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パラレルライン─「後悔」発、「もしも」行き─  作者: 石田空
電車の入場券はお持ちですか?─パラレルラインへようこそ─
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「ごめんね、フクちゃん。上層部にも掛け合ったんだけれど、駄目だって」


 店長に手を合わせて謝られ、俺は「えー」となっていた。

 ストレスのせいですっかりと髪が銀から白に近くなってしまっている店長に、ここまで謝られると申し訳ない。

 俺はぶんぶんぶんと手を振った。


「いや、こういうときはお互い様じゃないっすか。あんまり落ち込まないでくださいよ。またバイトを探せばいいってだけですし! ねっ?」

「フクちゃん……君みたいな優しい子にこんなこと言わせちゃって……本当にごめんねえ……」


 そう言って感極まったらしい店長はどっと泣き出してしまった。それに俺はわあわあと手を振る。


「そんな店長! マジ泣きしないでくださいってば!」


 店長を宥めすかしながらも、俺は内心は「困ったなあ」と思っている。来月からの家賃と生活費については、どうしても必要だからだ。


   ****


「はあ……来月からどうしよう」


 自転車を漕ぎながら、俺はよたよたと帰路に着いていた。

 既に終電も出たあとで、車もほとんど走っていない。当然人も歩いていないから、自転車を早く走っても遅く走っても迷惑にならないのがいい。

 普段だったら仕事帰りに夜風を受けていたら、幾分か疲れも和らぐんだけれど、今の俺には徒労感ばかりが募っていた。

 俺が働いていたのは、地元のローカル線#半見鉄道__はんみてつどう__#の駅ナカのコンビニだったんだけれど、駅の建て替え工事が原因で店を一旦閉めることになってしまった。

 閉まっている間だけでも、半見鉄道内の別店舗で働けないかと店長に掛け合ってもらっていたものの、今は不景気ど真ん中。どこも新しいバイトを雇う余裕はないらしい。

 そりゃそうだよなあと思う。

 ブラックバイトが横行している世の中で、駅ナカコンビニは閉まる時間がきっちり決まっている上に、鉄道警察が通うおかげで、他の場所に建っているコンビニと比べても比較的クリーンな職場だった……まあ、終電前の酔っ払いさえ回避すれば、って条件はつくけれど。

 他の大学生をターゲットにしているバイトは、「学生だから暇なんだろ?」とこちらを下に見るようなブラックバイトが隠れひそんでいて厄介なことこの上ない。

 比較的クリーンな家庭教師や塾の学生教師のバイトなんてのは、いい大学の学生に先を越されて全然入る隙間がないし、大学の学生課の事務バイトなんかも競争率が高過ぎて滑り込めなかった。

 肉体労働系の場合は実入りはいいけれど、こっちは成績優等生枠の返済なし奨学金で大学に通っている身だ。

 成績をひとつも落とせないから、実入りがよくっても時間も体力もガリガリ削られて勉強できないんじゃ本末転倒だし、工場の単純労働系は論外だ。頭がおかしくなるし、体力も時間も削られて勉強できないし。

 だからこそ、店長の良心の呵責に漬け込んで、もっとゴネればよかったような気がするけれど、それは俺のほうが良心の呵責に苛まれた。人のいい人をこれ以上困らせてしまうことができなくて、俺のほうがとうとう「自分で探します」と言ってしまい、それについつい後悔してしまう。

 周りからも言われてしまうんだ。

「正直者は馬鹿を見る、もっと賢く生きろ」と。

 どうやったら、そう賢く生きれるんだろうと、何度目かの溜息が漏れた。溜息の数だけ幸せは逃げるらしいけれど、これ以上不幸にもなりようがないから、まあいいやと好きなだけ溜息をつく。

 ホワイトで、時間拘束が緩くて、勉強している暇があるバイト。

 お金のことばかり考えていたら全然勉強ができないけれど、お金がなかったらそもそも勉強しているどころじゃない。ジレンマ。

 俺がそうひとり悶々としているときだった。なにかが顔に降ってきた。


「ギヤッ!」


 近所迷惑になりそうで、悲鳴をどうにか噛み殺したものの、顔に貼り付いたなにかが取れない。慌てて自転車のブレーキをかけ、なんとか顔についたものを引っ剥がした。

 薄い紙はPP加工が施されている。


【アルバイト募集】


 その文字に、思わず俺はガン見する。


「アルバイト募集、週四、夕方から終電まで、売店の店員……時給も悪くない」


 どう考えたって渡りに舟だった。後はどこのバイトだという話だけれど。

 外灯はそろそろ電球を替えないと駄目らしく、チカチカと不規則に点滅している。その中で俺は一生懸命バイトチラシの文章を追いかけていた。

 そして、目が点になる。


「こんな駅、あったっけ……?」


【アルバイト募集


 週四日、午後五時~午後十一時

 仕事内容:売店の店員

 半見鉄道パラレルライン後悔駅


 皆様のご応募お待ちしております】


 後悔駅。後悔駅ってなんだ。しかもパラレルラインってなんだ。

 最初は悪戯かなと思って、念のため書いてある電話番号や駅名を検索してみたけれど、しっかりとネットに掲載されている。特に特殊詐欺の啓発や、スパムメールの注意勧告も出ていない。

 となったら、本当にある駅のはずだけれど。


「うーん……」


 俺はかなり条件のいい仕事内容と時間帯・時給と、どこからどう見ても詐欺か悪戯か得体の知れないなにかじゃないという脅えを、天秤にかけてみた。

 頭をちらちら掠めてくるのは、来月の家賃だった。

 借りる宛も返す宛もないのに借金なんてできないし、家賃が払えないからアパートを追い出されても、本当に困る。

 その点売店だったら、最近は賞味期限の切れたものを持ち帰るのは禁止になったけれど、メーカーの試供品だったら結構ばんばんとくれるものだから、こちらの生活費的にも大助かりだ。

 唯一気になるのは、俺の働いていたコンビニの名前じゃなくって売店だと書かれていることだ。大昔の私鉄の駅ナカ店舗はほぼ売店だったらしいけれど、今じゃほとんどコンビニに置き換わっているはずなんだけれど。

 もし特殊詐欺かなにかだったら、警察に相談でもしよう。

 俺はチラシをよく読んだ上で、面接希望のメールを送った。あとは野となれ塵となれ。嘘、塵にはなりたくないからバイトの面接に合格するといいなあと祈ることにした。

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