妹の代わりに敵国へ嫁いだら、実家の王城が物理的に崩壊しました
「ソフィー、お前の縁談が決まった。大切な『花の聖女』フローリアを、野蛮な敵国に嫁がせるわけにはいかない。妹の代わりにお前が敵国へ嫁ぐんだ」
国王である父にそう告げられ、ソフィーと呼ばれた少女がわずかに目を見開く。
フロストリア王国の晩餐室。珍しく食事の席に呼ばれたかと思えば、この台詞であった。父が言葉を続ける。
「先方は『国一番の姫』をご所望とのこと。しかし『一番無能で役立たずな姫』という意味では、お前は国一番の姫だ」
――ソフィー・フロストリアはフロストリア王国の歴とした第一王女である。
新雪のごとく白い肌に、アイスブルーの冷たい瞳。うねりのない銀髪は、亡くなった母から受け継いだものだ。ソフィーはまるで月から降りてきた精霊かと見まごうような美少女。であるというのに、その装いはひどくみずぼらしい。
灰色のぼろぼろなドレスを身に纏うソフィーは、遠目で見れば幽霊かのよう。
そんなソフィーに向かって、継母であるアンナが叫んだ。
「良かったじゃないソフィー! アグナディア帝国は野蛮とはいえ、嫁ぐ相手は皇帝なんでしょう? 雪ばかり降るこの王国で、雪しか降らせられない無能の役立たずが。ずいぶんなご出世ね!」
「まぁ、お母様ったらひどい。お姉様をあんまり虐めないでくださいな。アグナディア帝国の皇帝は、気に入らない部下を迷わず処刑するような、苛烈極まりないお方だと聞きます。しかも彼の肌に触れると、そこから火が燃え広がり死んでしまうのだとか。触れられない呪われた皇帝に嫁ぐだなんて……私、お姉様が不憫でなりませんわ」
ソフィーへの罵倒を、異母妹であるフローリアがたしなめる。
「フ、フローリア。虐めているわけじゃないわ。私は事実を言っているだけなのよ」
「フローリアは我が子ながら、本当に優しい娘だな。父は誇らしいぞ」
「ふふっ、お父様ったら」
いつもの茶番劇である。
無能で役立たずなソフィーを目の前に、家族の絆を確かめ合っているのだ。
ソフィーを虐げる継母、それをたしなめるフローリア、その優しさを褒め称える父と継母。
除け者にされ、年頃の令嬢であればその場で泣き出してしまってもおかしくはない屈辱である。しかしソフィーは。
(眠っ……。納屋に戻っていますぐふかふかの干し草に飛び込みたい……)
三度の飯より睡眠が好きな、わりとずぶとい少女だった。
ソフィーは彼らにばれぬようあくびを咬み殺す。
ところで――。
ソフィーの異母妹であるフローリア・フロストリア第二王女は、『花魔法』の使い手である。
花魔法とは文字通り、何もない所から美しい花々を出現させられる魔法だ。その美しい魔法に、国王を始め国民の誰もが彼女を『花の聖女』だと愛し称えた。
柔らかいウェーブのプラチナブロンドに、温かい火を思わせる橙色の瞳。庇護欲をそそる愛らしい顔立ち――。
冷たい美貌のソフィーとは何もかもが真反対な美少女である。
しかしその裏では母親を操りソフィーを虐げているのだが、ソフィーは全然気づいていなかった。彼女は異母妹に『フローリアってほんとう良い子だな~』というぐらいの感想しか持ち合わせていない。
と、言うわけで。こうしてソフィーは、血も涙もないと噂の皇帝に嫁ぐこととなったのであった。
*
あっという間に今日は輿入れ当日。
彼女は豪華な馬車に乗り込み、小窓から外を覗き込む。そこには、美しく聳え立つ『氷の城』が見えた。
この氷の城は遥か昔に魔法の力で建てられた城で、永遠に融けない氷でできている。古い伝承によると、融けない氷は王家に生まれる『聖女』の魔力で保たれているのだとか。
ちなみに、両親は伝承の聖女がフローリアであることを疑いもなく確信している。
――氷の城の荘厳さは息を呑むほど美しく、城の評判は大陸中にとどろいていた。この『氷の城』の存在が、フロストリア王家の威厳を保っているといっても過言ではない。
