第3話 転移魔法
1人で部屋に戻った俺はさっきのことを考える。
手の中から魔石が無くなったことだ。
どう考えてもおかしい、両手で包むように持っていたのに一瞬にして消えたのだ。
まるで瞬間移動したかのように。
そう、瞬間移動、こっちの世界には魔法があるからそれでも不思議ではないのだ。
だが確信はないのに瞬間移動使えるかも、などと言うのが恥ずかしかったのでまず1人で検証したかったのだ。
適当なものを探す、棚にあった大きめのお椀を出してくる。
正座して目の前に置いたお椀に手をかざして移動させようとする。
あの時俺はリンの尻尾が気になっていたからあそこに移動したのではないかと考えた。
移動先は1メートル横に。
体の中の魔力というのはなんとなくわかる気がする。
手に集中すると何かが集まっている気がするのは気のせいじゃない。
が、お椀は動かなかった。
やっぱり違ったのだろうか?
「俺、瞬間移動できるんだぜ!」
そう言ってできないと言うことにならなくてよかったと思う。
5歳児ならよくあることかもしれないが実際の年齢を考えると痛い。
休憩しようと飲むためにそのお椀に水を入れてくる。
やっぱりあの時は気づかないだけで落としたのだろうか・・・
手の中の水の入ったお椀を見ながら何となくもう一度やってみる。
(これを・・・1メートル先に)
お椀を手に持って目を閉じ魔力だと思うものをお椀の真ん中に集めるように意識する。
手からお椀が消えた感覚は無い。
やっぱり無理か・・・そう思って目を開け、水を飲もうとする。
そこで気付いた、水が半分ほど減っている。
こぼした?いや違う、手は濡れていない。
もしかしてと思い1メートル先の移動予定の場所を見ると板の上は濡れていた。
中身だけ?いや、それにしては半分ほど残っているから違いそうだ。
全部を移動できない何らかの制限?
とりあえず濡れたままにしておくのはまずい。
拭く前に戻せないか試してみる。
目に見える1メートル先から手元のコップへ。
手元のコップの重量が少し重くなったかと思ったので見てみると、そこにあったのは一辺が5センチほどの正方形の木片だった。
1メートル先にはちょうど同じぐらいの穴が開いている。
コップの中の木片を取り出してそこにはめてみるとぴったりと収まった。
(できた!?)
思わず握りこぶしを突き出す。
床を穴ボコにするのはまずいのでさっきくりぬいてしまった床の破片を何度か移動させたり元に戻したりしてみる。
どうやら本当にできるようだ。
何度かの実験でわかったのは移動させられるのはその分量だけのようだ。
5㎝×5㎝×5㎝の立方体の範囲内だけ。
あまりにもしょぼいんじゃないか?
少しがっかりしたがこういうのは成長したりするかもしれない。
これ以上部屋の中で試して他を壊すのはまずいので木片は元に戻してはめ込んだ。
ミリアには後で謝ろう。
いろいろと検証してみた。
移動と言うより転移と言うべきだろう。
一辺5㎝に収まるほどの大きさの石に炭で目印をつける。
なるべく遠くに、と距離を長くして実験していくと50m先まで転移させられることもわかった。
転移させる前に目をこらしてよく見ると意識した範囲が少し暗くなっている、この暗い部分が転移できる範囲なのだろう。
その立方体の形を変えようとするとゆっくりとだがイメージ通りに形が変わる。
大きな石に埋まるように暗い立方体を重ね、転移させると暗い部分の中だけ転移され、外側にあった部分はその場に残った。
黒い部分を球体にすると球体のまま転移される。
俺の意思で暗い範囲は動かせるらしい、これが魔力なのかもしれない。
範囲を変えるのは慣れたら早くなりそうなので練習をすることにする。
さらにわかったのは意識すると5³㎤よりも小さくはできるようだ。
範囲指定みたいなものだろう。
黒い部分を小さな物体に形を合わせるのは対象が見えるだけに難しくない。
そうするとその物体だけを転移させることができるようだ、無意識でしていたのだろうがそうじゃなければ庭での最初の転移魔法で俺の手のひらごとをえぐり取って転移していただろう、危ないところだった。
結論はその小さな範囲だけ、長距離も無理、魔法が使えると周りに言うにはしょぼすぎて恥ずかしいレベルだ。
基本は誰にも言わないでおこう。
魔石に魔力を補充できるだけ役に立ててよかったと思っておくことにする。
