第4話 現状
こっちの世界に来て3ヶ月が経った。
この世界のことも少しずつわかりつつある。
この国の名前はシックス。
広大な円形に近い大陸の南の端にある。
大陸のほとんどが魔の森と言われている場所で、大陸の海沿いの北から西に周り南にかけての沿岸部だけが人間の居住地だ。
前世の一般的な時計で言うと文字盤の6時から12時までの数字の部分に住んでいる感じだろうか。
国名もそれに対応しているそうで1番南のこの国はシックス国、1つ西の国はセブン国、さらにエイト国からトゥエルブ国までありそれぞれの国境には川が流れて領土はきっちりと分かれているそうだ。
人間が住んでいないところはほぼ森、要するに魔の森の端に何とか住んでいるようなものなのだ。
なので南端のこの国は南西から南と南東は海、北から東は魔の森、西に唯一の隣国セブンとだけ国境に面している。
この町の名前はメダグリア。
シックス国の北東に位置している。
この国の王都はサドラ。
それ以外の3つの大きな町、バラッド、ヴィットリア、メダグリアの1つだが国の中央にある王都サドラとぐらいしか馬車の通れる道はつながっておらずメダグリアから魔の森沿いに西に向かって行くとある商都バラッドとは何とか道というものがあるという感じで繋がっているだけだ。
もうひとつの町ヴィットリアは王都の南西にありこちらは商都バラッドと違いセブン国との小競り合いも多い。
王都とバラッドはかなり大きな道で繋がっておりさらにセブン国から先へとも繋がっているそうだが地図もなく聞くだけではなんとなくしか理解できなかった。
メダグリアは元々森から魔物が出て来るのを監視するための砦が町の始まりだ。
だがどうしようもないほど強い魔物が出てくることはここ数年ほどなく、徐々に人が増えていって砦の外にも居住区が作られるようになり町は大きくなっていった。
魔物は強い。
兵士や冒険者ならウサギの魔物を一人で倒して一人前の強さぐらいの定義らしい。
イノシシの魔物を1人で狩るとかなり強い方だという。
見たことがないのでどれぐらいなのかはわからないが。
メダグリアから森に入って数キロほどは他にも魔物は出るがかけ離れた強さの魔物も出ないのでパーティーを組んで魔物を狩る冒険者などにはいい場所だと言うことだ。
基本は森の中央に近いほど強い魔物が出てくる。
魔石の元となる魔素が濃くなるから、と教えられたがもちろんわからない。
ときたま森の外縁部にも迷い込んだりで強い魔物が出現する可能性もある、だが四六時中警戒しているのも無理な話だ。
なのでこの町では森に近い方が立場の弱い人間の住む場所になっている。
森の近くはスラムと呼ばれる場所になっており、この寮はそのさらに森側、森の真横に建っている。
要するに1番弱い、森から強い魔物が出てきた場合まず襲われる立地ということになる。
元々は砦だったが俺たちが住んでいるのはその外。
砦の中はこの辺りを治める貴族やその関係者が住んでいる貴族エリアになっている。
獣人が入ろうものならそれだけで難癖をつけられて捕まり奴隷にされたりするのでできるだけ近寄らない方がいい。
スラムと貴族エリアの間に平民エリアがあり、前も行った店などはここにある。
人間の方が割合は多く7対3ほどの割合。
スラム街では逆の割合になる。
貴族エリアには奴隷以外の獣人はいないそうだ。
獣人はこの国ではどこでも差別されており、人間ともめたりすると一方的に獣人のせいになったりする。
獣人には生き辛い国だ。
他国には獣人も平等という国もあるらしいがそこに逃げるほどの旅への知識や手段がない。
ここは大きな町だが他の場所には数十人規模の村も点在しているという。
