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「うーん、俺だったらどうしてるだろうなあ」
高校生が泣いているのを見守りながら、俺自身も考える。
パラレルラインに乗ったら、もしもの可能性の世界に辿り着くことができる代わりに、この世界から自分自身が完全に消失する。
俺の場合、もしそこまでして助けたい相手がいるとするならば、おそらくはそれは野田だろうなと思う。あいつくらいなんだ。俺の事情に深く追究することなく、勝手に同情することなく接してくれるのは。
誰かに優しくするのは、それは自己満足のためだ。もし誰にでも優しくしているんだったら、それは誰にとっても優しくない。性格がひねくれている奴は「自己満足に付き合わせるな」と怒るんだ。
でも本当に誰にとっても優しい人間は、理由も理屈も聞かずに傍に置いてくれる。心地のいい関係を築ける。多分そういうのが必要なんだ。
「多分迷うよ。俺がこの世界から完全に消え去ってでも、友達に会いに行きたいか。もし友達を理由に、この世界からエスケープしたいんだったら、多分きっと後悔すると思うけれど。俺は多分、友達を理由には、この世界から逃げられない。でも君の場合の最優先は?」
もし野田がトイレで閉じ込められて死んでいたらを考えた。多分俺は、泣くことすらできないと思うんだ。そして薄情な自分を絶え間なく責め立てる。お前はどうしていつもそうなんだと。でも。
俺がこの子に言った話。本当に薄情でどうしようもなくっても、俺は野田のためだけに、この世界から逃げられない。逃げたくない。後悔だって変えたいことだってあるけれど、もしここから逃げ出したら、多分一生後悔すると思うから。
でも。彼にそれを求めるのは違うだろ。俺はそうしたいから、今もこうしてこの世界で切符を無視して生きているけど。彼は友達のことが最大の未練だから、切符を手に入れてパラレルラインにまで辿り着いた訳で。
俺の言葉を聞いて、彼は気付けば泣くのを辞めていた。
本当に真剣に考え込んでいる。
友達の生きている世界に辿り着ける。でも、この世界では彼の存在は完全に消え去る。
速攻で答えの出せる問題じゃないだろう。彼は景気よく掌いっぱいにポテトチップを取ると、それを口の中に放り込んでバリバリと音を立てて食べた。
「……それでも。あいつのとこに行きたいんです。自分が可哀想だと思いながら、生きてたくないんです……俺は、あいつを自己憐憫の理由にしたくない」
「そっか。じゃあ、ちょっと駅長さんを呼んでくるから、待ってて」
俺は高校生の肩を軽くポンッと叩いてから、駅長室の奥へと向かった。
普段は駅内売店で働いているから、こんなところにまで入り込んだことがない。奥へ続く廊下は真っ暗な中、ふと声が聞こえた。
「……僕は人のことを全く言えないのに、偉そうなのかもしれないね」
晴さんの声だ。
普段丁寧な口調でしゃべっている彼が、砕けた声をかけているのは初めて聞いた。耳をそばだててみるけれど、誰としゃべっているのかが聞き取れない。
「幸せになりたいって、誰だって思うはずだよ。だからこの駅に迷い込むんだから。でも僕も迷うんだよ。本当に並行世界に送り届けるだけが幸せだったのかって。他に方法があったんじゃないかって……今日のは……を思い出したから……」
普段朗らかさをそのまま体現したような人なのに。いつになく弱気な声で、こちらも途方に暮れてしまう。
でもな……悪気はなかったとはいえど、立ち聞きしてしまったのは後ろめたい。俺はどうしようと思って廊下を見回す。こんなところ掃除しているのかどうかわからないのに、廊下内もピカピカしていて、ゴミひとつ落ちてない。
仕方なく、俺は廊下を駅長室と最奥の部屋の中間地点くらいにまで戻り、スマホの音量を最大にして、動画を流した。途端に驚いたように晴さんが部屋から出てきた。
「……驚いた。フクくんでしたか。彼と話は出来ましたか?」
「ええっと……はい。何度も話しましたけど、やっぱり彼の決心は固いみたいで」
「……そうですか。それならば、それ以上こちらの都合で足止めするべきではありませんね。パラレルラインを出しましょう」
「はい」
こうして、俺たちは高校生の元へと戻っていった。
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今は情緒がないって、大人はよく言う。
昔はスマホもない、パソコンもメールもアプリもない。インターネットもSNSもソシャゲもない時代なんて、もう想像が付かないけれど、二十年ほど前だったら、それは当たり前のことだったらしい。
連絡手段は手紙か固定電話しかなかったし、公衆電話で長電話なんてできなかった。引っ越したら、それでおしまい。縁が切れてしまう。だからなんでもかんでも相談ができなかったし、行き違いが原因で喧嘩だってしたのに、今はそれがないんだから羨ましいって。
そんな訳ないじゃん。と思う。誰だってそう思うはずだ。
