第9話 冒険者
久しぶりのミリアだ。
相変わらずのお酒の匂いと抱きつかれて柔らかな感触・・・のはずだが違和感がある。
ミリアの胸が小さくなっている。
小さくなるのもなのだろうか?
元々偽物だった?
いろんな事が頭の中を巡る。
俺はミリアの胸が大きいから好きになったんじゃない、気にしなくていい。
そう言おうとして目が覚めた。
夢でもミリアに会えたのは嬉しかった。
ふと見ると横にはお酒のにおいをさせたキャロが俺にしがみついて眠り込んでいた。
慌てて起き上がる。
ラフなワンピースをパジャマにしているので胸が見えてしまいそうだ。
(このせいか、あの夢は)
けして小さいわけではないがミリアに比べたら慎ましいといっていいほどの胸が見えてしまいそうだ。
もちろん考えたことを口に出すほど命知らずではない。
なぜここで寝ているのかわからないが起こさないように部屋を出て庭に出るとそこら中に地べたで寝ている解体場の獣人たちの姿があった。
男ばかりでオリビアとシャーリーの姿はない、さすがに部屋で寝ているのだろう。
「ティル、おはよう!」
「あ、おはよう」
どうしたものかと考えているとオリビアが子供たちを連れて建物から出てきた。
「あ~、もう、みんなこんなところで寝ちゃって」
オリビアが子供たちに何かを告げると子供たちは寝ている獣人たちに飛び乗り、跳ね、ひっぱる。
さすがに寝ていられないのかノソノソとみんな起き出してきた。
「もう、どうせ潰れるまで飲んでたんでしょう!?」
全員が頭を抱えるか胃のあたりをさすっているかしている、二日酔いという奴だろう。
「ああ」「うう」と返事かどうかわからないうめき声も聞こえる。
そのとき院長が鍋とオタマを持って出てきた。
「ほら、起きな!仕事だろ!」
そう言いながらオタマで鍋をガンガンと叩く。
「わかった、起きるからそれをやめてくれ」
「うっ、吐きそうだ」
「あのババア、俺たち以上に飲んでたくせに何であんなに元気なんだ?」
頭を抱えながらつらそうな顔をしている。
そんな彼らにオリビアと子供たちがお椀に入った飲み物を配っていた。
何やら緑色でどろっとした液体、いやそうに受け取りながらも皆が飲んでいる。
何を飲ませたのか聞くと俺にも1口飲ませてくれた。
薬草と毒消し草を煮込んだもので苦みが酷い。
何でも二日酔いによく効いて胃腸を調えてくれるという。
もちろんすぐに治るわけではないが仕事場に着く頃にはマシにはなっているだろうと言うのでかなりの効き目だ。
だが飲んだばかりの彼らにはまだ効いていなく、苦みに顔をしかめ、頭や胃の辺りを押さえながら仕事場に向かうのだった。
その後俺は朝食をとっているとキャロが慌てて起きてきた。
オリビアも食堂にやってきてキャロに声をかける。
「あれ?キャロ、仕事は?」
「寝過ごしちゃった、ティルくん起こしてよ~」
「何言ってんだい、何時に起きるかなんてわかるわけないだろ。まったく、相変わらずだらしないんだねえ。ほら、これ飲んでさっさと仕事に行きな!」
俺が何か言う前に院長が厳しく叱る。
どうやらここにいたときからこんな感じのようだ。
「ってキャロ、ティルの部屋で寝たの?あの部屋はティルの部屋になってるから隣の部屋で寝てねって言ったのに!」
「う~ん、言われたような気も・・・布団敷いてたから潜り込んだらティルくんがいたのは覚えてるんだけど、まぁいいかって・・・」
「あ~あ、ティル、責任とらないとね。キャロで残念だったね、ミリアさんじゃなくて」
「何言ってるのよ、私でうれしいでしょ?ティルくん、ミリアさんより尽くすタイプだと思うよ、私」
「えっ!?俺のせいなの?ちょっと待ってよ!」
いきなり責任問題になって焦る。
ってどう考えても俺のせいじゃない。
「こらっ!キャロ、いいのかい、仕事は!」
「あっ、ヤバい!行ってきま~す」
若さの特権だろうか、二日酔いの気配も無く走り去っていく。
どうやらからかわれていたようだ。
「焦っちゃって~」
そう笑われてしまう。
「焦ったよ、どうしたらいいのかと思った」
正直に話すと院長とオリビアが笑う。
「あんなだけど仕事はちゃんとしてるはずだよ。仲良くしてやっておくれねぇ」
「もちろんですよ」
そう返事したのは下心とかからではない。
ここではあんなに楽しそうにしているのに職場では獣人というだけで不当な扱いを受けている。
それでも頑張っているのだ、俺にできることがあればしてやりたい。
