第6話 真実
詰め所に連れて行かれた俺は何とかミー姉を解放されるようにと思っていた。
縛られたまま椅子に座らされ、さらに椅子とも縛り付けられる。
ここにいるのはゲーレン男爵と俺の上司ということになっている第3小隊長、あとは見張りの兵士が4人。
4人は小隊長の部隊の中で班を作っている4人で、部隊では1番の成績の4人だった。
俺に対する当たりは強く貴族以外の人間はストレス解消の道具ぐらいにしか思ってない様子でよく殴られた奴らだ。
今回も4人が俺を縛っているときにゲーレン男爵に奴隷の解放を頼もうとしたところ4人全員に殴られた。
「勝手に口を開くな」ということだそうだ。
それでも話さないわけにはいかない。
さらに話そうとする俺を殴ろうとする4人を制してゲーレン男爵が口を開く。
「ここまできたらもういい、おい、首輪を持ってこい」
その一言で4人のうちの1人が部屋を出た。
「ティル、君はよくやってくれた。素材に関してもそうだしこの半年は王宮守護兵のストレス解消まで担ってくれた。おかげであと一息で公爵の研究は成功をおさめそうだ。」
「しかし、だ。いま王子の身に大変なことが起こっている。君の捕まえてきたストーンフラワーが王子の両腕、右脚を石化させたのだ。これにたいして研究員の落ち度もあり罰したのだが何よりストーンフラワーを持ち込んだ者の責任も問題になっている」
「そこでティル、君にとってもいい話がある。その責任をとるため、石化した王子のため、公爵の研究の成功のためにあることをしてほしいのだ」
「何を言ってるんですか!?僕は安全対策もして納品しましたしその後の取り扱いでこちらに責任など負わせられたらこの先素材を納品する者がいなくなりますよ!?」
少し眉を動かしただけで俺の言葉は何も響いてなさそうだ。
「そんなことはどうでもいいのだ、もう素材もいらない。公爵の長年の研究の末エリクサーが完成しそうなのだからな。そしてそのためにもティルにはしてもらいたいことがある」
「これ以上何を?その前にまずあの子を犯罪奴隷から解放してもらわないと」
「あぁ、解放することはできん、これは決定だ。彼女にはエリクサーを作るための犠牲になってもらう」
「犠牲!?そんなこと言われて協力するわけないでしょう。とにかく彼女の奴隷からの解放、僕が何か手伝うのならそれが条件です。もしくは彼女が犯罪奴隷になるほどの犯罪を犯した証拠を見せてくださいっ!」
ドンッ!
バランスが崩れたかと思うと椅子ごと俺は倒れていた。
もちろん自分で倒したのではない、小隊長が俺を蹴ったのだ。
その上で俺に向かって叫んだ。
「黙れ、スラムの貧民が。お前が貴族と口をきくだけでも恐れ多いのに何を条件まで出してるんだ?お前らは獣人同様貴族の役に立てるならと言われことは喜んでハイと言っていればいいんだよ!!首輪をした時点で犯罪奴隷だがそうならなくても貴族の言うことは聞いて当たり前なんだ!首輪したら聞き分けがよくなって少しはマシになるってもんだろ!」
「そんなの許されるわけがないっ!何で逆らってもいないのに犠牲になんてならなくちゃいけないんだ!」
今度はゲーレン男爵が小隊長の前に出た。
椅子ごと倒れたまま見下ろすように立っている。
