第8話 バーベキュー 後編
バーベキュー大会は盛り上がった。
もちろん解体場の人たちだけではなく、孤児院のみんなにもドラゴンの肉を振る舞った。
職人の人たちは最初は高価すぎるということで食べるのにも緊張しているようだったがしばらくするとお酒も入り普通に食べるようになっていた。
ドラゴンの肉以外に最初にホーンブルの肉を食べたが自分で解体するよりも数段美味しかった。
解体する人の技量で代わるのだろう、ドラゴンも解体してもらったらさらに美味しくなるのだろうか?
結論はドラゴンを解体したことのある人間がいないのでやってみないとわからないが素人が解体するよりは少しはマシなんじゃないかということだった。
子供たちがお腹いっぱいになったのだろう、食事を終えて広場で遊び始める。
大人たちは親方が言い始めたドラゴンの素材の実物を見たいということで部屋の中に移動した。
親方をはじめとした解体場の人間たちの前でドラゴンの左脚を出す。
太ももの辺りから肉を取り出している部位だ。
それでもまだ爪から3mぐらい残っているだろうか、それを見て親方がうなる。
「う~ん、改めて見るととんでもないな、正直に言うと簡単に解体はできない」
「できないんですか?」
思わず口に出してしまう。
「ドラゴンの素材の解体はドラゴン自体の道具がなくてはできないんだ、鉄や鋼の道具で解体しようとしても傷すらつかない、直接肉を切るぐらいならなんとかなるが爪や骨などの素材はそうはいかない。詳しくは聞かないが足が切り落とされているのが信じられないぐらいだ」
まだ残っている鱗などを触りながら親方が言う。
「なるほど、じゃあまずは解体用の道具を作らなくてはいけないんですね」
「それなんだがな、道具を作ることも大変だ。他の物では傷つけることができないので例えば爪を2つ用意するとする。で、片方に魔力を流す、するとほんの少しだけそっちの方が強くなるんだ。それでもう片方の爪を少しずつ削り落としていくんだ」
なんでもドラゴンの爪に残っている魔力を1万としたら人間の流す魔力なんて1ぐらい、10001の堅さで10000の堅さの物を削り取っていく作業、大変さがわかる。
そうして解体用の包丁の刃を削り出していくのだそうだ。
細かいやすりで丸太から包丁の形に削り出していくようなもの、それだけで数ヶ月かかるのだそうだ。
そしてほとんどが削り落とされるのだが、そのときの削り落ちた細粒でさえ他の鉄などと合わせて加工すれば強化される素材になるという。
1つの爪から1つしかできないしもったいなさそうだが、考えたら俺は爪を切れるのだ、最初からある程度まで削り出しておけばだいぶ楽なんじゃないだろうか?
「じゃあ、荒くでいいのなら大体の形に切断してる素材があるともっと早くできますか?」
「それはもちろんそうだ、だがそんなことが無理だから・・・ってまさか切れるのか?」
「はい、削るのではなく切断するので爪1本から包丁も何本か取れると思いますよ」
爪1つで長さ1m以上、幅は根元の広いところだと50㎝ほどもあるのだ、普通は爪の先を利用して削り出していくのだが縦にスライスすれば削る部分であと何本か取れる。
「本当か!?それが本当なら複数のドラゴンの素材の解体道具ができる!おおっ!腕が鳴るなっ!」
この世界でドラゴンという存在は特別なもののようだ。
親方たちにドラゴンについての話を聞いたところ人間にわかっている範囲でだがなんとなくはわかってきた。
ドラゴン、この大陸の最強種。
その鱗は少々の攻撃では傷つけることすらできない。
爪での攻撃はあらゆるものを切り裂き、種別によって違う息吹は例えば炎なら広範囲を業火で焼き尽くす。
膨大な魔力を持ち空も飛び回る人間にとってはどうにかしようとすら思えない存在である。
寿命は数百から数千年と言われている。
そこまでの存在なので個体数はそれほど多くなく、集団で行動するよりは個別に行動していることが多いようだ。
ドラゴンを倒せるのはドラゴンだけ、と言われ寿命以外ではドラゴン同士の争いでしか死亡しないと言われている。
