最終話 未来
「良かったよね~、リンちゃん綺麗だったなあ」
「そうだなぁ、幸せそうだったし」
「あのふたりは元々そうなるとは思ってたけど本当に結婚したんだね」
「確かに。会ったときから仲良かったもんなあ」
俺の横をミリアが楽しそうに歩いている。
淡い水色のドレス姿のミリアは相変わらず綺麗だった。
俺も精一杯背伸びした感じがするお高めのスーツを着ているがネクタイが少し苦しい気がする。
ベイルとリンの結婚式が終わってお酒も少し入っておりゆっくりしたいところだが俺はこのまま別の予定がある。
「ガーベラとライラとお酒飲みに行くんだよね?後で迎えに行った方がいい?」
「大丈夫だと思う。久しぶりだしいつ終わるかわかんないから。終わったら一応連絡は入れるね」
「わかった。こっちも終わったら連絡するよ」
転移の魔石を持っていることを確認する。
長距離の転移と同じでペアで使ってお互いの声だけを転移する魔石だ。
話し相手ごとにペアの魔石がいるので電話とまではいかないが連絡手段がないこの世界ではかなり便利なのは間違いない。
手を振ってミリアが待ち合わせの場所に向かい俺も別方向に歩き出した。
あの王都での争いから3年、俺たちはバラッドの町の自宅でミリアと住んでいる。
あの事件はけっきょくカインがシックス国の獣人や貧民、さらに市民への対応の酷さに立ち上がって旧王家を倒したということになった。
あの日城から逃げ出した貴族の家臣たちや生き残りの貴族が町に入り込んだ。
騒ぎ立てる貴族の様子から貴族街に敵が攻め込んできたとの噂が広まる。
王宮が騒がしいことを知った市民たちが集まりだして貴族街の様子をうかがう。
すでに貴族街は門番すらいなくなっておりそのことがさらに市民たちへ何かが起こったのだという証拠となりさらに拡散される。
次の日に新しい何かが発表されるようだ、そんな情報が流れ朝方には王都の外壁の外まで届き貧民や獣人たち外側に住む者たちまでもが貴族街に押し寄せるように集まってきた。
お昼前、カインは『王の器』である槍を手に城のバルコニーから姿を現した。
拡声魔道具が備え付けられており王からの言葉を伝える場所だ。
シックス国の貴族たちの腐敗、市民や獣人への差別、王と公爵たちが市民を犠牲にして実験を行っていたこと、カインの知り合いも犠牲になりかけたこと、それらがあまりにも酷いので『王の器』を賭けて前王と戦い旧王家を討ったことを宣言したところ大歓声が上がった。
上位貴族はほとんどが死亡しており虐げられた者たちばかりだったこと、カインが正体を現してエイト国の英雄だとわかったこと、その英雄を実際に見て皆が熱狂したこと。
たぶんこれらの事情が重なって盛り上がったのだろう。
俺が同じことをしても結果は決して同じではなかったはずだ。
ルナーリア侯爵と戦いを見届けた兵士が戦いの見届け人として表に出たのだがすでに熱狂し始めていた市民たちにはあまり意味はなかった。
もちろん全員が認めるなんてことはあり得ないがいわば簒奪と言っていい事態からすれば好意的に受け止める者が多かっただろう。
それでも統治するにあたって貴族たちが大勢いなくなったところで混乱も起こった。
元々前国王派はほぼ記念式典に参加していて俺がほとんど処分してしまった。
特権を貪っていたとしてもこの世界である程度の学があるのはやはり貴族の方が多い。
人材があまりにもいなくなってしまったのだ。
カインがエイト国から信用できる者たちを数人連れてきた。
だがこの者たちをそのまま貴族にするわけにはいかない、エイト国の属国になるような印象を国民に与えてしまうからだ。
ルナーリア侯爵を宰相としてその補佐といった立場から仕事を始めてもらう。
そのような形で新しいシックス国は始まった。
税金、財政、農地、産業、商業、あらゆる面でシックス国の現実がカインの肩に乗せられた。