それには何より冒険者としての仕事か。
担当の冒険者が成果を上げれば受付としての評価も上がる。
結局真面目に冒険者をしろということだ。
あまり目立ちたくはないが孤児院の前の屋敷は手に入れた方が良さそうだ。
素材採集の依頼で手持ちの素材があるかどうかの確認。
それにFランクとしての依頼も受けないといけない。
今日することを確認し孤児院を出た。
ギルドに着くと朝も早いうちからそこそこの人手だ。
冒険者なんて自由な職業だと思われるが張り出された依頼は早い者勝ち、担当の受付がいつでも依頼を確保しておいてくれるわけではない。
というよりよほどの冒険者でないと確保してもらっている依頼だけで生活することはできない。
張り出された依頼の前に人だかりができている。
依頼はランク別に張り出されていた。
昨日キャロに説明を受けたここのギルドの大まかなことは覚えている。
S~SSSランクはこの町に来ても通り過ぎたり情報を求めたりするぐらい。
個人によるが国々を飛び回っているのが普通だ。
この町にSランク以上が満足するほどの報酬が出る依頼はない。
Aランク冒険者もほぼ変わりはないがたまに顔を出して依頼を受けたりする。
この町の冒険者では難しい依頼をこなしてくれたりする冒険者もいればAランクだからと報酬のいい依頼を奪っていくような冒険者もいる。
町に留まらないので担当もない。
Bランク冒険者は大きく2つに別れる。
Aランクを目指してガツガツと難しい依頼をこなしすぐにほかの町に向かうパーティーとこの町に根を下ろし活動するパーティーだ。
前者はSランクと同じく担当はつかないが難しい依頼をこなそうとしてくれるのでありがたい存在だ。
また後者も時間のかかる困難な依頼をこなしてくれるし、ギルドとも仲良くなりたいのでギブアンドテイクのような関係を築くパーティーが多い。
なのでそんな冒険者にはこの町では担当がつく。
冒険者にそれなりにおいしい思いをしてもらわないと町を出て行かれたり受けてほしい依頼を受けてもらえなくなるのでBランクの依頼のついでにできる美味しい依頼をセットで回したりするのだ。
なのでその収入も含めて町に根付いたBランク冒険者はそこそこの収入を得られ、生活に困ることはない。
困るどころか町レベルでは尊敬されそこそこの暮らしができる。
Bランクからが上級ランクと言われるのはそういうわけだ。
ミリアとゆっくり過ごしたい俺としてはここを目指すべきだろう。
町在住のBランクではAランクになれる可能性はかなり少なくなるが俺はそれでもいいと思っている。
Aランク昇格を認めるほどの依頼自体が少ないからではあるがミリアを置いて他の国まで出向いて飛び回る気はない。
そして1人前と呼ばれるCランクと半人前と言われるDランク。
一般的に想像する冒険者たちだ。
早い者勝ちの依頼を受け、近場で魔物を倒したり素材を探したりという生活だ。
Cランクで1人前と言われるが財産を貯め込むほどの収入は得られない。
Dランクで何とかその日暮らしといったレベルだそうだ。
この2つのランクで冒険者の7割ほどの人数になる。
なので競争率も高く皆が少しでもいい依頼にありつこうとしている。
ギルドの受付嬢が自分のためにと確保してくれた依頼などは大助かりなのだ。
そして駆け出しのEランクにすらまだなっていない初心者のFランク。
お試し期間と言ってもいいだろう。
依頼板に張り出している依頼はギルドが認めないと受けられない。
それとは別に常設依頼や、雑用依頼といった別の区分の依頼があるのだ。
薬草採取、毒消し草採取などギルドが買い取るが前者、迷子探し、掃除、ペットの散歩など市民からの依頼が後者に当たる。
これらの依頼を10回達成するとEランクに昇格できるのだ。
ただし薬草採取だけで昇格はできない、町の人の助けになるためという名目もあり雑用依頼も5回はこなさなくてはならない。
そしてこの町特有の担当制度。
個人、パーティーともに得意な依頼というものがあるがそれを見越して依頼を斡旋してもらえたら当然達成率も上がる。
冒険者も受付嬢もお互い評価が上がると言うことで始まった制度が担当制というわけだった。
だが結局は受付嬢の権力の差が出るだけだ。
何しろ受付嬢が担当した冒険者が月額1万ゼゼを越える報酬を得るとそこから1%が受付嬢の取り分になる。
1万ゼゼまではその日暮らしの冒険者でそこから取り上げるのはさすがにかわいそうだということでだ。
