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5³㎤の転移無双  作者: 清白
おまけ

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52/52

番外編8 エピソード0 後編





 「嘘でしょ?何よこれ!?」


 マスタードラゴンと相手の呼び名を決めてから2年がたった。

この世界の他の生き物はその当時から私たちの敵ではなくなっていたのでマスタードラゴンのために2年を費やしたのだ。

私たちの能力を上げ策を練る。

マスタードラゴンを倒して大陸の中心にある魔素の吹き出る穴の出口を塞ぐ。

魔素の漏れが少なくなれば大陸沿岸部は魔素が薄くなるんじゃないかという作戦だ。


 この2年の間に蓮の力は20000ほどになっていた。

マスタードラゴン相手には蓮の『使役』の魔法の首輪を『拡大』して私の『転移』でマスタードラゴンに付ける。

稔が『作成』で作った鎧や手袋などの全ての装備に新しく手にした『付与』で力増加を付けて普段の4倍に上げている。

蓮の『怪力』を新しく覚えた『限界突破』でさらに2倍に。

今の蓮の力は数値で言うと160000になっている。

もちろん『鑑定』で見ると力はカンストの99999だ。

マスタードラゴンもカンストなので実際の数値はわからない。

だが2年の観察の結果120000ほどだろうとの計算結果からこれで勝負に挑むことにしたのだ。


 全長1㎞ほどのマスタードラゴンについた首輪を180㎝ほどの身長の蓮が引っ張っている。

私たちがふつうの人間ならこの状態になるまでに首輪をつけることすらできない。

魔力に差がありすぎるからだ。

私たちは『魔力量増大』でほぼ無限の魔力を持っている上に『魔力回復』で使うごとに回復していく。

マスタードラゴンも魔力はカンストしているので魔力で抵抗されて首輪の支配も追いつかないのだ。

魔力の出力だろう。

『使役』で首輪をはめて支配下に置くのに相手の魔力量を上回る必要があるのだが出力の最大が10000ほどのようだ。

ほかのドラゴンではそれでも余裕なのだがマスタードラゴンはそうはいかない。

蓮が毎分10000の魔力を使って使役しようとしているのに対してマスタードラゴンも10000の魔力で相殺する。

魔力が減っていけば総魔力がほぼ無限の蓮が最終的には使役できるのだろうがマスタードラゴンは私たちと同じく『魔力回復』で毎分10000程度の魔力なら回復できるようだ。