そんな村ももちろん多種多様で人間だけの村、獣人だけの村、混在している村などいろいろだ。
ミリアも元々はそういう小さな村の出身でありこの町に来て半年ほどで俺を拾ったのだという。
ある日の昼食後、ミリアと二人で部屋の中でダラダラと話をしていたときにそのことを聞いた。
ミリアが座って俺を後ろから抱きしめている。
恥ずかしいがこれが落ち着くと言われたら拒否するのも悪い気がするし何より抱きしめられるのは心地いい。
「ミリアは親とか兄弟とかはいないの?」
「いるよ、お父さんは死んじゃったけどお母さんと妹は村に住んでるよ」
「どうしてミリアはこの町に出てきたの?」
「子供にはわからないことがいろいろあるのだよ」
言いたくなさそうなこともあるのだろう。
「言いたくないなら聞かないよ。ほかの仕事をしようとは思わなかったの?」
お酒を飲んで男の人の相手をする、進んで選んだわけじゃないだろう。
聞きにくいことだったが気になっていたので聞いてしまった。
「こういう仕事してたらティルはいや?」
からかうような表情で言う。
「仕事なのはわかってるし俺がやめろって言える資格も権利もないのはわかってる、ミリア自身はいやじゃないのかなって思って」
「好きこのんでする仕事じゃないしね。そうね・・・ほかに仕事あるならそっちのほうがいいけど約束だしね」
「約束?」
「うん、ここで働く代わりに村のお母さんと妹は生活できるの。そういう約束だからね」
そういう仕事をしている割に生活が裕福な訳ではない。
元の世界ならもう少しマシな生活ができるぐらいは稼げるかもしれない。
詳しくは知らないが毎日働いて食事するのでギリギリということはないはずだ。
働いたお金は自分だけではなく親兄弟の生活費にもなっているのだ。
「もしだよ、そのお金を俺がどうにかできたらミリアはここをやめられるの?」
「・・・10年の契約だからやめられないよ、約束だし」
後ろから俺を抱きしめた手に力が入る。
働き出してまだ1年にもなっていない、その先の長さを考えて耐えているのだろうか。
「お金を返してもやめられないの?」
「ここやめてどうするの?住むところも食べ物も仕事も無くなってどうやって生きていくの?」
スラムにいてすぐに仕事なんてあるわけがない。
ここにいる限り生きてはいけるのだ。
自分だけではなく母と妹も。
ミリアの背負っているものの重さを感じる。
さらに抱きしめる手が強くなる。
14歳の彼女に家族の命がかかっているのだろう、それなのに俺を拾って助けてくれたのだ。
なんとかしてやりたいと思う。
だけど自分の力の無さを痛感する。
「じゃあ10年経ったらどうなるの?その後はどうやって生活するの?」
「10年後のことなんて考えられないけどね。でもこことの契約が終わった人を見たことあるの。王都にあるここじゃないお店を紹介してくれるそうよ。他にできることもないから同じようなお店しかできないかな。今より条件はよくなるみたいだし10年ここで働いてて他にできる仕事もないしね、結局ほとんどが紹介して貰うみたい」
「それって・・・ずっとこの仕事ってことじゃん」
「あ、ほかの仕事もあるみたいだよ。店長の上の人はけっこう色々なお店を持ってるみたいで選ばせてくれるって聞いたわ。そういうお店の方が稼げるし他のこともできないから同じ仕事になる子も多いみたいだけどね。ここでのことしか知らないから他にどうやって生きていったらいいのかわからないの」
14歳で借金を背負って家族のために働いて、獣人差別のある土地で他に伝手も無い。
何かをするにも元手の金もない、これほど悪い条件も無いだろう。
元の世界の俺の方が逃げ出せただけマシなんじゃないだろうか?