ソフィーはぼんやりと城を眺めながら、やがてうとうとと瞼を閉じた。
(アグナディア帝国に、温かくてふかふかなベッド、あったらいいなぁ……)
そう、願いながら。
*
「姫、姫。アグナディア帝国に到着しましたよ、起きてください」
「ふぁ……?」
姫とは思えないほど豪快に口を開けて寝ていたソフィーは、口元の涎をごしごし拭った。
砂漠と岩山に囲まれた『灼熱の国』アグナディア帝国。
昼は灼熱、夜は極寒という過酷な環境にあるその国は、常に干ばつの危機にさらされている。しかし広大な火山地帯があり、地熱や鉱石資源が豊かな富める国でもあった。
従者にエスコートされ馬車から降りると、そこには彼女が今まで見たこともないような美しい宮殿が建っていた。
黒曜石の外壁、高くそびえる尖塔、それらの先端からは赤い炎が燃え盛っていた。雪国で育ったソフィーにとって、どれもこれもが目に新しい。
鉱石資源により得た富を誇示するがごとく豪華な宮殿である。
しかし金のあるところには戦が絶えないというもの。
アグナディア帝国は常に周辺国から略奪の脅威にさらされており、フロストリア王国も資源を狙うそのうちの一国であった。
しかし現在の皇帝が即位してから、長い戦はついに終息を迎える。
その恐ろしいまでの強さから、あっと言う間に周辺国を制圧し黙らせた彼は、いつしかこう呼ばれるようになった。
「『鮮血の皇帝』――」
ソフィーの目の前に、一人の美しい青年が立っている。
白皙の頬。ルビーをそのまま嵌め込んだかのような赤い瞳。艶やかで柔らかそうな漆黒の黒髪――。
顔立ちは神々が施した彫刻かと思うほどに美しい。服装は黒い軍服。その上から真っ赤な外套を羽織っていた。
冷たい美貌の彼は、ソフィーの姿を一目見てこう言った。
「貴方がフロストリア王国一の姫か?」
声をかけられたソフィーは(声までかっこいいだなんて)と思いつつ、彼へ向かって恭しくお辞儀を披露する。
「アグナディア帝国の輝く太陽にご挨拶申し上げます。私はフロストリア王国第一王女、ソフィー・フロストリアと申します。陛下直々のお出迎え、心より感謝申し上げますわ」
「俺はアグナディア帝国第三代皇帝、レイヴァン・レ・アグナディアという者だ。……なるほど、噂にたがわぬ美姫。しかしその……なんというか。貴方の着ているドレスは、ウェディングドレスだと思うのだが……。結婚式はまだ先だぞ?」
レイヴァンが戸惑った表情でソフィーのドレスの場違いさを指摘する。
――彼女の纏っているドレスはそのすべてが真っ白。まるで結婚式の衣装であるウェディングドレスさながらであった。ソフィーがレイヴァンへこのドレスを着ている理由を答える。
「恥ずかしながら、敵国へ嫁ぐのならば死を覚悟して輿入れせよとこのドレスを着せられました。いわばこのドレスは死に装束。フロストリア王国では、墓に入る際は白いドレスを身に纏うのが慣習ですので」
「…………ハ、なるほど。姫は人質にはならぬと言いたいのだな」
「さようで」
ソフィーが目を伏せると、レイヴァンは興が醒めたと彼女に背を向けた。
彼の纏う赤い外套がひらりと鮮やかに翻る。
「長旅だっただろう。結婚式までゆるりと過ごすとよい」
「陛下の格別なお心遣いに深く感謝申し上げます」
離れていくレイヴァンの背を眺めながら、ソフィーはあることに気が付いた。
(そう言えば、何だか今日はいつもより眠くないような気がするわ)
馬車の中でひたすら寝ていたせいかしら、と彼女は内心独り言ちた。その後ソフィーは侍女に連れられ、アグナディア帝国の宮殿へと足を踏み入れたのだった。
*
フロストリア王国、夜。フローリアの寝室。
寝室には天蓋付きの豪華なベッドが置かれている。天井や壁には美しい花の装飾が施され、『花の聖女』にふさわしい豪奢な寝室であった。そこにフロストリア王国一の姫、フローリアが天使の寝顔で眠りについている。