蓮も『魔力回復』は持っているので魔力が尽きたり減ったりすることがない。

結局力勝負になっている。


 先ほどの私の叫びは蓮がマスタードラゴンと力で対抗できていることではなく予想なら押さえ込めるはずなのにマスタードラゴンが互角に抵抗できているからだ。

魔力の争いでは収まらないことは想像していた。

だから力を鍛えた。

数万以上上回っている予定の相手と互角なのが信じられないのだ。

こちらも命がかかっているのでマスタードラゴンの力を低く見積もったりはしていない。

むしろ多めに見積もっているぐらいなのだ。


 「あれやっ!見えざる手!あの特殊魔法やっ!」


 稔が叫んだ。

新しく覚えた『看破』でその理由がわかった稔が続けて叫ぶ。


 「信じられんほどのでかい手で大陸ごと掴んでやがる!」


 人間たちが大陸の西側に住んでいるので蓮はマスタードラゴンにはめた首輪から伸びたリードを掴み東側に引っ張っている。

マスタードラゴンは抵抗して西側に向かって力を入れている。

大陸の真ん中辺りでの出来事なのだがどうやら『見えざる手』を伸ばして大陸の西側沿岸部に爪を突き立てて抵抗しているようだ。

稔の『看破』によると片手に3本ずつの爪は6本。

その6本が大陸にしがみついている。

まるで両手を使って海の中の石をひっくり返そうとしているようだ。


 見えないだけで物理的な干渉はあるので被害は大きく木々や岩は潰れ魔物は逃げ惑っている。

ここからは見えないが人間たちにも被害は出ているだろう。

だがここで引いたら次はもうどうしていいのかわからない。

想像以上の場所で被害が拡大していくのだ。

ここで終わらせるしかない。

1時間ほど経過したところ少し動きがあった。

蓮が少し引っ張られていく、大陸にしがみついている方が力を入れやすいのかもしれない。


 「稔!私たちも!」


 「そうだな、少しでも!」


 力に特化していない稔の力は5000ほど。

そこに付与付きの装備を着てざっと20000。

私も3000ほどの力を装備で4倍して12000ほど。

3人で首輪のリードを持って東に向けて力を入れる。


 マスタードラゴンも抵抗する。

どちらにも動かなくなるが30分ほどで少しずつ東に動いていった。

突き立てた爪ごと大地をえぐるように引っ張っていく。

マスタードラゴンの心が折れなければこの綱引きは続く。

魔力を回復し体力を回復しながらの綱引きは数日間続いた。

体力や魔力より精神力の戦いだったのかもしれない。

何十㎞、いや、100㎞以上も進んだだろうか突然抵抗が無くなった。

私たちはその場で前のめりに倒れてしまう。


 「よしっ!」「やった!」


 稔と私がそう叫んだが蓮は同調しなかった。


 「『使役』できていない・・・」


 「えっ?どういうこと?いなくなったけど?」


 マスタードラゴンの姿は無くなっていた。

勝って『使役』に成功したと思った。


 「いや、使役してもいなくなったり小さくなったりはしないから。逃げた・・・?」


 「探してみる!」


 私は空間魔法の『探索』で周りを探すがマスタードラゴンは見つけられない。

そのとき稔が『看破』を使った。


 「魔法の痕跡がある。たぶん『転生』や」


 「『転生』ってどこに?もしかして元の世界!?あのマスタードラゴンが元の世界に行ったらヤバいんじゃない!?」


 「それは無いと思う。元の世界に魔素はないからマスタードラゴンは生きていけへんはずや。おそらくこの世界にまた生まれてくるんやと思う」


 「じゃあ退治は失敗だったってことだな」


 「そうやな。だけどマスタードラゴンはいなくなった。転生してこの世界に生まれてきたとしたら再びあの強さになるまでにかかる時間は百年どころではないはずや。できればそれまでに倒すのが理想やけど無理やとしても数百年から千年は猶予があると思う」


