第1話 魔の森の奥
涙を流して(俺だけ)2人と別れ、俺はドラゴンと出会った場所に戻ってきた。
寂しい気持ちに浸りながらこの先のことを考える。
このままでは駄目なのだろう。
自立しないといけない。
自分の力で立っていけるように。
そう考えてしたことは、ここから森を突っ切って王都に向かうことだ。
寮の裏から真っ直ぐ北に向かって魔の森のたぶん奥の方まで来た。
切り株を見るとだいたいの方向がわかるのでそうそう間違ってはいないはずだ。
1日2時間未満だが5年近く、安全も確認しながらゆっくりと進んでここまで来た。
今度は南南西に向かう。
毎日起きている間にサクサクと進むと1~2ヶ月ほどで森から抜け出せるんじゃないかという主観に基づいたざっくりとした計算だが全く確証はない。
『転移』で戻ったりゆっくりと通ってきた道を行くのではなく、少し角度を変えて新たに自分で道を切り開く。
森を抜けるまでは『転移』で『別荘』に戻ったりもしない。
狩ったものや採集したもので過ごす。
甘えをなくすための新しい自分への第1歩、そんなつもりだ。
それでも死んでしまったり取り返しのつかないケガをすることなどは嫌なのでマジックバッグにはドラゴンの肉を入るだけ入れてきた。
疲れたときに食べるのだから美味しいものを、と思ってだ。
マジックバッグとは別にリュックも1つ。
中には火をおこすための魔石と水を出すための魔石、切り分けるためのナイフと塩と着替えを上下一着ずつと下着2枚にタオルが2枚。
最低限の生きるラインのものだ。
他のものは『別荘』に置いてきた。
こうしてドラゴンのいた場所から俺の冒険は始まった。
意気揚々と足を進める。
魔の森のどの辺りかはわからないがかなり大型の魔物もよく見る。
全長20mはありそうなサイの群れが水浴びをしている、胴体の直径が俺よりも太そうな蛇が直径3mほどの卵を丸飲みしている、足が6本ある巨大なライオンがこれも大きなゴリラに噛みついているのだがゴリラの体は鉄のように堅いのか全く歯が通っていないで攻めあぐねているところをドラゴンが下降してきてゴリラを咥えてライオンを片手で掴み飛び去っていく。
俺など防御力がほぼないのでいきなり襲われたら餌になるしかないのだけど彼らには小さすぎて餌にすらならないのか見かけたら隠れているのが功を奏しているのか何とかなっている。
1度鶏のような巨大な鳥と出くわして襲いかかられたが細い脚を『消去』で切断して倒した。
まだマジックバッグは満タンなので殺しただけで申し訳ない気持ちになるが魔石は貰っておく。
その場を離れるとすぐにハイエナのような魔物が来て鶏の死体を食べていた。
毎日少しずつ進む時も楽しんではいたがこのまま森を抜けるまでここにいるんだと思うと緊張感もあってさらにテンションが上がってくる。
そう考えていてのだが歩き始めて4時間ほどたち日が落ちてくるとすでに後悔し始めていた。
正確に言うと日が落ちるどころかその日の夕方にはすでにその兆候は現れていた。
毎日少しずつ、『転移』を使って休憩しながら進むのとずっと進んでいくのとでは全く別物だった。
この5年で寮の周辺の食べられる山菜などはわかってきたつもりだったが森の中と端で同じものが生えているわけではない。
似たようなかものだが微妙に違ったりすると食べるのがためらわれる。
例えば寮の近くでたまに採れてベイルたちが青サラダ草と呼んでいた植物がある。
地面からレタスの葉のような形で放射状に生えていて洗うだけで食べれるし口直しになって美味しい。
それに似た植物で赤サラダ草と呼んでいた植物もあってそちらは毒がある。
葉の根元からちぎったときの断面が青いか赤いかの違いしかないのだ。
他にも判別法はあるのかも知れないが少なくとも知らなかった。
よく似た葉があったのでちぎってみた。
断面は紫色だった。
食べてもいいのかどうか迷った末に諦めた、毒だったときのリスクが高すぎる。
怪しい物は食べない方がいいだろう。
魔素が濃いと言われているからか森の外縁部とは違う種類なのかもしれない。
狩りで肉は何とかなりそうだが、肉じゃなくて野菜を持ってくるのだったか。
それに加えて何よりも夜だ。
最初は草の上に寝転がってみたが魔物でもない普通の小さな虫が体を這い回り、蚊などが周りを飛ぶ。
座ったら地面に寝転ぶよりはマシだがいなくなるわけではなく不快さは半端じゃない。
元の世界の漫画からの知識で煙でいぶせばいいかもと火をつけてみる。
魔物避けにもなるかと思ったのだがそんなことにはならないどころか寄ってくる魔物もいる。
火を扱う系統の魔物もいるのだから考えてみれば当然だ。
だが肉を焼くのにも火を使わないわけにはいかない。
岩の陰や木で隠れたできるだけ目立たない場所で火をつける。
肉を焼いて食べ、枯れ草をいぶしてみる。
少しはましになったかもしれないが寝転んで体中刺されたりするよりは、と座ったまま体を休めた。
夜は夜で真っ暗闇だ。
手を伸ばしても自分の手の甲すら見えない。
ここでいきなり魔物に襲われたら即死だろう。
大型の魔物が通れば音が鳴ることを期待して周りを折れやすそうな木で囲む。
もちろん熟睡などできるわけがない。
今日は『別荘』に帰って明日からにしようか?