「小隊長、いい、いい、どっちにしろ首輪をつけて言うことを聞かせるんだ。そのためには説明してやらないとな。首輪が来たら喜んで言うことを聞くようになるさ」
ゲーレン男爵の目線は俺に向いていたがもうそれは人間を見る目ではなく道具を見る目だった。
俺を犯罪奴隷に仕立て上げ、複雑な命令を聞かせるには内容を説明するしかないのだろう。
理解できる簡単な命令ならいいが複雑な命令は本人が理解していないと失敗するのだ。
ここで俺は諦めた。
もちろん自分とミー姉のことをじゃない、話し合いをだ。
こいつらに何を言っても通じない、向こうの都合で動き譲ることは一切ないのがわかったのだ。
ここから逃げることはできるがもう2度と戻ってくることはないだろう。
だがその前に何を企んでいるのかを知りたい。
反論をやめ、倒れたままゲーレンを見た。
「おっ、聞く気になったか?よし、説明してやろう。ちゃんと理解しろよ。まず最終的にはティルには奴隷を100人率いて記念式典に出てもらう。そこで王子のために自らエリクサーの素材になると宣言してもらう。あぁ、お前も含めてだから99人の獣人奴隷をだな」
「は?何を言ってる?」
本気でわからなかったのだがゲーレンの説明は続いた。
そこまで言わなくてもいいのだろうがこちらが動けないこと、できる限り理解した方が犯罪奴隷になったときに言うことを聞かせやすいこと、エリクサーの自慢、それらが重なった結果だろう、かなり細かいところまで話し出した。
ゲーレンから聞いたのはこういうことだ。
エリクサーの原型はすでにできている。
あとは石化の解毒など特殊な状態異常の解毒作用を高めれば完成で、それは濃度の問題で解決する。
エリクサーのメイン素材は人の魔石だ。
そのために100人の犠牲がいる。
その100人を集めてティルが率いて記念式典で「王子のために皆が進んで体を差し出します。これでエリクサーを作って王子の石化を解き将来の王になってください。そのためなら我々の命など惜しみはしません」
そう宣言する。
王と王子は感動し、王子を次期王にすること、王子身分を王太子にすることを宣言してティルたちの犠牲のためにもこの国を栄えさせると宣言する。
それがシナリオのようだ。
もちろん自らそんなことをいうわけはないが犯罪奴隷になってやることを理解したら命令されたら実行するだろう。
犯罪奴隷の首輪をしていたら言わされたと思うかもしれないがそこでゲーレンの特殊魔法を使う。
ゲーレンの特殊魔法は首輪の透明化だそうだ。
100人は堂々と首を見せて犯罪奴隷ではないことを見せるのだ。
ティルが理解して宣言したのなら他の奴隷には『何もしゃべらずにティルについて行って全員で跪きティルが戻れば一緒に戻ってこい』ぐらいの命令でいいだろう。
それなら詳しい説明なしでも体裁は保たれる。
笑顔で、などの命令もつけておけばまさか犯罪奴隷が命令されているなどとは思われない。
最悪な計画だった。
だが最悪なのはこれだけではなかった。
「あとはそうだな、ティル、お前以前解放したと言った母娘の2匹はどこだ?屋敷にいるのか?ということはバラッドの町か?」
「何でマリンたちのことを・・・」
その意味を理解し始めて落ち着いたと思っていたはずの鼓動が高鳴る。
まさか?
では何のためにこの2年我慢を?