 「その間はマスタードラゴンに襲われることはないってことか」


 「それは今からの仕事によるだろ」


 「あ~、そうね。次は私の番ね。ちょうどこの辺りまででいいわよね」


 大陸の中心から100㎞ほど東に来た場所。

魔素が出てくる中心の穴をここに移動させる。

調べたところどうやら穴は赤い蟻の魔物の巣のようだった。

地中に穴は張り巡らされていて出入り口があの穴なのだ。

なのでこの地点から穴を掘って近くの巣の通り道につなげるのだ。


 『探索』で近い巣穴までを調べる。

1番地上付近に出ている場所でも20mは掘らなければならなそうだ。

体力回復と魔力量増大に魔力回復がなければ絶対に無理だっただろう。

土を『転移』で100㎞先の元の巣穴に運ぶ。

元の巣穴も埋まってちょうどいいはずだ。

そう思っていたのだが新しい巣穴を開通させても元の巣穴を埋め切るまでにはいかなかった。

考えてみれば巣の形状が違うし元の巣穴のどこまで埋めるかでも違うので当然だろう。

しかも元の巣穴に埋めた土は今のところ軟らかいので蟻たちがすぐに開通させるかもしれない。


 「あ、そうや」


 稔が10㎝ほどの石を持ってきた。

この石を稔の『作成』形を整える。

穴の中に入れたら『拡大』で石を大きくする。

これで地上には10mほど出ていて地下には見えている部分の5倍ほどが埋まっている大岩のできあがりだ。

その岩の上に稔が寝転がりのびをする。

私と蓮もさすがに疲れた、同じように稔の横に寝転がってのびをした。


 「上を少し平たくしてピクニックにでも来たときは寝転んだりできるようにしておいたぞ」


 「誰がこんなところにまでピクニックに来るって言うのよ!?」


 「いや、それは・・・ほら、人間たちも強くなってるかもしれへんやん?」


 「もう、適当なことばかり言って。あ、蓮、どうしたの?」


 「あぁ、ちょっとさっきの被害はどうだったかな、と思ってさ。スミレ、ちょっと上から見てくれない?」


 そう言われて視界を上空に飛ばす。

大陸は元の姿はほぼ円形で全てが森と言っていいぐらいだった。

今もそう変わらないが西側はマスタードラゴンの『見えざる手』でかなりの被害を被っているようだ。

なにしろ見えざる手の爪が大地に食い込んだまま引きずったのだ。

その爪痕が大きく6本の溝になっている。

その視界の映像を2人に『転移』で見せる。


 「うわぁ、かなり被害が出てそうだな」


 蓮が思わず口に出すが稔はそう思わなかったようだ。


 「うん、でも大丈夫やと思う。将来的にはちょうど川になるんちゃうかな。そのために少し整えたりは必要やけど・・・」


 「川か、そうだな、でも人間たちの住むところもあの川で分断されるんじゃないか?」


 「いきなり全部の人間がまとまるなんて無理やしいくつかの国みたいな感じにして住みやすいところに住んだらいいんやないかな?

この大陸の大きさだと気温とか湿度とか雨の量とか採れる作物とか色々違いそうやし」


 「そっか、でもいきなりは無理だよな?」


 「私たちが手伝うしかないんじゃないの?」


 「そうやな、このままだと災害後みたいなものだ、ある程度大地を整えて住みやすくした方がいいやろうな」


 「それぞれの国に代表者みたいなのを決めてさ、国ごとに育ちやすそうな作物を教えたりして」


 「でもまずは穀物だよね、狩りから農耕に移動しないと安定して食料が取れないし」


 「そうやなぁ、小麦とか稲とか、そのあたりは全部の国で教えやんとな」


 「当分忙しそうだなあ。さすがにマスタードラゴンを倒しただけでミッションクリアにはならないか」


 「それはまぁそうよね。住めるところは将来川になる場所が国境として7カ所かな?国の名前とかはどうする?自分たちで決めてもらうにしてもまず文字からだよね?」


 「う~ん・・・あ!ほら、こうして見てたら時計みたいじゃん。それに当てはめたらいいんじゃね?1番南から順にシックス国、セブン国、1番北がトゥエルブ国」


 「「単純!」」


 「いや、ほら、わかりやすいほうがいいって。どうせ時計とかも開発するだろ?そのときにも便利だし。もし将来この世界に誰か来たときは地球と関係あるのかもとかもわかるしさ」


 「まぁやってみたらええんちゃうか?国の名前もずっと一緒ってわけちゃうし嫌やったら変えたらええねん」


 「そうね、その分他のことを考えるべきよね。私たちの知ってる人たちでリーダーになれそうな人を7人ピックアップしておくべきかな」


 「それもまだ早いな。最初は小麦とかの作り方を教えるのなら先にまとめて教えて各地にちらばせた方が効率いいやろ。文字や数字も簡単に教えてからのほうが大陸の文字を統一できるし」