そんなことをしていると夜になった。
寮に帰るとベイルの部屋でリンの声もする。
楽しく話しているようだ。
ミリアたちの帰ってくる時間は深夜で、5歳の体が起きているのはつらい時間になる。
みんな寝てるというし、毎日起きて待たれてもめんどくさいだろう、そう思うことにして体を拭き寝ることにする。
着替えなども用意してくれたが外出着と寝間着をどっちがどっちに使っても変わらないようなものだ。
元々着ていた服には革紐と巾着がついておりそれを外出着の印にする。
巾着と言っても5㎝ほどの小さなもので中には何も入っていない。
考えたら転移できるのはこの程度なのだ、転移させるより持って歩いてもたいした違いは無いだろう。
そんなことを考えているといつの間にか眠りに落ちた。
この世界初日からハードなことばかりで疲れていたのだろう。
次の日・・・再び柔らかいものに顔をうずめた感触と酒の匂いで目が覚めた。
どうやら異世界は夢じゃなかったらしい。
抱きしめられているがなんとか抜け出して部屋を出る。
食堂ではミー姉が食事を作っていた。
手伝った方がいいかな、と思い台所に行く。
「毎日大変じゃない?何か手伝おうか?」
「ありがとう、と言っても鍋に入れるだけだからそんなにたいしたことないのよ」
「ずっと1人で作ってるの?」
「少し前から、まだ3ヶ月ほどかな。前に作ってた子の母親が仕事の契約を終えて一緒に出て行ったの。その子もスープばかりだったな。誰も料理なんてしないから教えてもらうこともできなくてどうしたらいいのかわかんないのよ。失敗したら食べるものが無くなっちゃうしね。だから結局毎日スープになっちゃう。おいしくなくてごめんね」
「そんなことないよ。みんな作ってくれるだけでありがたいはずだよ?」
「そう言ってくれるんだけどね、けっこう食にこだわらない人が多いし。だけどもうちょっと料理ができたらなあって思うの」
正直に言って確かにそんなにおいしいわけじゃない。
だが教えてくれる人もいないし他の料理を作っているところを目にもしないのでは上達のしようがないのだろう。
棚をのぞいてみると調味料もいくつか種類がありそうだ。
俺も料理が得意なわけではないが簡単なものなら作れる。
「もしよかったら俺がいくつか作ってみようか?」
そう言うと目を輝かせてこっちを見た。
「ティル、料理できるの?教えて!」
そんなにたいしたものができるわけではないので恐縮だがレパートリーの1つとして作ってみることにする。
と言っても材料自体が固いパンと野菜、しかも野菜のくずっぽい方が多いのだ。
スープにするのが栄養的には一番いいのかもしれない。
その日はいつもよりスープを少なめに作り、野菜を残す。
野菜は毎日朝に食堂の裏口に届けてくれるという。
ここで働く条件で食事付きというのがあるのでお店のオーナーが別に経営している商会に届けてもらっていると言うことだ。
調味料を見ると塩に酢、異世界に転生した話ではなかなか見つからなかったりする醤油の匂いに近いものもある。
さすがに砂糖は高価で手が出ないらしいが。
食材はキャベツや白菜、人参、玉葱、ジャガイモ、全部最後に「の、ようなもの」とつけた方がいいのだろうがそんなに違いはなさそうだ。
肉や卵などはそれなりに高くてないそうだしかなり料理の幅が制限されるが少しぐらい味の変化があればましだろう。
定番のフライドポテトにポテトサラダ、マヨネーズはないのでキャベツや人参、玉葱を混ぜただけのもの。
砂糖がないので今いちだろうがキンピラをゴボウや人参で。
キャベツの酢の物、トマトをペーストしてパンに乗せるなどいくつか試してみた。
ベイルとリンも起きてきて参加する。
フライドポテトにかなうものはなかったようだが普段と違うと言うだけで喜んで食べていた。
ミー姉にしても調味料をどうしていいのかわからなかっただけで料理ができないわけではないのだろう。
ほとんど塩だけしか使ってなかったという。
実際俺も料理なんてほとんどしたことがない。
施設で当番として作らされただけだ。
それでも知識として少しは知っていたからましなのだろう。
例えば見たこともない外国の調味料を、素人が料理に使えと言われてもいつどこでどうやって使ったらいいのかわからないはずだ。
いくつかの料理を作るとミー姉はかなり興味を持ったらしく、明日からいろいろやってみると言っていた。