言葉を発せないところに小隊長が笑う。
「ははっ、解放なんかしてるわけないだろ、ゲーレン男爵が首輪を透明にしただけだ。だいたい解放できるのは侯爵以上の決められた方だけだ。お前は今まで恩を受けたからと言ってたが元々そんなものはないんだよ!」
俺がティンカー侯爵の恩を返すために素材を集めたし王宮守護兵でいじめられてもやめるつもりがないことは同じ小隊に組み込まれて珍しく俺に敵意の少ないボニートという男にに言ったことがある。
本当はコングロレイト公爵のためだがそれまでの2人の関係は話せないのでティンカー侯爵の名前を出したのだ。
それを知っているのはボニートが小隊長に話したからだろう。
「ボニートも笑ってたぜ、恩を感じてるんだってよ、解放なんてされてねーよって。お前と話をしても何も楽しくないがこういう馬鹿な話をつまみに飲む酒は旨いってよ」
後ろにいた兵士たちが笑った。
そのときのことを思い出しでもしていたのだろう。
貴族の子弟の中にも話するぐらいはできる人もいると思ったのが間違いだったのか。
しかし俺のことはいい。
マリンたちが解放されてないということの方が問題だ。
「マリンたちをどうするつもりだ・・・?」
ゲーレンをにらみつける。
もちろん全く恐れ入った表情などは見せない。
「あぁ、大丈夫だ。ちゃんと処分しておいてやる。屋敷にいなかったときのことがめんどくさかっただけで屋敷にも突入する指示は出してあるので全員処分してやるから安心しろ」
「全員って、誰かわからないだろう、俺の家には他の人間も出入りして」
「全員だ。屋敷にいる者全員処分したら中にその2人は入っているだろう。他にいるなら運が悪かったな」
「なっ、待て、なんで処分を?連れてきたらいいだろう?」
「馬鹿だな、お前は。言って命令するには俺が行かなくちゃならんだろう。バラッドの他にもメダグリア、ヴィットリアにも10人ずつ送り込んでいるんだ。そんな悠長にしている時間はない。全員処分してここのスラム街から新しい獣人を捕獲するさ。俺の透明化は100人までなんだ、もうあいつらは存在自体が邪魔なんだよ」
そのとき隷属の首輪の魔石を取りに行った兵士が戻ってきた。
俺を犯罪奴隷にするための。
嬉しそうに俺を見て「持ってきました」と報告している。
他の子弟たちも犯罪奴隷に落ちる俺をニヤニヤと眺めている。
「よし、ちょっとかわいがってやってから奴隷にしてやれ。私はティンカー侯爵と話がある。透明化は後でしてやるからとりあえずは小隊長の奴隷でよかろう」
ゲーレンがそう言うと魔石を持ってきた兵士が近づいてくる。
「あ、それとな」
ゲーレンが続けた。
「ティル、お前メダグリアで育ったんだって?お前のいた寮の女、全員首輪を透明化した犯罪奴隷だから。もちろん処分対象になってるぞ。よかったな、借金ももう返さなくていいぞ、ハハハハハハっ!」
頭から血のひく音がした。
何を言ってるんだこいつは。
寮の全員が犯罪奴隷?
首輪なんてしてなかった、いや、透明化?
そんなの気づくはずがない、本当に?
そう言いながら身だしなみを整えてここから去る準備をしている。
「ま、待てっ、本当か?」
椅子ごと押さえつけ、黙れと蹴り上げる兵士になどかまっていられなかった。
「ふふっ、調べたときは笑わせてもらったよ。あいつらには借金したこと、借金を返す約束は守れと命令しただけで逃げもせずに働いているんだからな。あの食べ物すら残り物しか与えられない生活でだ。人生かけて俺に金を送り続けてただけだ。あ、あと借金もな、本人たちは親が生活できるようにってつもりらしいが親は処分したから。金はかかってねえんだよ、馬鹿だよなあ、あいつら。はははははっっ!」
「ははははっ!安心しろよ。もうそろそろ部下たちがメダグリアにつく頃だ。ちゃんと全員殺してやるよっ!あ、あとでマジックバッグとインビジブルモンキーの毛皮も出せよ。お前なんかを王宮守護兵にいれてやった俺たちへの報酬だからなっ!」
ミリアが「約束だから」と話していた表情を思い出す。
それがすべてこいつのせいだった。
両親を殺され借金を借りてもいないのに背負わされて10年経てば自らも処分される。
ミー姉の母からしたら自分だけでなく子どもまで搾取されている。
今までここから逃げてエイト国へ行こうか、ミリアや他の知り合いたちのことは少しでも助けになってやりたいがどうしようか。
などと逃げることばかり考えていた。
なんだかんだでこの国で暮らすことを選んでいる人がいるのだし俺は無理だから逃げだそう、と。
少しの間放心していたのかもしれない、気がつくとゲーレンはいなくなっており小隊長を含む隊員たちが俺を蹴っているが体の痛みは気にもならなかった。
それよりも事実を聞いた今、違う気持ちが俺の心を占めた。
「こいつら、いらねえんじゃね?」
『消去』
俺の頭を押さえている兵士の首が落ちた。
隷属の首輪の魔石を持っている兵士の両腕と首が落ちた。
残りの2人の兵士、小隊長の首も落ちた。
自分を縛っているロープを切り体を自由にさせる。
ゲーレンは逃がしたが追って殺すか?