 「教えるの大変だな、それにプラスして畑の開墾とか家作りとかもあるんだよな?」


 「そうやな、それは俺が頑張ってみる。『作成』と『拡大』で畑を作って広げて必要な農具や工具を作って作り方を教えて・・・やることがありすぎやわ」


 「そうね、でもやっと石器時代から進化できるのよね。考えたら凄くない?」


 「そうだな。でももっと食べ物とか道具とかの作り方を覚えておけばよかったよ」


 「「あ~、確かに」」


 やっとマスタードラゴンを倒したのだがこのまま放置してはおけない。

この先にやらなくてはならないことの多さにはめまいがするがとにかく一歩目は進んだのだ。

せめて今日だけは喜ぼう。





 マスタードラゴンを倒して5年がたった。

半年ほど前に再び神様が現れてお礼を言われたのだ。

神様は『異世界転移の魔石』をひとつずつ渡してくれた。

異世界に渡るのに必要な魔石で約束通りこちらに転移してきた10秒前に戻るように設定してくれている。

さらに何かご褒美をくれるというのだ、クエストクリアというところだろう。


 蓮と稔は魔石を受け取らなかった。

元の世界に未練はないしこちらの世界でできた彼女はどちらも妻になっていた。

なのでこのままこちらの世界に残るという。

そしてご褒美でこの世界の人間にしてほしいと訴えた。


 私たちはこの世界では異分子だ、力も魔法も圧倒的すぎる。

この大陸の生き物を根絶やしにすることもできるだろう。

子供などを作ってその能力が遺伝するのはまずいのが理由なのか生殖能力は持っていなかった。

というか身体の時間が進んでいないようでこちらの世界に来たときから見かけが変わっていなかった。

傷を負えば元に戻るし髪を切れば元の長さにまでは戻るがそれ以上は伸びない。


 そこで蓮と稔はこの世界に残るためにその持っていた身体を普通の人間にしてもらうことをご褒美に望んだのだ。

そうすることでほぼ無敵の肉体ではなくなるし人間離れした魔法も使えなくなる。

それでも普通の人間よりは数倍は上だしそれなりの魔法は使えるが数分で畑を開墾したり素手でドラゴンを倒したりなどはできなくなる。

それでもふたりはこちらで妻と生きていくことを選んだのだ。


 この5年でできるだけのことはした。

魔素が出ている穴を移動させてから1年ほどで魔物は人間の住む場所に入ってくることが少なくなった。

もちろんゼロになったわけではないし人間を餌だと思ったり魔物の怒りを買えばもちろん侵入してくる。

それでも特に強い魔物は魔素の弱い場所に興味がないかのように全体的に縄張りを東に移動したようだ。

たまに現れる弱い魔物や元々このあたりに住んでいて移動しなかった魔物などとの戦い方は教えた。


 さらに文字と数字を教え、畑を作り、家を建て、使用方法や仕組み、維持の仕方も伝えた。

いきなりこんなことを理解するのは難しいだろうと長期間教えることを覚悟していたのだが思ったより飲み込みが早い人たちがいて驚いた。

こっそり『鑑定』で調べてみるとそういう人たちは『以心伝心』という魔法を持っていた。

どうやら教わったことを理解しやすい能力のようで言語を補完するような感じで使われこの世界の1割ほどの人間が持っている。

さらにそういう魔法を持っていると伝えて自覚してもらったことでさらに理解能力が上昇した。

こういう能力こそ遺伝したらいいのにと思う。


 さらに蓮は人間の縄張り、とでも言うように大陸に線を引いた。

魔素の強いところは森になっているのでその端にトゥエルブ国からシックス国まで半円を描くように。

さすがに整備まではしていないが木々や岩や段差を無くすようにすべての国を繋ぐ道になるように。

簡単な橋もかけて人々が行き来しやすいようにした。

この道を越えると森が近く魔物が出る確率も上がっていくという警告の意味もある道路。

蓮は国家横断道路などとたいそうな名前をつけていたが整備すればその名前通りになりそうな気もした。


 その間に稔は色々な道具を開発し、その道具の使い方や鍛冶を教えたりしていた。

蓮が道を作るために大陸を飛び回っているのに対して稔はエイト国となる予定の片隅に住み着いていた。

鍛冶を教えたり道具を作ったりするのは同じ場所にいた方が効率がいいからだが奔放的な蓮とひとつのところにいるのが好きな稔とでうまくいっていたと思う。

稔はこの世界に残った後もこの場所で鍛冶をするだろうが稔の奥さんなどの近しい人たちに稔の関西弁が移っているのはこの先どうなるのか少し心配なところではある。


 私は新しい『転移』で無制限に行動できるのでどちらも手伝ったりケガ人の治療や農業の指導などをしてすごしていた。

特にケガを治したりすると女神様に接するかのようにお礼を言われるのだがこれはいまだに慣れない。


 最後に稔は自身の『完全装備』を『鍛冶』で武器に変えた。

剣、弓、槍、鎧、兜、盾。

さらに蓮の『使役』から首輪を。

これらは神様に貰った魔法を物質化するという滅茶苦茶な理論で作られ、普通のドラゴンの攻撃程度ではかすり傷1つつけられなかった。

 それらをそれぞれの国のリーダーに預ける。