残っていた資料を読み解き国を再建していくカインはさすがだった。
休んでいる暇などないかのように毎日を過ごす。
もちろん全てカインに押しつけたわけではない。
まず俺が全面的に協力したのはシックス国の武力面の縮小だった。
エイト国から責められることはないし協力もできる、ということは今のシックス国と敵対するとなればセブン国だけ。
ナイン国以北の国は直接的な敵になるには距離がありすぎる。
セブン国がエイト国と組むことはない以上エイト国にも備えながらシックス国と全面的に戦争するわけにはいかない。
それでも無防備にするわけにはいかないのだが俺が倒したので軍隊に人材がいない。
期間限定の徴兵者、犯罪奴隷としての割り増し人数分、その他には下っ端の兵士がいるだけだ。
そこでカインは軍事費を減らすことにした。
犯罪奴隷の中で本当にその罰が必要なレベルの犯罪者はほぼいなかった。
その者たちを犯罪奴隷から開放し、徴兵した兵士たちも含めて国内の整備のための人員にした。
兵士たちからしても死ぬ可能性がかなり下がったうえに給料も上がったのなら文句は出なかった。
元々の軍人たちはそのままだが若く未熟な者が多いのでそのまま戦わせるわけにはいかない。
彼らは炎帝の元に入って練度を高めることになった。
その炎帝がヴィットリアの町の主戦力になる。
炎帝はタングスの事件でカインに敗れて改心して英雄カインのために身を粉にして働く、という立場のようだがそれなりに楽しそうに働いているようだ。
カインの部下になってから何度か腕試しをさせて欲しいと立ち合ったが10回ほどで「参りました、俺では無理だ」と言われそれからは戦っていない。
もちろん魔法ありの戦いであり無ければ勝ち目はない。
炎帝がカインの部下として堂々と町にいるおかげでセブン国もちょっかいを出しにくいようで軍事面で大きな問題は起きていない。
もしセブン国からの攻撃を受けたときには俺に連絡がきて俺も参戦することになっていた。
今の練度の兵士たちを戦わせて少ない人数をさらに減らすことはない。
俺はバラッド方面に住み一応こっち側の国防を担っていることになっている。
国際条約で国家横断道路を軍事使用することはできないが可能性は0ではない。
近くの砦などに兵士を置いておくというのが常道だったのをやめたのだ。
そのぶんを俺が担当する。
この世界には魔法があり1人で軍隊をも相手取ることができる。
だからこそのやり方なのだ。
バラッドの町なら知り合いも多いし何より情報通の院長がいる。
セブン国に怪しい動きがあったとしてもなんとかなると思う。
もちろんそんな体制をいつまでもすることはできないがカインの体制が整う間ぐらいはいつでも駆けつけられるようにはしておいた。
1からの統治となるが軍事面での予算を減らせたのはカインにとってよほど助かったようだ。
戦争が起こったりしたときの軍事費、人件費などの負債から免れたのだ。
その分民衆の税を下げて人気もさらに上がった。
元々あのまま支配するつもりだった王家の財産や高額な税金で国庫は潤っていた上に死んだ貴族の遺族からはカインを認め積極的に働くなら半分の財産を保証した。
もちろんカインを認めないとなると全財産没収、貴族の身分も取り上げることとなる。
無理矢理な犯罪奴隷の所有をしていた者は問答無用で貴族の身分を取り上げ、それでも逆らう者は同じ気持ちを味わうようにと犯罪奴隷に落とされた。
国外に対する武力はできるだけ少なくしたとしても国内に対する武力はいる。
元の王宮守護兵のようなものはどうしても必要なのだ。
なにしろ元貴族を叩きのめしているのだから恨んでいる者は多い。
カインはドラゴンの肌着を常用しており毒に対するハイポーションも多く所有しているので暗殺を成功させるのは至難の業だが何が起きるかわからない。
カインの周りの人間も護衛の対象になる。
