第7話 メダグリア
4年ぶりのメダグリアの寮の裏山は何も変わっていない。
変わらないであろう場所に『転移』の魔石を置いたのだから当たり前なのだが。
ミリアと会うのは少し緊張するな、などと感傷にふける気分になっていた。
だがすぐに騒がしいことに気がつく、誰かが争う音。
慌てて寮に向かうと昔イノシシの魔物を倒した寮の裏庭に出た。
そこではあのときと同じようにベイルが棍棒のような物を握って立っている。
違うのはベイルの身体の大きさと相手が人間であることだった。
間違いなく王宮守護兵で第1部隊の副小隊長と4人の兵士が相手のようだ。
ベイルはすでに身体中傷だらけで満身創痍、相手の5人は傷一つ無い。
バラッドと同じ編成ならあと4人がどこかにいるはず、悩んでいる暇はない。
『消去』で兵士4人の首を切断する。
副隊長を残したのは寮の中がどうなっているのかわからないので説明を聞かなくてはいけないこともあるかと思ってだ。
だけどもちろんそのまま放置することもなく肘のあたりから持っている剣ごと右腕を切断する。
「うがぁっっっ!!なっ、なにがっ!?」
ベイルも驚いていただろうにその隙を逃さず副小隊長の頭を殴りつけると副小隊長はその場で倒れた。
そして周りを見て俺と目が合う。
不審物を探す目が一瞬で笑っている目に変わった。
「ティルっ!!」
「ベイル、久しぶりっ!」
「元気だったか?これはティルが?」
「あ、うん、元気だったよ。ベイルは?あと・・・」
「あっ、そうだ、ミリアが、ティル、ミリアがこいつらに切られたっ!」
「えっ、どこ?ポーションあるからすぐにでも」
「こっちだっ!」
慌ててベイルについて建物を回って玄関に向かう。
そこには倒れた4人の王宮守護兵と倒れた血塗れのミリア、ミリアを心配そうに見ているライラにガーベラ、リンにニーサさん。オルミエーデさんたち懐かしい顔が見えた。
ミリアの傷はかなり深そうで挨拶もする暇もなく駆け寄った。
「ティルっ!」
「ミリアがっ!あいつらにっ」
「大丈夫、ポーションあるから、切られた場所は?頭?」
頭からおでこ辺りから出血がひどい。
さらにリンがミリアの服をまくり上げると肩からお腹にかけてかなり深そうな刀の切り傷が斜めに走っている。
ハイポーションを頭の傷とお腹の傷にかける。
「私をかばってくれたの、2人に同時に切られちゃったのっ!」
リンが珍しく大声で叫んだ。
「ミリアっ!!」
上半身を抱き起こし口元に耳を当てると息をしているのがわかる。
ハイポーションが効いてきたのか身体の傷は修復し始める。
かなり深い傷だったからかすぐには回復しないが徐々に苦痛の表情も柔らかくなってきた。
体感ではかなり長い時間だったのだが実際の時間はわからない、ミリアがゆっくりと目を開けた。
「・・・あれ・・・?ティル・・・?夢・・・?大きくなってる・・・」
「ミリアっ!」
そのまま抱きついた。
「あれ?本物?」
ビクッとして起き上がる。
「私、切られたんじゃ・・・」
「大丈夫、いいポーション持ってたから。でもどれぐらい効くのかわからなくて。具合はどう?」
「えっ、うん、すごい、もう痛みもないぐらい」
「よかった」
「って、ティル!あの傷治すようなポーションなんてすごく高価なんじゃないの!?」
「あ、大丈夫。そんなに高くないし治ったんだからいいよ」
「ダメだって・・・って、な、何?」
周りがニヤニヤしながら俺たちを見てた。
「とっ、とりあえずその話はあとにしよっか。で、何がどうなってるの?」
「あっ、そうだ。ちょっと大変なことになってるんだけど時間ある?みんなも」
寮には全員揃っていた。
ふたりが辞めて王都に行ったがそのぶん2人補充されている。
リスの獣人のミップルと猫の獣人のレイニーだ。
女性寮にいきなり来た怪しい男だと思われてるのか兵士が来てからもずっと部屋にこもっていたのだが俺の名前を聞くとミリアに聞いていたらしくニヤニヤしながら出てきてくれた。
「あのティルくんね」と2人が言うのでミリアには俺のことを何と話しているのか聞いてみたいところだ。
食堂に集まった。
気絶している副小隊長は腕を切断しておりあまり見せるものでもないと縛り上げて隣の部屋にでも放置しておくつもりだったのだが思ったよりも皆平気そうで目が届かない方がまずいかと部屋の隅に転がしている。