何でも醤油のようなものなどは他国の特産品だが死人が出たこともあり毒にもなるという噂があるという。
それでたまにここに来る商人から安く手に入った。
それも昔のことで料理を知らないミー姉が使うのはためらっていたそうだ。
寮の女の人たちが起きてきて俺たちが作っているのをつまみ食いしていたが酢の物以外はけっこう評判だった。
ミリアは酢の物も美味しいと言ってくれたが酸っぱそうな顔、俺が作ったと言ったからお世辞だろう。
美味しいと言ったらまた出てくることを知らないようだ。
「じゃあミリアにはまたそれ作ってあげるよ。他の人には別の料理の方がいいのかな」
「ち、ちょっとまって、私も・・・」
「試しに作ってるから苦手なら言ってくれないとまた出てくるよ」
「せっかくティルが作ってくれたのにって思ったら・・・」
その気持ちはわかってたのでありがたいが苦手なものを無理に食べてもらうのも気になってしまう。
苦手なものも好きなものも正直に言うことを約束した。
それから毎日たいした量はないがある調味料と食材思い出せる限りのレシピを試してみた。
ミー姉が料理に興味があるのは本当のことなのだろう。
出汁の取り方や下味の付け方など俺がうろ覚えで教えても何度か工夫をしておいしい物を作ってくれるようになっている。
失敗して食材を無駄にしてしまうのが怖くて何もできないというところもあったようだ。
だいたいの手順や調味料がわかれば食べられないものは出てこないだろう。
「ティル、ありがとうね、料理楽しいわ」
「そう言ってくれると俺もうれしいよ、あんな曖昧な記憶なのにミー姉が直してくれるし」
「なんとなくで失敗もあるけどね」
「失敗したって食べられないことはないから大丈夫だよ。頑張ってるミー姉のこと見てたら妹みたいに思えて楽しいよ」
前世では2歳で亡くなった妹、成長したらこんな感じなのかなと思う。
「待ってよ!?なんで私が妹なのよ。ティルが弟なんじゃないの?」
「え?だって俺が教えてるんだよ?」
「それでもよ。見かけもどう見ても私がお姉さんじゃないの、料理以外の常識とか魔法のこととか全部私が教えてあげてるし」
ミー姉は魔法にも興味があるらしく少ないなりに知識を持っていた。
「えー、納得いかないなあ。ティル兄って呼んでもいいぐらいだけど?」
「ぜぇっっったいに呼ばないから安心して!」
言ってから顔を見合わせて二人で笑い合う。
主導権を握るわけじゃないがそんな冗談も言い合うようになっていた。
前世でもそんな相手はいなかった。
ゆったりとした毎日を過ごしていつの間にかここに来て10日ほどたっていた。
他の女性にも受け入れてもらいこの寮の一員として過ごす毎日は楽しかった。
そんなある日、少しずつ集めた薬草や小さなクズ魔石を買い取ってもらって少しのお金を子供たちで手に入れた。
これが子供たちの小遣いになる。
俺にも分けてくれて一人銅貨2枚。
ここに来て寮の周りだけで生きてきたがそのお金を持って初めて買い物に行く。
銅貨の価値がわからないので聞いてみると1枚100ゼゼだと言う、その1ゼゼがどれぐらいの価値なのかわからないのだが・・・
ミー姉は行かないと言うのでベイルとリンの3人でスラムのあたりを抜けて平民の暮らすお店の並ぶエリアに行く。
お店と言っても屋台で庶民用の店だ。
書いている文字はひらがなに似ておりだいたい読めるのだがこっちの固有名詞のものなどは発音できるが意味がわからない。
数字はどうやら10進法でいいようだ。
ベイルが来たことがあるのか真っ直ぐに向かった先は串に刺した肉を売っているところだった。
そこで肉を刺した串を3本買ってくる。
一つの串に2切れの肉が刺さっている。
その内の1本を俺に渡してきた。
「ティル食べてみろよ」
自分で買ったのに分けてくれる。
リンも近くの店で同じような串を買ってきて1口くれる。
店によって少し味は違うがほぼ同じような味だ。
リンの方が少し柔らかいがどっちも筋も多く安物の肉だとわかる。
買ったものは少しずつ分けて食べるといろんなものが食べられる、そんな感じのようだ。
2人は同じような串を違う店でまた買っている。
俺はトマトソースのようなものがかかったパスタのような麺を買ってみたが分けにくくてあまり評判はよくなかった。
麺があることでちょっとうれしくなる。
うどんやそば、ラーメンみたいなものもあるのだろうか?