いや、ここで殺したら透明化はどうなる?
それがわかるまでは殺すわけにはいかない。
追いかけてとらえて尋問などしている時間がない。
近くの村からミー姉たちを連れてきた、そのために出発したのは3日前。
ここからバラッドまでは3日、多分今日には到着している。
メダグリアとヴィットリアまでは5日だがかかるがこれも2つの部隊は5日前に出発しており今日到着していてもおかしくない。
ヴィットリアの町には行ったことがない。
なので『転移』もできないし申し訳ないが止めようがない。
ミー姉はそのまま記念式典まで殺されることはないだろう。
記念式典までそのままにしておくつもりはないが今の緊急事態はバラッドとメダグリアだ。
王宮守護兵たちの死体を処分している時間ももったいない。
人を殺したのにこんなに何も思わないのだろうかとふと頭をかすめたがミリアたちの今の状況を考えれば今考えることでもない。
まずは間違いなく今日到着しているはずのバラッドの自分の屋敷に『転移』した。
3階の自分の部屋から階段を降りるとマリンとリゼが掃除をしていた。
ホッとして出かける準備をするように指示する。
理由を聞きたいだろうに何も聞かずに準備を始めてくれるのは非常に助かる。
1階には誰もいない、地下には親方とあと2人の解体作業をしている人がいた。
「親方、ヤバイ、兵士が乗り込んでくる、親方が狙われてるわけじゃないので逃げてくれ!」
「何言ってんだ、ティルが狙われてんのなら手助けするぜ」
「いや、俺は何とでもなるから。他の犠牲者を出したくないんです。とにかくこの家からは離れてください!僕はもうひとつの町に行かなくてはならないので待ってる時間もないんです!」
今日来ると思っていても待っている間にメダグリアを無視できない。
慌てて道具をしまう親方たちを連れて家の外に出る。
「ロウ、いた!ロウも皆と一緒に逃げていてくれ!」
「敵ですか!?敵なら俺は家を守ります!」
「家はいい、逃げた先で一緒に逃げるマリンとリゼを守ってやって欲しいんだ!」
「わかりましたっ!」
ロウが役に立つために戦いたがっていることは知っているが1人で命をかけてまで屋敷を守ることはない。
その想いはわかっているから戦うならせめて人のためであってほしい。
この先俺がどうなるかはわからないがもし負けたときにマリンとリゼを守ってもらいたい。
ロウの実力では王宮守護兵2人なら勝てるだろう、だけど1班4人相手だと勝ち目はない。
家を出たところで院長が見えた。
なんだかやたらと慌てている。
「院長、どうかしましたか?」
「オリビアが連れて行かれたって子どもたちが言うんだよ!何かしらないかい!?」
「オリビアが?」
「どうも特徴を聞くと王宮守護兵のような格好をしているんだけどねぇ、こんなところにあいつらがいるわけないしねぇ」
「すいませんっ!、俺のせいかもしれません!俺もそいつらがこの町に来てるって知ったので来たんです」
「そうなのかい?オリビアをさらってすることと言ったらポーションがらみだとは思うがどこに連れて行かれたのかは・・・」
「この町で夜の店で王都の貴族、たぶんゲーレンとつながってるところって知りませんか?」
「ゲーレン男爵?あるさねぇ、ここ出身の子も何人か働いている。最初に大きなお金を貸してくれるそうで借金がある者には助かるらしいんだがねぇ、私はあまり進めないんだが・・・」
「そこに案内してください、そいつらの目的はそこで働いてる女性たちの殺害なんですっ!」
「はっ?どういうことだい?いや、言い争ってる時じゃないねぇ、外れたら仕方ないがまずはそこに行ってみようかねぇ。でも少し遠い・・・いや、この時間ならまだ寮だね、それならすぐ近くさねぇ!」
実際にすぐだった。いつもはあまり行かない方向にだが歩いても10分ほどだろう。
