何だか昔を思い出すな……そういえば夢中になってシールを貼る僕の横で、母も怒るどころか微笑みながらその手伝いをしてくれたっけ。
というか、何だかこのシール。特に母の貼り付けた部分が移動するにつれてコマ送りのようになっているというか、一つの物語というか。
とにかく、何かしらを伝えているかのように構成されているような気がする。
例えばこれだ。この二足歩行の動物を模したキャラクターらしきシールの、二つ並んでいる小さな一枚と大きな一枚。
この二枚は段々と背丈が同じくらいになり、暫くするとそれを越し、まるで成長する子と親のように。
その次には親離れしたのか一枚だけとなったそのキャラクターは、左右を向いて旅をするかのように移動し。
そして最終的には……これは何だ?UFOか?とにかく、そんなようなものに導かれ、そこで再会を果たしたあのもう一枚のシールと共にその中へと入って行くという……
もしかするとこれは、僕ら親子の行く末を暗示しているのかもしれないな。最後のそれは僕の未来と言った所で、僕はそうして母と共に宇宙へと旅立つ……なんてね。
フッ、そんな訳ないだろう?今現在、スタンプから僕の様子を推し量る母を真似して推理ごっこをしてみただけだ。
大体宇宙って何だよ、そんな場所行ける訳ないじゃないか。ああアホらしい。
さ、無駄な事に頭を働かせてなんかいないでさっさとコンビニに行こう。
そうして今度こそ、僕は立ち上がった。
「あら?電話だわ……もしもし?」
「〇×△⬜︎Ωαβγεξ!!!!」
「えぇ、何ですって!? 〇〇君がやっと私の昔作っておいた暗号の意味を理解してくれたですって!?
じゃ……じゃあ、〇〇君はこれでやっと合格なのね!? これでやっと私達の故郷である宇宙に帰れるのね!?
ああ嬉しい!! 本当に嬉しいわ!! 今の今まで私達『Ωαβγεξ星』の王子様になる予定の〇〇君をずっと大事に大事に育ててきたけど、漸くそれが報われただなんて!! 今日は何て素晴らしい日なの!?
こうしちゃいられないわ!! 早く〇〇君を迎えに行かないと!! それじゃあアナタ達も予定通り、迎えの宇宙船を用意しておくのよ!?分かったわね!?」
その夜、僕の前には母とよく分からないタコに似た謎の生物を乗せたUFOのようなものが飛来し。
何と、本当は実母ではなく『乳母兼執事』だったのだと言う〝元母〟と、そのタコっぽい奴等に真実を打ち明けられた僕は理解が追いつかぬまま彼等と共に宇宙へと進出する事となるのだが。
正直、再び母の過度な愛情を受けるであろう未来を予感し、僕がまた別の意味で地球に帰りたいと考えていたのは誰にも打ち明ける事はないだろう。
お読みいただきありがとうございます✨また別の自作でもお会いできたら嬉しいです( ´∀`)マタネ