リーダーの選定基準をどちらかと言うと武力より知力を評価の基準にしたので暴力で立場を奪われたりしないようにとの配慮がひとつの理由。

もうひとつがあの転生したマスタードラゴンが成長したら全部の国が協力してすべての装備を揃えて戦ってほしいとの思いを込めてだ。

数千年もすれば人間の手には負えなくなるだろうが数百年ほどの普通のドラゴンの強さのレベルの時だと討伐できるかもしれないという期待を込めて。

そのためにもドラゴンの中にさらに上の存在がいる、と伝えてもらうことにする。


 元の世界に帰る日、エイト国で3人で集まりこのあたり以外では流行らなかったタコ焼きでこの世界最後の食事をしていた。

この世界でもタコは食べたくないという人間も多いそうでこのあたり以外ではあまり浸透していない。


 「じゃあ私は帰るね。2人も何かあったら帰ってきなよ」


 「ないない、もうこっちの人間になったんだから。向こうに挨拶してほしいような相手もいないし、元気でな」


 「そうやな、俺らはもうこっちの人間や」


 「それでも病気とか向こうの世界でなら治せることとかあるじゃん。異世界転移の魔石があるんだから無理しないようにね」


 「それなんやけどな。その義理の弟くん?どうしてもだめやったらな・・・」


 少し言いにくそうに稔が口を開いて続ける。

義理の弟になるはずだった人のことは何度か言ったことがある。

病状が思わしくないことも。


 「こっちの世界に来たらどうや?ほら、こっちの世界にはエリクサーっていう万能薬もあるしな。うまくいけば治るかもしれん」


 「そんなのこっちの世界に簡単にこれるわけないじゃん?」


 この世界にはエリクサーというものがあった。

どんなケガも病気も治し健康体になるというものでそれを使えばさっき言ったのとは逆でこっちの世界で病気を治せるかもしれない。

詳しい作り方までは稔でもわからなかったがどうやら人間を材料にした禁断の製法のようだとのことでそれ以上の研究はしていないようだ。

だが手元に1本の現物があり木の水筒に入りマジックバッグに保存されている。

リーダーに任命した内の1人が代々受け継いでいたものだがどうしても受け取ってほしいと託されたのだ。


 「持って行けたら1番いいんだけど魔力を使って治すから向こうの世界では使えない可能性が大きい、だからこっちに来たらいいと思うんだが」


 蓮もそう言うのは2人でそんな話をしていたのだろうか。


 「だから、こっちに来る手段がないんだって」


 「うん、だから俺たちの異世界転移の魔石を持って行けよ」


 「は??」


 「向こうの世界で魔石を使ってこっちに来るやろ?それでエリクサーで体を治してもうひとつの魔石でまた向こうの世界に戻る。実際にできるかどうかわからへんけど可能性はあると思うで」


 「そんなの、2人が帰れなくなるじゃん?」


 「だから俺たちはもう帰る気もないんだって」


 「そうそう」


 「で、でも、エリクサーがたぶん向こうで使えないなら魔石も無理なんじゃないの?」


 2人が視線を合わせた。


 「それなんやけどな、エリクサーはこの世界の物や。でも異世界転移の魔石は神様の物やろ。実際に神様は俺たちを送り届ければいいだけやのにわざわざ魔石を渡した。それに最初向こうの世界からこっちに来たときも魔力なんかない世界から来たんや。神様の道具は使えるんちゃうかと思ってな」


 「そっ、そんなのただの予想じゃない?失敗したらどうなるかわからないんだよ?」


 「うん、その通りなんだ。だから向こうの世界でいよいよ危ない、というときにだけ使ったらどうかなと思ってさ。言い方は悪いけどどうせ死ぬならその可能性にかけてもいいんじゃないかと思って」


 「で、でもこっちにきてもすぐに治るかどうか・・・」


 そう言いながらも治る可能性があるということだけで涙があふれ出てくる。

押さえようと思っても抑えきれず2人が少し困った顔で見ているのがわかる。


 「まぁ、ほんまにいけるかどうかはわからんからな。賭けみたいなもんや。一応2つの魔石にはそれぞれ違う効果もつけといたからどっちで試すかはスミレに任せるわ」


 なんでも1つはこっちに来ると同時にエリクサーを使用することになるように付与した魔石。

もうひとつはマスタードラゴンの使っていた魔法を真似して『転生』を付与した魔石。

子供に戻ったら病気も治るんじゃないかということらしい。

どちらも死んでからだと効果は無いかもしれないので異世界転移するときに10秒戻る効果はそのままなのだがこっちの世界と向こうの世界の時間の関係がわからないので気休めでしかない。


 その後はいろんな話をした。

この世界に来させられた愚痴、楽しかったチート魔法、この先のこの世界での苦労、結婚相手の惚気、元の世界に戻ってからの一応は気になる事柄について。

たぶんこの先2人と会うことはもうない。

変な縁ではあったけど楽しかった。

最後は笑って手を振った。


 「じゃあ、行くね」


 私は異世界転移の魔石に魔力を流した。


 