だが報酬が自分にも入るなら誰でも自分の担当の冒険者においしい依頼を回したい。
このギルドの6人の受付嬢の中で中で1番の権力者がギルド長の娘の『お嬢様』メサイアなのだ。
逆に1番権力のないのが新人であり獣人でもある上に副ギルド長派のキャロというわけだった。
担当のほとんどが獣人、というより獣人の冒険者がキャロに回されるという。
当然のことだが依頼があるということは依頼主がいるということ。
その依頼主が護衛を依頼するときに『獣人以外』という条件をつけることも珍しくない。
そもそもがこの国では獣人だというだけで不利なのだ。
ちなみに人族の冒険者で成長の見込みがなさそうな冒険者はもう1人の副ギルド長派の受付嬢イザベルに回される。
これを決めるのがギルド長の娘の受付嬢のメサイアだ。
そして残りの3人の受付嬢はメサイアの取り巻きのようなもの。
権力にしても多数決にしてもキャロたちには太刀打ちできないのだ。
当然メサイアが最初に新しい依頼からおいしい依頼を確保していくのでキャロたちに美味しい依頼を確保することは難しい。
その中でも担当の冒険者のために少しでも達成しやすそうな依頼を確保するのが精一杯だそうだ。
だけどそれなら美味しい依頼を最初から求めなければいい。
早い者勝ちだが依頼はある。
それに破れても美味しくない依頼は残っている。
依頼が全くないなんてことはないのだ。
もっとも今の俺はFランク、駆け出し以下の最低ランクだ。
受けられる依頼は常時依頼と雑用依頼。
これらの雑用依頼は格安なので金にはならない。
だがFランクはここから始めないと先に進めない。
要するにFランクの俺は早い者勝ちの依頼争奪戦に参加する権利すら持っていないのだった。
それでも少しでも雰囲気を見ておこうと早めに来ていた。
Fランクの常時依頼はいつでも受けられるので早い者勝ちの依頼を受けたい冒険者の邪魔をすると嫌がられる。
そして早い者勝ちのここでも獣人は後回しにされることが多く、メサイアの担当冒険者はとっくに依頼を受けて出て行っているがキャロの窓口にはまだ数組依頼を受けるのに並んでいるのだ。
そのままキャロの仕事ぶりを見ていたのだが、最後に3人パーティーがキャロの窓口に並び長めに話し込んでいた。
例の他国から来たというイケメンと美女2人の人族のパーティーだ。
その国では獣人差別も無いというからうらやましいことだ。
メサイアと反目してこのギルドではやっていきにくいだろうがさすが元Bランク、美味しいといえない依頼や困難で残っている依頼を地道にこなしているそうだ。
メサイアはよく思っていないだろうが他国出身なこともあり他のギルドに言いつけられるのも困るのだろう、静観している。
改めて見ると、イケメンと美女2人、そんな簡単な言葉では表現として控えめなのじゃないかというほどの3人だ。
男性は金髪で碧眼、スラッとした体格、まさに王子様という言葉がピッタリだ。
その右後ろにいる女性は長い薄めの緑色の髪で上品そうな振る舞い、こちらもお姫様と言った感じ。
左後ろのショートの青い髪の女性も戦っているところが想像できないほどおしとやかなイメージでこちらも負けず劣らず美人である。
3人がキャロとの話が終わると朝の受付ラッシュは全部終わったようだ。
それを見てキャロの前に行く。
3人とすれ違うときは悪いと思いながらも視線が行ってしまった。
近くで見るとよりイケメンと美女だ。
緑の髪の女性と目が合っただけで緊張してしまったぐらいですぐに目をそらした。
「あっ!ティルくん、いらっしゃい!」
キャロの声で現実に引き戻される。
美男美女でBランクの実力が冒険者、俺とはかけ離れた存在だ。
今は自分のことを頑張ろう。
Fランクの依頼を受けるつもりだったのだがキャロに込み入った話があると言われて個室に連れて行かれた。
キャロとともに個室に向かっているとさっきの緑の髪の美女が興味深げにこっちを見ていたがさっきは俺が向こうを見ていたのでお互い様か。
俺を見ても仕方ないだろうが。
キャロの担当冒険者で人族はあの3人以外には俺だけなので気になったのかもしれないなと勝手に想像する。
獣人を差別しない、それだけでこっちも美男美女ということ以上に好印象を受けたのだから。
そんなことを考えながらキャロと個室に入るとキャロは気を抜いたのか椅子に座って机に突っ伏す。