噂レベルではドラゴンの中にも長がおりいざというときは集団で戦うと言われているがドラゴンにいざというときなどがあると考えられないのであくまでも噂である。
その生息域はこの大陸の中心付近を拠点とした魔の森の7割ほど。
森の中心に行くほど魔力の元となる魔素が濃くなっていくのでドラゴンにとっては居心地がいいからだと言われている。
魔素が濃くなるにつれて魔物は強くなるのだがそれでもドラゴンにとってはただの餌だ。
人間が森の奥に足を踏み入れることができるのは人間の住む大陸の淵からせいぜいドラゴンの生息域にギリギリ入る地点まで。
ドラゴンにとってはただの餌である魔物だが人間にとって対処できる強さの魔物はせいぜいその地点までなのだ。
それでもそこまで行けるのはAランク以上のパーティーか国の精鋭を選んだ探索隊などの強者が命をかけて踏み込むといったレベルだ。
しかも強い魔素を人間が浴び続けると人体に悪影響があるので長い間森の奥に行くことはできない。
少しでも魔素に耐性のある強い魔物の肉を食べれば食べた者にも魔素への耐性がつくらしいが『ドラゴンの肉を食べないとドラゴンの巣には踏み込めない』、と無理なことが2つ重なったときのと諺のようにすらなっているそうだ。
ドラゴンの生息域と言っても広大なのでその端に足を踏み入れたとしてもそうそう簡単に遭遇することもない。
その地域の魔物の素材を収集しているとたまにドラゴンの鱗や骨などを拾うことがある。
ドラゴンの素材だ。
魔物にとっても魅力があるようで魔物の巣などで手に入れることもある、これがドラゴンの素材を人間が手にいれるメインの手段だ。
このとき手に入れられるドラゴンの素材は大昔のドラゴンのものだ。
ドラゴンは死んでもすぐに劣化しない。
膨大な魔力が劣化を防ぎ、10年ほどは死んだ姿のままだと言われている。
この間は魔物たちは死んでもなお豊富な魔力によりドラゴンが死んだと理解できずに手を出すことはない。
魔力が少なくなってくるとまずは肉が腐敗してくる、魔の森の中心に住む魔物ならここでドラゴンの死体を餌とする。
だが生息域ギリギリの魔物ならさらに時間がたって魔力が減らないと手を出さない。
この間に偶然遭遇することでしか人間はドラゴンの肉を手に入れることはできないのだ。
肉は腐敗して魔物の餌になっても鱗や骨などは残る。
そこにはまだ魔力が留まっており数百年かけて劣化していく。
拾った鱗が欠けていたりしたら数百年前のドラゴンの素材だとわかると言われるほどだ。
それでも人間にとっては貴重な素材なのだ。
ドラゴンの素材を手に入れることはその生息域に行ったということでそれだけで尊敬される。
30年ほど前、ドラゴン同士の戦いに敗れたと思われる傷だらけになったドラゴンが生息域から外れ逃げてきて死んだところを偶然見つけたCランク冒険者パーティーがいた。
その冒険者たちはドラゴンを売って巨万の富を得た、中には貴族になった者もいる。
現在市場に出回っているドラゴンの肉はそのときの肉が保存されていたもの、その貴族が少しずつ放出したものしか手に入れることができないと言われており今でも市場に出るたびに値が上がり続けている。
それが運のいい方のドラゴンとの出会いで、逆に100年ほど前に手負いのドラゴンが人間の街に来たときは街は壊滅したそうだ。
このように出会うことすら少ないドラゴンの素材、解体する者にとってもドラゴンを解体したことがあると言うだけで箔がつく。
これはドラゴンの素材で武器を作ったりすることも同じようだ。
親方がドラゴンの解体と聞いて喜ぶ理由である。
今現在のドラゴンを素材とした装備は30年前に手に入れたドラゴンの素材を主としたものだ。
それ以前に手に入れた素材から作られたものもあるが傷だらけだったとはいえそれまでと量が違う。
大きな素材はいくつかの国が管理しているが傷ついた素材や小さな素材は市場に流れ、ドラゴンの装備に加工されたのだ。
その装備はもちろん高価でSSSランクの冒険者が所持している物や、装備自体が国宝になっている物もある。