何度もその思いを抱いた。
だが、決意したその日にやっぱりやめた、となるのはさすがに恥ずかしい。
明日また不都合があれば明後日からにするのだろうか?
誰が見てるわけでもないし決意したことすら誰も知らないが、自分に恥ずかしいことはしない、その思いだけで耐えた。
朝、日が昇ってくるだけで涙が出そうなほど感動した。
2日目からは少し早めでも洞窟などの野宿がしやすそうな場所があればそこで準備をした。
それでももちろん警戒しないわけにはいかない。
手製の鳴子で周りを警戒して、なめしてきれいに洗った魔物の皮の上に座ってなるべく熟睡しないように眠った。
何度か完全に意識を失うこともあったが今のところは何とか生きている。
1週間たつと少しは慣れたがだからといって不快感がなくなるわけではない。
昼は歩き日が暮れたら休憩する。
熟睡するわけにはいかない、何に襲われるかわからない。
それでも少しでも体を休めないともたない。
朝、昼、夜と食事は肉だけ、いくらドラゴンの肉といっても正直飽きているが食べないと体力が回復しないだけだ。
さらに2週間ほどたったと思う、その日は洞窟が見つからず日が暮れると真っ暗になり大きな木の根元にしゃがみ込んだ。
少しでも楽になるようにとなめした皮を地面に敷きリュックを背中に当てて木にもたれかかる。
これが座って休むのに1番マシで直接地面に当たらないはずだ。
一度あった雨上がりの湿った草や土の上など最悪だ。
虫が大量に発生する。
この日も寝ようとすると耳元で蚊の羽音がする。
目を開けるとキラキラと金色に輝きながら孵化している蝉の幼虫を見つけて思わず見惚れてしまった。
このように普段見たこともないような虫も数多く飛んでいるのだ。
見たこともない虫に魔物、平和な日常であればこれほど冒険欲を刺激するものはないだろう。
だが実際に森の中にいると未知の生物は恐怖の対象でしかない。
何をしてくるか分からないのだ。
最初は珍しく綺麗な虫などがいると捕まえてマジックバッグの肉を食べて空いた容量のところに保存した。
今の蚊と同じように虹色に光る蝶、角が体長の3倍ほどはあるカブトムシ、捕まえようとすると残像を残して消えるカマキリ、背中にドクロの模様のある蜂。
マジックバッグにそれらを捕まえて入れている。
生きたまま直接マジックバッグに入れることはできないのだけど虫ぐらいの大きさなら例えば虫かごやビンなどに入れるとマジックバッグに入ることがわかった。
なので捕まえると木で作った虫カゴに入れてマジックバッグに入れている。
虫カゴは枝などを組み合わせて作り始めたのだが難しくて諦めた。
木から『消去』で木片を切り取ってさらに中を『消去』でくりぬいて、いるのかどうかわからないが空気穴をいくつか開ければ簡単に制作できた。
冒険序盤の数少ない楽しみであったほどだ。
だが1度、頭がドリル状のバッタを捕まえようとして驚くほどのスピードで向かって来てギリギリ首筋をかすめていき、そのバッタが後ろの大きな岩を貫通してその先に逃げていったのを見てむやみに捕まえようとするのはやめた。
虫が魔物になったら特殊能力を得ることが多いと言われているのを思い出してさっきのバッタもそうだろうと思い返す。
気軽に虫取りなどしている場合じゃなかったのだ。
ちなみに虹色に光る蝶などは綺麗なので高値で売れないかなと少し期待はしてたりした。
珍しい虫が綺麗だからといって刺されないわけじゃない。
耳元で音がするのを不快に思い手で追い払う。
熟睡してはいけないないのでたまに起こしてくれる羽音はちょうどいいのかもしれないが疲れはたまる一方だった。
その内珍しい虫を見ても捕まえてみようなどという気はなくなっていた。
安全第一、昼間は歩いて夜は休む、食べて体力を回復させる、頭の中で何度も繰り返した。
森を歩いて1ヶ月は経っただろうか。
大型の魔物を見ては隠れる、食料にするならなるべく小さな魔物、そうじゃないとマジックバッグにも入らず放置することになる。
