3-5
窓は全部ガムテープで塞いである。
換気扇も塞いだ。
練炭は二つ。七輪に赤く燃え始めている。
部屋の空気がもう熱い。美咲が最後にスマホを見た。
電池残量8%。
「ごめんね」とだけ打って、遥に送ろうとした。
指が震えて送信できなかった。
電源が切れた。
「もう……いいよね?」
声が掠れている。
美咲は頷いた。
でも目が泳いでいる。
11時53分。
最初に異変が来たのは遥だった。
「頭……痛い……」
額に手を当てる。
一酸化炭素が脳に回り始める。
美咲もすぐに来た。
頭が割れる。
耳鳴りがする。
「まだ……早い?」
美咲が呟いた。
でももう遅い。
練炭は真っ赤だ。
11時58分。
呼吸が苦しくなってきた。
胸が焼ける。
遥が立ち上がろうとした。
足がもつれて七輪に手をつく。
「熱っ!」
手のひらに火傷。
皮膚がジュッと音を立てて焼けた。
悲鳴を上げた瞬間、吐いた。
胃液と胆汁と血が混じったものが、畳にドバッと落ちる。
酸っぱい臭いが充満。美咲も吐いた。
遥の足元にぶちまけた。
「ごめん……ごめん……」
涙と鼻水と唾が垂れる。
遥が泣きながら美咲の腕を掴んだ。
爪が食い込む。
皮膚が裂けて血が出る。
12時03分。
視界が歪み始めた。
壁が波打つ。
遥が「ママ……」と呟いた。
母親の顔が浮かんだ。
「ごめんね……ママ……」
涙が止まらない。
でももう声が出ない。
喉が焼ける。美咲は這って窓に近づいた。
「やっぱり……怖い……」
ガムテープを剥がそうとする。
爪が剥がれる。
血が滴る。
剥がせない。
指が震えて力が入らない。
12時07分。
遥が痙攣し始めた。
全身がビクビク跳ねる。
「やだ……やだやだやだ……」
舌を噛み切った。
血が口から溢れる。
泡を吹く。
眼球が飛び出しそうになる。美咲は遥に這い寄った。
抱きしめようとした。
でも力が入らない。
代わりに、遥の顔に自分の嘔吐物をぶちまけた。
「ごめん……ごめんね……」
遥の顔が嘔吐物まみれになる。
12時11分。
失禁が始まった。
美咲のズボンが熱い尿で濡れる。
続いて糞。
臭いが部屋を埋め尽くす。
遥も失禁。
二人の間に糞尿が広がる。
畳が茶色く染まる。
12時14分。
遥が最後に叫んだ。
「死にたくない!!!」
声にならない声。
壁を掻きむしる。
爪が全部剥がれる。
血の手形が壁に残る。
美咲は「私も……」と呟いた。
でももう声が出ない。
12時18分。
遥が倒れた。
畳に顔を突っ込む。
嘔吐物と糞尿の中に沈む。
痙攣が止まらない。
美咲は這って遥に手を伸ばした。
指先が触れた。
でももう動かない。
遥の身体が冷たくなり始める。
12時22分。
美咲の意識が薄れていく。
最後に見たのは、
遥の顔に自分の嘔吐物がべっとりついた姿。
「ごめんね……」
それだけ呟いて、
美咲も倒れた。
二人は離れたまま。
抱き合ってなど、いなかった。午前7時43分。
清掃員がドアを開けた。
臭いで失神した。
警察が来た。
部屋は地獄だった。
血、糞、嘔吐物、剥がれた爪、飛び出した舌。
二人は3メートル離れて固まっていた。
練炭はとっくに灰になっていた。遺体は腐敗が始まっていた。
顔は紫色に変色。
目は開いたまま。
口から泡と血。
美咲の手は窓に向かって伸びていた。
遥の爪は全部剥がれていた。警察官の一人が吐いた。
もう一人が泣いた。
「こんな死に方……ないよ……」




