弾けたのは、なんだったのか
「いくらってさぁ……エロいよな」
「お前急に頭湧いたんか???」
あまりに突拍子のない発言に、いくらを掬おうとしていた手が止まる。
「いやさ、この前川に釣りに行ったんだよ」
「いや釣りに行ってもそうはならんだろ」
「まあいいから聞けって。そしたらさ、鮭が泳いでてさ」
「まあ今秋だしな……」
「そこすげぇ綺麗でさ。もみじに彩られた水面、キラキラと反射する陽の光。川底で寄り添う2匹の鮭……そして放たれる、白濁した液体」
「いや最後だけおかしい。その描写だけいらない」
「それをみた俺はーーー胸の高鳴りが止まらなかった」
変態は真っ直ぐにいくらを見つめる。その視線には、えもいわれない熱がこもっていて。
いやこれガチでやばいやつでは??
「それ風景が美しくてワクワクしただけだろ。ぜってぇ鮭のせいじゃ無い断言できる」
「穴の中にポロポロとこぼれていく琥珀のような球体を見た時、ごくりと喉がなって……」
「それお腹空いてるだけだって。唾液分泌されたら喉ぐらいなるし」
友人はレンゲで掬ったいくらをポロポロと丼の中にこぼす。口から吐き出される細い息が、妙に艶かしい。
情景だけならNHKの教育番組とあまり変わらないのになんでこいつの脳内を通すとR15になんだよ!
万年発情期か!!
「俺、思ったんだ。もしかして……これが、恋?」
あまりにも飛躍した理論に、頭の中で鯉がスポーンと発射される描写が思い浮かぶ。
「んなことあってたまるか……! 熊でもそんなに鮭のことで頭いっぱいじゃねぇよ!」
叫ばんばかりに喉に力を入れる俺。それとは対照的に、変態は真顔でさらりと反論する。
「熊は案外鮭食べないぞ。だから熊より鮭のことを考えている人間はたくさんいると思う」
「そういう! 問題じゃ! ねぇんだよ!!!」
頭を抱えてどすりとテーブルに肘を置く。目の前でふわりと跳ねるいくらの粒が、妙に癪に触った。
いやそもそも俺たち飯食いに来てんだよ!
こんな変態トークしに来た訳じゃねえ!!
ぐっと勢いよく体を起こし、諸悪の根源である変態を睨みつける。
「とりあえず食えよ! 店の迷惑になるだろ」
俺はレンゲで掬ったいくらを口に運ぶ。プチプチと弾ける食感、どろりと出てくる粘度の高い液体。
普段なら嬉しいその刺激が、今だけは何故か妙に胸を騒がせた。
「……いただきます」
渋々いくらを掬った変態は、しばし視線を彷徨わせる。そして数秒経過してから、意を決したように口を開けた。
口の端から覗く舌が、ぬらりと光る。
その様子は酷く煽情的で、口の中には何も無いはずなのに、ごくりと喉がなる。
……俺も、人のこと言えねぇよなぁ。
そんなことを思いながら、また一口いくらを頬張る。
ぷちりと弾けるその感覚。それと一緒に、俺の理性も弾けてしまったのかもしれない。