もちろん安全第一のつもりだが足を滑らせたり岩に擬態した魔物がいたり空から鳥の魔物が急降下して襲ってきたりで気の休まる暇はなく疲労はたまっていく。
食べるものは毎日魔物の肉だ、すでに食事は体力を持たせるための義務のようになっていた。
虹色に光る蚊がまとわりついてきた。
遠くから見ると綺麗だがまとわりつかれると不快なだけだ。
手で追い払っても逃げなくて無意味なので叩き潰しながらその場を離れる。
毎日何度もこういうことがあり慣れても不快感は無くならないのだとわかった。
何日経っただろうか正確にはわからなくなってきたがそろそろ2ヶ月になるはずだ。
自分で決心したこととはいえまるで苦行のようだった。
日が出ている間は前に進み、日が落ちると休憩する。
その繰り返しで毎日が過ぎる。
もう前しか見えない。
思考能力が低下している気がする。
目の前がぼやけたり魔物かと思ったら全く違う岩だったり、逆に木の枝だと思ったら魔物だったり。
頭の中は歩くことしか考えられなくなっていた。
歩く、歩く、歩く、歩く・・・
時折方角が間違っていないかと確認したりする。
できる限り足を前に出す。
肉は必要なのでその分の魔物は狩るが他では魔物がいても必要以上に倒さない。
少しでも早く森を出たい。
歩く、歩く、歩く、歩く・・・
草むらをかき分け木をよける。
少しでも前に進むために、まるでそれが義務のように。
ここまでで肉以外に食べたものはない。
夜に焼いた肉を朝も軽くあぶって食べ、昼にはあぶる時間ももったいなく歩きながら食べた。
ドラゴンの肉にも飽き、違う魔物の肉で変化を出してみるがそれにも飽きていた。
肉には変わりがない。
毎日、今日こそは森から出られるかも、そんな思いで足を動かしていた。
数えていた日数はすでにわからなくなっていたがさらにそこから何日も歩いた日の夕方だった。
すでに日が昇りだしたら歩き日が暮れる前に休む、少しでも前に、それだけしか考えなくなっていた。
そろそろ休憩場所を探し始めないといけない時間になった。
周りを見て邪魔な茂みをかき分けたときに久しぶりの人工的な建物が見えた。
今まで何度か建物だと思ったら岩だったり、人だと思ったら魔物だったりしたのですぐには信用できなかった。
だが今回は幻覚でも間違いでもない。
森が途切れ、平地に建っている前世の田舎の学校のような二階建ての建物は近くに行っても消え去ったり他のものに変わることはなかった。
ここまで来るのに着替えの服とともにボロボロになり、擦り傷なども多い、そして睡眠不足も重なって疲労の局地だった。
この森を抜けたら2度とこんなことはしないと誓っていた。
それでもついにやり遂げたのだ。
途中でやめずに自力で魔の森を抜け出した。
まず考えたのは「肉以外のものが食べたい」ということだった。
ミー姉と初対面の時に作っていた塩だけのくず野菜スープ、今の俺にはドラゴンの肉よりあっちの方がいいと思えるほど肉に飽きていた。
フラフラと柵を越え木造の建物にたどり着くが誰もいない。
建物の横には自給自足のためだろうか小さな畑もある。
何とかしてあそこの野菜を少しでも分けてもらえないだろうか?
建物の前に行ってドアを開けて呼んでも誰もいなさそうだ。
畑に行き横の小屋にもたれかかって座る。
さすがに無断で食べることはできない。
ここで待っていようか、と思ったのだ。
目の前には美味しそうなトマトやキャベツ、なすびなどが見える。
土に埋まっているのは大根か、近くにはジャガイモも見える。
野菜を見ながら座っていると森を抜け出したことを実感する。
雑草の上だが毒を持った虫や襲いかかってくる魔物もほとんどいないはず。
そういう所に畑を作れないのは前の寮で学んでいる。
そこで思い出したのは肉に飽きていたがここ2日間ほどは魔物に襲われてもいないし狩ってもいない。
ラッキーだと思って歩みを進めたがあれは森の外縁部だったからだろう。
そんなことを考えながら、夕方の暑さも和らいだ時間帯、柔らかな草の上、心地いい風を感じ安心感も手伝ったのかいつの間にか小屋の壁からずり落ちて横たわり、眠りに落ちていた。