だって言葉にしない言葉なんて伝わる訳ないし、メールやアプリで書いた言葉なんて、コピペすれば下手すりゃ世界中の人たちに広がってしまう。スマホを落としたり壊れたりしたら、当然メールやアプリの返信なんてできないから、それで行き違いが勝手に発生する。大事なことなんて全部一対一で話をするしかないんだ。
だから、俺は友達とはなんでも話をしていた。
元々スマホでゲームをする習性はあんまりなかったし、やってみたけれどお金がかかりそうですぐに止めてしまった。そんな中「このゲームをしたら面白いよ」と教えてくれたのが今の友達だった。
【進化のアイテムが全然足りないー】
【マップいる? そこに丸付けて拾える場所教えるよー】
【助かるー。あっ、卵交換する? 俺ダブリがあるんだけど】
【マジか。するする】
必死にお年玉を集めてゲーム機を買い、ふたりでテレビに繋げてゲームをするようになったのだって、家族で慣れないWi-Fi設置を頑張って、ネット接続をして友達と遊ぶようになったのだって、そいつのおかげだった。
ひとりだったら躓いたことも、ふたりでやれば平気だった。ひとりでだったらそこまで楽しくないことも、皆でやれば面白く感じた。
こうして一緒に遊んでいた中、しょうもないことで喧嘩になった。
いつものことだった。本当にいつもの小突き合いで、電車が来たらおしまいだったのに。その日に限ってホームは前日の雨で滑っていた。あいつも俺も「あっ」と言った。
あっという間に、あいつは電車に撥ねられた。本当に突然のことって、なにもかもがスローモーションに見えるんだと、そのときに思い知った。
俺の代わりに誰かが叫んで、俺の代わりに誰かが駅員さんたちを呼びに行ってくれた。
電車の緊急停止とか、救急車で運ばれていくあいつとか、事情聴取のためにやってくる鉄道警察とか、もうなにもかもが俺の体に膜一枚張った場所で展開されて通過していく。
意味がわからなくって、俺はずっと馬鹿のような顔で「えっ?」とだけ言い続けていた。本当に馬鹿だったんだ。
警察官に囲まれて話を聞かれ、何故か婦人警官さんに「大丈夫よ、わかってるからね」と優しい言葉をかけられた。なにをどうわかっているのかがわからなかった。
一方、鉄道会社の人たちが一斉に責め立ててきた。雨のせいで滑った場合、責任は鉄道会社側にあるからと、どうにか俺やあいつに責任をなすりつけたいらしく、一斉に責め立てて言質を取ろうとしてくる。俺はもうなにもかもどうでもよかったけれど、親には「いいからなにも言うな」と言われてしまい、本当になにも言わなかった。
一方、病院に運ばれたあいつは、全然目が覚めなかった。手術も無事に済んで、もう悪いところはどこにもないはずなのに、あいつの意識だけはどこかに飛んでいってしまい帰ってこない。
あいつの入院している病室は面会謝絶の札だけがかけられ、あいつのお母さんが泣いていた。そこだけは心底申し訳なくて、俺はどんどんと心身が磨り減っていった。
あいつは今、戦ってるんだろうか。
寝てたら声なんて聞こえない。SNSやメールだって役に立たない。スマホもパソコンも関係ない。
ただ、声を聞いて顔を見て、安心したかったのに。
面会謝絶の札一枚が、俺たちを引き離していた。
「あー、このマンガ読んだー?」
「読んだ! マジ面白かったー!」
「本うちにあるよ?」
「マジで!?」
病院からの帰り道、自転車をのろのろと漕いでいたら、そんな会話をしているグループとすれ違った。
つい数日前の俺とあいつも、そっくりそのまま同じ会話をしていたはずなのに。
どうしてこうなったんだろう。どうしてこのままなんだろう。
もう勘弁してくれよ。あいつを返してやってくれよ。なあ、俺がもう、いなくなってもかまわないから。
そう思った途端に、もそっと制服のポケットになにかが挟まったことに気付いた。
「へっ?」
ポケットに触れて中身を取り出すと、それは切符だった。
車で行くにはあまりにもガソリン代がかかり過ぎるから、電車とバスを乗り継いで行くようなど田舎くらいでしか、今時切符なんて使わないのに。
誰がこんなものを突っ込んだんだろう。そう思って切符をふにふにと掴んでいたら、突然にイメージが流れ込んできた。
【パラレルライン】
【「後悔」初「もしも」行き、各駅停車】
【未練があったら、電車を乗り換えてやり直せる】
派手な色彩の駅。特撮の登場人物みたいな制服の駅員。電車の形はシャープで、新幹線のような、私鉄の電車のような不思議な形の車体。
写真のような、文字のような、映画のような……そんなイメージが一気に流し込まれた瞬間、俺は自然とペダルを強く踏んでいた。
もうなんでもいいよ、あいつを返してくれるなら。
並行世界に行く。そんなソシャゲは何個かやったことがある。そこに行けたら、あいつがいる世界に辿り着ける。充分じゃないか。
必死で漕いで漕いで漕ぎまくったら、流し込まれたイメージ通りの駅に辿り着いた。
本当なら、友達を返して欲しいと、自転車を乗り捨てて、俺は一歩を踏み出した。