そこで今ではベイルが護衛隊長になっている。
絶対信用がおける者、ということで候補に挙がったのだが思った以上に実力もあり隊員から始めて自ら隊長の立場を掴んだのだ。
下の部隊長にはランケルやモースもいる。
獣人であるというだけで貴族街に入ることはできないという時代は終わったのだ。
俺の大事な仕事がもうひとつ。
貴族を失いいくつかの土地が管理する者がいなくなった。
まずは俺が領地に赴く。
そこに『転移』でニルとリモを招く。
話し合いをしてまとまりそうになれば俺は先に新しい領地に向かう。
そうすることで国内を回る時間が大幅に短縮した。
交通の要所となりそうな大きめの村や町には1軒の家を借りて、小さな集落などには集落の集まっている中間地点などに、魔石を設置していつでも『転移』で行けるようにしている。
最初に訪れたときにも野営などはしていないし『転移』を使って日帰りでの訪問だ。
それでも最初に国中を回るのに1年ほどかかった。
もちろん全員がカイン王を支持するなんていうことは無理なのだが今まで虐げられていた者にとっては前の王よりいい暮らしをさせてくれるということで認めてくれる人たちは多くなっている。
カインを認めない者ももちろんいる。
代表派閥は元貴族でカインに貴族を追われた者とその手下が主だ。
カインがエイト国からのスパイである、元の王家を取り返して正しい王の血統を守ろう。
それが彼らの言い分だったが同意する者は元の政治で利益を得ていた者だけだ。
誰が好き好んで虐待されていた時代に帰りたいのだ?と一般市民からも白い目でみられている。
昔なら貴族の意見に従わなかったりましてや反対するなど死刑か犯罪奴隷になってもおかしくなかったのだが今では貴族の身分ですら追われているし元貴族の理不尽な行為には反抗しても罪にならない、不利益を被るなら新しい王に直訴すれば応じるということになっているので彼らの居場所は徐々に無くなっている。
幾人かの貴族やそのつながりのある者が獣人たちに襲撃される、という事件もあったのだが事態が大きくなることはなかった。
今までしていたことを逆にされたからといってそれはしかたがないことだろう。
本人にとっては平民や獣人に攻撃されるなどということは考えてもいなかったのかもしれない。
しかし今の時代は元貴族が獣人に襲われたと言ってもお前らが今までしてきたことだろうということになる。
市民同士の小競り合いはなるべくお互いの言い分を聞き平等に裁定することになっている。
この3年の間もカインとはちょこちょこ会っていた。
国内の視察の報告もそうだが激務も心配だったのだ。
いくら借りを返してもらうためとはいえ無理矢理押しつけたような立場だ。
もちろん王宮の中に『転移』の魔石を置いて隠し部屋とよんでいる以前の王の間でよくニルとリモと4人で会っていた。
最初の1年はスタミナのつくような料理やハイポーションの差し入れをしていたものだが2年目で少し落ち着き3年を越えた今ではお茶を入れて出迎えてくれるぐらい余裕もできてきている。
ミリアと別れた後俺は『転移』でここに来てカインと隠し部屋で2人になっていた。
「いやぁ、いい結婚式だったな」
「そうだな、よかったよ。まさかあの2人の結婚式に王様が出席することになるなんてな」
「いやいや、俺の警備隊の隊長だぞ、出なくてどうするんだ」
「今ではそうだけどな、昔を思うと感慨深いものがあるんだよ。危険とかなかったか?」
「大丈夫。だいたい隊長の結婚式なんだから周りは隊員も大勢いるしな。あの場ほど安全な場所はないんじゃないか?ドラゴンの肌着だけでもほぼ安全なのにその後も渡された魔道具も含めたら俺に傷をつける方が難しいと思うぞ」
「さらに新しい魔道具も開発してるしな。今回のはついにエリクサーではなしに石化を解除することができそうなんだよ」