そこで改めて今の状況を説明する。
みんながたぶん犯罪奴隷になっていること、首輪が透明化させられていること。
そして全員なのだが最初に家族のためにお金をもらったはずなのだがたぶん払われていないこと。
そのあたりを話すとさすがにみんな驚いていた。
「あ、リンとベイルは大丈夫だと思う、ゲーレン、えっとここのオーナーに会ってないよね?」
「うん、会ってない」
「・・・私も」
「透明化はだいたい10年で切れるらしいんだ。ミリア、ライラ、ガーベラはあと少し先だけどニーサさんとかオルミエーデさんはもうすぐでしょ?何か言われてない?」
「それがね、ちょっと前には王都に行く話も出てたんだけど急に何も聞かなくなってさ」
「あ、私も。このまま働くことになるのかなとか考えてたわ。最近連絡すらないよね」
たぶんエリクサーの作り方がわかったからそれどころではないのだろう。
そのまま首輪の透明化が溶けても奴隷として働かせればいいと思ったのかもしれない。
時間があれば透明化が解けてから新しい奴隷を用意した方が話は早いのだ。
それが王子の石化でまた状況が変わり思ったより早く透明化を解かなくてはならなくなったのだろう。
ただ作り方がわかったのなら早く実践したいのは当然だ、ミリアたちは王子の石化がなかったら王都に早めに呼ばれていたかもしれない。
だががもうその段階ではない。
ゲーレンは早く王都で首輪を透明化した犯罪奴隷を集めたいのだ。
そんな話をすると場がシーンとなる。
「で、でも働くって約束したから、約束は守らないと・・・」
「うん、たぶんミリアがそう思うのはたぶん命令で『約束を守る努力をする』などの命令を受けていると思うんだ。ミリアは俺と会ったときにはもう約束は守らないとってよく言ってたけど小さいときからそうだった?お金を払ってもらったから約束は守らないとって思ってるかもだけどお金が払われたのは見た?」
「小さいときはわかんないけど・・・お金を借りたのは見てない、でも払われてるかもしれないし、借りたら返さないと。約束だも・・・」
約束と言おうとして口を閉じた。
そして考え始める。
そこでオルミエーデさんが質問する。
「・・・それ、みんながそうだってことかな?今の気持ちが命令によるものなんて信じられないんだけども」
「そうですね、気持ちの全てが命令じゃないと思いますがお金やここで働くことに関しては影響を受けていると思います。えっと、オルミエーデさん、僕がここから去ってかなりお金も儲かったんだけど残りの借金は僕が払います。3倍にしてもいい、受け取りますか?」
「いや、そんなことしてもらうのは悪いし受け取らないかな。あとひと月だけだしね」
「他の人はどうですか?お金は出します。借金の3倍。これでお金を返してここを出て行きましょう?3倍の金が入るんだからオーナーも喜ぶでしょう?別に返さなくてもいいし気にするならここじゃないいい働き口とかも紹介できますよ?」
そう言ってマジックバッグから金貨を出して積み上げていった。
「すっ、すげえっ!これだけあったら何でも食べられるじゃん!家も買えるし働かなくても生きていけるんじゃね?」
「・・・高いお肉いっぱい食べられる」
反応したのはベイルとリンだけだった。
他の女の人はほぼ興味なさそうだ。
「いや、それでももらうわけにはいかないから」
「ここで働くほうがいいかな」
ベテランだけでなく入ったばかりのミップルとレイニーも一切お金を受け取ろうともしない。
「おかしいと思わない?ちゃんとお金はオーナーに返すんだよ?しかも増やして。聞いてみるといった意見も出ないしそもそもお金に興味がなさそうだ」
以前ここに住んでいるときに魔物を狩ったときもそうだった。
お金になるのに全て子供たちが小遣いにした。
借金して夜の店で働いているのにそこまでお金に興味がないのはどう考えてもおかしい。
「確かに、言われてみると私だけじゃなくてみんなもというのは少しおかしいかも」
思考までは奪われていないようだ。
考えることも禁止されていたらどうにもならなかった。