家族のためには逃げることもできないのだ。
「そんなに暗い顔にならなくてもいいよ。住むところがあってご飯を食べられるだけでまだマシなんだから。その辺に食べるものもなくて死んじゃった人はゴロゴロいるのよ」
考え込んだ俺に気づいたのかそう声をかけてきた。
少し無理はあるのだが明るくしようと努力しているのだろう。
スラムと言われているだけあって死んでいる人はたまに見る。
だけどそれは今が辛くないのと同じではない。
「ねぇミリア?もしだよ、俺がそのお金を返してさらに家族が生活できるお金も出せたら?それならやめられるよね?」
今の自分にとっては現実的ではない話だ。
何しろ、衣、食、住、全てをミリアに頼っているのだ。
だけどつい言ってしまった。
「はいはい、私を救い出してくれる王子様」
冗談でかわされる。
「もしだよ、俺だって何かできるかもしれないし」
「ありがと、でも無理かな。10年働くって約束だし、ママと妹もいるしね。私だけ逃げるわけにはいかないのよ」
「ミリアのお母さんと妹が生活できる分のお金があったら?」
「馬車で知らない道を連れてこられたからね、小さい村だったしどうやって帰ったらいいのかもわかんないのに?」
「でも、どうにかして・・・」
「いいの、そんなこと気にしなくて。第一お金があったらって、ティルは今全く持ってないでしょ?」
「・・・うん、ミリアがいないと何もできない」
「じゃあまずは私より自分が生きていくことを考えないとね。拾ったからには面倒は見るつもりだけどそれこそ私の契約が終わって仕事やめたりなんかしたら一緒に路頭に迷うんだよ?」
「わかってる、それまでには・・・いや、もっと前に一人で生きていけるぐらいにはなるから」
「そうそう、まずは自分のことを頑張りなさい」
今の俺が何を言っても絵空事、現実味は全くないのだ。
「うん・・・ごめん、何の根拠もないのにそんなこと言っても仕方がないよね」
もしもの話をしたところでどうにもならないのだ。
後ろから抱きしめられている手に力が入る。
「ううん、ティルが私のことを気にして言ってくれてるのはわかってるの。だけど私のことは気にしなくていいのよ。」
「気にするよ・・・ミリアには幸せになって欲しいから」
「幸せだよ、私だけじゃなくてお母さんも妹もご飯を食べられるし住むところもあるし、拾ったティルも優しいしね。少し生意気だけど」
生意気と言われても実際は俺の方が年上だし・・・そう言いたかったが年上だからどうだというのだ。
ここでは俺は5歳児相当の働きしかしてない。
要するに守られるだけの存在って言うことだ。
家族とさらに拾っただけの5歳児まで背負っている14歳の女の子に偉そうに言える資格なんて無い。
だけど俺はこの子をどうにかして幸せにしたいのだ。
命の恩人というのもあるが、それ以上にこんなに頑張っているのを目の前にしてそれが報われてほしいと思うのはおかしなことではないだろう。
だが今の俺ではどうしようもない。
「だけど、いつか・・・助けるから」
つい声が出てしまった。
抱きしめた手の力が抜けた。
「お金持ちになっていつか私を助けに来てくれるんだよね、王子様。ありがと」
冗談で紛らわせるようにそう言った。
すぐに抱きしめていた手を離し、向かい合うように座らされる。
目には少し涙が浮かんでいた。
袖で顔をゴシゴシと拭いたミリアは自分で自分の頬をパチンと叩いてさっき言ったことなどなかったかのように言う。
「でもね、ティルは私のことじゃなくて自分のことを考えなさい。いくらお金があっても10年間は私はここで働くの。約束だから。それよりその頃はティルも14歳の大人でしょ。私のことよりそのときに自分が生きていけるように何とかしないとね。約束だよ」
「うん、そうだね、頑張るよ」
言外に「ミリアのために」と言う言葉をつける。