「まだこれ以上か!?まぁ石化解除は俺が持つ持たないよりあったほうがいいんだけど」
エリクサーの開発は中止になった。
人間の魔石が原材料だなんて危なすぎるのがその理由だ。
その研究内容も禁忌として封印している。
「そう言えばモースとランケルなんて式が終わった後も溺れるまで飲むって言ってたぞ」
「あの人たちは、まったく、変わらないなあ。今はベイルの部下だったっけ?大丈夫?」
「仕事中はちゃんとしてくれてるよ。こんなときぐらいいいんじゃないか?他の人はどうだった?」
「寮の皆はめちゃくちゃ楽しんでたよ。料理は全部ミー姉が作ったみたいだし」
「あー、ミーティアさんの料理、美味しかったなあ。お店も繁盛してるんだっけ?」
「うん、奴隷から解放されて立ち直ってからは行動が早かったよね、今じゃ王都でも有名な食堂ミーの店主だもん」
「何度か食べに行ったけど本当に美味しかったよなあ。ティルが協力してるんだろ?」
「協力っていうほどしてないよ、こんな感じの料理とかどう?って言っただけでほとんど完成させるのはミー姉だからね。リンも手伝ってるし2人の結婚は本当にうれしいんだと思う。結婚式も腕によりをかけたって言ってたし」
「実際すごく美味しかったしなあ。で、ティルはどうなんだよ?」
「俺?俺もカインに色々押しつけたけどやっと落ち着いた感じだしそろそろ結婚したいなとは思ってるよ」
「そっか、やっとか。周りであんなにティルのことを気に入ってるかわいい子がいても一途だったもんなあ」
「いやいや、カインさんには負けますよ?どれだけ言い寄られてたんだよ!?」
「俺の場合は噂先行だったからさ、俺そのものに興味を持たれてるわけじゃないだろ。そもそもその噂の元凶もティルのタングスの砦の成果から始まってるんだからな?」
「懐かしいなあ。カインが英雄になった場所だよな?」
「まったく、でももう一緒に住んでるんだろ?まだ結婚しないのか?」
「もちろん考えてはいるよ。カインと一緒であれからすぐはさすがに忙しかったしな。あと王都で揉めたときにカインがヴィットリアの町で助けてくれたリーリアがまだ落ち込んでたこともあるし。ミリアもそっちのケアもしたいと言ってたし」
「あぁ、ミリアちゃんの妹な、再開できて良かったよなあ」
「うん、そのリーリアも立ち直ってきたからそろそろかなって」
「じゃあその後押しをしてやるよ。こっちもやっと内政に余裕が出てきたんだ。まだまだ道路を作ってる途中だけどめどはついた。新しい農業も好評だしな」
カインはバラッドから王都サドラまでの大きな道路以外にも大きな町と王都を往来しやすいように道路の整備を進めていた。
王都からメダグリアとヴィットリアへ、メダグリアからバラッド、ヴィットリアからバラッドへと。
道路が広くなると大勢が行き来しやすくなり人が多くなると安全面も上がる。
工事をすれば経済も回るし道があれば宿場町もできる。
さらに農業についても改革している。
王都での戦いのときに味方になった数少ない人間、ルナーリア侯爵とアズル伯爵だがルナーリア侯爵が内政に手腕を発揮しているところアズル伯爵は農業のほうが専門家だった。
元々自分の領地で領民と農業をしているのが楽しいぐらいの珍しい貴族だったのだ。
それがイーシリー伯爵に強引に王都に連れてこられてすることもなく部屋の隅でこっそりと時間のたつのを待っていたので助かったというわけだ。
そのアズル伯爵に俺のうろ覚えの農業の知識を語ってみた。
輪作などは割と早く成果を上げることはできた。
ビニールハウスはビニールのようなものを作るのが難しかったのだが魔物由来のよく似たもので代用できそうだというぐらいにまでなっている。
さらに最近では品種改良も行っている。
もちろん遺伝子をいじるなどのレベルではないし成果もまだまだだがアズル伯爵は俺がこういう感じのやり方もあるんじゃないか、と話をしただけで深く考えて実践してくれるのだ。