ちなみにソフィーには私室も与えられず、彼女はいつも納屋の干し草で寝ていたのだが――それはさておき。
ポチャン。
という雫が水に落ちるような音がフローリアの寝室に響いた。
その音は止むことを知らず、やがてフローリアは雫の落ちる音に目を覚ました。
「……んぅ?」
ポチャン、ポチャン。という謎の音にフローリアは戸惑いつつも身を起こす。そして何事かとベッドから床へ降り立った。――すると。
「きゃあっ!?」
彼女の頬へ冷たい雫がぽた、ぽた、と次々に落ちてくる。その冷たさにフローリアは思わずその場で飛び上がった。
「な、何!? 何なのよこの水!? ま、まさか雨漏り?」
しかしフローリアの寝室は屋根のすぐ下にある部屋ではない。そのため雨漏りが発生するはずもなかった。彼女は顔を青ざめさせ、侍女を呼ぶため必死に枕元にあったベルをかき鳴らす。
すると間もなく廊下から足音が聞こえてきた。
「姫様、どうかされましたか!?」
「遅い! どうかされましたか、じゃないわよっ! 早く部屋に明かりを灯して!」
侍女が急ぎ寝室の燭台に火を灯すと、その惨状が明らかとなった。フローリアと侍女は息を呑む。
――フローリアの寝室は、床一面が水浸しになっていたのだ。しかも、今もとめどなく天井から雨のように水が降り注いでいた。フローリアはあまりのことに絶句し、血色を失くす。
「何なのよ、これ。一体何なのよおおおっ!」
フロストリア王国の氷の城に、『花の聖女』のかしましい絶叫が鳴り響いた。
*
数日後、アグナディア帝国の大教会。
ソフィーとレイヴァンの結婚式は贅を尽くした盛大な式となった。
誰もが新婦であるソフィーの輝くような美しさにため息を零し、彼女を祝福した。そして二人はやがて、初めての夜――初夜を迎えることとなる。
花の撒かれたベッドを前に、レイヴァンはソフィーへ開口一番にこう言った。
「言っておくが、俺は貴方に指一本たりとも触れるつもりはない」
ソフィーは眠たげなアイスブルーの瞳をぱち、と瞬かせた。彼女の前には、ベッドの傍で仁王立ちし腕を組んでいるレイヴァンの姿。
「それは、白い結婚ということですか?」
「あぁ、そういうことになる。貴方だって望んだ結婚じゃないだろう。野蛮な帝国の『鮮血の皇帝』に嫁ぐことになるなんて。……気の毒なことだ」
自嘲するよう目を伏せるレイヴァンに、ソフィーがきょとんと首を傾げる。
「えっ。別に気の毒じゃないですよ? だって今からこのふっかふかのベッドで寝られるんですよね? それだけで最高に幸せです。侍女さんがたもとっても良くしてくださいますし、食事も三食いただけてどれも美味しいですし、なによりフロストリア王国にはない温泉もあって、控えめに言ってアグナディア帝国最高です」
「お、おう……?」
畳みかけるように自国を褒められ、レイヴァンは虚をつかれてしまう。だがすぐにその表情を引き締めた。
「だが貴方も聞いてはいるだろう、この俺の『呪われた噂』を。俺に触れれば、そこからたちまち炎が燃え盛り、触れた者は焼け焦げて死んでしまうと。そんな俺に触れたいと思う令嬢など、この世にはいないはず」
レイヴァン赤い瞳に憂いをたたえながら語る。
すると何を思ったか、ベッドに正座していたソフィーはおもむろにベッドから降りると、レイヴァンの前へ詰め寄った。一体何事かとレイヴァンがのけ反る。そして次の瞬間。
「えいっ」
ぷに。
「へ」
彼女の人差し指が、『鮮血の皇帝』レイヴァンの頬に突き刺さる。
「炎、出ませんねぇ」
なーんだ、とソフィーが残念そうに眉尻を下げた。レイヴァンは自分が何をされたのか理解できず、目を丸くし口を金魚のようにパクパクさせた。
「な、な、な、なにをしているんだ貴方はっ!? まったくもって正気じゃない!」
今の話聞いていたのか!? とレイヴァンがざざざ、と音を立てながら勢いよくソフィーから離れていく。
その頬は今にも湯気が上がりそうなくらい真っ赤に染め上がっていた。