10年、いやミリアの契約が終わるにはあと9年半ぐらいか。
それまでにはこの世界で一人でも生きていく術を見つける。
そしてミリアを救うための金と力も。
ミリアはよく「約束」と言う。
約束は守らなくてはならないものなのだろう。
俺も親の残した「自分に恥ずかしいことはしない」「自分で考える」その2つの言葉は大事に守ってきた。
同じようなものかもしれない。
ミリアは冗談っぽく言ったが助けに来てくれるのよね、と言った。
その言葉を現実にしよう、絶対に。
元の世界がどうとか考えるのはやめた、俺はここでは5歳児だ、それを認める。
この世界で生きていかなくてはならない。
そのためにはまだまだ足りないものが多い。
前世のように未成年だからと甘えられるようなところではない。
勉強を教えてくれる学校なんてないのだ。
そう心に刻み込んだ。
だが後で聞いたら学校はあるらしい。
前世のようなものではなく戦いの基本を教えてくれたり商人の基本を教えてくれたりするコースがあるという。
10歳以上で20歳までなら入学でき、卒業したら少なくとも職にあぶれることはないぐらいの資格のようなもののなる。
学校を卒業することが働くことの条件だという商会や卒業してないと相手にしてくれないようなところもあるという。
だが無料ではないどころかかなりの高額な学費なので一般市民でも入学できる者は少ない。ましてやスラムに住んでいる俺からしたら関係のないところだ。
それに元々学校にいい思い出がない。
そんな話をしてからも同じように日は過ぎる。
朝は柔らかいものとお酒の匂いに起こされるし、2人で話をするときには後ろから抱きしめられている。
だけど俺の中での意識は変わっていた。
今までよりさらに魔法の訓練にも身が入る。
どうやらこの世界では火をつける、軽く風を起こす、などの簡単な魔法を使える人間はそれなりにいるが強い魔法が使える人間は少ないようだ。
魔法を使える人の半分以上が基本的な魔法で小さな火をおこす、小さな風を起こす、少しの水を出す、土を少し掘る、ぐらいだという。
攻撃にも使えるようなレベルは1割もいない。
他には特殊な個人の魔法を使える人が強いことが多い、それこそ色々な種類があるそうだ。
「手を使わずに一瞬物を浮かす」「物体をほんの少し重くする」「特定の物だけを見えなくする」などから「虫が寄ってきにくいようにする」「足のにおいを消す」「小さな音を鳴らす」便利そうなものから使い道が微妙なものまで。
しかも一瞬だけとか1日1回とかの制限があることが多いという。
俺の『転移』も特殊魔法に入るが回数制限はなさそうなのはラッキーなのだろうか。
『転移』というとかなり強力な魔法っぽいが5³㎤の大きさでは使い道が少ないように思える。
だけどその形を変えられたら?
そう思って努力している最中だった。
今のところわかったことがいくつかある。
『転移』の距離は50mまで。
体積は変えられなさそうだが形は変えられそう、距離も長くできればいいのだがまだわからない。
呪文とかはいらない、自分の意思で『転移』する範囲を指定して転移先も意識するだけ。
範囲を小さくはできる、ただ意識するのに中途半端な大きさよりは最大を意識した方が簡単なだけだ。
逆に形のわかっている物は意識しやすいので苦ではない、見えている5³㎤以内の石なら周りを巻き込むことなく『転移』できる。
転移先の範囲が50mというのは少しがっかりした。
どの国にでもすぐに転移で配達するというわけにはいかないのだ。
あとは魔石が魔法の威力増大や温存に効果があるというのでそれに期待する。
魔法で魔物と戦うことも想像するが聞くところによるとウサギの魔物ですら人間ほどの大きさで大人が1人で倒して1人前と言われるほどに強いと言うのが問題なだけだ。
