契約の村 第3話 誰の為の生贄
私は村のはずれにある宇野山寺の墓地へと向かっていた。ここには儀式で亡くなった宇野山家の娘達が眠っている。
明日、私は儀式で、ここに入ることになるだろう。
ここに眠る人達も今の私と同じ気持ちなのだろうか?
死にたくない。この村から逃げ出したい。何もかもを妹に押し付けて、ごく普通の女の子としていきたいという思いと、皆に生きて欲しいそのために犠牲になってもいいというこの2つの気持ち。
そんな事を考えてたら、
「美桜?」
明らかにこの村のものではない、ここにいるわけないその声に思わず振り向いていた。
「佐倉君?なんで?」
「別にこの村から連れ出そうと考えてないよ。この村に住もうと思ってな。」
「住もうって、この村に?」
「あぁ。美桜は400年前の惨劇を繰り返したくない。俺はそれを尊重したい。でも、その時までは寄り添いたい。せめて、最後の時までは。」
「……どうして、そんなことを言うの?」
思わず問い返していた。
胸が痛くて、苦しくて、佐倉君の顔を直視できない。けれど、彼は澄んだ瞳で、まっすぐ私を見つめていた。
「美桜がどれほどの覚悟でここにいるのか、俺はわかってないかもしれない。でも、美桜が泣きそうな時に、傍にいたいと思うのは、ダメなのか?」
吐息が白むほど夜は冷え込んでいて、それでも佐倉君の声は温かかった。
「――佐倉君、私は明日には……もう……。」
「わかってる。だから、後悔しないようにここへ来た。」
彼の言葉は静かだけれど、確かな意志が込められている。なぜ、こんなにも優しいのだろう。どうして、こんな夜更けにここまで……。
「美桜は、自分ひとりで全部背負って耐えようとしてる。でも、最後の夜くらい、誰かに支えてもらっていいんじゃないかって思ったんだ。」
佐倉君は、そっと私の手を取り、冷えきった指を包むように温めてくれる。
涙がにじみそうだった。
私は、泣かないために空を見上げた。星がかすかに揺れている。墓石の影が、長く夜に溶けている。
「怖いんだ、佐倉君。すごく、怖い。逃げたいよ。こんな役目、ぜんぶ捨てて、どこか遠くへ行きたいって、何度も――」
「もし今、美桜がほんとうに俺と逃げたいって言うなら、どこまでも走るよ。だけど、それを選べない美桜の気持ちも、わかってるつもりだ。だから、今はせめて、そばにいたい。」
私はぽろりと涙をこぼしていた。佐倉君が私の肩を抱き、震える私を支えてくれる。
「ありがとう、佐倉君。」
声は小さくて、震えていたけれど、心の底からの言葉だった。
墓地の静けさの中、私たちはしばらく黙って肩を寄せ合っていた。
私が背負うものの重さも、佐倉君の優しさも、夜風がそっと包み込んでくれる気がした。
「美桜、明日――最後に俺に会いに来てくれるか?」
「うん、約束する。」
二人だけの小さな約束が、夜の闇に静かに溶けていった。