院長を走らせるわけにも行かないので先に向かうが親方が案内してくれた。
お店には何度か行ったことがあるらしいが寮は行ったことはない、だが場所ぐらいは知っているという。
とりあえずはマリンたちを孤児院で預かってもらう。
ロウには守ってもらうことになるが襲ってくれば俺に連絡がつくように魔石を渡す。
緊急連絡用で魔力を流して音を出せば俺の持っている魔石から音が出る仕組みだ。
こっちをマジックバッグに入れていたら意味がないのでポケットに入れておく。
走って5分ほど、その寮が見えるところまで来ると場所はわかった。
その寮の前で腕を縛られたオリビアを連れた4人の男が様子を見ており中でもめ事が起こっているようだ。
遠巻きに人が覗き込もうとするがその4人が追い払っている。
寮の入口の4人は見覚えがある、王宮守護兵で間違いない。
そのとき1人の女性が飛ばされるように玄関から出てきて倒れた。
背中を斜めに切られて血が吹き出ており動きそうにない。
その女性に向かってい見張りのうちの1人がとどめを刺そうと首に剣を振り下ろそうとする。
その兵士の頭が落ちた。
考えている時間はない。
オリビアを捕まえている兵士の頭も切断する。
オリビアに傷がつかないように慎重に。
残りの2人は数㎝ずれようがどうでもいい感じで。
「オリビア!大丈夫!?」
「ティルっ!何?さらわれたと思ったら今度はこの人たちの首が・・・っ!」
「落ち着いて。とにかくほどくから」
慎重気味にロープを切断する。
「大丈夫?動ける?」
目の前で兵士が死んだことのショックもあるかと思ったのだがそこまでではなさそうだ。
自分を殺そうとした相手が死んだところで悲しんでなどいられないのは当たり前だ。
スラムの人間ならそんなことは身に染みついている。
「大丈夫、ティルがしたの?助かった。でもククリーちゃんがっ!」
今倒れている女の子のことだろう。
孤児院出身ならオリビアが知っててもおかしくない。
マジックバッグからハイポーションを何本か取り出してオリビアに渡す。
「任せていいかな?」
「大丈夫、任せて、中にまだ5人いるから、気をつけてっ!」
急いで中に入ると第2小隊の副隊長とその部下の4人が中の女性に剣を向けていた。
女性のひとりはお腹を刺されたようでうずくまりもうひとりは肩から胸にかけての傷を負い倒れている、こっちは危ないかもしれない。
「あっ?ティル?なんでお前が!?」
「このあとお前のところの奴隷も殺しに行ってやるよ、楽しみにしておけよ」
「ちょっと待ってろ、こいつらを殺してから行くからよ、次は俺だ。どいつにするかな・・・?」
そんなことを聞いている暇はないので言い終わる前に『消去』で副小隊長もまとめて全員の首を切断する。
時間がもったいない、今にも死ぬかもしれないのだ。
倒れている女の子に近寄ってハイポーションをかける。
さらにもう1人のお腹に刺し傷の女の子にも。
何が起きたのかわからないまま何も言えない女の子たちの前でハイポーションを使っていると親方が覗き込んで入ってきた。
「早えな、もう終わったのか。オリビア、もう大丈夫だ」
さっきの女の子を連れて入ってきたオリビアを見てやっと正気に戻ったのか他の女の子たちが泣き出した。
オリビアが皆を落ち着かせながらケガをしている女の子のハイポーションの効きぐあいも見ている。
今は動揺して話を聞くどころじゃなさそうだ。
そのとき遅れて院長が到着した。
「何だい、もう終わったのかねぇ。で、ティル、言えるところまででいいから説明するさねぇ」
オリビアと、想像以上に親方が皆を落ち着かせている。
後から解体場のみんなもやってきた。
親方に言われて助けに来てくれたのだろう。
俺は簡単に王弟が石化されたこと、ゲーレン男爵の特殊魔法の首輪の透明化のこと、王都での記念式典のために透明化された奴隷が必要になったこと、そのために今の奴隷を殺そうとしていること、これらを打ち明けた。