「大丈夫ですよ、私、氷魔法が使えるので。炎が出てもすぐ消せます」
実家では氷とか雪とか当たり前すぎて、無能だと思われましたけど。という言葉を彼女は飲み込む。ソフィーの言葉にレイヴァンは驚いたように目を見開いた。
「何? 氷魔法の使い手だったとは。我が国では一番重宝される属性だが……だからといって、いきなり頬を突く奴があるか!」
「だって陛下が寂しそうでしたので」
「っ……!?」
レイヴァンが林檎のように頬を赤く染めながらソフィーを凝視する。
『鮮血の皇帝』と周囲から畏れられている彼は、『寂しそう』など一度も言われたことがなかった。
「あっでも、確かに燃えるような体温でしたね~。私じゃなきゃ火傷しちゃうかもしれません」
「そ、その通りだ。俺の属性は『炎』。魔力が強すぎて触れる者すべてに火傷を負わせてしまう。その話に尾ひれがつき、『触れたら呪われ燃え死ぬ』という噂が広がってしまった」
「なるほど……。あっ!」
「つ、次はなんだ」
レイヴァンの話を聞きソフィーがぽんと手を叩く。彼女は良いことを思いついたと美しい顔を綻ばせた。その笑みにレイヴァンはしばし見惚れてしまう。
「陛下、陛下! ちょっとこのベッドに入ってみてください。さぁお早く!」
「あ、あぁ……」
彼は戸惑いながらもソフィーの指示に従い、薔薇の花が撒かれたベッドに入る。すると彼女は布団を被せ、自らもいそいそとベッドにもぐりこんだ。隣のレイヴァンは気が気でなくまたもや顔を真っ赤に染め上げる。
「やっぱり。陛下と一緒に寝るととっても温かいです。ゆたんぽみたい」
「ゆたん……。そ、そんなに抱き着いたら火傷するぞ、離れろ!」
「いいえ離れません。先ほども申し上げましたが私は氷属性なので火傷しませんから問題ないです。さっ、陛下は大人しくゆたんぽとしての役割を果たしてください」
「ゆたんぽとしての役割」
レイヴァンは何だか力が抜けて、ソフィーの言う通り『ゆたんぽとしての役割』を全うすることにした。
すると数秒も経たないうちに、となりからスヤスヤと健やかな寝息が聞こえ始める。
「ね、寝た……」
なんなんだ、この姫は。
レイヴァンは玉のように美しい姫、ソフィーの寝顔を眺める。
そして夜が開けるまでいつまでもいつまでも、彼女を見つめ続けていたのだった。
*
数日後、フロストリア王国の王城にて。
その日『氷の城』には、とてつもない異変が訪れていた。
「だ、誰かあれ! ここに急ぎ氷魔術師を呼ぶのだ!」
全てが氷でできた王の間で、フロストリア国王が慌てふためいている。それもそのはず、王の間の天井からは絶えず水が滴り落ち、壁のあちこちにはひびが入り始めていた。
ミシ、ミシという不吉な音にソフィーの父である国王はますます顔を青ざめさせる。このままでは、威厳ある王の間が崩壊してしまう。
「ええいっ! 誰かこれを止められるものは居らぬのか!?」
激昂する国王に側近の一人が恐る恐る忍び寄った。
「へ、陛下。失礼ながらこの国では優れた氷魔術師はおりません。フロストリアは絶えず雪が降っていますし、氷属性は侮蔑の対象。少しであれば使えるものもおりますが、この崩壊を止められるほど優れた氷魔術師は、軒並み他国へ渡ってしまっております」
「な、なんだと……っ!?」
確かに側近の言う通り、このフロストリア王国では氷魔法は敬遠されている。
温かい火を起こせる火魔法や、雪かきできる風魔法が重宝されていた。だが知らぬ間に優秀な氷魔術師が国を出ていたとは知らず、国王は血色を失う。
すると彼はあることを思い出した。
「そ、そうだ! ここにフローリアを呼べ! 我が娘はこの国の聖女。フローリアであれば崩壊を止められるはずだ!」
国王がひらめいた! と表情を明るくする。しかし側近はその表情をさらに暗くさせた。
「実は……。もうすでに試されておいでです。氷の城の教会でフローリア姫がお祈りあそばされておいでですが、なんの効果もなく……」
