満月の夜空で悪役令嬢は高笑う
私は目の前で元婚約者が別の令嬢と優雅にダンスを踊っているのを静かに眺めていた。
男はこの国の第一王子のアレンで女のほうは聖女という称号を与えられた男爵令嬢のマリー。
豪華なシャンデリアが照らす舞踏館の真ん中で煌びやかなタキシードとドレスをまとった男女は周囲を魅了するほどに光輝いていた。
壁の花と化した私のことなど誰も見向きもせずに貴族達は二人のダンスに熱いまなざしを向けている。
「あら、そこにいるのはアレン様の元婚約者様のエヴァ様ではありませんか?」
「うふふ、そんなことおっしゃてはいけませんわ~」
時折そんな私へと嫌味と共に蔑むような視線を向けてくる貴族令嬢達を一切無視して、侯爵令嬢として上品にワインを口元に運び笑みを浮かべた。
侯爵令嬢とはいってもアレン様から婚約破棄されそれに怒った父が私を勘当したため明日からは貴族ですらなくただの村娘になるのだけれど。
それにしても、少し前まで私に媚びを売っていたとは思えないほどですわ。これが肩書社会ということなのかしら。
透き通った赤ワインで喉を潤していたところ、いつの間にかダンスを踊っていた二人が見つめ合っており先ほどの失礼な令嬢たちも一心にその様子に見入っていた。
「僕と結婚して、王妃になってほしい。君の聖女の力がわが国には必要なんだ。いや、そんな力などなくても僕はマリーと一緒にいたい」
「アレン様。そんな私にはもったいないお言葉をありがとうございます。はい、私でよければこの国のため。いえ、アレン様のために私のすべてを捧げます」
そのまま二人は唇をかわし舞踏館が拍手に包まれるのを冷めた瞳で眺めていた。
私にはまるで劇場で演劇を見ているかのように芝居がかって見える。
「これで我が国の未来は安泰だな」
「聖女様万歳」
マリーはアレンとキスをしながら視線だけ私に向けてウインクをかましてきた。
哀れな子。
もう苛立ちすら湧いてこないわ。
マリーは私と同じく乙女ゲームの世界へと異世界転生してきた日本人で、ゲーム知識を使ってあの手この手で成り上がった。
その手腕はお見事と言わざるを得ない。
同じゲーマーとして素直に称賛するわ。
だけど彼女は所詮カジュアルゲーマーでしかないということに気が付いていた。
なぜなら、マイナー雑誌の特典として付いてきた数量限定のディスクでしか遊べないエヴァ編についての知識がまったく欠けていたからだ。
その時だった。
縦長の窓ガラスが割れて一匹のドラゴンが舞踏会に降り立った。
「きゃああああああ」
「ドラゴンがなぜここに!」
「衛兵!衛兵!」
舞踏会は一瞬で悲鳴と怒号にあふれた。
マリーは何が起こっているのか分からなく呆然とした様子で立ち尽くすのをアレンは剣を引き抜き背中に庇っている。
その中で私だけがゆっくりとドラゴンのほうへ向けて足を進めていた。
「グゥルルルル」
ドラゴンの傍まで来ると私に向かって頭を下げたので軽く撫でてからひょいっと背中に乗るとアレンがそんな私を敵意のこもった視線で睨む。
「エヴァ!これもお前の仕業なのか!聖女マリーへの嫌がらせに飽き足らずにドラゴンまで呼び寄せるなど、国外追放では済まされないぞ」
「ついに本性を現したわね。エヴァ。いえ、悪役令嬢!こんな展開はゲームにはなかったけれど、どちらにしろお前はここで断罪を受けるのよ」
バンと扉が開き騎士達が大勢駆けつけてアレン達に加勢する。
さながらラスボス戦のように王子のアレンと聖女のマリーを先頭に全身鎧をつけた騎士が剣を引き抜きドラゴンに乗った私へと対峙する。
「哀れな子マリー。あなたはずっと自分の思い通りの展開になっていたと思っているのでしょうけど、全て私の手のひらの上で踊っていただけなのよ」
「何を言ってるのよ。ここは私がやりこんだ乙女ゲームの世界。私は主人公のマリーに、そしてあなたは悪役令嬢のエヴァとして転生した時点で私の勝ちは決まっていたの」
「うふふふ、あはははっはははは」
疑うこともなく自信満々にそう言い放つ彼女を見て思わず口に手を当てて高笑いを浮かべてしまった。
そんな私にアレンや騎士達は剣を持つ手に力をこめる。
「あらやだ。ごめんあそばせ。これじゃまるで悪役みたいだわ……いえ、私がしようとしていることを考えると正真正銘の悪役令嬢だわ」
「聖女マリーにエヴァ。二人共一体何の話をしているんだ」
アレンは私たちの会話についていけずに困惑した表情を浮かべる。
「それでは、みなさんごきげんよう」
私がドラゴンの背中を撫でると大きな咆哮の後、割れた窓から飛び去った。
「逃げるのか!」
「エヴァ!国家反逆罪を犯したお前がこの国に足を踏み入れることはできないと思え!」
「アレン様。この私聖女マリーがあんな女にやられないようにこの国を強くさせますわ」
徐々に高度が上がり彼らの声は聞こえなくなった。
ドラゴンの翼の音を聞きながら満月の夜空を眺める。
崖際に立つ大きなお城にどこまでも続くような深く暗い海はまるで絵画から切り抜いたように美しかった。
「終演の時間よ」
ポンポンとドラゴンの背を叩くと、その場で回転してお城のほうへと頭を向けた。
「それじゃ、彼らに天罰を与えましょうか。悪役令嬢としてね」
この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームだった。
生まれた瞬間にそれは分かった。
そしてこのゲームには悪役令嬢を断罪して王子と幸せに暮らすマリールートと悪役令嬢のエヴァが竜族と結託して国を亡ぼすエヴァルートの二つがある。
当然、悪役令嬢エヴァに転生した私が目指すのは後者のみ。
そしてルートに入る条件はエヴァが関わる全てのメインキャラ達の好感度を0に保つこと。
「うふふ、悪役令嬢としてわがまま言い放題で楽しかったわ。唯一の心残りは一人のメイドだけ。彼女だけはいつも私に寄り添ってくれていたわね。まぁ、彼女はモブキャラだからルート突入に影響はないんだけど」
私は右手を上げて、一つ溜息を吐いた。
仕方ないわ。
これも私が生き残るためだもの。
ドラゴンが心配そうに私に視線を向けてきたので安心させるように左手で背中を撫でた。
「エヴァ・ド・ブルゴーニュが命ずる。漆黒の闇よりも暗い炎よ、全てを飲み込む漆黒の海のごとし沈めたまえ。ダーク・ブレス!」
詠唱を終え右手をお城へ向けると全身の魔力がドラゴンへと吸い取られ、黒い炎がドラゴンの口からお城に向かって吐き出された。
アレンとマリーがそれに気づきバリアを張るも城もろとも漆黒の炎に飲まれて塵一つ残さずに消え去った。
「うふふ、あははっははははっはっはははは」
頬を冷たく濡らしながら甲高い笑い声が満月に照らされた夜空にどこまでも響き渡った。