「なるほどねぇ、透明化ねぇ、少しおかしいと思いながらも全く気付かなかった私も私だねぇ。で、ティル、どうするつもりなんだい?」
「メダグリアの町に行った兵士を止めます。ミリアも同じ境遇のようなので。ヴィットリアの町は俺が行ったことがなくてどうにもできないので申し訳ないのですが・・・」
「そうかい、でもできることはした方がいいさねぇ。全部は無理だとしてもねぇ。それで助けたあとのことは考えてるのかい?」
「俺はもうこの国を諦めました。どうにもならなかったとしてもこのままでいることはできません。助けた人たちも犯罪奴隷から解放できなくても普通に生活ができるぐらいにはしてやりたいと思ってます。どうなるのかわからないので後は言えませんが俺に何かあったときはこれでこの子たちをお願いできませんか?」
いくつか作ってもらった小さめのマジックバッグを渡した。
中には100人が一生暮らしていけるぐらいの金額は入っている。
院長は受け取ったが中も確認しなかった。
「お前さんのことだから充分な金額が入っているんだろうけどねぇ。まぁいいさ、とりあえずは預かっておくさねぇ。でも勘違いするんじゃないよ、帰ってきたらちゃんと返してやるからね。それがたとえ他の国に行くようなことになっててもだからねぇ」
「はい、俺もできる限り帰ってくるつもりですので」
「ふふっ、またバーベキューでもするのを楽しみに待ってるさねぇ」
そこに親方が声をかける。
「おい、これって国の奴らに狙われてんだろ?この寮とか店、ティルの家とかはバレてるよな?少しの間かくまってやるよ。そこまででかい家じゃないが少しの間ぐらいなら我慢できるだろ」
「お前さんに預けてこの子たちの方が大丈夫かねぇ?」
「ばっ、馬鹿なこと言うな、この状況で何かするけねぇだろう!もっとも信用できないってんなら俺の家じゃなくてもいいが」
「そうだねぇ、そこまで悪党じゃないのは知ってるけど、どうだい?オリビア?」
「はい、親方さんは信用できると思ってます。ここや孤児院よりは安心だと思います」
親方だけではなく騒動がある程度落ち着くまでは解体場の人たちも護衛としていてくれるそうだ。
「酒買ってこないとな」
と言ってる人もいるがたぶん緊急には再び襲われることはない、一応守ってくれると信用することにする。
王宮守護兵たちが動いたのはコングロレイト公爵の命令だ。
奴隷の獣人女性10人ぐらいを副小隊長と2班の計9人で殺害するだけ、しかも手段を選ばず、失敗するなどとは思ってもいないはずだ。
なので追加で兵士を送り込んできたりはなさそうだが俺は貴族街で兵士を殺害したがゲーレンは生きている。
ここの女の子たちの首輪の透明化が解除されていないことから死んでいないことはバレるかもしれない。
それなら一応かくまっておいた方がいいだろう。
ゲーレンの魔法が透明化した相手の場所や生死を知れるや遠隔でも命令できるなどの機能があるかもしれない。
俺の周りを調べたと言っていたのとわざわざここに兵士を送り込んでいることでその可能性を今は否定できるが新たに能力を得たりすることもあるかも知れないのだ。
お店の女の子たちはとりあえずの荷物を持って親方の家に向かった。
オリビアも同行するつもりだが荷物は孤児院にあるので院長と一緒に戻る。
そこには孤児院の前で警戒しながら立っているロウとその後ろにマリンとリゼが見えた。
子どもたちは中にいるようだ。
不審者が来たらマリンとリゼが中に戻って子どもたちに知らせ一緒に逃げるつもりなのだろう。
3人にも親方の家にかくまってもらった方がいいだろうということを伝えるが珍しくロウが断った。
「おっ、俺はティル様と一緒に行きたいっす」
ロウが覚悟を決めたように口を開いた。
ここからは完全に国を敵に回す、俺もどうなるのかわからない。