 手を振っていたはずが騒音の中で信号待ちをしている自分に変わったことに気付く。

5秒後に信号が青に変わる。

急いでいた私はその瞬間に駆け足で周りより数歩前に出る・・・はずだったが深呼吸をした。

後ろの人は動かない私に嫌そうな顔をするが少し前をトラックがすごい勢いで通り過ぎていく。

信号無視の被害者は今回はいなかったようだ。

それがわかると私は早足で病院に向かった。


 「ミコト、体調はどう?」


 あえて元気そうな笑顔で病室に入る。

ミコトはベッドに寝転びながら本を読んでいた、今日の体調はマシなようだ。

原因不明の体調不良から5年がたちやたらと長ったらしい病名はついたのだが治療法はなく病名がついたときにはいつ病気が悪化して亡くなってもおかしくないと言われていた。


 「スミレ姉さん、こんなにしょっちゅう来なくてもいいのに」


 そう返事するが両親もいなくて兄も亡くした16歳の子供を見捨てることなどできなかったし婚約者であった彼のことを楽しく話せるのはミコトしかいなかったので嫌々来ているわけでもない。


 体調には波があるようでマシそうな姿を見て冗談交じりで異世界に行った話をしてみた。

もちろん冗談と受け止めた上でだろうが話に食いついてくる。

来るたびに物語のように向こうの世界を語っているとミコトも行ってみたいな、と言うようになってきた。

1ヶ月後に体調が悪くなり危ない状態から持ち直した後は特にその話にのめり込んだ。

嘘かもしれない、でも死ぬ前にその世界に行けるかもしれない。

ミコトとしては1%の可能性もなくてもそれを空想するしか自分の未来への希望は無かったのだろう。


 向こうに行ったときのために、とこちらの知識の本を読み漁るようになった。

向こうに残っている2人がそれなりの文明を作れるはずだがチートの魔法は無くなった。

鍛冶や農業などはそれなりにはできるはずだがそれを補う知識を学ぶ。

羅針盤や火薬などの作り方から三角関数などの役に立ちそうな知識、特に醤油や味噌などの調味料の作り方から簡単にできる調理法などは特に詳しく覚えていたようだ。

そんなことをしているうちに2年が過ぎさらに痩せこけたミコトは本を読むどころかベッドで身体を起こすことも難しくなっていた。

医者にもいよいよだと言われている。


 その日も私が来ても目を開けることだけでも苦労するぐらいの中で口元に耳を寄せた。


 「スミレ姉さん、向こうの世界に行ってくるね」


 私はミコトの手を取る。

涙がこぼれてくる。


 「向こうで・・・宗教でも作ろうかな」


 「何で宗教なのよ」


 見えているのかどうかはもうわからない、涙声なとこは自分でもわかっている。

ミコトは話すのも辛そうだったが口を動かすことはやめなかった。


 「そのほうがさ、簡単に人に手伝ってもらえそう・・・じゃん。あ・・・スミレ、姉さんの名前も伝わってるかも、しれないから・・・そうするよ」


 「いいよ、私のことなんて」


 「クロノスミレ教・・・僕の後に来た人にも、さ、日本人が発祥だって・・・わかっていい、んじゃない?」


 「いいよ、そんなの、気にしなくて。向こうで楽しくやってよ」


 「えぇ、いいかと、思った、のに、な・・・じゃあ、ちょっと、変えて・・・」


 私は手元の鞄から魔石を取り出してミコトに握らせた。

次の言葉は出ないようだ。

息が細くなってくる。

向こうの世界では何度もしたことだがこの世界では初めて魔力を込める。

いや、込めようとする。

ここでは何の意味も無いことだ。

だけども黒く光った気がした。

一緒に握らせた魔石は手の中から消えていた。

それと同時にミコトの意識も無くなったようだった。





 最初はミコトにもうひとつの魔石も持たせるつもりだった。

この世界に来ても使えたただ1つの魔道具であるマジックバッグ。

最初に神様にもらったものだ。

向こうでは数百㎏の容量があったのだがこっちでは精々500gほどしか入らなかった。

だけども使えるということはほんの少しはこの世界にも魔力だか魔素だかいうものがあるのかもしれないとの希望になった。

この世界に戻ってからよく見えるようになった目もよく聞こえるようになった耳も身体強化の影響かもしれないし魔力が少しでもある証拠かもしれない。

向こうの世界からこっちの世界に持ってこれたのだ、このマジックバッグにもうひとつの魔石を入れて持って行ってもらおう。


 だけどミコトは断った。

まず使いたいのは向こうの世界に行くと同時にエリクサーを使うことになる方の魔石を選んだ。

転生しても同じ年になって病気が再発するのは嫌だと。

さらに病気が治ったらまた戻ってきなよとの答えは死ぬ10秒前に戻ってきたら嫌だからいい、というものだった。

転生の魔石ほうは向こうの世界に行くなら記憶はそのままで向こうの世界の身体に置き換わる、というのが稔の鑑定による説明だったのだが神様の道具なので確定では無いとのことだった。