ミー姉やマリンさんもなんとなくこういう物というだけで試行錯誤して美味しい食べ物を作ってくれる。
最初の発想が大事なのだ。
皆そう言ってくれるがこのあたりの知識においては完全に元の世界の盗用なので実際に凄いのは俺じゃない。
ちなみに今はこの魔法がある世界に火薬のアイデアを持ち込んでもいいのかどうか悩んでいるところでもある。
「それで、だ。」
カインの話に戻る。
「そろそろヴィットリアの町の近くに常設の軍隊を配置しようと思っている。もちろん攻めるためじゃなくて攻め込まれたときの防衛のためだ。あとバラッドの町の近くにもな」
「今は人がいくらでも必要なんじゃないのか?軍人を増やしても何も発展しないぞ?」
「そうだけどやっぱり道路整備や農業をするより軍人としての方が役立つ奴らもいる。セブン国も炎帝とエイト国のおかげもあっておとなしいし当分は実戦もないだろうがな」
「鍛錬だけしてるよりは工事とか農業してるほうがいいと思うけどなあ」
「向き不向きはあるだろうな。まずは炎帝に預けるつもりだ。こっちの方がつらいかもしれんぞ」
「あぁ、最近個人の戦闘より団体での戦闘に興味があるみたいで部下も厳しく指揮しているらしいよな」
「俺も聞いたけど利にはかなってた。元々ついていた部下たちの成長も著しい。あの訓練について行けたら軍人としてのレベルは上がるだろうな」
「なるほど、軍隊に行きたい奴らの選別でもあるってわけだ」
「そうだな、それで元の部下で信用できそうな者にバラッドに行ってもらおうと思ってる。だからティルにもバラッドでの警戒はほとんど解いてもらっていいぞ、ってことなんだが。あ、すまないが少しの間は連絡はつくようにしておいては欲しい」
「正直に言うとそれはかなり助かる」
「あ、あと以前言っていたエイト国との件は頼むぞ。助かるって何かあるのか?」
「あぁ、ミリアとな。エイト国との件も大丈夫だ」
その内容を話すと面白そうだな、俺もしたいぐらいだ、そう同意してくれた。
ベイルとリンの結婚式から10日後、俺とミリアはバラッドの町の屋敷の3階で準備をしていた。
下の階にはマリンさんとリゼとリーリア、カインとニルとリモ、ベイルとリンとミー姉、院長とオリビアとキャロに孤児院の子供たち、ガーベラとライラまで揃っている。
カインたちとベイルたちはわざわざこのために今日ここに来てくれたのだ。
もっとも王の間と俺の屋敷の3階の部屋を転移の魔石で繋いでいるのでそれほどの労力ではない。
今まで俺が起動しないと魔力が足りなかったのだがベンと改良して他の人でも使えるぐらいまで省エネ化できたのはつい最近だ。
もっとも起動して1度使うだけでカインですら魔力を8割ほど使うそうなので簡単には使えない。
今回は俺が繋いで連れてきて帰りはカインの魔力で帰る予定だ。
帰りも俺が送ると言ったのだが断られた。
見送りに来て見送った後で当人に送ってもらうのは何か違うと意見が一致したのだ。
そう、見送りにわざわざ来てくれた。
俺とミリアの新婚旅行の出発に。
もちろんこの世界に新婚旅行などというイベントは存在しない。
だけど結婚するにあたってイベント的なことをしてみたかったのだ。
ちなみにこの世界でも結婚すれば役所に報告して籍を入れることになる。
俺に元々この世界での戸籍などはないので悩んだのだがかなりの人数、特に貧民だと戸籍など無いのが普通だった。
結婚して籍を入れたら国からも家族として認められて身分の証明になるぐらいのことだ。
それでももし子供ができたらその子供は最初からこの国の子供だと身分を証明してもらえる。
実際にはまだ籍は入れておらず旅行から帰ってきたらそうするつもりだ。
元の世界でも新婚旅行に行った後に籍を入れることもあると聞いたことがあるのでこっちではさらに気にしなくてもいいだろう。