華美な装飾が施され見た目も豪華だそうだが俺の求めている物は全くの逆だ。
できればドラゴンの素材を使っているとバレたくないぐらいなのだ。
今の俺が一目でわかるような物を使っていたら盗難や強盗に気を使わなければいけないし何をしてもその装備のおかげだと思われるかもしれない。
そのあたりの話を親方にすると、意外なことを提案された。
「売るというのも手だぜ、相当な金額になるし貴族の位でさえ買えるかもしれない」
30年前の話のことだろう。
「貴族になんてなる気はありませんよ、それにその話は違う国の話ですよね?今のこの国がまともに買い取ってくれると思いますか?今の俺から?」
「まあないだろうな。買いたたかれるならまだしも難癖つけて取り上げられるか暗殺されて奪われるということすらありえる」
「ですよね、なので内緒にしておきたいんです。親方がいきなりそんなことを言いだしたのは何か理由があるんですか?」
周りも親方を見る。
解体したがってたのはみんな知ってるのだ。
「いやなあ、考えればなかなか長い道のりかと思ってな。売っちまった方がティルにとっても話が早いんじゃないかと思ってな」
「長いというのは?」
「解体道具を作るだろ?解体した後武器や防具にするには技術の高い加工屋がいる。国のお抱えの加工屋ならできるだろうがドラゴンの出所をばれたくはないだろう?それならあいつらはやめておいた方がいい。心当たりを当たってはみるが人選はきっちりとしなくてはダメだな。ティルやドラゴンの情報を教えても裏切らない加工屋を探さなくてはならない。そして俺たちがする解体自体のことなんだが・・・」
決まりが悪そうに言いよどむ。
「何か問題があるのですか?」
「解体する場所だよ、解体場でドラゴンの解体なんざしてたらギルドにバレる。ギルド長は国側の人間だ、バレた時点で報告するだろう、そして調査という名目で取り上げられるだろうよ」
周りも今そのことに気付いたかのようにうなだれる。
ギルド本部から離れていると言っても誰も来ないわけではないのだ。
何日もかかる解体を隠し通すのが難しいそうだ。
「せっかくのチャンスなんだ、何とかしてやりたいんだが俺たちが見つかって素材を取り上げられたら謝りようがねえ」
周りがざわつき始めた。
せっかくの機会なのにどうにかできないのかということだがなかなかいい案も浮かばない。
解体している間誰にも見つからない、ドラゴンをおける場所、できれば密室で、そうなるとなかなか難しい。
少しずつ解体してマジックバッグに入れて、などでは駄目なようだ、できるだけ全体像を見ながら解体した方がいいらしい。
小さな部位だけなら俺自身で刻めばいいだけなので目的はそうじゃない、肉ではなく素材にしたいのだ。
「どんな場所ならいいのですか?例えば地下室のある家などでは?」
「よっぽどでかい家だったらそれもありだがな、その家を買うにもまず金がいるし」
「あの屋敷ではどうでしょう?」
シャーリーが孤児院の山とは反対側の隣にある屋敷を指さした。
あそこの屋敷は確か元Sランク冒険者の持ち物でありかなり広くて地下室もあると聞いた。
この孤児院よりも一回り広く、建物は比較にならないほど堅牢で大きい、庭には使用人の家まで建っているほどなのだ。
そのSランク冒険者は引退してここで自給自足の生活をするつもりだったらしいが最後の一稼ぎの依頼を受けたところその依頼で命を落としたという。
身寄りがなかったので土地と屋敷はギルドの物になったが森に近いため金持ちは住みたがらず、この辺りに住む者にとっては屋敷などに手が出る金があるはずもないのでギルドも持て余しているのだ。
「おお、あの屋敷なら確かだだっ広い地下室があったはずだ」
「珍しい物や高価な物を集めてたやつだろ?コレクションを飾る予定だったとか」
「コレクションはギルドが売っぱらったから何も残ってないはずだ」
そんな声が聞こえてくる。
それでも屋敷だ、どれぐらいの値段かはわからない。
だけど目標にしてもいいんじゃないだろうか?