銅貨1枚で鉄貨100枚、鉄貸1枚が1ゼゼと聞いていたので180ゼゼと書いている麺屋で銅貨を2枚渡したのだがなかなかお釣りをくれない。
催促すると忘れてたように渡された。
少し怪しい感じがしたのでベイルに聞いてみる。
「ベイル、肉を買うときってちゃんとおつりくれる?」
「おつり?ないぜ、これで買えるだけくれって言うから」
そんな買い方をしてたのか。
ベイルの買った店に足を運んでみる。
1串28ゼゼ、となっている。
確かに買えるのは3串だがお釣りの16ゼゼはごまかされているようだ。
「ベイル、お釣りもらってないんだよな?」
「だからもらってないって」
そこで説明する。
計算はわからないようだがお釣りを貰っていたら16ゼゼ返ってくる、2軒分合わせたらもう1串買えたと説明するとショックを受けているようだ。
ベイルを連れてさっきの買った店に行ってみる。
「さっきこの子が3串買ったんですけどお釣りを貰ってないんですが」
「はぁ?何今頃言ってきてんだよ。そいつが買ったかどうかなんて覚えてねぇし釣りを渡してないかどうかなんてもっとわかんねえよ。貰ったのにごまかしてるんじゃねえのか?獣人は汚えからな」
ダメ元だったがやっぱり無理なようだ。
これ以上言って獣人をさらに悪く言われるのも嫌なのでここは引く。
こういうところで買い物をするのに相手を信用するのが間違いなのだろう。
リンの買ったという店でも値段は同じだったので言わなければお釣りは貰えないようだ。
帰ってからミー姉にも言うとそんなものらしい。
ちゃんと3串くれるだけましな方で酷いところだとそれもまともにくれないところもあるという。
その場で間違ってると指摘すると「間違ったよ」と言っておつりをくれ、正しい値段で買えるが言わなければそのままらしい。
以前ベイルとリンにはごまかされてると言ったようだが理解してくれなかったようだ。
今回のことを知って、計算を教えようか?と言うと教えてほしいとの答え、2人はもちろんミー姉もだ。
ミー姉もちゃんと計算できるわけではないらしく、勉強したいらしい。
代わりにこの世界の常識を教えて貰いたい。
もちろんわかる範囲でだ。
何しろ今自分が何という国にいるかさえしらないのだから。
その日から午前中に勉強の時間も加わった。
計算だけじゃなく文字の読み書きも勉強する。
読めるし理解できるのだが皆が知っている物の名前を知らないときがあると言う微妙な感じなので俺も一緒にだ。
これはリンの母親から簡単な辞書のようなものを貸してもらった。
何でも昔に親に渡されたが見ることもなく持っているだけなので子供たちで持っていてということでありがたく借りた。
午前中は料理や子供同士での勉強、昼からはそれぞれ母親と過ごすので俺もミリアと過ごす、夕方からは1人の時間、そんな感じの毎日が続くようになった。