魔物になるには段階がある。
心臓に小さな魔石ができるのが最初だ。
自身の生命力と魔素を吸って魔石は大きくなる。
大きくなるにつれて動物は凶暴化していく。
魔石が1㎝になると心臓が支配され魔物となる。
このときそのときに魔物は急激に巨大化するのだ。
1㎝以内の大きさの魔石は魔力も少なく使い捨てのクズ魔石と呼ばれている。
それでもベイルたちは見つけたら倒して少しずつ集めたりしているそうだが集める労力と売れる値段が釣り合っていないように思える。
有用な魔石を得られる一番弱い魔物はウサギの魔物、ということだ。
さらに3ヶ月ほど経つとかなり自由自在に魔法の範囲を動かせるようになってきた。
体積が5³㎤と同じならどんな形にでもできる。
問題はそれを球形にしたからと言って、細い糸のような形にしたからと言って、現状役に立つとは考えられないことだった。
強くなるには剣を使えるようになるのが早い。
そう聞いてベイルと一緒に素振りのまねごとなどもしていたのだがそっちの方が効果があるのかもしれなかった。
そんな日のいつものように女の人たちが出勤した後。
部屋の中で魔法の練習をしていたら叫び声が聞こえた。
「キャー!!!」
と甲高い声はリンのものだろう。
最近は仲良くなってきて話すことも多くなってきたがそれでもこんなに大きな声を出しているのは聞いたことがなかった。
よほどのことがあったのだろう、慌てて声のする方に向かい、裏口の戸を開けてみる。
向かって左側には大きなイノシシが、右側にはリンを庇うように前に立って木刀を構えているベイル、その前に立ちはだかるようにさらに二人を庇うような様子を見せているのがミー姉。
ベイルは練習の時に使っていた木刀・・・と言うよりは木の枝と言った方が近いものを構えているが通用しそうにない。
堅そうな木を2人で拾って剣の形に削ったものだ。
ミー姉はおたまのようなものを持っているだけ、料理中に駆けつけてきたのだろう。
これが魔物だ、とすぐにわかった。
大きさもあり得ないが圧倒的な威圧感、さらに頭に生えた1本の角がまがまがしさを増幅している。
聞いたところによるとウサギの魔物ですら強いのだ、イノシシの魔物はそれ以上、倒したら強者と呼ばれる魔物だ。
何よりその大きさ、ウサギの魔物は体長1mほどだと聞いていたがこのイノシシの魔物は3mほどはあるだろう。
力でどうこうしようとしても無駄だと思う。
後ろの2人は服は汚れているが動けないケガをした様子はない。
初擊を転げてでもかわしたのだろう。
ベイルは立ち向かおうとしているがリンは完全にビビっているようだ。
イノシシの魔物はうなり声を上げ、前脚で地面を何度も蹴り上げ、土埃を立たせて今にも飛びかかりそうだ。
ミー姉が「早く逃げて」と後ろの2人に言っているがベイルは震えながらも立ち向かおうとしており、リンは1人で逃げられそうにない。
そんなときに俺を見つけたミー姉が叫ぶ。
「ティル、来ちゃだめ!逃げて!2人も早く!」
今の5歳の俺ならその言葉のままに逃げてもいいのかもしれないが、さすがにそれは自分に恥ずかしい。
ここで5歳から人生をやり直すつもりではいるがそれを言い訳に逃げるのは違うだろう。
何よりベイルでさえリンをかばい、ミー姉はその2人と俺まで庇おうとしているのだ、俺が1人で逃げるわけにはいかない。
入り口に立てかけていた自分の木刀を手に取りイノシシの魔物に向かいあう。
「こっちだ!」
イノシシの魔物から5mほどの距離。
大声で気を引いてみるが魔物はチラッと見ただけでミー姉に視線を戻した。
獲物は多い方がいいのだろうか?
「来ちゃだめだってば!早く逃げて!」
両手を広げて2人を庇うミー姉。
ミー姉も震えている、怖いのだろう。
それでもそこまでできることにすごいと思う。
みんなの姉役としての義務感だろうか?