「あくまで目標ですけどね、どれぐらいの土地があればいいのかと思っただけで。何より今日登録したばかりのFランク冒険者なんですから」
実際に金はない、だけど目標にしてもいいだろう。
そう思って大体の値段をキャロに聞いてみたところ、5000万ゼゼだという答えが返ってきた。
あの大きさでは破格の値段なのだがもちろんめどなどはついていない。
みんなが夢から覚めたような目になったところ、親方が口を開いた。
「ティルは他にも魔物を狩ってるんだろ?金になるような魔物を狩ってないのか?他にどんな魔物を持ってるんだ?」
「あ、えっと、何体かあるんですが魔物の名前など知らなくて」
「魔物によってはかなりの値段で売れるぞ、ホーンブルもあの状態なら1頭1000万ほどで売れるしな。ホーンブルは肉が価値あるが皮や骨などに価値がある魔物も多い、他にどんな魔物があるんだ?」
さすがにドラゴンを売るのは難しいが希少な素材などだと売ることはできる。
ホーンブルにしてもBランク冒険者が1ヶ月かけて捕まえるような獲物だ。
他の魔物と聞いて豚の魔物、ワニの魔物、蜘蛛の魔物の死体を出す。
蜘蛛の魔物はあの『別荘』にいた魔物で綺麗な状態ではなかったがそれでも親方が黙り込み、周りがざわついた。
「おいおい、ホーンピッグはまだしも、ブラックアリゲーター、あれは皮を売ったら一財産になるぜ?」
「いや、問題はあの蜘蛛のほうだろ、虫系の魔物であれだけ大きいやつは初めて見たぜ?アイススパイダーの大物じゃねえか」
「どっちもドラゴンの生息区域より内の魔物だ、アイススパイダーは属性付きの魔物、普通に売ったら5000万どころじゃねえ」
けっこう上のランクの魔物だったようだ。
ホーンピッグは牛が売れるなら豚も、と思ったのだがこっちでも牛より安いらしい。
だがワニと蜘蛛はそれなりに価値があるようだった。
「これを売ったら冒険者のランクはCにはなるはず、それにギルド経由でも2億ほどにはなるぞ?」
いきなりそんな値段を言われて驚いた。
それに家が買えるのは嬉しいが冒険者ランクはいきなり上げたくない。
こっちの世界を知るためにもFランクからコツコツとやっていきたいのだ。
だがドラゴンの解体のためにも土地と屋敷は欲しい。
その辺りを説明すると親方が解決策を出してくれた。
魔物をギルド経由じゃなく別のルートで売る。
名前を出したくないのなら裏とまではいかないが普通の流通に乗らない方法でだ。
その代わり買い取り金額は2割ほど安くなってしまう。
それでも名前が変に売れるよりはマシだ。
親方に頼んで豚とワニの魔物、ホーンピッグ2頭とブラックアリゲーターを別のルートで売ってもらうことにした。
割り引かれても5000万前後で売れると言う。
ただ、肉がどっちも美味しいらしいので半分ほどは肉でもらうことにした、特にブラックアリゲーターは珍味で人気があるらしい。
もちろん親方に手数料は払うつもりだったのだが、ドラゴンの肉を食べさせてもらってるのにこれ以上貰えるわけがねえ、と受け取って貰えなかった。
これでうまくいけばさらに違う魔物も売ってみる。
まとめて売ると目立つので少量ずつ売った方がいいらしい。
あと他に珍しい魔物がありそうだからもしかしたらそっちの方がいい値がつくかもしれないということ。
そのあたりは後日に話すことになった。
聞いたところによると魔物にもランクがあって、ホーン○○というのは魔の森外縁部によくいる魔物で魔物だとわかるように便宜上つけられた名前らしい。
ブラックアリゲーターやアイススパイダーなどの固有種は魔の森の奥にいる種のことが多く名前だけしか知られていない魔物も多い。
特に虫系の魔物は厄介な特殊魔法を持っていることが多く実態も解明されていないことの方が多い。
アイススパイダーは今まで見つかった中では最大でも50㎝ほどのものしかおらず、ここまで大きいとドラゴンほどじゃないにしても目立つかもしれないということで今回は売るのをやめた。
ちなみにアイススパイダーだとドラゴンの生息域外縁部で10~20㎝ほどの大きさのものがたまに見つかるという。
50㎝のものはドラゴンの生息域の中、やはり魔の森の中央に向かうほど魔物は強くなるそうだ。
みんなの酔いも進んできたのでお金の絡む話はここまでということにしてバーベキューを楽しんだ。
解体メンバーは大いに食べ、飲み、同じ話を何度も繰り返して笑う完全な酔っ払いになってきたのでおれはそっとその場を後にした。
オリビアたちもそこそこ酔っているようで、女性陣に捕まったときにはミリアのことを深く聞かれて冷やかされたりもしたが、3人のここにいたときの昔話などを聞いたりして楽しく過ごした。
夜になり、子供たちは孤児院の中に戻る。
後片付けも終えて一区切りつけ、帰りたいものは帰ることに。
これでバーベキューも終わりかと思ったらほとんどの者が残り、残っていた食べ物をおつまみに本格的に飲もうとか言い出している。
オリビアにキャロ、シャーリーに院長までもがそれにならった。
どうやら一応子供の前で遠慮はしていたようだ。
すごいペースでお酒がみんなの胃袋に収まっていく。
1時間ほどたったが終わりそうなどころかさらに盛り上がっていきそうなので子供を寝かせてくるという名目で逃げてきた。
オリビアに捕まりそうになったが親方がオリビアを呼んで話をしはじめる。
それで苦笑しながら俺に「寝てきていいぞ」と合図を送ってくれたので後は任せた。
建物に入り、実際に子供を寝かせ、自分にあてがわれた部屋に戻るとさすがにいろいろあって疲れたのかすぐに眠りに落ちていった。