ただ、それだと普段の対応も機械的になりそうだしミリアともそんなに仲良くならなかったと思う。
何より考えることもできないのなら俺を拾ってないだろう。
「それが本当だとしたら私たちって犯罪奴隷なの?」
「ひどい、10年で借金が無くなるってのは嘘だったの?」
「母にお金渡したって言ってたのにそれも嘘なの?」
やっと自分たちの置かれた状況がわかったようだ。
「でもこれってどうしたらいいんだろう?」
見えないだけで犯罪奴隷なのだ。
わかったとしても自らではどうしようもない。
ご主人様に命令されたら聞かなくてはいけないし逆らうことなどできない。
10年かけて人生を搾り取られているようなものだ。
自分の生活費はギリギリで抑えられ稼いだほぼ全てはゲーレンの手に渡る。
「ティルはどうするつもりなんだ?」
ベイルの一言でみんながこっちを向く。
「うん、俺は王宮守護兵を倒したからたぶんこのまま戻ることはできない。でももう一度王都に戻るよ。ミー姉を見かけたんだ、みんなと同じ状況になってた、殺されるんじゃなくて生け贄にされる側だったけど。だから助けに行く」
「えっ?ミー姉?王都に行ってお店をするって行ってたのに?」
「ミー姉の母親のモネさんもここで働いてたんだから犯罪奴隷にされてたんだよ。10年たったから王都に呼んでたぶん殺されたんだと思う。そのときに一緒にいたのが娘のミー姉だったからそこで犯罪奴隷にされたんじゃないかと思うんだけど・・・」
「何も悪いことしてないじゃん!?」
「うん、あいつらにとっては悪いかどうかは関係ない。というより、本当に誰でもいいみたいだ。皆が犯罪奴隷にされたのもたまたま獣人狩りに行ったときにいたからだし今回は移動させる時間がないからってだけで切り捨てられる」
「そんな・・・あまりにも勝手だよ」
「うん、俺もそうおも・・・ミリアっ!?」
ミリアの身体が黒く光ったと思ったら光はすぐに消えた。
ミリアは頭を抱えて苦しそうにしている。
黒い光は魔力の光で何らかの魔法をかけられたのだろう。
この場でそんなことをするのは1人しかいない。
気絶から回復した副小隊長が縛られたまま魔石を握っていた。
「ふふっ、俺の特殊魔法だ。対象相手の位置がわかる。わかるのは俺以外にもいるが誰にわかるのかは教えてやらん、一生狙われる覚悟をしておけ」
倒れている副小隊長に近付く。
「どういうことだ?なんでミリアなんだ?俺にしたらいいだろう!?」
「はっ、お前は貧民のくせに生意気なんだよ!貴族の俺たちの言ったことは黙って聞いていればいいんだ!ティル、お前が1番苦しむのがあの獣人みたいだからな!はははっ」
「で、どうやったら解除できるんだ?」
「ははっ、言うわけないだろ?俺の魔法は脳にかけてるみたいだから頭が痛いらしいぞ、頭を潰しでもしたらおさまるんじゃないか?どうせ透明化を解除するために狙われるんだ、さっさと死んだらいいんだよ!」
「解除しろ」
「しねぇよ、ば~か、どうせあの1匹のために貴族を敵に回すんだろ?その恐ろしさを味わいながらお前も死ねよ!獣人も貧民もこの国では価値がないんだよっ!!」
「ふ~ん、じゃあそいつは貴族ってことだな。位置がわかるだけならそいつを殺せばわかるやつはいないってことだ」
「殺せるなら殺してみろよ、誰かもわからないなかでな!ははははっ!はっ!!」
炎の塊が空中に浮かびこっちに飛んできた。
俺とは少し狙いがずれている、この状況でさらにミリアを狙っていた。
魔法を使う時間もなく左腕で受け止める。
「おい、まださらにミリアに攻撃するのか!?」
「貴族様が獣人に縛られてるんだぞ?それだけで死罪でもおかしくないだろう?狙われてどうせ死ぬんだろうがそれまでも苦しみながら死んでいけよ!お前ら獣人全部だっ!」
先ほど以上の大きな炎の塊が空中に浮かぶ。
本人は全ての魔力を振り絞った最後の攻撃のつもりだろう。
飛んでくるのか爆発するのかもわからない。
慌てて『消去』で炎の塊を消した。
ニヤついていた副小隊長が驚いた顔でこっちを見るがそのまま首を落とす。
さすがは副小隊長というところだろうか、魔法を使えるのなら縛り上げても意味がないということは理解した。
