普通が合わなくなった場所
その世界では、普通は「身についているもの」だった。
誰かに与えられるわけでも、選ばれるわけでもない。
気づいたときには、もう身についている。
服の裏地みたいに。外からは見えないが、脱ぐこともできない。
普通が身についている人は、立ち止まる場所が似ている。
何もない空間で、なぜか止まる。
理由は分からない。分からないまま、止まる。
私は自分が普通だと知っていた。
知っているというより、疑ったことがなかった。
疑う前に、疑わない動きが先に出る。
それが普通の動きだった。
普通は便利だった。
考えなくていい。選ばなくていい。間違えているかどうかを確かめなくていい。
確かめないことが、正しく進んでいる証拠になる。
ある日、普通が一部だけずれた。
ほんの少しだった。
音が遅れた。影が先に動いた。自分の言葉が、自分より遅れて届いた。
周囲は何も変わらなかった。変わらないことが、変化を否定した。
私は気づいたが、気づいたまま振る舞う方法を知らなかった。
普通は、気づいたあとに戻る場所を用意していない。
そのとき、普通は理由もなく壊れた。
立ち止まるはずの場所で、誰も止まらなかった。
止まらなかったことを、誰も不思議に思わなかった。
普通は壊れたのに、普通として機能し続けた。
私は止まった。
止まったまま、普通を着ている感じだけが残った。
脱げないのに、合っていない。
周囲は進んだ。進んでいるという意識もなく、進んだ。
私は動かなかった。動かない理由はなかった。
普通は、その場に置かれていた。
拾う人はいなかった。拾わないことが、普通だったからだ。
私は普通を着たまま、そこにいた。
普通が必要なのか、もう分からなかった。
分からないまま、何も確かめなかった。