それならば実際にはもっと年上の俺が絶対に助けてやらないと。
必死に周りを見渡して考える。
目に入った岩を見て思いつく。
その岩の内部から直系5㎝ほどのかたまりを抉るように手元に転移させる。
それをイノシシの魔物に思いっきり投げつけた。
体には当たったがダメージを与えた様子はない。
だが気を引くことはできたみたいだ。
イノシシの魔物は体ごとこっちを向いた。
そのことにホッとして3人に向かって叫ぶ。
「俺がなんとかするから!ミー姉、2人と逃げて!家の中に入って!」
イノシシの視線を誘導するように3人と反対方向に歩く。
入ってきた裏口へ3人が逃げ込めるように。
「だめよそんなの!」
「もうそうするしかないんだって!お願い!」
「ブフゥゥゥ!!!」と今にも走り出してきそうに鼻息も荒くなっている。
さらに裏口から離れようと足を進めたところでイノシシの魔物は襲いかかってきた。
一応対策は考えていた。
連続で岩から手当たり次第に石をえぐり取ってイノシシの前に転移させ続ける。
20個ほどの転移させたが目くらまし程度にしかならなかったようだ。
だがその隙を突いてイノシシの正面から避けるとさっきまで俺が立っていた場所をすごい勢いで通り過ぎる。
(正面から当たったら即死だな)
元の世界で言うと自動車と正面衝突するようなものだ。
生身の人間がどうこうできるものじゃない。
当たらなかったことがわかった魔物は勢いを落として止まり、こちらに振り向く。
完全に怒っているようだ。
その目のあたりに土を転移させてみる。
「フガァァァァッ!!!」
と咆哮し顔を振って土を落とす。
目くらましにでもなれば、と思ったがどうやら匂いを嗅いで位置を知っているようで、フゴフゴという匂いを嗅ぐ音はするが目が見えにくくなったことによる戸惑いはない。
次はできるだけ大きく、岩から5³㎤の大きさでえぐり出した石を魔物の上空に転移させ、落としてみる。
10m、30m、50mと差をつけて。
10mでは全くダメージがなさそう、30mで少し気にするほど、50mで嫌がるがそこまでのダメージは与えてない上に相手が少し動くと当たらない。
体を揺すってこちらに向かって歩くと落としたイノシシに乗っかっていた石が後ろに落ちる。
そのとき目の端にミー姉が2人を連れて寮に入ったのが見えた。
扉を少し開いてミー姉が心配そうにこっちを見ている。
ホッとしたがこちらは対処法がなくなってきている。
あの3人が無事なのは喜ばしいが次は自分が助からないといけない。
ここで俺が犠牲になるのはダメだ。
あの3人が気にするに決まっているし何より寮に向かって突進されたらドアぐらい簡単に破壊しそうだ。
そう思うのだが倒す手段も固まっていないうちに再び魔物が突進してきた。
衝撃も一緒に与えようと目よりも手前に石を転移させる。
だが今度は全く動じない。
土で目隠ししたのが悪かったのだろう、完全に目に頼らず匂いだけで俺を狙っている。
肉体的なダメージはないのかひるみもしない。
俺の反応が遅れた。
逃げたつもりが魔物の体というより体毛にかすり倒れてしまう。
立ち上がろうとするが右足をくじいたのか力が入らずバランスを崩しまた倒れてしまった。
目を見えないようにしたのは完全に悪手だったのか、かなり怒っている。
起き上がろうとしたときには目の前まできており、フゴフゴと鼻をひくつかせ、俺を踏み潰そうと両足を上げた。
転がるようになんとかよける。
絶体絶命、やばい。
ドシン、という音とともに地面を踏む魔物。
空振りしたのがわかったのだろう俺の方に顔を向け、向かってくる。
いつまでも逃げ切れそうにない。
魔物の顔には目の辺りから血が流れていた。
俺の攻撃なんて目くらましに土をかけただけだ、それであんなに血が出るはずもない。
ただ目の辺りに転移をさせて・・・そこで気がついた。
魔物はこっちを追い詰めまた両足で踏みつけようとしている。
思った以上に素早く逃げ切れそうにない。
(クソッ、早く気づいてればこんな危険をおかさなくてすんだのに!間に合え!転移!転移!転移!転移!消えろ!!!)