そして少しの間だけど一緒に働いていたので副小隊長の気持ちが貴族の考えだということもわかる、貴族にとっては俺たちは言うことを聞くだけの存在であり死ねと言ったら死んだらいい、逆らうなんてあり得ないという存在なのだ。
その貴族たちは仲間内ではお互いを思いやって生きている。
本気で俺たちのことを人間だと思っていないのだろう。
「さっき殺した奴らも貴族なんだよな?ティル、俺たち大丈夫かな?」
ベイルもさっき囲まれる前に4人を倒していた。
獣人が貴族を殺したとなったら間違いなく死罪か犯罪奴隷だろう。
それを心配しているのだ。
俺も同じだ、すでに貴族を何人も殺している。
でもどう考えてもこっちが悪いとは思えない。
しかもそんな訳のわからない貴族の論理でミリアが頭を抱えて苦しんでいる。
「あいつら、やっぱりいらないよな」
思わず口に出た。
「えっ!?」
「あ、うん?大丈夫だって。俺たちは悪いことはしてないし」
正直かなりの怒りが沸いていた。
さっきも思ったが改めてそう思った。
貴族たちは俺たちを人間扱いしていない、じゃあ俺たちもそう考えたらいい。
今の時点では皆がここにいたら位置を知られているミリアを狙われたら危ない。
そこで最初の予定通りにすることにした。
皆に説明して安全な場所に匿うことにする。
このままでは殺されて終わりだということはどうやら皆が理解しているようだ。
約束を破ることで心の奥には抵抗があるようだが死んだら約束を守れなくなるから今は命を守ることを優先する、と説得した。
順番に『転移』させる。
マリンたちはすでに『別荘』でゆったりとしているのだが予定通りに新しく人数が増えることと簡単な状況を説明する。
ミリアに会えるということでバラッド組が盛り上がったが魔法で攻撃を受けて苦しんでいることを知ると少し神妙になった。
副小隊長がかけた魔法だが位置を知る情報を共有する相手を考える。
まず考えられるのは副小隊長より上の立場の者だろう。
そうなれば小隊長、その上の中隊長、副中隊長、ゲーレン、ティンカー侯爵、コングロレイト公爵ぐらいだがティンカー侯爵とゲーレンとは少し前まで政敵だと思っていたから外れると思う。
もしくは他の隊員たちの中に魔法の共有のような特殊魔法持ちがいるのかもしれない。
いや、レアケースを考えればきりがない。
考えられるだけの相手を処分すればそれでいい、それでも治らなければまたそのときに考えよう。
とにかく細かいことは後だ、ミリアたちをマリンたちに託して俺は王都に戻ることを告げる。
心配そうな目で見られるが他にどうしようもないことは全員もわかっているんだろう。
気をつけて、と口々に言われるなかベイルだけは違った。
「ティル、俺も連れて行ってくれ」
「ベイル、王都だよ、危険なんだ、さっきみたいな奴らがいっぱいいるんだって」
「わかってる、でも俺もそれなりには強くなったと思う。足は引っ張らないと思うし引っ張るぐらいなら置いていってくれてもいい」
「それは・・・」
「あのとき猪の魔物からティルは助けてくれただろ?あれからこういうときのために鍛えてきたんだ。それにミー姉を助けた後連れて行くこともできないだろうしミー姉を守る役目も必要なはずだ」
それは確かにそうだ。
俺がこの後しようとしていることをミー姉を連れてできはしない。
助けた後すぐにここに『転移』させるつもりだったがそんな余裕もないかもしれないのだ。
それに実際にベイルは王宮守護兵の班である4人を1度は倒しているのだ。
俺も魔法なしでは4人相手だと勝てなかったのに。
「考えてるより時間がもったいないだろ、頼む!」
「わかった、行こう!ちょっとミリアの頭痛と皆が楽しく暮らせるようにしてくる。ここでゆっくりしてて」
「絶対に帰ってきてね」
貴族に喧嘩を売ることがどういうことになるのかは皆わかっている。
頑張れとも言いにくいのだろう雰囲気の中でリゼがそう言った。
「うん、ちょっとだけ待っててね」
「わかった!皆にここの道具の使い方を教えとくから安心してね!」
「うん、頼んだよ」
最後にもう一目だけミリアを見る。
こっちを見ているが苦しそうだ。
なるべく早く痛みを取り除いてやりたい。
ミリアと目が合った。
痛みに耐えながらも少し微笑んでいた。
俺はベイルと『転移』した。