ロウは手伝ってくれるつもりだろうがロウの実力では連れて行けば逆に守らないといけなくなる。
「わっ、私も!一緒に行きたいっ!何か役に立ちたいっ!」
リゼまでがそんなことを言いだした。
「今回ばかりは悪いがちょっと無理だ、守り切れる自信がない」
「そっ、それは・・・でも・・・」
2人の気持ちはありがたいがここで折れるわけにはいかない。
どう断ろうかと思ったがマリンが2人をたしなめてくれた。
「リゼ、ロウ、気持ちは私も一緒、守られてばかりだもの。でもここで迷惑をかけるのは1番よくないわ。ティル様ごめんなさいね。今からミリアさんも助けに行くんでしょう?急がないと」
そうだ、ミリアのところに。
こっちよりは時間的に余裕があるはずだがそれでもどうなるかわからない。
間に合ってもかくまう場所も必要で、場所を探す時間もいる。
「そうだっ!」
かくまう場所もそうだがもう王宮守護兵たちに喧嘩を売ることは決まっている。
この国にいなくなるかも知れないのに出し惜しみしても仕方がない。
安全な場所があるじゃないか。
「リゼっ!頼みがある」
「私に?何?何でもするよ!」
「これからリゼたちをかくまう。そこにミリアたちも連れて行くつもりだ。そこにある色々な道具の使い方を皆に教えてやって欲しいんだよ。マリンさんは料理を出して欲しい、最近知ったんだけどそこはあまり長い間いない方がいい場所らしくて、でもある素材を使った料理を食べれば大丈夫らしいんだ」
「あっ!秘密基地っ!」
リゼは内緒で何度か『別荘』に連れて行ったことがあり中の特殊な家電と言っていい道具の使い方も教えたことがあるのだ。
魔の森の奥なら見つかるはずもないしドラゴンの肉を食べれば健康被害もない。
「ティル、そこって、まさか、ねぇ・・・」
院長は場所も気付いたようだ。
「絶対見つからないでしょう。たとえゲーレンの透明化した対象の位置までわかったとしても来れないはずだ。ロウはそこで皆を守ってやって欲しい」
「ミリア様も来るんですか?名前しか聞いたことありませんがそれならティル様のお役に立てます。喜んで、必ずミリア様をお守りしますっ!」
「うん、ありがとう。でもその部屋からは絶対に出ないようにな」
「はいっ、必ず!よろしくお願いします!」
「私もっ!私もそっち行きたいっ!」
いつの間にか話を聞いていたキャロが口を挟んだ。
「キャロ?なんでここに?」
「何でも何も起きたら何か面白そうな話をしてるから」
どうやら今日は休みでまたお酒を飲んでさっきまで寝ていたようだ。
後ろにシャーリーもいるのは一緒に飲んでいたのだろう。
「私も、行きたいっ!」
オリビアが手を上げた。
少し迷ったがもう考えている時間も惜しい。
子どもたちをかくまう場所を探すよりも連れて行った方が早い。
2階は広いし子どもたちなら雑魚寝も慣れているだろう。
「わかったわかった。とにかく連れて行くから。絶対に外に出ないこと。その危険性は院長が知ってるから。リゼ、部屋の使い方は任せた。マリンさん、ドラゴンの肉料理は全員に絶対に食べさせてください、ロウ、絶対に部屋の外に誰も出さないようにしてくれ!頼んだぞ!」
「「「はいっ!」」」
『転移』で先に『別荘』が元々あった場所に移動する。
『別荘』を出して、ひとりずつ転移させ、『別荘』の中に入れる。
孤児院の子どもたちもだ。
子どもたちは当然のようにはしゃぐが対応は大人たちに任せる。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。うまくいけばミリアたちを連れてくるから」
「行ってらっしゃい」
「待ってるね!」
『別荘』を出て深呼吸する。
ほぼ丸々5年ぶりだ。
少し、いや、かなり緊張する。
俺はメダグリアの町、あの懐かしい寮の裏に『転移』した。