「何!?」
二人が話している傍、またも「ミシッ!」という激しい亀裂の入る音が鳴った。
大きな亀裂は王の間の床から天井へ這い、隙間からバラバラと大きな氷の礫が降り注いだ。
「ひぃっ! へ、陛下! 今直ぐここからお逃げくださいっ!」
「……チィッ! なぜ、なぜこのようなことになったのだ……っ!」
自慢だった荘厳な王の間。
永遠に融けない氷が、フロストリア国王の永久なる権力を誇示していたというのに。彼にとって何よりも大事だった氷の城は、手を尽くすこともできず崩れ去っていく。
我先に逃げ行くさなかで、国王の脳裏にとある考えが過った。氷の城崩壊は、ソフィーが敵国へ嫁いだ矢先に起こった。
「まさか、まさか、ソフィーが、聖女だったというのか……!? ならば」
今からでも遅くはない、あれを連れ戻さなければ。
*
「陛下のお膝、あったかぁい……」
「ふふ、いつまでも寝てていいぞ」
アグナディア帝国、ソフィーとレイヴァンは王の庭に居た。レイヴァンはベンチに腰掛け、その膝にソフィーが頭を預け横たわっている。いわゆる膝枕というやつだ。
その仲睦まじい二人を、遠くから側近たちが微笑ましい目で眺めていた。
「陛下は帝国の平和のため、毎日が戦、戦の日々だったからなぁ。いつの間にか『鮮血の皇帝』なんてあだ名までつけられちゃって、ますます令嬢たちからは敬遠されるし…‥。一時はどうなることかと思ったけど、陛下に触れても火傷しないすごい姫が見つかって本当に良かった。陛下ってツンツンしてるから、姫を怒らせないか心配したけど」
「今となっては、あんなに仲良くなっちゃって……。見てて和むわぁ~」
「だな。それに皇妃殿下って……。ほら見ろよあれ!」
側近がソフィーを指さす。
レイヴァンに膝枕してもらっているソフィーの周囲に、はらはらと雪が舞っていた。ソフィーは上機嫌だと無意識に雪を降らせてしまうのである。
「皇妃殿下は雪も降らせられるんだぜ! 綺麗だよなぁ~。この国じゃ雪なんてめったに降らないから、氷属性をお持ちの皇妃殿下が我が国においでくださって、本当に助かった」
「水不足も皇妃殿下のお陰で解消されたしな」
「うんうん!」
結果として、ソフィーは敵国アグナディア帝国の寵姫となった。
『鮮血の皇帝』レイヴァンの心の氷も見事に融かし、今では仲睦まじすぎる夫婦となっている。
すると、会話をしていた側近二人に、部下の一人が駆け寄り耳打ちした。
報告の内容を聞いた側近が苦虫を嚙み潰したように表情を歪める。そして、苦々しく呟いた。
「こりゃあ、大変なことになったぞ……」
*
――ある、よく晴れた日のことである。
フロストリア王国氷の城の前に、漆黒に塗られた一台の馬車が到着した。
その傍には、フロストリア国王とその妻である王妃。そして第二王女フローリアの姿があった。
馬車の扉が開かれ、レイヴァンのエスコートを受けながら一人の女性が姿を現す。
彼女――ソフィー・レ・アグナディアの姿を一目見た国王たちは、ひゅっと息を呑んだ。
薔薇色の頬に、月の粉を塗したような美しい艶めく銀髪。
レイヴァンの瞳と同じ色がはめ込まれたピアスが、耳元でしゃらりと揺れた。ドレスはアグナディアの国色である黒と赤を基調にした華やかなドレス。肩元からはファーがついた純白のコートを羽織っていた。
――まさに、絶世の美少女である。
以前も美しかったが、豪奢な装いが彼女の美しさを極限までに際立たせていた。フローリアが悔し気に唇を噛む。
するとあっけに取られていた国王が、ハッと我に返り口を開いた。
「み、見違えたなソフィー。お前が幸せそうで私も嬉しいよ。それで……今日来てくれたのは、この氷の城を修復してくれるためなんだろう? まさかお前が『聖女』だったとは……はは、驚いたよ」
そう。ソフィーはフロストリア王国に伝わる伝承の聖女だったのだ。氷の城は彼女の魔力により維持されていた。それが王国を離れたことで魔力が途絶え、崩壊に至ったのである。