さらに向こうからこっちに来たら身体が戻ってもおかしくない。


 「そっちはいつでもいいから僕の他の危なそうな人にあげてよ」


 そう言ってことわられたのだ。


 「僕は向こうの世界で知識チートで楽しくやるからさ」


 そう言って笑っていた。


 「その分チート魔法はいっぱい詰め込んでおくね」


 渡せるのかどうかはわからない。

だけど使えた魔法はこんなのだった、と色々と魔石に付与した。

『身体強化』『空間魔法』『治癒』『魔力量増大』『魔力回復』それにあの2人が持っていた『鍛冶』や『限界突破』。

成功するかどうかはわからないが稔が魔石に付与できるようにしておいてくれたのだ。

向こうの世界に行かないと成功したかどうかはわからない。

新調したマジックバッグは向こうの世界のものでもってこれなかったが最初に神様にもらったマジックバッグは持っている。



 「『鍛冶』なんて魔法を道具に変えることができるんだよ、たぶん『鍛冶』でしか破損しない武器とかになってるはずよ。これも2人が人間に戻る前に自分の能力を魔石に付与できるようにしたんだよ。私の魔法も付けとくね」


 「でも魔力量増大とか魔力回復とか何人分もあってもいらないんじゃない?空間魔法の空間収納があればマジックバッグもいらないしさ」


 「勝手にもらえたんだからしかたがないじゃん」


 「少ししか入らなくても便利なんだから持っておきなよ」


 そんな会話もしたことを覚えている。


 ミコトの身体はこちらに残されてはいたがあのとき確かに魔石は手の中から消えた。

あの世界にたどり着いて人生を楽しんでいるミコトを想像して私も楽しんでいる。


 


 それから3年がたった。

忘れはしないが思い出すことは少しずつ減っていっている。

こちらの世界で新しい生活も慣れてきた。

そんな息も白くなり雪が降るような冬の日、その人を見つけた。

毎日の人混みの中で覚えていたのはその男性が人を助けているところを何度か目にしたから。

重そうな荷物を持つ老人を手伝おうとしたり買い物袋から落とした野菜を拾うのを手伝ったり。

見るたびに助けているわけではなくて助けているから目に入ったのだろう。

恩を着せるでもなく手伝った後に何でもないことのように歩み去るのだが口元が動くのを見て私の強化された聴覚に仕事をしてもらった。


 「自分に恥ずかしいことはしない」


 自らに言い聞かせるかのように呟いていたのだ。

そんな彼がベンチに寝転がるというよりは倒れている。

周りからは関わりたくないと思われているようで誰も周りに寄りつかない。

手に玩具の剣を持っているのもそう見える原因かもしれない。

私がそっちに向かって足を踏み出したときにその男性は剣を落とした。

横に行ってみるがどうやらもう動けないようだった。

あのときのミコトと同じ雰囲気がする。

こんな状況だが向こうの世界でもいくつもの死を見てきたので焦ることはない。

あ、この人は亡くなるんだな。

そう思ったときに自然と手に転生の魔石を握らせていた。


 (ほとんどの魔法はミコトに上げちゃったけどダブっていらないのはまだ持ってるはずなんだよね。『魔力量増大』『魔力回復』ぐらいかな。あ、あとはマジックバッグも持って行って。あとこれも。上位互換の『転移』があるからいらないって言われた私の最初の魔法『転移』5³㎤だけだけどけっこう便利なんだよ。使い方を教える時間は無さそうだけど頑張ってね)


 男性の手から力が抜けていく。

口が動いたので耳を寄せてみた。


 「どこで間違ったんだろう・・・?」


 小さなつぶやきが聞こえた。

手の中の魔石に魔力を込めながら答える


 「間違ってないよ、大丈夫」

 

 




 


 




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