「あ~、ゴメンねティルくん。やっぱり昨日飲み過ぎたみたいでしんどいのよ。おまけにあの3人の相手だったからね」
何が込み入った話だ、ただ休憩したかっただけのようだ。
マジックバッグからコップに水をいれて出してやると嬉しそうに飲み始めた。
特に急ぐ訳ではないから少しの休憩に付き合うぐらいはかまわない。
「あの3人の相手ってあまり嬉しくないの?」
そう聞いてみたがそれも違うようだ。
「違う違う、めちゃくちゃいい人たちだよ。私なんかにも丁寧な対応だしね」
「そうなんだ?じゃあ何で?」
「だってあんなにイケメンなんだよ?緊張するに決まってるじゃん!私、今お酒くさくないかな、とかさあ」
朝から散々俺には酒の匂いを嗅がせたくせに、とは思うが。
だけどあれだけのイケメンだ、気持ちはわかる。
「で、イケメンじゃない俺相手なら気にしないと?」
「あ、すねてる?ティルくん?かわいいなあ」
少し皮肉っぽく言ったらそう返された。
「いや、そんなんじゃ・・・」
「ティルくんは癒やし系だからね。皆もそうだと思うよ。昨日あったばかりの人族に獣人の皆があれだけ気を許すなんてこと普通はないもの」
「それは・・・喜んでいいの?男としての魅力がいまいちってこと?」
「大丈夫だって。そういう人が好きって女の子も多いんじゃないかな。ミリアさんがどうかは知らないけどね~」
ミリアのことを話したのはやっぱり失敗だったか、この先もからかわれそうだ。
「あれだけイケメンだけど横にいる2人も美人揃いだもんね。周りも声をかけづらいんじゃないかなあ」
「それは確かにね」
あの3人と仲のいい他の冒険者はいないそうだ。
改めて思い出しても話しかけにくい雰囲気を醸し出している。
「あ~!ティルくんも男だね~!ミリアさんに言っちゃおうかなあ!」
「ちっ、違うから、俺はミリア一筋だし!」
やっぱり教えたのは間違いだった。
「あはは、大丈夫だって。言わないよ」
つい焦ってしまったが言うも何もミリアのことは昨日話したところでキャロは知らないしもし会うとしても4年以上先だ。
そんな話をしているうちに楽になってきたのか仕事の話を始める。
仕事になると真面目な顔になるのはさすがだ。
孤児院の横の屋敷を買うために高価な素材を売りたいのだがあまり目立ちたくはないので量は売りたくはない。
そこでキャロが教えてくれたのがこのギルドだけじゃなく他のギルド全体の中から依頼を探す。
広域依頼というものだ。
依頼者も時間がかかるのはわかっており、手に入ったら教えてほしいというレベルの依頼。
本来ならAランク以上の冒険者が他の依頼で森の奥に行ったときに偶然にでも手に入れられたら買い取りたいといった、入手しにくい物を手に入れたら買い取りますよと言うリストを見せてもらう。
もちろんFランクの俺がそんな依頼を達成すれば変に目立ってしまう。
なのでそれも考慮しながら探したところ1つの依頼を見つけた。
『レインボーバタフライの入手』だ。
虹色の蝶の正式名でごく稀に近場でも見かけることがある。
見かけるのは2~3年に1度、しかもそのときに網などを持っていればいいが当然普通は持っていない。
なので捕獲例はさらに少なくなる。
ここ最近では2匹の捕獲例がある。
30年前に雑用依頼で他の虫を採取しようとして偶然網を持っていたEランク冒険者が捕獲した1匹。
その蝶が欲しくて、見かけたという場所で毎日100人の奴隷に網を持たせてレインボーバタフライ採取目的に7年かけて捕まえた蝶収集家の貴族の1匹、それだけだ。
Eランク冒険者はその蝶を売り冒険者をやめて一生その金で暮らしたという。
貴族はその蝶を捕まえるのにかけた金は莫大なものだが手に入れた蝶は売らなかったようだ。
それだけ希少な蝶だが、森の奥で珍しいなと思って捕まえたのがマジックバッグに入っている。
しかも10匹。
一気に売ると変に目立つので売るのは1匹だが3億ゼゼほどになるという。
もちろん匿名で売ることになるがギルドには記録が残る。
なので幸運があればEランクでも手にしておかしくない依頼にしたのだ。
その手続きはキャロに任せる。
依頼者に確認を取り認められたら数日後にはお金が入るということだ。
そんな金額を手に入れることがわかったがもちろん俺は昔の冒険者のように売って引退するつもりはない。
目的は冒険者として1人前になることなので。
その後キャロに1日の食費になるかどうかという薬草採取の説明を受け、依頼をこなすためにギルドを出た。