ちなみにソフィー本人も自分が聖女であることは全く気付いていなかった。アグナディアで魔力測定をした際、並外れた魔力量を持っていることが判明し、初めて自らの力を自覚したのである。
ふいにソフィーが国王である父の背後に目を向ける。
そこには、ものの見事に崩れ去ったかつての『氷の城』の姿があった。ソフィーはうーん、と眉尻を下げ困ったようにに口を開く。
「良いですけど、すぐまた壊れちゃいますよ? 私、ずっとこちらに滞在するわけではありませんので……」
へ、と国王の口から乾いた声が出る。
「い、いやソフィー。修復して氷の城を維持し続けてくれなければ困る。そ、そうだ! 離婚してこっちに戻ってくればいいじゃないか! お前を聖女として、国を挙げ歓迎する! 故郷に戻れるんだ、悪い話じゃないだろう!」
「ええっと、それは――」
ソフィーが答えようとすると、隣に控えていたレイヴァンが突然国王の前へ躍り出た。
「ふざけるな。ソフィーは絶対に帰さないぞ。娘に死装束を着せ、我が国へ送りつけるようなマネをするお前の国なんかにはな! 死んでも構わないと、そう思っていたのだろう!?」
「そ、それはっ」
図星を刺され二の句が継げず、国王が押し黙る。すると今まで沈黙を守っていたフローリアが突然大声を上げた。
「お父様ッ! こんな女の力を借りる必要などございませんわ!」
「フ、フローリア。お前は少し静かにしていなさい」
「でもでも、だって」
揉めだす国王たちに、ソフィーの傍に控えていたレイヴァンが深いため息を吐く。
「ソフィー、もういいだろう。こんな茶番に付き合う必要はない。帰ってゆっくり温泉にでもつかろう」
「……はい、わかりました」
レイヴァンがソフィーの肩を抱きよせ、甘く微笑む。そのまま二人は国王たちに背を向け馬車へ乗り込もうとするので、国王は慌てて叫び引き留めた。
「ま、待ってくれソフィー!」
レイヴァンの手を取って今にも馬車へ乗り込もうとしていたソフィーが振り返る。すると彼女は微笑んでこう言った。
「お父様。皆まで仰らずとも、お父様の御心はしかと受け止めておりますよ。フロストリア王国で力を持て余していた私を、灼熱の国へ送ることで『お前は無能ではない』と希望を与えてくださったのですよね? 流石はお父様です、おみそれいたしました。氷の城に魔力を吸われていたせいで、ず~っと眠かったのですが、今は眠気もございません。なにもかもありがとうございました。私は今、とっても幸せです」
「な…………」
ソフィーが深々と一礼し、馬車に乗り込む。
すると馬車はあっという間にフロストリア王国から去っていってしまった。後に、崩壊した氷の城を残して。
「そ、そんな……」
国王が力なくその場に膝をつく。傍には顔を真っ青にしたソフィーの継母とフローリア。
住む場所を失った彼らは、ただただ途方に暮れうな垂れた。
――この後、氷の城と真の聖女を失ったことで王家は権力を失う。
国民は圧政を強いていたフロストリア王国へ反旗を翻し、王家は没落の一途をたどるのであった――。
*
「ソフィー冷えただろう。俺が温めてあげよう」
「はぁ……陛下あったかい。大好き」
「お、俺もソフィーが大好きだ。大好きどころか愛してる!」
帰りの馬車の中、ソフィーが甘えるようにレイヴァンの懐に潜り込む。まるで暖を求める猫さながらだが、レイヴァンはこれ以上ない幸せ、という風情で目元を緩めた。
そうして二人は、アグナディア帝国に到着するまでいつまでも寄り添っていたのだった――。
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なろう発、四半期総合ランキング第1位をいただいた作品です(*´ω`*)
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