旅行先はトゥエルブ国。
国家横断道路を歩き端から端まで全部の国を観光するつもりだ。
もちろん気が向けば国家横断道路から外れてその国も見て回るつもりで。
さらに面白そうなら国家横断道路を外れてその国を見てみようと思っている。
期間は決めてはいないが1年以上かけてゆっくりと、とは思っている。
いきなり籍を入れてもよかったのだが一応の理由はある。
こっちの世界に来てから当分の間は俺はミリアの被保護者だったし、再会するまではもちろん会っていなかった。
さらにこの3年は俺は国の中を回ったりバラッドの町で警備をしたりで忙しかったしミリアもリーリアの衰弱した身体と精神の介護で忙しかった。
1年前にミリアとリーリアの故郷を見つけ出して両親を弔ってから落ち着いて回復し始めやっと元気になったのだ。
ということでまだ恋人気分というものを味わっていない。
それで籍を入れるのはもう少し後ということにしたのだ。
旅行に行きたいと言った時にカインに頼まれたのがエイト国との直接の関係強化。
エイト国に行ってカインの兄のリヴディ王にその旨の書簡を渡してほしいと言われた。
どうせ行くならエイト国に『転移の魔石』を設置して行き来しやすいようにしたらいいと提案したのだ。
そのときにはまだ転移の魔石の省エネ化はできたばかりだったので行く度に俺を呼び出すのは申し訳ないと考えていたのだろうが自分でも使えるとわかったら即答だった。
それが『エイト国の件』なのだがそれ以外の国にも『転移の魔石』を設置してくるつもりだ。
カインには伝えるがもちろんそれを使って軍事行動をするつもりはない。
あともうひとつトゥエルブ国まで行きたいのには理由がある。
例のクロノス教を興したミコトがトゥエルブ国にいたことだ。
宗教がどうとかではなくいくつもの新しい文化を作ったたと聞いた。
ほぼ間違いなく元の国の文化だ。
ショーユは細々とシックス国まで伝わったがここまで届いていない文化も多くあると聞いた。
寿司、すき焼き、おでん、お好み焼き、など食への興味は尽きないしアニメはまだ無理そうだけど漫画とかはないだろうか?
他にも色々と存在していてもおかしくない。
あとはエイト国のリモの生まれた土地にも行ってみたい。
何でもリモ本人が特殊な地域だと言っていてタコを食べるだとかソースを2回つけてはだめだとかの聞いた限りの文化からは楽しみしか感じられない。
俺は元の世界でその地域に行ったことは無いのだ。
場所は詳しく聞いたので『転移の魔石』を設置したらリモの里帰りにも使ってもらったらいいだろう。
いい隠れた名店などを教えてもらえるかもしれない。
楽しみしかないな、と考え込んでいるとミリアが覗き込んできた。
「何か悪巧みしてる表情してそうだけど?」
いきなりアップで目の前に現れて驚く。
「悪巧みじゃないって、この世界にどんな食べ物があるのかな、とかどんな場所があるのかな、とか考えてたんだよ」
「それは本当にそう思うよね、私は町から出るなんて考えたことも無かったから凄く不思議な気分だよ」
「だよね、国が違うだけでなく国の中でもいろんな町とか村もあるし楽しみだよね」
「私の故郷にも帰ったけど子供の頃は世界の全てだったのにあんなに小さくてあんなに頑なな人たちだったんだなあ、って思った」
「子どものころはそうなっちゃうよね。だからこそいろんな世界を見た方が自分の見識も深まると思うよ」
「でも本当に危なくない?私の村でさえみんな私とリーリアに冷たかったしティルにも襲いかかったりしたよね?」
「いい気はしないけど危なくはないよ。あれぐらいなら大丈夫」
「ふぅん、ベイルたちもあのカインさんたちも言ってたけど本当に強くなったんだね?」
「え?あいつら何か言ってた?」
「危ないと思ったり危険だと思ったらティルの横にいたら大丈夫だ。人間にしろ魔物にしろどうにかしてくれるから。離れているときに何かあったらすぐにティルに連絡するように。って」
ミリアには当然ドラゴンの肌着も渡してある。
さらに最近できた顔部分への攻撃も感知できて防いでくれるイヤリングに毒成分だけを転移で取り除くことできるブレスレットも。
さらにはハイポーションも状態異常を解消するポーションも小さなマジックバッグに入れて渡している。
何よりこの旅行でそんなに間に合わないほどミリアから離れるつもりがない。
「うん、たいていのことは大丈夫だと思うけど知らない土地であまりひとりで行動しないでね」
「ふふっ、まさかあの何にもできないって泣いてたティルがねえ」
「泣いてないって!」
「そんなに強くなるなんてね。むしろ私なんかよりもティルのことを好きになる女の子がいっぱいいるのに」
「何回も言わせないでよ、ミリアがいいんだって」
「だって・・・」
嫌みとかではない、どうしても自分に自信が持てないのだとはわかっている。
周りが俺を褒めれば褒めるほどよりそう思うのかもしれない。
再会してから3年かけてやっとこの気持ちが一時のものや同情などではないということは信用してくれた。
この旅行でさらにゆっくりでも少しでも改善してくれたらいいし焦ることはない。
俺としても元の世界からするとこんなに気持ちを伝えられるようになったのだと自分で驚いてしまう。
そんなことよりもこれだ。
マジックバッグから指輪を取り出してミリアの左手の薬指にはめた。
「結婚してください。そして一緒に幸せになりましょう」
この世界に婚約指輪を渡したり結婚指輪を交換したりの文化はない。
それでも想いは届いたのかもしれない。
ミリアは笑顔のまま涙を流していた。
「はい、末永くよろしくお願いします」
そう言って目を閉じたミリアと唇を重ねた。
実際のところ指輪は完全な装飾品というわけではなく魔石でできていて声の転移ができるようになっており携帯電話のようなものだ。
常に身につけてもらってマジックバッグから取り出す時間のロスをなくすために考えたのだ。
身体ごと転移できる魔石はさすがに指輪にするには大きすぎる。
その魔石を狙って危険なことが起きる可能性すらあるのだ。
もちろんミリアの持っているマジックバッグには転移の魔石が入っているので緊急時にはそれで駆けつけるつもりだ。
過保護過ぎるかもしれないが少なくとも旅行の間は身につけていてもらうつもりでいる。
涙を拭いてミリアと下に降りて屋敷から出る。
すでに来る予定のみんなが揃っていた。
「イチャイチャするのは終わったのか?」
「ミリアさん、ティルでほんまにいいんか?」
「イチャイチャもいいけどお土産買ってきてね」
など俺にはからかいの声。
「よかったね、ミリア」
「結婚式は絶対に行くからね」
「お似合いだよ」
とミリアには優しい声がかかっている。
「何でだよ」
そんな返事をするが照れ隠しなのは自分でわかっている。
みんなも笑顔だ。
俺たちのためにわざわざ集まってくれたのだ。
元の世界では得られなかった信用できる友達ができた。
愛する人もできて一緒に未来を歩む予定もできた。
望んでいた幸せを手に入れられたのだと思う。
この幸せをさらに長く続けるために努力しようと思う。
それからも思った以上にみんなと話し込んでしまった。
カインが準備してくれた国境を越えるまでの馬車の御者から「まだですか?」と声がかかる。
「すいません」と謝って2人で馬車に乗り込んだ。
さすがにカインの用意してくれた馬車は乗り心地もいい。
屋敷を離れていく俺たちにみんなが手を振っている。
俺たちもみんなが見えなくなるまで手を振り続けた。
本編終了です。
後はエピソード0的なものと番外編をいくつか書くつもりですが投稿日は未定です。
最後まで読んでくれた人がいたのなら嬉しいです。
ありがとうございました。




